8.8. Story 1 明かされる真実

 Story 2 混沌と自由の境界線

1 くれないの処遇

議長更迭

 その日、銀河連邦に加盟する星々を驚愕が走り抜けた。
 連邦副議長トゥーサンの名の下に一斉にヴィジョンが流れた。

 

 連邦議長くれない文月、連邦の権威を著しく失墜させた数々の行為により、議長職を解く。
 尚、当面議長の座は空位とし、副議長トゥーサンがその職を全うするものとする。

 

メドゥキとムスクーリ

 コメッティーノはこの知らせを休暇中のヴィーナスと共に《魅惑の星》のムスクーリ家の屋敷で聞いた。
「おい、ヴィーナス。大変な事になったな」
「いつかはこうなるとは思ってたけど」
「お前、休暇が明けたら連邦に戻るのか?」
「まっぴらだわ。トゥーサンの仕切る連邦に戻るなんて」
「トゥーサンの野郎……だが全てはおれに責任があるんだよな」
「どうして」

「おれはいい気になってリンの子供たちに《享楽の星》のドノスを攻めさせた。もちろん良かれと思っての事だが、チオニの人間はそう感じなかったみたいでな。文月の人間は繁栄を台無しにした悪魔なんだそうだ。キザリタバンなんて文月に命を救われたくせによ。きっと恐ろしくなっちまったんだな。子飼いのトゥーサンとロアリングを連邦に送り込んで、文月の排斥を目論んでやがる」
「トゥーサンが嫌ってるのはくれないだけじゃないわよ。あたしだって『女に何ができるんだ』って感じで扱われてるわ」
「いけすかない野郎だな」
「でも仕事ができるのは確か」
「人望がないだけか」
「秩序の権化よ」

「あーあ、文月対連邦か。弱った事態になっちまった」
「例のマリスの話ね」
「マリスだけならいいんだけどな。あいつのバックに付いてるのが胡散臭い」
「グリード・リーグ?」
「まあ、それもおれに責任がある。奴らはGCU不正操作の一件に怒り心頭のはずだ」
「という事はメドゥキやムスクーリ、それにマノアの立場からすれば、マリス側には付かないって事ね」
「そこんとこが難しい。秩序をふりかざす野郎に味方する気は毛頭ないが、グリード・リーグの存在を考えると――当面は静観だな」

 

連邦軍

 ゼクトは《商人の星》、ダレンの参謀本部で知らせを聞いた。
 直ちに連邦将軍たちにヴィジョンを入れた。一瞬だけロアリングを含めるべきか悩んだが、すぐに思い直してポータバインドを起動した。
 空間にはオリヴィエ・シェイ、エスティリ・ブライトピア、公孫水牙、炎牙、ジェニー、ステファニー、附馬烈火、ファランドール、ロアリング、そして息子のエンロップの顔が並び、リチャードを除いた十名が勢揃いしていた。
「皆、今朝の一斉ヴィジョンは聞いたと思う。我々がやるべきはいつもと同じ通り、連邦民の安全を守る事だ。いたずらに動揺すれば民も不安に陥る。慎重に行動してもらいたい。以上、質問はあるか?」
 誰も何も言わず、ヴィジョンは切れた。

 すぐにエンロップから再度ヴィジョンが入った。
「どうした?」
「自分は納得いきません」
「いきなり何を言い出す?」
「先ほどは言いませんでしたが、今回の一連の事件で非を負うべきはトゥーサンとロアリングです。くれない議長には何の非もないではありませんか」
「議会が決めた決定に文句をつけてはいけない。我々は武人だ」
「しかし――」
「民政に介入しない代わりに軍政の独立性は保たれている。そこを履き違えれば連邦は成り立たない」
「すでにその原則は崩れています。トゥーサンとロアリングの癒着は目に余る」
「……エンロップ。お前の憤りはわかる。おそらく水牙や他の将軍も同じ思いであろう。だがここは黙って推移を見守るのだ。我々が見ているのはあくまでも連邦内の民だ。トゥーサンから理不尽な命令が出たなら無視して構わん」

 

公孫家

 《大歓楽星団》の宇宙ステーションに併設された連邦軍のステーションで、水牙はヴィジョンを切ってため息を吐いた。
 すでに数日前に長老殿の意向が公孫と附馬の人間に伝えられていた。

 

 ――銀河は再び乱れようとしている。未来に待つのは秩序か、自由か、はたまた混沌かは誰にもわからない。
 我ら、武人にできるのは静観のみ。どのような状況にあろうとも、やるべき仕事を怠ってはいかん――

 

 水牙はドノス討伐以来、ほとんど《武の星》に戻っていなかった。炎牙とステファニーも成人し、それぞれ《戦の星》と《鉱山の星》方面に赴き、唯一、ジェニーがたまに開都に戻る程度だった。
 そのお膝元で分家の風が何か問題を起こしたらしかった。
 長老殿から何も言ってこない所を見ると、大した話ではなかったのだろうが、先日突然に風と附馬青嵐がロアリング付の武官に抜擢されるという通告があった。
 通例であれば、公孫、附馬の者は両家関係者以外の将軍の配下に属する事はなかったので、妙に引っかかった。
 一度、開都に戻って、長老たちに何が起こっているのかを確かめる必要があると思った。

 

連邦特殊部隊

 リチャードと茶々は《泡沫の星》に戻っていた。
「おい、茶々。聞いたか。くれないが議長を辞めたぞ。いや、正確に言えば追い出されたか」
「とうとうか。トゥーサンとロアリングのくそ野郎共が仕切るんだな」
「お前、どうするんだ?」
「へっ、どうするって?」
「弟が追い出されたんだぞ。連邦に何の義理もないだろう」
「そうだなあ。でも戦いはこっからが本番じゃねえか」
「それもそうだが――私一人でも構わんぞ」
「冗談言っちゃいけねえよ。あんたとオレしか気付いてない抵抗勢力の秘密がはっきりしそうなのによ」
「プロトアクチアか」
「おお、連邦府で裁判を終え、刑に服してるのは真っ赤な偽もん。本もんのプロトアクチアは別の場所にいるって噂話さ。そいつが本当なら、早いとこ《古城の星》に乗り込まねえと」
「あせるなよ。その内、あちらから尻尾を出すさ」
「トゥーサンなんかのために働くつもりはこれっぽっちもねえが、プロトアクチアとは一戦交えてみてえ――それより、リチャードこそいいのかよ」
「何も気にならないな。私一人いなくても、文月は最強だ」
「へへ、元はと言えばオヤジを戦いに引き込んだのはあんたじゃねえか。何だかんだでオレたちが気になるんだろ」
「さあな。頭の中にあるのは龍との戦いだけだ」
「そんな話、初めて聞いたぜ」
「ああ、初めて言った」

 

辺境

 《狩人の星》のハクの下をランドスライドが訪ねた。
「やあ、ランドスライド。どうしたんだい?」
「ん、ああ、ちょっと用事があってね。ところで、くれないの件、聞いたろう?」
「うん。いつか、こういう日が訪れるのは予期していたけど」
「ふうん。君はどうするんだい?」
「心配してくれたんだね。何も変わりはしないさ。ここは銀河の中枢からも離れているし、辞めろと言われるまでは職務に就くつもりだ」
「君たち兄妹はリンにそっくりだね。物事に執着がなく、淡々としている。何を考えているのか、何も考えていないのかもよくわからない」
「それはどうも。でも想像してご覧よ。私たち九人の兄妹とマリス、それに子供たちが一致団結して立ち上がったら、銀河はどうなってしまうか」
「恐ろしいね。そうなったとしたら君の父さんと共に戦ったぼくたちはどう行動すればいいのだろう」
「なるほど。ランドスライドはその件に関して、ある人の意見を拝聴しようと思ってここに来たんだね」
「まあね。今や《虚栄の星》は銀河で一番ホットな場所だ。そこの管理を任されている以上、やるべき事はやらないと」
「……ミネルバか。一度お会いしたいな」
「だったら一緒にキルフに行くかい?」
「いいのかい?」
「もちろんだよ。君の力が邪魔になる事はない。早速、出発しよう」
「だったら息子のパブロも連れていっていいかな。今日はマーガレットが市場に買い付けに出ているから一人で留守番をさせる訳にもいかなくて」
「ああ、旅の道連れは多いほど楽しいよ」

 

リンの妻たち

 《オアシスの星》、ボヴァリーの郊外にできた新しいリゾートホテル兼ショッピングモールの落成式を終えて、アダンはニナにヴィジョンを入れた。
「ハロー、ニナ。そっちはどう。相変わらず忙しいの?」
「まあね、そちらは?」
「変わらずよ。そのうちミチが来てくれるけど、やる事いっぱいで目を回すんじゃないかしら」
「いいわね。孫が後を継いでくれるなんて。ロクにももう一人子供作ってもらおうかな。でも《エテルの都》の管理なんてさせるもんじゃないか」
「自分の仕事をそんなに卑下するもんじゃないわ。こっちだって商人の親玉よ」
「葵みたいに早く隠居を決め込みたいわね」
「……ん、でも葵も現役復帰するんじゃない」
「……くれないの件ね。用件もそれ?」
「ええ、いきなりジュネに連絡する勇気はなくてね」
「私の態度は決まってるわ。この都の治安が守れるなら、くれないが議長であろうとなかろうと関係ない――とはいうものの」
「あたしだって経済活動が妨げられなければ気にしないんだ。でも議長代理がね」
「何回か話をした事はあるけど、文月の家系を嫌ってるって本当?」
「うん、チオニの都を破壊した張本人だって思い込んでるみたいよ」
「半分は本当の話だけどワイオリカが言ってた。あのまま放置しておけばドノスの呪詛で大樹が枯れて、都はもっと荒廃したろうって。あのタイミングでああいう強引な形で都を救ったのは正解なのに理解はされないわね」
「言いたい人には言わせておけばいいのよ。で、ニナはどうするつもり?」
「どうするって。ここを離れる訳にはいかないわよ」
「そうだよね。あたしたちはリンの妻だもん。ちょっとの事じゃ動じやしない」
「その通りよ」
「ねえ、ジュネに連絡してみようか。何て言うと思う?」
「今の私たちの会話と一緒だと思うわ」

 
 アダンはジュネにヴィジョンを入れた。
「ハーイ。ジュネ。あたしよ。ニナも映ってるわよ」
「あら、あたし、今、機嫌が悪いのよ」
「えっ、それはやっぱりくれないの件?」
「そんなんじゃないわよ。ヘキよ。あのバカ、何年も帰ってこないの。だから期限を決めて、それまでに戻らなかったら勘当だって言ったの。なのに姿を見せやしない。もう我慢の限界よ」
「あのね、ジュネ」とニナが言った。「ロクの話では、ヘキは《鉱山の星》に留まってある人の面倒を見ているらしいわよ。石を巡る騒ぎも一段落したからもうすぐ戻るんじゃない?」
「もう遅いわよ。あたしはリアカにこの星を継がせる事に決めたから」
「くれないはどうするの?」
「くれない……考えてなかったわ。好きにするんじゃないの。連絡もないわよ」
「……あ、そう。お取込み中みたいだからまた連絡するね」
 アダンはジュネとのヴィジョンを切って、空間に映るニナと顔を合わせた。
「予想外だったわね」
「うん、心配する必要ないわ」

 

《青の星》

 デズモンドが門前仲町にやってきた。
「おう、セキ。ちょっといいか」
 セキはその声に緊張した。コザサにきつく言われた「デズモンドには言うな」という約束が頭をよぎったためだった。
 庭に出て日向ぼっこをしていたヌエと毛づくろいの準備をしていたもえに目配せをしてからデズモンドを庭に招き入れた。

「デズモンド、この間はご馳走様」
「気にすんなって。それより変わった事はなかったか?」
「……」
 セキは言葉に詰まった。どうやってデズモンドを誤魔化すか、下を向いているとデズモンドが声をかけた。
「何だよ、変な奴だな。今日の連邦の一斉ヴィジョンだよ――お前、聞いてなかったのか」
「あ、ああ、ごめん。聞いてなかった。何だったの?」
 デズモンドはくれないが議長の座を追われた事を話した。

 
「ふーん、いいんじゃないの?」
 セキが言うとデズモンドはにやりと笑った。
「お前らしい意見だな」
「そうかなあ。この星だと連邦の恩恵をあんまり感じないせいかもね」
「連邦に未加盟の星にとっちゃあ、大したニュースじゃねえか」
「うん。この星は連邦云々の前にもっと大事な事を控えてるでしょ?」
「さあな。わしにはよくわからんが、ここと《虚栄の星》、それに《古城の星》は何かときな臭いなあ」
「あっ、言ってる意味わかるよ。マリスの目指す自由と《古城の星》の混沌は連邦には理解されないって事でしょ?」
「お前、本当に時々、鋭いな。そう、どこも秩序と自由と混沌が混在する不思議な場所なんだよ」
「ふぅ。最後の戦いまでは息が抜けないね。くれないが連邦を去った事がきっかけになるのかな」

 
「それよりよ、セキ」
 デズモンドが突然話題を変えた。
「何?」
 セキが再びどぎまぎしながら答えるとデズモンドはにやりと笑った。
「もう一度話しちゃくれねえか。お前たちが『上の世界』に行った時の話を」
「えっ、前も話したよね」
「だから、もうちょい丁寧によ。細かい所まで逐一教えてほしいんだよ」
「うーん、デズモンドはすっかりスランプだね」
「仕方ないだろ。エピソード7の最後も8もわしは傍観者でしかないし、おまけに銀河全体の話だ。全部取材なんでできるか」
「そりゃそうだ。じゃあ話すよ――

 

【セキの話:『上の世界』】

 あの時、僕たちがマリスの提案で始宙摩の『無限堂』に向かったのは覚えてるよね。扉の封印はヌエが解いてくれた。
 僕たちは勢いをつけて扉の中に飛び込んだんだ。でもそこは平らなグレーの地面がどこまでも広がっている世界だった。
 辺りを見回しても何もない、何か変だぞとは感じたけど、僕たちには時間がなかったから、全速力で来た所からまっすぐに飛んでいった。
 景色は代わり映えしなかった。コウが何か言いかけたけど途中で止めた。そうしたらヌエがいきなり「止まれ」って頭の中に話しかけてきた。
「どうしたの、ヌエ」と僕が言うと、ヌエは「それはあいつが説明してくれる」とだけ答えた。
 ヌエの言葉通り、目の前に人が立っていた。

 
「あなたは?」
「『無限堂』を建てた者じゃ」
「じゃあ空海さん?」
「よもや、あそこを抜けてこちらに来るとは。お主たち、何をしにここに参った?」
 空海さんがそう言うと、突然にコウが身をよじった。
「ああ、やっぱりこのやり方じゃだめなんだ。失敗しちまったって訳か」
「ほぉ、お主は最近ここに来ていた若者、確かコウだったかな」
「覚えててくれて光栄だよ。でもあん時は正しい道のりを通ってここに来てた」
「わかっておるようだの」

「おいおい」
 茶々が口を挟んだ。
「オレたちには時間がないんだ。先に行かせてくれねえか」
「先を急ぐのは構わんが――そもそもお主たち、どこにいるかわかっておるか?」
 そう言って空海さんはグレーの地面を足でこんこんと叩いた。
「ここは……敵の近代都市の、その、ポートみたいなもんじゃねえか」
「茶々」
 コウが悲痛な声を上げた。
「違うんだよ。ここは……さしずめ、部屋の天井の片隅の金属部品の上辺りだろう」
「ふむ、さすが一度ここに来た者はよくわかっておる。まさしくここは天井の梁の一角――お主たちは手順を間違えたために、今は塵埃以下の存在。と口で言ってもわからんだろうから、これからお主たちの立ち向かおうとしている相手を見せてやろう」

 
 空海さんは僕たち八人とヌエに集まるように言った。ヌエは嬉しそうに尻尾を振り、僕たちは空海さんを取り囲むように立った。
「よいか」
 次の瞬間、僕たちは空中に浮かんでいた。
「見るがよい。あれがお主たちの今までいた場所」
 振り向いた先の景色を見て、皆言葉を失った。
 空海さんの言った通り、僕らがいた場所は天井に渡された梁、僕らが果てしなく続くグレーの大地だと思っていたのはその梁の上だった。
「……という事は」
 ロクが途中まで言葉を口に出したが、コウがそれを遮った。
「間違ったんだよ。正しいやり方で『上の世界』に来なかった。それがこの結果だ」
「その通り。今のわしも含めたお主たちはここでは塵よりも小さな存在。まさに『虚空』とはこの事じゃ。ほれ、下を見てみい」

 
 見下ろすとそこは巨大な漆黒の闇だった。
「何だ、これは?」
 コクが言うとコウが答えた。
「おれたちの暮らす銀河だよ。まあ、でっかいプールにしか見えないが、こっちが小さ過ぎるからあんな風にしか見えない」
「口で言っても己らのちっぽけさが実感できんだろ。もうすぐにお主らが戦おうとしている相手が戻ってくる。そしてこれが如何に無謀な挑戦だったかを理解する」

 
 空海さんの言葉の後すぐに、幾つもの大きな足音が響いてどやどやと人が入ってきた。
 その時の僕たちの驚きったらなかった。彼らは全部で十五人いたけど、その大きさたるや――僕らは自分たちが芥子粒以下の存在だって思い知らされた。こんなんじゃあ、戦うどころじゃなく、鼻息一つで蹴散らされてしまう。

「わかったかの。戦いを挑むなどありえん。違う道を辿ってここに来た者はただ観ている事しかできんのじゃ」
「でも私たちは――」
「信じるのじゃ。あの男を」
「あの男?」

 
 九人の創造主たちがもめていて、残りの六人は少し離れた位置に立っていた。
 どうやらこの一件を仕組んだアーナトスリの行方をどうやって突き止めるか、論じているようだった。
「アーナトスリがとうとうやってくれたわ」
 九人の内の唯一の女性が口を開いた。
「本人は行方不明。でもあの空に浮かんだ数字、この中に協力者がいるはず」
 女性は髪の毛を針のように立てた男をじっと見つめた。
「ねえ、ギーギ。あなたでしょ」
「……ああ、奴に頼まれた。おれが空間に穴を開け、オシュガンナシュが繋いだ」
「やっぱりね。で、アーナトスリは今どこ?」
「……詳しい場所は聞いていないが箱庭全体を破壊するために箱庭の中に潜っている。破壊する寸前に空間に穴を開けてこちらに戻って来られるようにしておいてほしいと頼まれている」
「そんな約束、守る必要ないんでしょ?」

「おい、エニク。ちょっと待てよ」
「そうだ、そうだ」
 小太りの少年のような男が言い、その双子の片割れらしきもう一人の小太りが賛同した。
「独裁者みたいじゃないか。こういう時には全員の意見を聞くのが決まりだろ?」
「私とした事が……そうね、冷静になるわ。ウムナイ、ウムノイ、あなたたちはどう思ってるの?」
「おいらたちはどっちでもいい。残しておけばまだ楽しい事はあるだろうってくらいかな」
「消極的賛成ね。ギーギとオシュは?」
「……おれは消滅するならしてもいいと思ってアーナトスリの頼みを聞いた。消極的反対だな」
 オシュガンナシュが無言で頷いたのを見てエニクが続けた。
「ジュカは?」
「聞くまでもない。こんな箱庭は失敗作だ」
「グモは?」
「どっちでもいいよ」
「ワンデライ?」
「消滅させるとなったらその前に目ぼしい被創造物を回収しなくちゃ。大変なんだよ」
「二人とも中立って所かしらね。バノコは?」
「こんな楽しい箱庭、そうはない。消し去るには実に惜しい」
「ふぅ、これで決まりね。中立が二、消極的賛成、反対がそれぞれ二、反対が一、賛成は私も含めて二。この箱庭は継続させるわよ」
「異論はない」
 反対していたフードをかぶったジュカが言うのを見てエニクは微笑んだ。

「ギーギ、あなたが行動しない限り、アーナトスリはこの箱庭の中から出られず、破壊を行えないって訳ね」
「……そうなるな」
「約束を執行しないといけない借りがあるなんて事はないわよね?」
「……あるはずがない」
「だったら放置しておきましょうよ。今はナインライブズ出現の記録――」

 彼女の言葉の最後の方は一人の男の乱入でかき消された。
 やってきたのは父さん――リンだった。

 

「わしがわからんのはそこだよ」
 デズモンドが勢い込んで言った。
「どうしてリンはそこにいられた。というより何故、『上の世界』に行こうと思ったんだ?」
「僕にもわからないよ」
「何だよ。わからんのか。で、その後は?」

 

 父さんは到着するなり、物凄い剣幕で創造主たちを責め立てた。
 それに対して創造主たちは黙っていたけど、やがて唯一の女性、エニクが口を開いた。
「リン、聞いて。『カタストロフ』はアーナトスリが仕組んだ事で、私たちにはどうにもできないの――」
「聞きたくないね。君たちの中には時間を制御できる人がいるだろ。過去に戻って悪だくみを防げばいいじゃないか」
「リン、時間を戻すのはとても大変なの」
「だったらこのまま銀河の滅亡を待てって言うのかい?」
「我々が君の希望に応えなかったらどうなる?」
「――この場で全員消えてもらう」
「穏やかじゃないな。リン、実はアーナトスリの代わりの創造主としてあんたを迎えようって話を今しようとしてた所なんだ」
「そうだ。被創造物などまた作り直せばいいだけ――」

 
 父さんはそれ以上話を聞かずに、九人の創造主に対して静かに構えを取った。いつの間にか、六人の創造主は父さんの後にいた。
「これ以上話をしても無駄みたいだね」
「待て、早まるな」
「『天然拳』!」
 父さんの指先から白い光が発射され、九人の創造主目がけて襲いかかった。
 光が消えると九人の創造主の姿も跡形もなく消えていた。

 

「うーん」
 デズモンドは腕を組んで唸った。
「やっぱりどっか胡散臭いな」
「父さんが都合よく現れた件?」
「それだけじゃない。創造主側の行動もだ」
「どういう事?」
「九人の内の誰かはリンが来る事をわかっていて、わざとリンが攻撃するように仕向けた……まあ、推測だけどな」
「そんな事言ったら、何もかも疑わしくなっちゃうよ」
「そりゃそうだ。やっぱりスランプかな」

 

 プロトアクチアはその男と《茜の星》で会っていた。
「縁というのは異なものだ。こうしてお主が来たのと時を同じくして連邦にひびが入ろうとしている」
 男が言い、プロトアクチアは声を出さずに笑った。
「文月が追い出されたか、自ら身を引いたか。いずれにせよ、連邦は弱体化する」
「だが文月が滅びた訳ではなかろう。結束してお主が話したマリスという青年を盛り立てるのではないかな?」
「そうなるな。新たなる『三界の諍い』という訳だ」
「ふん、つまらん事を。で、わしに何をしてほしい?」
「あんたには今まで通りやってもらえばいい。ナインライブズの出現によってある者は希望を失い、ある者は燃え尽きた。そうした人間たちを『根源たる混沌』に引き込んでもらえばそれで十分だ」
「マリスの目指す自由な世界よりももっとルールに縛られない第三の勢力を結集させるのだな。で、お主がその神輿に乗るのか……それともあの男か?」
「あの男は最後の瞬間まで動かんよ。おれもその柄じゃない――いっそのこと、バクヘーリアを呼んだらどうだ?」
「笑えん冗談だな。わしにも正体のわからないものを呼べるはずがなかろう」
「まあ、いい。混沌を率いるリーダーが表に出れば、その瞬間、そこに秩序が生まれてしまう。大いなる矛盾だよ」
「それもそうだ。わしらは闇に潜んで行動をするのが性に合っている」

 

《青の星》の地下

 藪小路は都内の某所で黒眼鏡の男と会っていた。
「連邦の話を聞いたか?」
 黒眼鏡の男が訊ねると、藪小路は上機嫌で答えた。
「うむ。愚かな事よ。文月のカリスマ性によって保たれていた連邦秩序を自ら放棄するのだからな」
「あんたの計画には何の支障もないんだろ?」
「もちろんだ。こちらはその日に備えて準備を始めている。連邦が来ようが、文月が来ようが、最終決戦に勝利するだけだ」
「混沌が覇権を握った場合は?」
「――ん、それはお前の身内の事か。それならそれで結構。最終決戦が不戦勝になるのは少し淋しいが」
「ふふん。面白くなりそうだな」
「うむ。気になる事があるにはあるが」
「それは一体?」
「この地からディエムが消えた後から、創造主と連絡が取れないのだ。もしかすると創造主は敗れたのかもしれない」
「そうなると、どうなるんだ?」
「わからん。上は上でひと悶着あるかもしれんが、その結果、何が起こるかは誰にもわからない」

 

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