8.8. Story 2 混沌と自由の境界線

 Chapter 9 願い

1 アラリアの謎

ハクとランドスライド

 マリスとアイシャ、それにデプイの三人はシップで《狩人の星》に向かった。
「デプイは外の星に行くのは初めて?」
 アイシャが尋ねるとデプイは笑いながら答えた。
「外の星どころか、『聖なる台地』から出るのも初めてさ」
「ふーん、あんまりはしゃがないでね」
「ガキじゃないんだ。心得てるさ」
「そうは言うものの嬉しそうだよ」
 マリスが言い、三人は笑った。
「あっ、見えたわ。《狩人の星》よ」
「よし、ポートに降りよう」

 
 マリスはエル・ディエラ・コンヴァダの町のポートにシップを停めた。
 ポートの係官はマリスの名前を確認して笑顔を見せた。
「文月……ハクさんの関係者かね?」
「ええ、弟です」
「それは凄い。今はちょうどランドスライド卿も来てらっしゃるから賑やかになるね」
「本当ですか?」
「ああ、連邦府の建物を訪ねてごらん」

 
 マリスたちは教えられた建物を訪問した。
 すぐに中に通され、ハクの執務室に入るとそこにはランドスライドもいた。
「やあ、マリス」
 ハクが椅子を立ってマリスを抱きしめた。
「確か、そちらの女性はアイシャさんだったね。どうやら新しい仲間もいるようだ」
 マリスはアイシャとデプイをハクに紹介してから、ランドスライドに向き合った。
「ランドスライドさん。はじめまして、マリスです」
 ほっそりとした体つきのランドスライドは顔いっぱいに笑みを浮かべた。

「お噂はかねがね伺ってるよ。それにしても不思議なメンバーだ」
「お母さまはアラリアの方、ミネルバですよね?」
 アイシャが尋ね、ランドスライドは頷いた。
「先日、ハクの家族と一緒に母の下を訪ねたんだ。もちろん君の話も出たよ」
「あら、そうですか。でも相変わらず不安定なんでしょ?」
「うん。でも一度でも閉じてしまうと再度開くのはもっと大変みたいでね――」

「二人とも、その話は何だい?」
「ああ、マリスには言ってなかったわね。後で一緒に行きましょうよ」
「そうしてくれると嬉しいな」
 ランドスライドはそう言った後、ハクに小さく目配せを送った。
「ぼくはこれから《虚栄の星》に戻る。実はそこで会えると思っていたんだけど、君の方から会いに来てくれた。君にお願いしたい事があったんだよ」
「えっ、何ですか。僕でお力になれる事でしたら喜んで――」

「マリス」
 ハクが話に割って入った。
「これはとても重要な話だ。万が一にも外部に漏れてはいけない……そうだな。私もランドスライドと一緒にそちらに行くから落ち合おう。君がいつもいるのはどこだい?」
「大抵の場合は、カナメイシのあるジェネロシティの丘のポリス地区の『ホテル・カラミティ』です」
「ふむ。それは好都合、いや、じゃあそのホテルで」
 そう言い残して、ランドスライドとハクは慌ただしく執務室を出ていった。出ていきかけたハクが立ち止まり、マリスたちの下に戻って一枚のメモを手渡した。
「これを――」

 

ム・バレロとプロトアクチア

 同じ頃、二人連れの男たちもエル・ディエラ・コンヴァダにいた。一人は体格のいい猟師のような男、もう一人はフードを深くかぶったローブ姿の男だった。
 二人はマリスたちが連邦府の建物に吸い込まれていくのを見て、顔を見合わせた。
「ム・バレロよ。あれが今一番銀河を騒がせている男だ。一体、この星に何の用だと思ったら、ハク文月に会いに来たか」
「――それだけではあるまい。一緒にいた娘はアラリアだ」
「ん、何だ。それは?」
「アラリアとはかつてこの銀河を訪れ、そして去っていった幻の民族。今、この世界に残っているのは僅か数人だ」
「それがあの娘だとして、この星に何の関係があるんだ?」
「おそらく、この後、あ奴らはアラリアの住む世界を訪ねる。そこにいるミネルバ・サックルローズに会うためにな」
「その名なら聞いた事があるぞ。しかしアラリアの住む世界とは?」
「ここからしばらく行った所にキルフという村があり、その村の裏手にアラリアの世界に続く空間の裂け目がある」
「なるほど。アラリアとは異次元か?」
「異次元ではない。この銀河と空間を繋げている、いわば『上の世界』だ。普通に旅をしたのではとんでもない時間がかかる」
「創造主の領域だな」
「こちらの銀河に所々ある空間の裂け目というものは極めて不安定だ。それは《青の星》にある裂け目も《蠱惑の星》の裂け目も同じ。必ず誰かがその空間を維持していないとやがては閉じてしまう。ミネルヴァは自らの力でその空間を守っているのだ」

「……ム・バレロ。お前、いやに詳しいな。もしかするとお前もアラリアの末裔か」
「下らん詮索は要らん。それよりどうだ。わしらも今からアラリアに行ってみよう」
「へっ、あっちでマリスとご対面って訳か?」
「いや、今出ればあいつらよりも先に着く。そこで一つ、面白い実験をしようではないか」
「何だ、それは?」
「アラリアに通じる空間を塞ぐ。上手くすればマリスをそちらに閉じ込められるかもしれんぞ」
「……あんたはおっかねえ人だ。空間を維持する人間を殺しちまうんだな」
「行くのか行かないのか」
「もちろん付き合う。こいつは見物だ」

 

パブロの警告

 執務室に残されたマリスたちは呆然としていた。
「何、あんなに慌てて」
 アイシャが言うとマリスは笑った。
「むしろラッキーだったんじゃないかな。出発の寸前に会えたんだから」

「マリス」
 デプイがあくびをしながら言った。
「さっき渡されたメモの場所に行ってみようぜ」
「えっ、デプイ。見てもいないのにメモの内容がわかるのかい?」
「ああ、昔はもっと力があったんだけどな。紙に書かれてる事くらいは今でも読み取れるよ。どうやら町中の花屋みたいだぜ」
「きっとハクの奥さんのマーガレットの花屋だ。早速、行こう」

 
 マリスたちは町はずれにある小さな花屋に向かった。
 花屋の軒先では髪を束ねた女性が背を向けて作業をしていた。
「あの」
「いらっしゃい」
 女性は振り向いた。黒い瞳が魅力的だった。
「……あら、あなた、どこかで」
「マリスです。マリス文月です」
「ああ、本当の末っ子ね。何かとても大それた事をしようとしているみたいじゃない?」
「お詳しいんですね」
「ちょっと待ってて。お茶の用意をするから」
「あ、いいですよ。暗くなる前にキルフに行きたいんで」
「そう……せっかくだからパブロに会っていって」
 マーガレットはそう言うと、店の奥の階段の下から声をかけた。
「パブロ、降りてきてご挨拶しなさい」

 
 とんとんとんと軽い足音がして、一人の少年が姿を現した。髪は両親と同じく黒かったが、瞳は濃いブルーだった。
「こんにちは。マリスさん、アイシャさん、デプイさん。パブロです」
「――驚いた。紹介もしてないのに僕らの名前を知ってるなんて」

「このガキ」
 デプイはそう言ってから慌てて言い直した。
「いや、この子供、大層な奴だぞ」
「へえ、そうなのか。パブロ」
「……そんな事、言ってる場合じゃありません。早くキルフに行かないと大変な事になります」
「えっ?」
「手遅れになる前に。急がないと」
「わかった。君を信じる――キルフに急ぐぞ」

 

白い屋敷の奥部

 マリスたちは駆け足でキルフの村の裏山を登った。途中で道が二手に分かれた場所に出て、迷わず左の細い道を選んだ。
 アイシャは何か言いかけたが、緊張した表情を崩さずに黙って歩き続けた。
 やがてグシュタインの白い屋敷が姿を現し、三人は中に入った。

「ここまでは何もなかった。という事は……」
 マリスが二階の書斎の本棚にぽっかりと空いた空間の裂け目を見ながら言った。
「アイシャ、中に入ってもいいんだろう?」
「ええ、そのまま入っていけるわ」

 
 静かな場所だった。普通の町、普通の道、普通の空、ただ人の姿と音がなかった。
「誰もいないか……アイシャ、あのあちこちにいるぷるぷるしたのは?」
「安心して。あれはジェリー・ムーヴァー、無害な生物よ。でも様子が変だわ――こっちよ。急いで」

 
 アイシャは走り出し、緩やかな坂道を下った所にある教会のような建物に飛び込んだ。
「ミネルバおばさん!」
 それほどの大声ではなかったが声は建物中に響き渡った。
「アイシャ」
 ようやく追い付いたマリスとデプイが建物の中に入った。
「おかしいわ。この間は笑ってすぐに出てきてくれたのに」
 アイシャはマリスたちに目で合図をすると建物の奥に走っていき、そこで小さな悲鳴を上げた。

 
「どうした、アイシャ」
 マリスたちが駆け寄るとアイシャの足元に一人の女性が倒れていた。マリスは急いで抱き起し、脈を取った。
「大丈夫だ。息はある」
「おばさん、おばさん、どうしたの?」
 アイシャが声をかけるとミネルバはゆっくりと目を開けた。

「ああ、アイシャ……」
「誰かにやられたのね」
「……空間が閉じてしまうわ。急いでここを立ち去りなさい」
「でもそんな事をしたら二度と空間は繋がらないんでしょ」
「仕方ないわよ。あなたたちは戻らないと」
「だめよ。ランドスライドが悲しむわ」
「大丈夫……あの子はもう大人だもの」
「そんなのだめよ……」
 アイシャはしばらく俯いていたが、顔を上げてマリスに言った。
「マリス、聞いたでしょ。この空間はもうすぐ閉じてしまうかもしれないわ。その前に脱出して」
「わかった。だけどミネルバさんを動かすのは――」
「あたしはおばさんとここに残る。あなたとデプイだけで行って」
「えっ?」
「誰かがいないとこの空間が塞がってしまう。あたしならきっとこの空間を維持できると思うからやってみるわ」
「そんな……危険だ」
「大丈夫よ。あたしもアラリアの血を引く者だし」
「しかしそうなったら僕と君は二度と――」
「今はそんな事心配してる場合じゃないでしょ。あなたは銀河の覇王になる人間なんだから、ここにいちゃだめなの」
「アイシャ」
「それに……覇王ならどうにかしてくれるでしょ」
「わかった。約束する。必ず又、ここに迎えに来るよ」
「それでよし。さあ、早く行って」

 
 マリスとデプイは元来た道を走った。空間の裂け目はアイシャの言葉通り、小さくなっていた。
「デプイ、飛び込むぞ」
「おう」
 マリスとデプイがグシュタインの書斎に戻ると、裂け目は小さな黒い点に変わっていた。
「……アイシャ」

 キルフの村はずれでム・バレロとプロトアクチアがこの様子を窺っていた。
「なかなか面白い見物だったがマリスは戻ってきたようだ」
「ふむ、娘が『残る』と言い出すとはな。人間とはわからんものだ」
「ム・バレロ、あんたは不思議な奴だな。あんたとおれが組めば、マリスや連邦とも渡り合えそうだぜ」
「ふっ、正面切って闘うつもりのない者同士、いい勝負を繰り広げるかもしれんな」

 

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