9.1. Story 2 エニクは語る

 ジウランの航海日誌 (9)

1 ファニルナス銀河

「で、お願いしてた件についてだけどどう。見つかった?」
「大変だったよ。ばれたら大問題だ。他所のチームが作った箱庭を勝手に漁るなんて」
「今更いいだろう。もう幾つも問題を起こしている。二つや三つの問題を新たに起こした所で大差はない」

「そう言えばエニクは報告に行ったきり、帰ってこないな。絞られてるのかな」

「じゃあ、あたし行くわ」
「穴はすぐに塞ぐからどうにかして自力で帰ってこないとだめだぞ――チエラドンナ。上手くいくといいな」
「……気を付けて行け」
「オシュ、ギーギ。ありがとうね」

 
 エニクの前には評議員たちがずらりと並んで腰かけていた。
「まるで裁判だわ」とエニクは心の中で思った。

「さて、エニク君。呼び出された理由はすでにわかっていると思う」
 真ん中に座る白髪の評議員が口を開いた。
「はい。理解しています」
「ふむ、君たちのチームは自らが造った実験場をこともあろうか、その実験材料に簒奪された。間違いないね?」
「間違いありません」
「だがその簒奪者たる実験材料こそ、先頃我々を歓喜させた巨大なエネルギー、君たちの報告によれば『ナインライブズ』の発現に大きく関わっている。これも間違いないね」
「はい」
「我々の調査では、その実験材料は君たちが造り上げた純粋なものではなく、別の世界の存在ではないかという可能性が否定できない」
「……」
「だからといって君たちの実験の偉大な成果に傷がつく訳ではない」
「……」

「結論を申し渡そう。君たちが造った実験場、通称、『天の川銀河』の管理は放棄する事、今後の実験の主眼はその簒奪者たるものの行動を観察する事――」
「ちょっと待って下さい。このままあきらめろという意味ですか?」
「そうだ。自らが造った実験場を実験材料に乗っ取られる、本来であれば大失態だが、それを不問に付そうと言っているのだ。感謝したまえ」

「お言葉を返すようですが、私たちはまだあの……リンの実力を完全に把握しきった訳ではありません。あの銀河にはまだこれからも難事が待っています。私たちなしでそれを成し遂げられるかどうか」
「エニク君。君たちはすでにその実験材料を使って君たちチームの一人を消滅させているね。この上まだ何かをしようというのか。それは『星間火庁』に報告した輩を指しているのかね?」
「リンでしたら、あの不法侵入者をやすやすと消滅させるでしょう。ですが――」
「何だね?」
「私たちにもプライドがあります。今ここであの銀河を放棄しろと言われても承服できません。もう一度、機会を与えては下さいませんか?」
「機会とは?」
「あの新しい創造主、リンの真の実力を推し量るために私たちの全力を持って挑みます。その勝負に私たちが勝てばあの銀河は元通り私たちのもの、負けた場合にはおとなしく放棄します」
「しかし荒っぽいのを推奨する訳にはいかない。『ファリータ・フィノード・デグラビアサ・ザリ』のケースもあったし、あまり好ましくないのだがね」

 
 部屋に音もなく一人の男が入ってきた。
「私に考えがあります。『ニーブの盟約』を使う訳にはいきませんか?」
 評議員たちは男の顔を見て、ざわつき出した。
「……これはジノーラ教授、いや元教授か――今のは聞き間違いだったか」
「ご無沙汰しております。今の発言は本気です。レアが幾つかの次元を新たに造って下されば、そこで安全に勝負ができる、そう申しております」

 評議員たちは頭を突き合わせてひそひそ話を始めた。ようやく意見がまとまり、真ん中の評議員が再び口を開いた。
「とにかく実験場簒奪の件はエニク君たちの成果に免じて不問に付す。ジノーラ氏の提案については後日、改めてこちらより連絡する。では散会」

 
「先生、来てくれたんですね」
「当然さ。可愛い教え子を窮地に追いやる訳にはいかない」
「先生はリンの側についていると思ったんだけど」
「君と同じだよ。私もまだリンの本当の力を推し量れずにいる。アーナトスリ君を消滅させたのを見た現在となっては、ますますその思いが強くなった」
「評議員たちは願いを聞き入れてくれるでしょうか?」
「問題ないはずだ。誰も損をしないどころか、また新たな成果を手にする事ができるのだからね」
「では私たちの勝ち?」
「ここからが本当の勝負だよ。まずはリンたちを土俵に上らせなければならない。それに君たちの全力の仕掛けが必要だ」
「わかりました。早速、準備をしましょう。私たち十一人、いえ十人の――」
「チエラドンナ君も離脱したようだよ」
「やはりそうでしたか。では九人の全力を持って事にあたります」
「その意気だ。では――」

 
「先生」とエニクが思いつめたような表情で言った。「先生はその……レアに会われた事がおありですか?」
「多くの人間が勘違いしているが、レアというのは昔の言葉で”Ranoviada epi Alum Hollix”、『唯一にして触れてはいけないもの』のR・E・A・Hをつないだ言葉だ。つまりは特定の個人か集団なのか、実在する人物か、概念なのかもわからない」
「先生くらい偉い方だったらどうにかなりそうですけど」
「いや、レアにコンタクトが取れるのは学長だけだ。私のような下っ端では会うのは無理だよ」

「先生、今、私が考えている事、わかりますか?」
「ああ、だがエニク君、その考えは極めて危険だ」
「どうしてですか?だってリンはレアと同じ『上の上の世界』の住人の可能性が高いじゃないですか。彼の力を借りれば外に出ていく事もできるとは思いませんか?」
「確かに君の言う通りだ。『星間火庁』、ノカーノの血を引くであろうリンは底知れぬパワーを秘めている。だが彼と共に外に出ていってどうする?レアとは何者かを調べ、『上の上』がどうやって私たちの世界を造り上げたかを知りたいのだろうが、導き出される結論は『さらに上の世界がある』という事だけだよ。君はさらに上の世界に行きたいと考えるかもしれない。しかしそこでもまたさらに上の世界がある事を知る。この宇宙はキリがないのだよ。私だったら――」
「先生だったら?」
「気絶、いや、自らのちっぽけさに絶望して命を絶つかもしれないな」

「私は自分の限界を知っているつもりです。リンの力を借りたとしても『上の上』に行くのが精一杯。そこよりもさらに外に出ていこうとすれば辿り着くまでにおばあちゃんになってしまいます。宇宙にはどれだけの次元があるかわかりませんもの」
「それは私も一緒さ。我々では取り扱えない次元があったら、そこでお終いだ。それに私は君のように若くない」
「いっそ私たちも被創造物の身分だけであれば気が楽なのに。創造主でもあるから下も上も見なくてはならない」
「ふふふ、上の事を考えている人間は滅多にいないさ。下の世界についても我々のような特殊なプロジェクトに携わっていない一般の人間には無縁の存在だよ」

「当面は下をどうするかですね」
「そうだね。上を考えるのはもっと先でいい。決死の覚悟が必要になるはずさ。そういう意味ではチエラドンナ君はラッキーだったよ」
「あの娘ったら。まさか下の世界の人間と恋に落ちるなんて。それで恋人はどこにいたのかしら?」
「『ファニルナス銀河』のようだ」
「えっ、別のチームの造った箱庭ですよね。『上の上』ではないけれど、それはそれでまずいんじゃありませんか?」
「ふふふ、内緒だよ――さあ、リンの下に向かおう」

 

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