目次
1 何故、末っ子の自分だけが?
謎の探偵
《武の星》、開都の都の片隅に古びた木造の建物があった。
この星では新しい建造物で最新の素材を使用する場合であっても、それが木製に見えるようにしなければならない取り決めがあったが、この建物は正真正銘の木製、かなり古い年代に建てられたものだった。
最近、この建物の二階に奇妙な人間が引っ越してきた。落ち着いた開都の雰囲気にはそぐわない、ショートボブの金髪に大きなサングラスをかけ、赤のジャケットに赤のタイトなミニスカートという出で立ちの女性はたちまちに界隈で評判となった。
一体どこの誰で、何をしているのか、どうやら探偵局の看板を掲げて商売をしているらしかったが、都では困った事があれば長老殿に相談するのが常だったため、あまり流行っているとは言えなかった。
今日もさほど忙しくはないであろうその女性が相変わらずの好奇の目に晒されながら開都の大路を鼻歌交じりに歩いていると、声をかける者があった。
「よぉ、こんな所にいるとは思わなかったぜ」
声をかけたのは、これも又、都にふさわしくない、もしゃもしゃの髪の毛をした男だった。
「ありゃ、見つかっちゃった。でもよくわかったね」
「メドゥキ・ギルドの力を甘く見るなよ。って本当は水牙が教えてくれた」
「ちぇっ、しょうがないなあ。じゃあ水牙に用事があって来たの?」
「ああ、水牙に『久々に飯を食おう』って呼び出されてな。で、こっちに着いたらお前を迎えに行ってくれって言いやがった。人使いが荒いぜ」
「元連邦議長でも容赦ないね」
「まあ、元連邦議長を迎えに行く大役だからな。おれじゃなきゃ務まらねえや」
「元議長同士がこうして開都の街角で立ち話、変な構図だねえ」
しばし笑い合った後、もしゃもしゃ頭の男、元連邦議長コメッティーノが言った。
「では水牙の下に向かいますか。元議長くれない文月さん。どうやら昼飯を奢ってくれるらしいぜ」
二人は麗らかな日差しの下、都督庁に歩いて到着した。水牙とジェニーだけでなく思わぬ珍客もそこで二人を待っていた。
「あん、ゼクトじゃねえか」
コメッティーノは都督室に入るなり、大声を上げた。ゼクトとその妻アナスタシアは水牙、ジェニーと歓談中だった。
「久しぶりだな。コメッティーノ、それにくれない」
「ゼクト、こんな所にいていいのかよ。職場放棄だぞ」
「固い事を言うな。連邦将軍なのか新・帝国の将軍なのかもわからん状況だ。三日や四日、いなくても問題はない」
「再び世界が動く前の束の間の静けさか」
「うむ。マリスがあのような宣言をしたものの一向に動きがない。自分の軍区でもどう対処していいかわからんのだ」
「今更、連邦の方針に従わねえだろ?」
「今も水牙たちと話していた。新・帝国の《虚栄の星》とマリスの故郷、《青の星》を結んだほぼ直線上に《武の星》や《エテルの都》は位置する。ここが防衛線となれば、新・帝国の勝利はほぼ動かしがたい」
「だったらそれでいいじゃねえか」
「結局はマリスの出方次第だ。帝国設立宣言の後、すぐに行動に出ると踏んだのだが」
「何か他にやらなきゃならない事があるんでしょ」とジェニーが言った。「こうしてあたしたちが一堂に会してるのも関係あるんじゃないの」
「立ち話も何だ」
水牙が思い出したように言った。
「少し離れた場所だが良い雰囲気の料理屋を予約した。そこに行かないか?」
胡蝶の集い
水牙が案内したのは開都のはずれの山道をくねくねと登った所にある『胡蝶閣』という名の城塞のような料理店だった。
小高い山を取り巻くように点在するように配置された離れの建物の一つに入ると、他に客の姿は見当たらず、広々とした個室の片側は開け放たれ、さほど高くない山の上なのに霧が出ていて雲海が見えた。
「なかなか神秘的な光景だな」
早速、円卓に着いたコメッティーノが口を開いた。
「驚くのは早い。もう一人あっと驚く人間が来る」
「じらすなよ。しかしおれたちを前に遅刻とはいい度胸だな」
「いい度胸でごめん」
背後からの声に、景色に見入っていた一同は振り向いた。
「……リン、リンじゃねえか」
「久しぶり、コメッティーノ」
「久しぶりって。おい、水牙。もう一人の人間ってのはリンか」
「うむ。某も突然に連絡を受けて驚いた」
「ではこの食事会もリンの申し出か?」とゼクトが尋ねた。
「うん、僕が水牙とジェニーに頼んだ」
「……七武神の同窓会って訳でもないが、ここにリチャードとランドスライドがいりゃあ勢揃いだな」
「ボクだけお邪魔だね」とくれないが言うと、リンは小さく笑った。
「まあ、どうしてこのメンバーなのかはゆっくり話すとして。ランドスライドには声をかけたんだけど、どうしても離れられないって」
「聞いた話じゃあ」とコメッティーノが言った。「こっちの銀河と『上の世界』を繋ぐ空間を維持しなきゃいけないんだろ。ミネルバは無事だったのか?」
「一命は取り留めたけど重労働はまだ無理みたい。ランドスライドは親孝行ができるって喜んでたよ」
「なあ、リンでもくれないでもいいんだが、その辺の正確な情報がちっとも入ってこねえんだよ。何が起こったんだ?」
「ボクも議長を辞める直前だったからどこまで正しいかわからないけど」
リンが何も語ろうとしないのでくれないが前置きをしてから話し出した。
「この話の登場人物は、まずは被害に遭ったミネルバ・サックルローズ、この世界と『上の世界』を繋ぐ空間の維持の役目を担ってる。そしてその子であるランドスライド、彼がハクと一緒にミネルバの下を訪ねた時にはまだ無事だった。ところがそのすぐ後にマリスとガールフレンドのアイシャがそこを訪れた時には、ミネルバが刺されて倒れていた。ミネルバを介抱してから、一旦マリスを帰らせ、アイシャが空間維持の役目を受け持つ事にした。そしてマリスはこの事をランドスライドに伝え、ランドスライドがアイシャと交替で空間維持の役目についた――こんな所かな」
「アイシャってのは何者だ。そんな力があるってのは只の人間じゃねえよな」
コメッティーノが尋ねるとくれないが答えた。
「バスキア・ローンの娘さ。バスキアはミネルバと同じくアラリアの末裔。だから娘のアイシャにも同じような凄い力があるって訳」
「で犯人はわかってんのか?」
「大体ね。おそらくはグシュタイン。多分もう一つの名前、ム・バレロの方がわかると思うけど」
「ひょーっ、そいつは驚きだ。チオニで死んだって話だったのにな」
「ム・バレロはドノスなんかよりずっと手強いよ。コメッティーノ、『根源たる混沌』運動、知ってるよね?」
「ああ、うっとおしい集団だ」
「ボクはあれの提唱者がム・バレロなんじゃないかって踏んでる」
「へへへ。中央を離れてすっかり勘が鈍っちまったが、こりゃ面白い。って事は、連邦の頭の固い奴らの目指す『秩序』とム・バレロの提唱する『混沌』、マリスの新・帝国はその板挟みで『自由』を目指す訳だな」
「コメッティーノ」
黙っていたリンが口を開いた。
「考えてもみてよ。『混沌』って集団として一つの目標を目指したら、その瞬間に『秩序』が生まれちゃう。それって最大の自己矛盾だよね。だから『混沌』は決して組織だった動きは見せない。ム・バレロは賢いよ」
「なるほどな。つまりは完全な三すくみじゃなくて、『混沌』は『秩序』と組むかもしれねえし、『自由』に手を貸すかもしれねえんだな」
「そう。まあ、文月に手を貸すとは思えないけどね」
「だろうな。ミネルバを襲ったのもマリスに対する警告みてえなもんだろうし」
「リン」とゼクトが言った。「ランドスライドが来られないのはわかった。リチャードも誘ったのか?」
リンはしばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「よく聞いてほしいんだ。リチャードはもう僕たちに会っても何も思わないし、それ以前に二度と会う機会はない――彼は生まれ変わったんだ」
今度はコメッティーノが長い沈黙の後に言葉を吐き出した。
「ようやく自分の出生に関わる宿命を振り払ったんだな。そいつは何よりだ」
「うん、《巨大な星》で王先生の言った事は本当だった」
対決への誘い
「そう言えば」
くれないがしんみりとした雰囲気を変えるように言った。
「銀河の中心のバルジの中に『龍の王国』ができて、そこで戦いがあった。リチャードはそこに行ったんだね?」
「くれない、ずいぶんと情報が早いね」
「パパ、コウが兄妹皆にヴィジョンで知らせたんだよ。『内緒だぞ』って」
「仕方ないな。あいつは」
「おいおい、リン」
コメッティーノが目の色を変えていた。
「バルジとか『龍の王国』とか何の話だ。ずいぶんと面白そうじゃねえか」
「うふふ」
「何がおかしいんだよ」
「だから今日こうして集まってもらったんじゃないか。『龍の王国』は閉幕したけど次の舞台に立つ人たちに」
「どういう意味だ?」
リンは創造主たちとの勝負の話をし、コメッティーノたちは聞き入った。
「ふーん、で戦績は?」
「まだ一つ終わっただけだしね。それに創造主の勝ち負けの最終的な判断は単純な勝ち負けじゃない。如何に彼らを感動させ、納得させるかなんだよ」
「そんなんじゃ、こっちに勝ち目はないじゃねえか」
「でもね、『龍の王国』はこちらの勝ちだった。リチャードがあそこまでやってくれたし」
「あのなあ、リン。リチャードの場合は特別だ。龍と戦う事を宿命付けられてたようなもんだ。勝負の内容が何だか知らねえが、ここにいるおれたちはそこまで重いもん背負っちゃいない」
「大丈夫だよ。どうしても勝たなきゃってプレッシャーはないから。だって相手は気まぐれな創造主だし」
「そうかい。それ聞いて安心したぜ。で、どこ行って何すりゃいい?」
「場所は『龍の王国』と同じバルジの中――あっ、でももう龍たちはいないから」
「誰がいるんだよ」
「とっても難しい状況だよ――その地では『空を翔る者』、『水に棲む者』、『地に潜る者』、『持たざる者』が互いに覇権を争っている。そこに行って争いを止めなければならない」
「……どっかで聞いたような話だな」
「そう。まさしくリーバルンとナラシャナの《古の世界》と同じ状況さ。それぞれの種族の王は激しく憎み合っているけど、世界の崩壊を遅らせたサフィたちは存在しない。だから君たちがサフィの代わりを務めるんだ――これ以上の細かい事は現地で確認してほしい」
「なるほどな」とコメッティーノが言った。「それで指導者だったおれとくれない、それに空を翔る者に近いゼクトとアナスタシア、水に棲む者と縁のある水牙とジェニーが選ばれた訳か」
「リン。ちょっと待て」
ゼクトが口を挟んだ。
「自分はどうでもいいが、アナスタシアは忙しい身だ。そんなに長い期間は取れないぞ」
「大丈夫。創造主エニクがどうにかする――本当に彼らは凄いんだ。時間も調整してくれるし、生命を誕生させ、退場させるのだって朝飯前さ。まともにやったらこんな人たちに勝てるはずがないんだ」
「何の慰めにもならねえよ」とコメッティーノが言った。「おれは負けるのが大っ嫌いなのはお前もよく知ってるだろ。たとえ相手がおれたちを創りたもうた創造主だって勝ってみせるぜ」
「創造主と直接やり合う訳じゃないけどね」
「そりゃそうだ……だがそうなると創造主を消滅させたって噂のマリスは桁外れの強さだな」
「まあ、そうだね。銀河の覇王になる人間だから」
「とにかくやるか。おれはいつでも準備できてるぜ」
リンはくれないをちらっと見た。
「さて、もう質問はないかな?」
「パパ」
「何だい、くれない」
「ずっと聞きたかった事があったんだ。皆が『上の世界』に行った時にボクだけ置いてかれた。あれもパパの計算通り?」
「他の兄妹たちが判断した上での事じゃないかな」
「どうして、どうしていつもボクだけ味噌っかすなの。末っ子だから、力が足りないから?」
「くれない、そうじゃないよ。お前には『王』の資質がある。あの時、兄さんたちは自分たちが死んでもお前にだけは残って銀河を治めてもらいたかったんだ」
「ボクも皆と一緒に行きたかったのに」
「なあ、くれない」
コメッティーノが口を挟んだ。
「あの空白の二年の間にお前だけが成長して、今やお前はセキやコウよりも年上だ。もう誰も末っ子だなんて思っちゃいねえよ」
「コメッティーノの言う通りさ」
リンが唸った。
「時間って曖昧だよ。マリスを見てごらん。誰よりも年上のはずなのに誰よりも若い。デズモンドだってそうさ。時間の経過が意味を為さない世界にいたからまだまだ若い。そしてリチャード……」
「リチャードに何が起こったかは後でゆっくり聞くとして――くれない、もうわだかまりはねえよな?」
「ないよ――元連邦議長の肩書は伊達じゃない所を見せなくちゃ。さ、皆行こうよ」
水牙とジェニー、そしてリンを残して一同は準備のため去っていった。
「リン」
水牙が声をかけた。
「銀河の存亡がかかるというのによくそうやって平静を保てているな。某ではこうはいかない」
「そんな事ないよ。どきどきものさ。今回だってランドスライドに断られたのはショックだった」
「……ならばこちらの負けか?」
「わかんない。何しろどんな舞台が用意されてるか、教えてくれたのは《古の世界》をサフィに代わって救ってみろって事だけだし」
「ふむ、カギとなるのは精霊と龍か」
「龍はもう出番を終えたから出てこないはず。だから精霊と通じ合えるランドスライドの力は必要だと思ったんだけど」
「なるほど――まるで象棋の指し手だな。局面に応じて適切な駒を配置する訳か」
「総力戦さ」
「でも」とジェニーが言った。「嫌な感じよね。あたしたちを駒扱いだなんて。さすがは創造主の戯れね」
「そんな言い方しないでよ。僕だって必死なんだ。リチャードの場合は仕方なかったとはいえ、あんなのはもうごめんだよ」
「お主の気持ちはよくわかった。では某たちも出発する。『凍土の怒り』の正統な使い手として暴れてこよう」
別ウインドウが開きます |