ジウランの航海日誌 (9)

 Chapter 2 龍の王国

20XX.9.XX 《巨大な星》ツアー

 とうとう《巨大な星》まで来た。
 ダーランの移民局に併設されたポートが見えてくると、じいちゃんは普段通りだったが、美夜は少し興奮しているみたいだった。
「おじい様、コメッティーノたちとはポートで待ち合わせですか?」
「いや、特に場所までは指定しなかった」
「……こんな大きな星なのに」
「気にするな。どっかで会えるさ」

 ぼくたちは鼻歌交じりのじいちゃんと共に移民局で手続きを行った。《青の星》という聞き慣れない名前に係官は困惑の表情を浮かべたが、じいちゃんの名前を聞くと笑顔で入港を許可してくれた。
「さすがおじい様、どこでも名前が知れ渡ってますね」
「まあな。地球くらいだよ、わしが無名でいられるのは」
「それでどこに向かわれるんです?」
「そうだな、この星で訪ねたいのは『隠れ里』、アンフィテアトル、ホーリィプレイスの三か所だな。まずはアンフィテアトルに行くか」

 
 アンフィテアトルは不思議な街だった。街路や建物は恐ろしく古かったが、人々は最先端の雰囲気を漂わせて歩いていた。
「久しぶりに顔出すか」
 じいちゃんが言うのはきっとあの店だと思った。
 予想通り、じいちゃんは”Re Leve”という看板のかかった店の前で立ち止まった。

 
 古びた木のドアを開けて、じいちゃんは慣れた様子で店の奥に向かって進んだ。幸いな事に他に客は二、三組しかなく、じいちゃんがいつも陣取っていたであろう奥の丸テーブルは空席だった。
 じいちゃんは注文を取りに来た若い女性に「ポリート、三つ」と告げて、改めて店内を見回した。
「やっぱり変わっちまった。知った顔もいねえし」
 そりゃそうだよ、じいちゃんがここに入り浸りだったのは――
「百年近くも前になる。何だかわしだけ化け物みたいだなあ」

 
 ポリートを運んできたのは店の主人らしき、あご髭を蓄えた青年だった。青年はポリートをテーブルに置く時にじいちゃんの顔をまじまじと見つめた。
「あの、失礼ですがデズモンド・ピアナさんじゃありませんか?」
「あん、何だよ。わしを知ってる奴がいるとはな。でもお前さん、まだ若いじゃねえか」
「壁に飾ってある写真を見てたし、死んだじいさんがよく話してたんです。『昔はこの店は銀河で最も最先端の店だったんだぞ』って」
「おお、あんた、マスターの孫か。そういゃあどこか面影がある」
「伝説の冒険家にお会いできて光栄です」
「冒険家じゃねえよ。歴史学者だ」
「ああ、すいません。でもラッキーでしたね。この後、芝居がはねる時間になると店は満席になりますから」
「芝居――テアトルはまだあんのかい?」
「ええ、最近はまた人気が盛り返して。並び咲く二輪の名花、ニナ・フォルストとジェニー・アルバラードがいる限りは安泰ですよ」
「――そいつは何としても観とかないといけねえ。今は何の芝居がかかってんだい?」
「いつもの通り、『リーバルンとナラシャナ』ですよ」

 
 店を出たぼくたちはじいちゃんの案内でテアトルに向かった。芝居がはねた時間のせいだろうか、夜中だというのに街路は陽気な人々で混雑していた。
 じいちゃんはテアトルの正面ではなく、通用口に回って目当ての人物が出てくるのを待った。
 三つ出ている月が照らす夜空の下、二十分ほど待っていると女性の話声が聞こえた。
 じいちゃんは素早い身のこなしで通用口に現れた二人の女性の前に立って、声をかけた。
「よぉ、お嬢さんたち」
「誰?」

 
 月明りに照らされたのは金髪の知的な女性と赤毛の情熱的な女性だった。赤毛の女性が一歩前に出て緊張した声を返した。
「おお、悪い悪い。怪しい者じゃねえよ。わしはあんたらの母さんをよく知ってるデズモンド・ピアナってもんだ」
「……デズモンド」
「えっ、うそ。デズモンド・ピアナって死んだんじゃないの?」
「おいおい、生きてるよ。今こうしてあんたらの前で話をしてるだろ」

「私の母もジェニーのお母さんもずいぶんとお世話になったみたいね。それに今やっているお芝居だってあなたの原案でしょ」
「まあな。エリザベート、アン、懐かしいな」
「あなたのお連れは?」
「わしの孫とその許嫁だ」
「なるほど。観光で立ち寄った訳ね」
「そうじゃねえよ。あんたたちに大事な話があるからここで待ってたんだ。ニナにはリンの話、ジェニーには七武神、公孫水牙の話と言えばわかるかな」
「……」
「ちょっと。突然何言い出すのよ。気持ち悪い」
「気持ち悪いって事は心当たりがあるんだな」
「こんな所で立ち話も何だわ。私の家かジェニーの……そうね、私の家の方が近いからそっちに行きましょう」

 
 ぼくたちはニナの暮らすアパートに招待された。郊外にある小ぢんまりとした二階建てのアパートでよく手入れされた小さな庭が付いていた。中に入ると階段の所の壁に家族の肖像画が飾ってあった。
 ニナはぼくたちに温かいお茶を用意してから、自分も席についた。
「で、さっきの話だけど、どういう意味?」
 じいちゃんは今までと同じく事実の世界の話を二人に聞かせた。

 
「デズモンド、あなた、ソントン・シャウばりの文才ね」
 ニナが言うとジェニーも続けた。
「本当。公孫水牙ってどこのどいつよ」
「二人とも心当たりがあったから、こうしてここに呼んだんだろ?」
「……」
「だって気持ち悪いじゃない。他人の夢の内容を知ってるなんて」
「夢じゃないって言っただろ。『事実の世界』なんだって」

「ねえ、デズモンド。そんな話を聞かせに来た訳じゃないでしょ。私たちに何をしてほしいの?」
「事実を信じる人間が増えりゃ、やがて『事実の世界』の方が本物になる。あんたたちにはあれは夢じゃないんだって思っててもらいたい」
「何よ、それだけ?」
「可能であれば、この先……そうだな、《武の星》に集合してもらいてえんだが無理だよな」
「あら、あたしは行くわよ。舞台よりもそっちの方が面白そうだもん。ね、ニナ?」
「うーん、そうね。でもシップを調達するのは大変よ」
「ああ、そうだったな。定期シップも出てないのか――だったらこうしようじゃねえか」

 
 ぼくらは真夜中にニナのアパートを出た。
「おじい様。ニナさんたちを一緒に連れて行けば良かったのに」
「まだこの星で行く場所があるんだ。だからああしといた」
「『隠れ里』ですね」
「そういう事だ。今夜はこの街に泊まって明日出発するぜ」

 

登場人物:ジウランの航海日誌

 

 
Name

Family Name
解説
Description
ジュネパラディス《花の星》の女王
ゼクトファンデザンデ《商人の星》の商船団のボディーガード
コメッティーノ盗賊
ハルナータ《賢者の星》の最後の王
アダンマノア《オアシスの星》の指導者
エカテリンマノアアダンの母
リチャードセンテニア《鉄の星》の王
ニナフォルスト《巨大な星》の舞台女優
ジェニーアルバラード《巨大な星》の舞台女優
《巨大な星》、『隠れ里』の当主
陸天《念の星》の修行僧
ファランドール《獣の星》の王
ミナモ《獣の星》の女王
ヌニェス《獣の星》の王
マフリセンテニアヌニェスの妻
公孫転地《武の星》の指導者
公孫水牙転地の子
ミミィ《武の星》の客分
王先生《武の星》の客分
ランドスライド《精霊のコロニー》の指導者
カザハナ精霊
アイシャマリスのパートナー
デプイマリスのパートナー
マリス覇王を目指す者
マルマリスの父
ツワコマリスの母

 

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