8.7. Story 2 休日

 Chapter 8 台地の民

1 跡目

 大陸にいるコウにセキからヴィジョンが入った。
「何だよ。何か用か?」
 コウの口調にセキは思わず笑った。
「用があるから連絡したに決まってるだろ――ミチが《オアシスの星》に行くんだって?」
「もえから聞いたのか。そうだよ。ママンがどうしても家族が欲しいって言うもんだからな」
「ユウヅツとアカボシと同じだね」
「順天と同じような事、言うな。まあ、ミチには広い世界でビジネスを学んでもらいたいからな。いいんじゃねえか」
「大人の対応だね」

「そっちはどうなんだ。アウラもヒナも手元に置いとくつもりか?」
「今はごたごたしてて考えられないよ。きっとアウラが跡目を継がなきゃならないんだろうけどね」
「……そうだよな。伝右衛門親分亡き後、誰が東京を仕切るかって話だもんな」
「そんな大それた事じゃないけど、東京には例の『あれ』があるしね」
「ああ、デズモンドが言ってた話か。でも本当か。千年以上に渡っておれたちを付け狙ってるってのは?」
「嘘じゃないみたいだよ。昨日も手下の一人を見つけたって言ってた」
「また大立ち回りかよ。あのじいさん、元気だな」
「ジウランもまだ小さいし、当分は現役なんじゃない」
「ふーん」

「あっ、そうだ。本題を忘れてた。ミチが出発する前に皆で会おうよ」
「皆って、ロクや茶々もか?」
「ううん。今回はこじんまり。この星にいる人間だけでさ。コウの家とうち、それにデズモンドの所くらい」
「へえ、デズモンドか」
「実はデズモンドのずっと憧れてた海沿いの家、ビーチハウスでやろうと思ってさ」
「へえ、海かあ。楽しそうじゃねえか」
「じゃあ全員出席でいいね」
「ああ、詳しい事が決まったら又教えてくれよ」

 
 セキはヴィジョンを切って屋敷の中に戻った。
 茶の間ではもえが伝右衛門の遺品の整理をしていた。
 セキはもえの邪魔をしないように台所に行って、二人分のお茶を用意して戻った。

「はい、もえ。お茶」
「ああ、ありがとう、セキ」
 もえは仕事の手を休めてセキと向かい合った。
「ようやく落ち着いたわ」
「そうみたいだね」
「セキが雑音をシャットアウトしてくれたからよ。ありがとう」
「僕は何もしてないよ」
「ううん、あたし知ってるの。世間は誰が跡目を継ぐかしか関心がないのよ。警察の人もしょっちゅう来てたでしょ?」
「蒲田さんに文句言ったら来なくなったけどね。正式発表を待つってさ」
「あーあ、どうでもいいのよね。あたしにはセキがいてアウラとヒナがいればそれで十分。美木さんが受けてくれるのが一番なのに」
「美木村さんは受けないよ」
「そうよね。あの人は『お嬢さんかセキが継ぐべきだ』の一点張りだったもん」
「でも僕は他所の星の人間だし」
「うん、セキにはやらせたくない。抜けてるし」
「あはは。何も言い返せないや」
「あたしも無理。修蛇会もないから、ほぼ東京全土を見なくちゃいけないでしょ。荷が重いわよ」
「そうなるとデズモンドが言ってたあれかなあ」
「生前におじいちゃんと話をしたって言ってたわよね。本当かしら?」
「嘘つく必要なんかないしね」

 
 その夜、門前仲町の屋敷で臨時会議が行われた。
 セキ、もえ、アウラ、ヒナ、美木村は何故か娘の美夜を連れていた。立会人として警視庁の蒲田、それに西浦とデズモンドが顔を揃えた。

「美木さん、どうしたの?」
 もえが尋ねると美木村は気まずそうに頭を掻いた。
「いや、うちのが風邪ひいちまって寝込んでるんで。申し訳ありやせん」
「美夜ちゃん、ごめんね。夜遅くに」
 もえが謝ると美夜は恥ずかしそうに答えた。
「平気です。アウラやヒナが飽きたらあたしが相手しますから」

「へえ」
 デズモンドが感心したように頷いた。
「美夜ちゃんはうちのジウランと同い年だったよな。しっかりしてんなあ」
「止してくださいよ、デズモンドさん」
 美木村が困ったような笑顔で答えた。
「もうちょい子供っぽい方がいいんですけど、妙に冷めた所があって。可愛げがなくっちゃ、嫁に行けねえぞって言ってんです」

「大丈夫だよ。美木村さん」
 セキが笑いながら言った。
「うちの家系をご覧よ。女性の方が圧倒的に強いんだ」
「はっはっは」
 デズモンドと美木村は声を揃えて笑った。
「確かに文月家は女性で持ってるようなもんだ。沙耶香、ジュネ、アダン、ミミィ、葵、ニナ、順天、ワイオリカ、オデッタ……そしてもえだもんな」
「何よ、デズモンド。あんただって奥さんに尻に敷かれてたんでしょ」
「んー、わしか。わしん家はどうだったかなあ」
「そう言えばデズモンドの奥さんの話って聞いた事ないねえ」

 
 セキがそう言った所で蒲田が咳払いをした。
「皆さん、ご歓談中、申し訳ありませんが本題に入らせて下さい」
「ああ、そうでした。すみません」
 セキは居住まいを正し、もえが静かに口を開いた。
「皆様、本日はお集まり頂き、ありがとうございます。これより皆様が気にされている組の跡目についてお伝えしたいと思います」
 デズモンドと西浦はにこにこ笑っていた。美木村は表情を変えず、蒲田だけが真剣な表情になっていた。

「跡目はここにいる文月アウラに継いでもらいますが、アウラが成人するまで美木村義彦と文月セキが後見人となります」
 大人たちは皆、満足したようで何も言わなかったが、ヒナが声を上げた。
「えー、ずるい。あたしもぉ」
 美夜が静かに立ち上がってヒナの隣に座り、ほっぺたを一つ指で軽く突っつくとヒナは笑顔になった。
「ではそういう事でよろしくお願いします」

 

 会合が終わり、もえが夕食を用意した。
 アウラとヒナは美夜にべったりくっついたまま遊びに夢中で、大人たちは大人たちで会話に花を咲かせた。
 酒が入って上機嫌になった蒲田がデズモンドに話しかけた。
「ところでデズモンドさん、例の件ですが進展があったみたいですね」
「おお、向こうから飛び込んできたよ」
「どういう事ですか?」
「じゃあ話してやるよ」
 デズモンドが話し出した――

 

【デズモンドの話:ムーちゃん】

 話は数か月前に遡る。
 わしは大吾の紹介で葉沢に会って以来、シゲちゃんの経営する新宿のバーに足繁く通うようになった。
「あら、モンドちゃん」
 ドアを開けたわしの姿を見てシゲちゃんが高い声を出した。
「シゲちゃん、その呼び方は止めてくんねえか。どうも調子が狂っちまわあ」
「いいじゃない。デズモンドって長ったらしいんだもの」
「まあ、いいや。いつものやつくれよ」

 わしは鰻の寝床のように細長いL字型のカウンタの一番奥に陣取った。
 シゲちゃんは特大のジョッキをカウンタの上に置き、そこにビールを二本注ぎ入れ、さらにたっぷりとレモンを絞った。
「はい。大好きな……何だっけ?」
「ポリートだよ。正確にはポリートに近い飲み物だ。地下に行きゃあ本物が飲めるんだが、シゲちゃんの店で飲むのが格別なんだ」
「まっ、うれしい」
 わしは大きなジョッキを持ち上げ、「乾杯」と呟いてから、ごくごくと喉を鳴らした。
「ふぅー」

 ようやく一息ついてカウンタの客を見回し、挨拶を交わした。
 いつもの見知った顔が並んでいた。どこかの一流企業の重役、近所の商店主、由緒ある寺の住職、その中に一人だけ見知らぬ顔があった。
「なあ、シゲちゃん。あの端っこに座ってんの誰だ?」
「ああ、ムーちゃんね。最近よく来るのよ」
「ふーん」
 わしは遠慮なくその男の顔を見回した。白塗りで濃紺の着物を着た中年に差しかかろうかという男だった。

「シゲちゃんと同業か?」
 シゲちゃんも白髪に渋い着流し姿だった。
「ただの女装趣味よ。行動を見てればわかるわ」
「一人で来るなんて何が目的だろうな」
「いやだ、モンドちゃん。ああいうのが趣味なの?」
「そんなんじゃねえよ」

 わしは急に声の調子を落とした。
「店に入った時から視線を感じてた」
「やっぱ、そっちの人だったのかしら?」
 シゲちゃんもカウンタ越しにひそひそ話のような声で言った。
「よせやい。そういう視線じゃねえよ」
「っていうと?」
「わしが今までに会った人殺したちと同じ視線さ」
「えっ」
 シゲちゃんはカウンタの中で手にしていた布ナプキンを噛んだ。
「怖い」

「可愛くねえよ――でもシゲちゃん、リンの師匠だろ」
「馬鹿言わないでよ。乙女の護身術レベルだって」
「まあ、安心しなよ。あんたが狙いだったらもう行動に移してるよ」
「じゃあモンドちゃんを?」
「わからねえなあ。しばらくは泳がせてみるか」
「うーん、何だかわくわくする」
「だから可愛くねえって」

 
 こうしてわしとシゲちゃんはその男、ムーちゃんを観察する事にした。
 別に何か起こる訳でもなく、ムーちゃんもわしに接近する素振りは見せなかった。

 ある雨の夜、客がわしとムーちゃんだけという機会があった。
 シゲちゃんはここぞとばかり、カウンタ越しに囁いた。
「モンドちゃん、チャンスよ。あたし、今から裏に出てるから」
 シゲちゃんが店の外に消え、店内にはわしとムーちゃんの二人きりとなった。

 
「やっぱり雨の夜に飲みに来るのは暇人だよなあ」
 わしがさりげなく呟くと、離れた席に座ったムーちゃんが答えた。
「そうよねえ。でも家にいても気が滅入っちゃうもの」
「よぉ、こっちで一緒に飲まねえか?」
 丸々太ったムーちゃんは飲みかけのグラスを手に喜び勇んでわしの隣に来た。
「ムーちゃんだったな。乾杯!」
「デズモンドの旦那に乾杯」
 わしらはでかいジョッキとグラスを合わせ、乾杯をした。

 
「――ところでムーちゃん」
 わしはいきなり尋ねた。
「刀二って若い男、知ってるか?」
「えっ、何、何の事。あちきは知らないわよ」
 その時のムーちゃんの慌てた顔ったらなかったな。わしはすぐさま言葉を畳み掛けた。
「そうかなあ。同じ臭いがすんだけどなあ――あんたのお仲間には皆、数字が付くんじゃねえのか。刀二にお七、さしずめムーちゃんは六番目かな?」
「違うわよ。六は別の人間。あちきの名前は『無』。ゼロっていう意味よ」
「何だよ、簡単にばらしちまいやがった」
「そりゃそうよ。いつまでも隠しておけないもの。あちきの本当の名前は無面坊、お察しの通り、刀二は仲間だった」

「ふーん、いい度胸してんな。わしの命が目当てか。まさかシゲちゃんじゃないよな」
「どっちも狙ってないわよ。あちきは武闘派じゃないもん。変装の名人」
「変装。まさか六本木の工事現場にいた身元不明の女子大生バイトもムーちゃんだったのか?」
「さすがに女子大生はね……ご想像にお任せするわ」
「青梅に住んでた田中何とかっていうのもムーちゃんの変装だな」
「それもご想像に任せるわ。だって真相を話したら旦那に殺されちゃうもん」

「殺しゃあしねえよ。わしは野蛮人じゃない――しかし調子が狂うな。本当の目的は何だ?」
「あのね、信じてもらえるかわからないけど旦那に興味が湧いたのよ。刀二にしてくれた事やお七の話を聞いてると、こんな怪物に勝てっこない、旦那はこちらなんか相手にしてないんだって思ってね」
「結局、怪物かよ。でもそれだったらあんたんとこの親玉だってそうだぜ。わしと戦う気なんぞさらさらないんだろ?」
「よくご存じね」
「まあな、こんな仕事してるとその辺の事はよくわかるんだよ。あいつは戦う相手が現れるのをひたすら待ってるんだ。千年以上に渡ってな」
「だから旦那もあちきを相手にしてないの?」
「あんたらはあいつの手駒でしかねえからな。無益な殺生をしても仕方ねえ」
「……旦那の大切な友達や息子さんたちを奪ったのに?」
「それがうまく説明できねえんだよ。ティオータもサンタも能太郎も雪乃も寿命だったって考えてるわしはきっと情が薄いんだな」
「あちきにもよくわかんないわ」
「まあ、ここにいる間は楽しくやろうや――シゲちゃんも帰ってきたぜ」
 わしとムーちゃんこと無面坊は、あらためてシゲちゃんと乾杯をした。
 それからは会う度に他愛のない話をする仲になった――
 

 ――って話だな」
 デズモンドの話が終わり、蒲田が言った。
「危険じゃないですか。懐の中に敵を招き入れるなんて」
「そうかな」
「そうですよ。だって、例えば葉沢さんとデズモンドさんが繋がっているのがその男にばれたらどうするんです。店で鉢合わせしないとも限らないでしょう」
「そのへんはシゲちゃんがうまくやってらあ。葉沢は来る前に必ずシゲちゃんに電話を一本入れるんだ。そうするとシゲちゃんが必ず女性ボーカルの曲をかける。それが合図でわしは店を出るって寸法さ」
「うーん、でもなあ。敵はこちらの状況を知り得る状況にある訳じゃないですか。やっぱりそれって危険じゃないかなあ」
「もちろん大事な事は漏らさねえよ。逆にムーちゃんが情報を漏らしてくれるんだ」
「それは何ですか?」

 
「『バルジ教』の件、知ってるか?」
 セキと美木村は大きく頷いたが、蒲田はきょとんとしていた。
「そうか。お前、何も聞かされてねえんだな。『バルジ教』ってのは銀河最大の宗教でその支部がこの星にもできたんだが、これがとんだ嘘っぱちでな。その教主ってのが《エテルの都》で起こった殺人事件に関係してる犯罪者だって話さ」
「え……確かにそれは警察ではどうこうできないな。連邦府に頼まないと」
「その教主がこの星に来た時から、わしやセキ、美木村は監視してきた。品川の雑居ビルでぱっとしない生活をしてたんだが、最近、状況が変わったらしい」
「そういゃあ、最近バタバタしていて見回ってやせんでした」
 美木村が言い、デズモンドは笑って続けた。

「ムーちゃんの話ではな。麻布の山の上にどっかの社長さんが広大な土地を所有してたんだが、その社長さんが土地を手放し、そこに『元麻布聖堂』なる建物がおっ立つらしい」
「それって偽『バルジ教』のなの?」
 セキが尋ね、デズモンドは頷いた。
「ああ、これが何を示唆するか。あのしょっぱい生活をしてたラーマシタラが太いスポンサーを掴んだのは大した話じゃない。ムーちゃんが言うからにはどうせ藪小路が買わせたんだろう。問題は藪小路が広大な土地を必要としてるって事だ」
「それは来たるべき最終決戦の場所って意味?」とセキが尋ねた。
「多分な。そしてその決戦の相手は――」
「あっ」
「お前が聞いた話のまんまだ。あいつは――」
「ちょっと、デズモンドさんも文月君も」
 蒲田が口を挟んだ。
「最終決戦とか物騒な事を言ってるけど、何の話だか」
「そうだよな。こんな話は人前でするもんじゃねえな」

 
 その夜、デズモンドからセキにヴィジョンが入った。
「さっきは話途中ですまなかったな」
「ううん、大丈夫だよ。ジウランはもう寝たの?」
「ああ、最近じゃあサッカーに夢中でな。飯食って、すぐにバタンキューだ」
「小学校も高学年になると手がかからないね」
「ああ、あいつには全寮制の中学高校に行ってもらって、わしは念願叶ってビーチハウスでのんびり暮らす」
「早く行けるといいね」
「そうなんだよ。まだ住んじゃいねえが、たまには空気の入れ替えをしなきゃならねえからな。で、ミチの送別会も兼ねて皆を招待しようって訳さ」

「うちは全員OKだよ。コウも大丈夫だって。後、美木村さんと美夜ちゃんも呼びたいな」
「ああ、いいぜ。あの娘、美夜ちゃんはいい子だな。うちのジウランに爪の赤煎じて飲ませたいくらいだ」
「ははは、凄い言葉、知ってるね」
「長い間、暮らしてるからな――ところでマリスは来られるかな?」
「どうだろう。一応連絡してみるけど、今や時の人だからね」
「まあ、ヴィジョンで参加でもいいや。じゃあ待ってるぜ。あ、食事はこっちで準備するからな。手ぶらで来いよ」

 

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