9.3. Story 2 サフィに代わる者

 ジウランの航海日誌 (11)

1 四界の角(つの)

マードネツク

 くれないは荒涼とした平地に立って、一つ身震いした。
 デズモンドの『クロニクル』によれば、《古の世界》ではこの辺りにホーケンス緩衝地帯があって大層栄えたらしいが、こちらの世界には見渡す限りの荒野しかなかった。
 つい最近、バルジの中のリチャードが戦った『龍の王国』が創造主の手によって再び姿を変え、《古の世界》と似たものになったのだとリンから説明があった。

 シップの中で各人の降り立つ地を決め、くれないが降りたのはホーケンスに該当する地域だった。
 他の皆はすぐに行動を開始しただろうか、コメッティーノもゼクトも水牙も優秀だから、そうに決まっている。自分も急いで事態の把握に努めなくてはいけないと思った。
 だがこの荒地には何も期待できなかった。

 ここはひとまず後回しにして、南にあるマードネツクに向かおう

 くれないは南に向かって歩き出した。

 
 ホーケンスに着いた時にはミニスカートで来たのを後悔したが、南に下るにつれ汗ばむ天候へと変わり、くれないは自分の選択に満足した。
 やがてオアシスの傍の椰子の樹が立ち並ぶ脇に砦が見えた。
 史実の通りならダンディディとかいう偽りの預言者が治めていたはずだったが、こちらの『古の世界』ではどうなのか、くれないは興味津々で砦の門を叩いた。

 
「どちら様でしょう?」
 応対に出た男はくれないの奇抜な格好を見て警戒の色を隠さなかった。
「ボクは旅の者で、たまたまここに立ち寄りました」
「まあ、そうでしょうな」

「ここのリーダーはダンディディという方ですか?」
「ほぉ」
 男は少し警戒を緩めたようだった。
「その名をよくご存知ですな」
「ええ、本を読むのが趣味なんです」
「ですがダンディディはもうとうの昔にこの世を去りました。今はご子孫のシャスリ様がこの砦のリーダーを務めておいでです」
「ああ、そうでしたか」
「せっかく遠路はるばる来られたのですから、立ち話だけで追い帰すのも何です。どうです。砦の中を案内致しましょうか?」

 くれないは「しめた」と心の中で思った。『持たざる者』の力を結集させるためには指導者の協力が不可欠だと考えていたが、砦の中に入る事によって第一関門は突破できた。
 次はシャスリに接触し、その気持ちを変えさせる事だった。
 時間を気にする必要はない、父の言葉を思い出し、慎重に事を運ぶよう改めて自分に言い聞かせた。

 
「ずいぶんと活気がありますね」
 くれないは案内の男に正直な感想を言った。
「ええ、これも全てシャスリ様のお力です――おお、ちょうど上手い具合にあちらからシャスリ様がいらっしゃいました。ご紹介しますよ」
 案内の男は砦の中の商店を見て回る男にすすっと近づいて、その耳元で何かを囁いた。顔を上げた男は黒髪を眉毛の上で切り揃えていた。鋭い眼光だったが、くれないと目が合うとにこりと笑い、声をかけた。

「遠くから来られたお客人だそうですね」
「ええ、ここではない別の星から来ました」
「――ほぉ、それは。色々と面白い話をお聞かせ願いたいですな」
「喜んで」

 
「なるほど。くれないさんは種族の垣根を越え、文明を発展させてきたという訳ですね」
 砦の居室でシャスリは言った。
「お恥ずかしい話ですが、かつて私は三界を殲滅するべく軍を率いて北上し、ホーケンスまで侵攻したのです。そこで『空』と『水』からの激しい反攻に遭い、以来、この地に引きこもっているような有様ですよ」
「穏やかじゃないですね」
「ホーケンスをご覧になりましたか。『四界の角(つの)』と呼ばれる地です。古来よりあの地を巡って幾多の争いが起こってきました」

「融和を考えた事は?」
「無理に決まっています。種族の思想が違い過ぎる」
「平和という点では違いがないんじゃありませんか?」
「難しいですな。全ての指導者を説得できる者がおりません」
「ボクならそのやり方を知っていますと言ったら?」

 

山鳴殿

 くれないがマードネツクに到着する少し前、ゼクトとアナスタシアは比翼山地に降り立っていた。
 小高い山の頂上に宮殿があり、ゼクトたちは開放的な門をくぐった。

「『空を翔る者』は天井のない家に暮らすと聞いた事があるが、本当だな」
 ゼクトが感慨深げに言うとアナスタシアは微笑んだ。
「私のいた《守りの星》には、そもそも家らしい家がありませんでしたわ」
「アナスタシア。今更だが現在の暮らしは窮屈ではないか。まして《エテルの都》などという人工的に造られた都市の中だ」
「本当に『今更』ですわ。不満があるのでしたらもっと前にお伝えしています。こういった事には個人差がありますし、空を翔る者は……と一括りにするのはどうなのでしょう?」
「確かにそうだ。パターンにはめるのは一番楽だが、それによって個人の性格や感情も全て無視される。そんなざまで銀河の融和もないな」
「そこまでわかってらっしゃるのでしたら十分です――さ、人が来られました」

 
 ゼクトたちは通りかかった黒い翼を持った男に話しかけた。
「失礼ですが」
 男はゼクトを胡散臭そうに見てからアナスタシアに視線を移し、その背中の白い翼に気付いて目を丸くした。
「こ、これは……どちら様でしょう」
 ゼクトは心の中で「やれやれ」と思った。持たざる者でもそうでなくても、結局は外見が第一なのだ。本当はじっくりと話をしなければその人となりはわからないだろうに――いや、人は嘘を吐く生き物だ。話をした所で嘘を吐かれればそれで終わりだ。

 心の中で堂々巡りの議論を行っているのをアナスタシアが不思議そうな表情で覗き込み、ゼクトは我に返った。
「いや、こちらのアナスタシアはリーバルン王の末裔にあたる方」
「えっ、そのような話は……しかし白い翼だしな。少々お待ち頂けますか。人を呼んで参りますので」

 男が去っていき、すぐに別の男を連れて現れた。今度の男は白いひげの老人だった。
「リーバルン王の末裔ですと。はて、現在のレパ王はリーバルン王から連なる血筋のお方ですが、外に出られた家のお方か?」
「ご老人。リーバルン王にルンビアという皇子がいたのをご存じでしょうか?」
「な、何故、そのような事まで」
「アナスタシアはそのルンビアの末裔にあたる人間。つまりは空を翔る者と――」
「それ以上は口にしてはなりませんぞ。ましてや王の前で言えばどうなる事やら。お見受けするにこの辺りの方々ではないようですが」
「ええ、ここからはるか遠くの星から来ました」
「わざわざ、このような場所に来られるとは変わったお方たちだ――ところで男性の方は従者か何かですか?」
「いいえ、ゼクトは私の夫です」
「ああ、うん、そう。他の星では当たり前なのかもしれませんが、やはり王の前では言わぬに越した事はありませんな」

 
「――ほぉ、リーバルン大王の血を引かれているとは。余とは遠縁にあたる訳ですな」
 豪快に笑ったレパ王もまた白い翼を背中に持っていた。
「本当にこうした里帰りができるとは夢にも思っておりませんでしたわ」
 アナスタシアが答えると王は訝しげな表情を見せた。
「ん、それはどういう意味ですか?」

「ご存じありませんでしたか。世間ではこの星はとっくに消滅したと思われていますのよ」
「そんな。確かに我々は他所の星との交流こそないがこのように生存し続けている。よりによって消滅などと」
「いつでも種族同士で争いを起こしている星ですもの。皆、とっくになくなったと思うのも無理ありませんわ」
「むっ、それは侮辱に聞こえますな。でしたら他所の星はどうしているのですか」

「言葉よりも明らかな証拠をお見せ致します。今、私の隣にいるゼクトは私の夫です」
「な、なんと」
「種族の壁など乗り越え、手を取り合って生きています。簡単な事です」
「その通りです」
 ようやくゼクトが口を開いた。
「あなたがその気でしたら、お手伝いしますよ」

 

海底宮

 同じ頃、水牙とジェニーも『海底宮』を臨む白花の海の近くにいた。
「ねえ、水牙。この辺りは寒いよ。どこか暖かい場所に行こうよ」
「水の中の方が暖かい。ジェニーは水中が苦手だったか?」
「冗談じゃないわよ。でも銃の効果がねえ」
「銃をぶっ放すような事にはならないよ。さあ、行こう」

 
 海底宮のイソギンチャクに似た門番が誰何してきた。
「某たちは旅の者。失礼だがここの王はレイキール殿か?」
「レイキールだと。いつの時代の事を言っている。現在の王は条鰭族のモスティ様だ」
「そうか。ではそのモスティ王に伝えたい事がある。『凍土の怒り』についてだ」
「まさか。お主たち、見たところ持たざる者ではないか。何故、水中にいられる?」
「言ってもわからぬか。では見せてやろう」

 水牙が背中に背負った『凍土の怒り』を抜くと途端に水温が下がり始め、門番は慌てふためいた。
「待て。ただの法螺吹きではないようだな。少しここで待っておれ」
 王宮の中に走っていった門番が再び姿を現し、城内に入るように言った。

 
「――頭を上げるがよいぞ。『凍土の怒り』を佩いているというのは真か?」
 モスティは女王だった。どことなく魚っぽい雰囲気を漂わせてはいたが、十分に魅力的だった。
「はっ、こちらにございます」
「お主たち、レイキール王の名を口にしたらしいの。レイキールこそ『水に棲む者』の宝を紛失した張本人。お主たち、関係があるのか?」
「王よ。レイキールの娘、珊瑚様は今もご存命ですが、その方が某にこの剣を佩く事を許可して下さったのです」
「……とは言っても、お主は水に棲む者ではあるまい」
「持たざる者、という事になりましょうか」
「それはならぬ。その剣は水に棲む者の切り札。それさえあれば覇権を握る事も容易い――さ、返すがよいぞ。褒美は取らせる」
「わかっておりませんな。この剣は人を選びます。剣が選んだのは某。何でしたらそちらの腕自慢にこの剣を持たせてみるといいでしょう」
「む、そこまで言うなら――誰かペイサンヌを連れてまいれ」

 
「――何も起こらぬではないか。このペテン師め」
 ペイサンヌという名のアンコウに似たいかつい兵士が水牙の剣を振り回したが何も起こらなかった。
「では地上に参りましょうか」

 
 剣を受け取った水牙は海底宮の地上部分に出た。女王やペイサンヌだけでなく野次馬も集まり出していた。
「ジェニー。頼む」
「オーケー。『火の鳥』!」
 ジェニーが放った弾が空中で翼を広げた火の鳥に姿を変えた。
「冷気!」
 水牙が剣を振りかざすと、空を飛んでいた火の鳥が凍り付いて地面に落ちた。

「……きっとどこかにからくりがあるはず。持たざる者など信じる気にはなれん」
 モスティが言い、水牙はにやりと笑った。

 
「そう言われると思っていました。ところで皆さん、寒くありませんか」
「……言われてみれば」
「ご覧なさい」
 水牙が指差したのは白花の海だったが、今や海底宮の周囲五十メートル以上の水面が凍り付いていた。
「おお、何という。我らを殺す気か」
「もちろんそんな気はありません」
 ジェニーが「不死鳥乱舞」と言いながら銃を放つと、海はたちまち炎に包まれ、氷は溶けてなくなった。

「わかった。お主を信じよう。で、その力を水に棲む者のために使ってくれるのか?」
「もちろんです――が、某の言う事を聞いて頂きたい」

 

コメッティーノの場合

 コメッティーノが任されたのは『地に潜る者』の暮らす淡霞低地だったが、他のメンバーのようにすぐには行動しなかった。
 ぶらぶらと低地を見て回り、時間を潰した。
「ふーん、これだけ霧が出てると、地に潜る者の都は見つからねえな。不用意に歩きゃあ、毒の沼に『ぼちゃん』だし、まあ、その内向こうから接触してくんだろ」

 

進捗会議

 三日後の夜、『混沌の谷』の近くの無人の炭焼き小屋で全員が落ち合った。
 全員の報告の後、水牙が言った。
「どうやらコメッティーノ以外は接触に成功したようだな」
「まあな。おれんとこは様子見だ」
「コメッティーノのやり方が正しいかもしれないよ」
 くれないが言った。
「シャスリから聞いたんだけど、何年か前に持たざる者がホーケンスまで攻め入った時に、地に潜る者が裏で後押ししたらしいんだ。でもそれが失敗に終わり、持たざる者はマードネツクに引きこもり、地に潜る者はすっかり弱体化したんだって」
「覇権どころか一族が死に絶えちまうんじゃねえかな」

「地に潜る者の王の名は何と言う?」
 ゼクトが尋ねた。
「ん、確かネズィとか何とか言ったかな」
「その王に会った方が良くないか?」
「ちらちらとこっちを窺ってる気配はするから明日あたり向こうから来るよ」
「それで具体的にどういう融和の方向に持っていく?」とジェニーが言った。
「やっぱりホーケンスだと思う」とくれないが言った。「ホーケンスを三界、ううん、四界の融和の地とするんだ」
「サフィもいねえしトイサルもいねえ。どうやって求心力を生みだすんだ?」
「《獣の星》作戦はどう。コロッセオを造るんだ」
「そりゃあ何年もかかるぞ。『パンプ・コントラクション』なんてないんだからな」
「パパが言ってたじゃない。『時間を気にする必要はない』って」
「まあ、そりゃそうだが」

 

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