9.4. Story 1 鉱山の眠り姫

 Story 2 強き者の正体

1 その人を愛する事、それすらも想定していたのか?

 《鉱山の星》――かつてミラナリウムが産出されるという噂に湧き、一大ラッシュが起こった星である。
 現在は連邦の管理下に置かれ、人々は静かな生活を送っているが、それでも未だに一攫千金を求めて渡ってくる人間は多い。
 ニコもそんな山師の一人だったが、現在では鉱山の管理を任され、ルールに従わない者を取り締まっていた。

 ニコが山を守る側に回ったきっかけは恋人ブリジットが倒れた事に起因している。
 彼女の入院費用を稼ぐため、始めは渋々その仕事を請け負ったが、文月の人間、特にマリスとヘキに接してニコは大きく変わった。
 マリスもヘキもブリジットを救うために様々な支援をしてくれた。そしてとうとう、ヘキが呼び寄せたもえという女性の力により、ブリジットが目を開けたのだった。
 次は自分が文月を助ける番だと固く心に念じ、マリスの新・帝国設立宣言にいち早く反応し、新・帝国への帰属を星の住民に勧めた。

 
 今日もニコは病院にいた。
 目を開けたとはいえ、ブリジットは未だ外界の動く物に反応は示さなかった。
 仕方ない――もえも言っていた。時間が必要だと。
 気長に待つしかないか、ニコはそう考え、病室を後にした。

 
 アルバラード記念病院の一階にある瀟洒なロビーで声をかけてくる者があった。
「こんにちは、ニコ」
「ああ、ヘキ。どこかに行ってたようだけど戻ってきたんだね」
「うん、いつもの通りよ。様々な星をふらふらして最後は《不毛の星》。どう、ブリジットの容態は?」
「相変わらずだね。目を開けた時には翌日にでも呼びかけに応えるんじゃないかと期待したけど、何も変わらずさ」
「気長に構える事ね」
「こうして長期入院できるのも皆、ステファニーと君のおかげさ。感謝している――それなのに私は」
「何?」
「独断で新・帝国に付く事を決めた。君たちの意見を拝聴すべきだったのにね」
「ステファニーは連邦に身を置く者だから確かにね。でもあたしは文月の人間だからあなたと同意見よ。ねえ、ステファニーは何て言ってた?」
「うん、今の君と同じだったよ。この星は新・帝国の防衛ラインの中に位置するから、そちらに付くのが理に叶ってるって」
「なるほど。《武の星》も《エテルの都》も連邦とは一線を画す訳ね。だったらあなたの判断は正しかったわよ――ねえ、それよりもお腹ぺこぺこなの」

 
 ヘキは病室のブリジットを見舞った後、ニコといつもの酒場に立ち寄った。
 店には客が一人しかなく、その客は背中を向けてカウンターに腰かけ、マスターと歓談していた。
「いらっしゃい、ニコ。ヘキも帰ってきたんだね」
 二人に気付いたマスターが挨拶をした。
「マスター。お手すきの時に適当に見繕って持ってきてもらえる?」
 ヘキが言うと背中を向けたままの客が笑いながら言った。
「ははは、ヘキも丁寧な言葉使いができるんだ」
 客は笑いながらヘキたちの方を振り返った。
「……えっ、パパ?」

 
「ちょっと、パパ、どうしてここにいるのよ」
 ヘキがまくし立てるのをニコとマスターは驚いた面持ちで見つめていた。
「あれ、コウから何も聞いてないかい?」
「……そう言えば新旧の創造主の戦いだとか、皆の所にもそのうちパパが顔を出すぞとか。もしかしてそれ?」
「そう」
「勝手にすれば。あたしには関係ない」

 背中を向けたヘキに代ってニコがおずおずと口を開いた。
「あの、ヘキのお父さんって事は、リン文月、新しい創造主ですよね?」
「――君はニコ。マリスを助けてくれてありがとう」
「そんな事までご存じなんですか?」
「立場上ね。あらゆる人の情報をインプットしておかないといけないんだけどなかなか難しい」

「……では私がこれから言おうとしている事もおわかりですね」
「僕は預言者じゃない。けど君の恋人、ブリジットの事だろ?」
「その通りです。何故、ブリジットの意識は回復しないのか。いや、あなたが創造主であれば、ブリジットを元通りにするくらい朝飯前のはずだ」
「君の言いたい事はよくわかる。だからといって辛さ、淋しさ、悲しさを和らげるために全ての人を蘇らせる事はできない」
「それはわかります……すみませんでした。せっかくの親子水いらずの会話に割り込んで」
「気にしなくていいよ。誰だって好きな人とはずっと一緒にいたいさ」

 
 ニコが去って酒場にはリンとヘキだけが残った。
 ヘキはゆっくりとリンの方に振り返った。
「パパ。今言ってた事だけど」
「ん、何だい?」
「今までの何もかもがパパの計画通りだったとすると……ずいぶんと残酷よね」
「ヘキ。実は僕もその話をしに来た――」
「言い訳だったら聞きたくない」

「僕は真のナインライブズを出現させる時に、それを阻止する仕組みも同時に出現する事、そしてその中心が僕の師匠、ケイジだというのを本能的に悟った。相手がケイジならこちらに勝ち目はない。そこで僕は考えた。まず周辺のA9Lがこちらにぶつけてくる憎しみの感情をコントロールできるようになる事、これは君のおかげで上手くいった。そして本体のケイジの太刀筋を見極める事、それはセキに期待したんだけど果たして上手くいったかどうかわからない。君がA9Lを調査する過程でケイジに接近するのも予想できたけど彼に対してあんな気持ちを抱くとは。正直言って予想外だったよ」
「パパはだめな創造主ね。誰かに恋い焦がれた経験なんてないでしょ?」
「うーん、そう言われるとなあ。僕はケイジには生きていてほしかったんだ。だって僕の師匠だからね」
「……でもさっきニコに言った事、あれが全てよね」
「うん、僕個人の事情で勝手に人を蘇らせたりなんてできない」
「そうよね。パパの本心が聞けて良かったわ。もしもあたしの恋心までパパの計画通りだったら、何て人でなしだろうって思ってた」
「それはよかった。じゃあ本題に移っていいかな?」

 
「――コウたちの話をあまり気に留めていなかったみたいだからもう一度言おう。今、かつての創造主と僕たち新しい創造主の間でこの銀河を賭けて勝負をしてる。彼らが用意した状況で僕らが彼らを満足させる行動を取れるかどうかが勝敗の基準になる。今までの勝負は、コウが参加した『龍の王国』はこちらの勝利、というより、リチャードの勝利だね。次はくれないが参加した『三界の諍い』、これはこちらの完敗だったから成績は一勝一敗だ」
「で、あたしの出番。何をすればいいの?」
「勝負の場は《長老の星》。そこで『守る者』と一緒に行動してもらいたい」
「守る者……以前の世界の話でしょ。『弱き者』と『強き者』がいて、弱きを守る者がいる。言い伝えでは弱き者はあたしたちの先祖、守る者は巨人、そして強き者はワンガミラだったと言われてるわ」
「……」

「パパ。守る者と一緒という事はワンガミラと対立しないといけないじゃない。どうしてあたしの傷口に塩を塗り込むような真似をするの?」
「僕にはこれ以上は言えない。とにかく《長老の星》に向かってほしい」
「行ってやるわよ。でもパパのために行くんじゃない。あたしはあたしの気持ちにケリをつけるために行くのよ」
「それでいいよ。ヘキ、気を付けて」

 

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