ジウランの航海日誌 (10)

 Chapter 3 《古の世界》再び

20XX.9.XX 隠れ里

 ぼくらは朝早くアンフィテアトルを出発した。
 目指す場所は『隠れ里』、葵が暮らす地である。
 久々の陸路の移動だったが、じいちゃんと美夜の歩みの速さったらなかった。何度も置いていかれそうになり、半分駆け足で付いていった。

 
 杉並木の生い茂る舗装されていない細い峠道に入り、じいちゃんは途中で立ち止まった。
「なあ、美夜さん。感じるかい?」
「……ほんの僅かですけど空気の流れがここだけ違う気がします」
「さすがはケイジの愛弟子。大したもんだ」
「いえ、まだまだです」

「ところでジウラン、お前は――って言っても無理か」
 ぼくが黙って肩をすくめるとじいちゃんはからからと笑った。
「気にすんな。最近、お前のそこまでのできの悪さは逆に何か大きな力を隠し持ってるからじゃないかと思うようにしてる」
 そりゃ、どうもと礼を言うと、じいちゃんは続けた。
「今から隠れたものを顕わにするからな。よく見とけよ」

 じいちゃんは道の端の杉の古木の前に立ち、目を閉じ、呼吸を整え、精神集中し始めた。
 十五秒くらいそのままの姿勢でいたが、突然に目を開け、「あー、めんどくせえ」と叫んだかと思うと、右手で美夜の左手を、左手でぼくの右手を掴んだ。
「このまんま強行突破だ。捕まってろよ」
 ぼくらは引きずられるように空間の裂け目に入り込んだ。

 
 そこは時代劇のセットのような町並みだった。
 歩いているのは江戸時代の人間たちのような風体の者が三割、《巨大な星》で普通に見かける人間たちが三割、残り三割は翼が生えた者や獣のような者たちだった。
「ここには似つかわしくねえ人間がたくさんいるぞ。どういうこった」
 じいちゃんの言葉が合図となったかのように町の奥から数人の男たちが走ってきた。
「失礼ですがどこから来られた?」
 町奴のような着物姿の男が尋ねた。
「おお、わしらはな、館の葵姫に会いにきたんだ」
「な、何故、お館様の名を……今は物騒な世の中。覇王の手の者ではあるまいな」
「正反対だ。覇王と戦うために相談に来た。早く葵の所に連れてけ」
 じいちゃんの剣幕に押されたかのように、男たちは渋々ぼくたちを町の奥へと案内した。

 
 篝火の焚かれた屋敷にはぐるりと黒白の鯨幕が張り巡らされ、戦争の準備なのか、葬儀の最中なのかよくわからないが、とにかく慌ただしく人が出入りしていた。
「ずいぶんとバタバタしてんな」
 じいちゃんが案内の町奴に気さくに話しかけた。
「うむ。戦の準備もあるが、様々な星からこの地に助けを求めてやってくる者が多い。犠牲者の弔いも多くなるという訳だ」
「そうかい――姫にこう伝えてくれ。デズモンド・ピアナが相談したい事があるってな」
 男はじいちゃんの名前にびくっと驚いたようになって、屋敷の奥に引っ込んだ。

 
 数分後、ぼくらは離れのような部屋に通され、そこで当主の到着を待った。
「デズモンド、よく来られたの。何せ非常時ゆえもてなしもできず、すまぬ」
 赤い鎧を身に付けた黒髪の女性を先頭に数名の男女が部屋に入ってきた
 じいちゃんはその中に知った顔を発見したみたいで、小さな声で「おっ」と言った。

「会うのは初めてだが、その名は知っておるぞ。で、本日は何用で参った?」
「その前にそこに座ってる連中を紹介してくれねえか。多分関係があんだよ」
「構わんぞ。彼らは皆、客人じゃ。《獣の星》のファランドール殿、モナミ殿。今、ヌニェス殿とマフリ殿は山に入られている。それに――」
「《念の星》の陸天。久しぶりだな」
 翼の生えた中年の男、そのパートナーらしい、きらびやかな女性の隣に控えていた剃髪の男が答えた。
「はて、デズモンド殿の名は存じ上げておりますが、お会いした記憶は……」

「ん、ああ、まあいいや。で、皆、避難してきたのか?」
 三人が頷き、葵が答えた。
「酷い所業じゃ。《魔王の星》に攻め入った覇王はそのまま《念の星》、《獣の星》も手にかけ、こうして人々が逃げてくる」
「《魔王の星》もかよ」
「真っ先に滅ぼされました……実はその時に妙な事がありましたが」
「ん、陸天。それは何だい?」

 
「《魔王の星》がまさに滅ぼされようかという時に、一人の女性がやってきたのです。その女性は二人がかりで運ばせていた頑丈な木の箱を私の前に置いて言いました――

 ――陸天殿。この箱の中身が何だか見当がつくであろう。精霊の封印を施し、ここまで運んできたが、これより先はあなたにお願いしたい。これを覇王に渡してはならないのです――

 ――私はおや、と思いました。記憶に間違いがなければその女性は私が懇意にしていたバスキア・ローンの娘のアイシャだったのです。ですがアイシャは覇王と行動を共にしているはず。一体これはどういう事だと思いましたが、その箱に更に厳重な封印を施し、ここまで運んできた次第です」

 
「で、箱はどこにあるんだ?」
「先ほどヌニェス殿たちが山に入っていると申したが、箱の置き場所を探しに向かわれたのじゃ。何せあまりにも禍々しい気が漂ってくる、危険な物が眠っておるようじゃ」
「そりゃそうだ。そん中には『魔王の鎧』が納まってるはずだからな」
「おお、やはりデズモンド殿はおわかりになられますか。とにかく鎧を覇王に渡しては大変な事になる――その一心でここまで運んできたのですが」
「陸天、でかしたぜ。《魔王の星》に行く手間が省けた」
「手間だけでもありますまい。今、かの地に赴くのは自殺行為」
「まあよ、どっかに隠しとこうなんて考えねえ方がいい。ヌニェスさんたちが戻ったら説明するよ」

 
 しばらくすると虎の顔をした男女が現れた。
「どうじゃった。ヌニェス殿、マフリ殿」
「いけないな。どこに置いたとしても箱から滲み出す悪い気で山全体が汚染されそうだ」
「それなら当てはあるぜ」
「こちらの方々は?」
「デズモンド・ピアナと言ってな。この星では著名な冒険家として名を馳せている。若いのはお孫さんとその許嫁だそうじゃ」
「ふむ。気の毒だな。こんな時期に観光とは」
「観光じゃねえよ。銀河を救いにはるばる来たんだ。その鎧だってちゃんと返す場所を知ってる」
「ほぉ、まあ、葵殿も認める冒険家だそうだからただのほら吹きでもあるまい。で、どこに納めればいい?」
「へへへ、じゃあ早速出発しようぜ。ダーランによ」
「ダーラン?他所の星か?」
「まあ、行きゃわかる」

 

登場人物:ジウランの航海日誌

 

 

 Chapter 3 《古の世界》再び

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