9.2. Story 2 約束

 Story 3 時間の輪

1 怒れる邪龍

 バルジの中を進むコウのシップはそれらしき星を発見した。
「なあ、順天。あの星じゃねえか」
「のようですね」
「驚いたな。バルジの中なんてガスだらけだと思ったのに人が住めそうな星があるとは」
「創造主の力でしょう」
「そんな奴らと勝負しようってんだからいかれてら――ムータン、準備はいいか?」
 コウに促されたムータンは緊張した面持ちで黙って頷いた。
「緊張するなって。戦うのはおれだけだ。お前は順天の後でこの戦いを見守ってるだけでいいんだ」
「うん、わかった」

 
 シップはようやく星の景色が見える場所まで接近した。草木の生えていない切り立った赤い山々が目の前に広がっていた。
「こりゃあ……いつだったかロクが案内してくれた《囁きの星》の大秘境地帯によく似てらあ」
「ですわね。こちらは雪をかぶっていないのが違いかしら」
「なあ、こういう時は頂上に乗りつけるのか、麓に乗りつけるのか、どっちだろうな」
「いきなりボスと戦うのはありません。麓です」
「そっちが常道だな」

 
 シップを麓に停め、三人揃って岩だらけの細い九十九折の山道を歩き出した。
「他に誰か来てんのかな」
「コウ様。あそこに」
 順天が指差す先には山道を登る一人の男の後姿があった。
「……リチャードだ」
「のようですわ」
「おれの役割は理解してる。全力でリチャードをサポートする事だ」
 コウはそう言ってからリチャードに追い付こうと歩を速めた。

 
「おーい、リチャード」
 前を行く男が立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「コウか――順天も。ん、娘も一緒か」
「こいつらは見学だ」
「ハイキングとは違うぞ」
「わかってるって。おれはこの戦いが終わったらムータンに全てを引き継ぐんだよ」
「後学のためか」
「ああ、道中に出てくる邪魔者はおれに任せて、あんたは大物に集中してくれりゃあいい」
「そうさせてもらおう」

 
 合流したリチャードたちが尚も山道を登っていくと突然に空気の様子が変わった。風がぱたりと止み、ものの腐ったような臭いが周囲を包み込んだ。
「この感じ。覚えがある。早速、グリュンカがお出ましだ」
「グリュンカっていうと、以前に立ち合った目玉だらけの?」
「立ち合ってはいないが向こうは恨みを持っている――コウ、隙を見て先に進んでくれないか。予想が当たっていればその先にいるのはゾゾ・ン・ジア、姑息な真似をするかもしれないから、それを潰してもらえると助かる」
「おう、わかった」
「それに――この戦いを子供に見せるのは衝撃的すぎる」

 
 山道の途中の少し開けた場所にグリュンカがいた。
「黒龍が言うから降りてきたが、何だよ、か弱い虫けらか」
 グリュンカの言葉を聞いたリチャードがコウに耳打ちした。
「こいつ、私を覚えていないようだ。頭が悪そうだから、コウ、先に行け」

 リチャードに言われ、コウたちは鼻歌交じりにグリュンカの傍を通り過ぎようとした。
「何だ、何だ、お前らは――まあ、いい。戦う気がない奴は先に行ってゾゾに殺されちまえ」
 コウたちは一度だけリチャードを振り返り、そのまま山を登っていった。

 
「始めるか。おっ、お前、いい剣と盾を持ってんな」
 こいつ、本当にバカだ、とリチャードは心の中で思った。自らの逆鱗であしらえた剣と盾に気付かないとは。だがそれなら勝機はある。

「いくぜ」
 グリュンカの体中の目が閉じたかと思うと、そのうちの数個が目を見開き、リチャードを睨み付けた。
 リチャードは視線を浴びないように盾をかざし、そのままグリュンカに突進した。すでに開いていた目は閉じ、リチャードは剣を突き立てる事ができなかった。
(これでは遅い。もっとぎりぎりのタイミングだ)

 リチャードは飛び退き、再び距離を取った。
 再びグリュンカの数個の目が開いた。リチャードは落ち着いて場所を見極めてから盾をかざし、そして開いたままの目に剣を突き刺した。
 ぶすっと嫌な音がして目が潰れた。
(よし、この調子だ。時間はかかるが倒せる)

 
 そこから数回、グリュンカの開いた目を狙ったリチャードの攻撃が成功した。
「へへへへ」
 グリュンカが大笑いをした。
「これを続けりゃ、いつかは勝てるとでも思ってんのか。こんなまだるっこしいのは止めだ。こいつを受けてみな!」

 グリュンカの体から二十個ほどの目玉が浮かび上がった。目玉は固く閉じたまま、リチャードの周囲を飛び回り、突然にその目を開けた。
(しまった!)
 リチャードは正面の視線は盾で防ぎ、右手の目玉を剣で刺し貫いたが、左方と後方から視線を浴びてその場に崩れ落ちそうになった。
 完全な装甲を施していたが、背中に焼けるような痛みを感じた。
「はははは、とうとう呪いを浴びたな。もう思うようには動けねえぞ。じっくりと料理してやる」

 
 リチャードは不思議に思った。嫌と言うほど呪いの視線を浴びているのに、かろうじて立っていられる。潰したグリュンカの目玉から飛び散った血と呪いのせいなのか、気が付けば鎧が赤褐色に変色しつつあった。
 グリュンカを見ると、半分以上の目玉を潰され、やはり息が上がりつつあった。
「しぶといな。ケリつけてやる」
 グリュンカは残った眼を全て飛ばし、四方から襲わせた。
 リチャードは必死で剣を振るい、十個ほどの目玉を叩き落としたが、今までにない強烈な痛みを体中に感じ、たまらず跪いた。
「へっ、膝を着いたな。虫けらのくせに手間取らせやがって。じゃあ、とどめだ」

 
 グリュンカがリチャードを噛み殺そうと突進してきた。リチャードは剣を杖代わりにして立ち上がると、そのまま両手で剣を強く握った。
「グリュンカ。この時を待っていたぞ。自らの逆鱗で造った武器で貫かれて死ぬがよい!」
 リチャードはそれまで決してグリュンカが見せなかった喉元のかつて逆鱗があった場所を目がけて力いっぱい剣を突き立てた。
「……う……そ……」
 グリュンカの巨体が音を立てて倒れた。

 
 リチャードはグリュンカの体に刺さった剣をやっとの思いで抜き取った。
「後二匹、どうにか持ってくれ」
 剣と盾をまるでスキーのストックのようにして体を支え、這いずるようなスピードでのろのろと山道を登り出した。

 

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