8.7. Story 1 パトロネージュ

 Story 2 休日

1 新たなる旗印

グリード・リーグの想い

 マリスとアイシャはレネ・ピアソンの厚意によりジェネロシティの丘にある高級ホテルを用意してもらい、ヴァニティポリスへの滞在を続けた。

「でも夢みたいよね」
 朝食の席でアイシャが言った。
「どういう意味だい?」
「十七個も石が揃うなんて。あと一個手に入れば何でも願いが叶うのよ」
「多分、その一個がとてつもなく大変なんだ」
「石が揃ったとしても願い事は決められないわね。ユグドラジルのラダの願いもあるし、ニコの願い、公孫風の願い、ビリンディの願い、ナカツの願い、色々な人の想いを背負ってるんだもの」
「そうだね、ここは――」

 
 マリスが言いかけた時、部屋のドアがノックされた。
 ドアを開けると、そこには戦闘服からビジネススーツに着替えたスピンドルの姿があった。
「ああ、スピンドル。おはようございます」
「マリス君。今から会って頂きたい人間がいるのだが、都合はどうかね?」
「もちろん大丈夫ですよ。レネですか?」
 スピンドルはマリスの問いには答えず、「ロビーで待っている」とだけ言い残して去った。

 
 スピンドルはマリスたちを移動車両に乗せ、ペイシャンスの丘に案内した。最先端のポリス地区にある高層ビルディングに入っていき、自動受付で二言、三言交わしてから、上階に通じるリフトに乗り込んだ。
 最上階でリフトを降り、濃紺の絨毯が敷き詰められた廊下の右手にある会議室の中に入った。
 大きな窓から朝の陽の光が差し込む部屋には楕円形のテーブルがあり、そこにはレネ・ピアソンを含む数人の男性が座っていた。

 
 中央にいた白髪の男が口を開いた。
「ようこそ。文月マリス、そしてアイシャ」
「これは何の会合ですか?」
「まあまあ、まずは君の偉業をお祝いさせてほしい」
 男が合図をすると、軽食と飲み物のケータリングが部屋に運び込まれ、各人にシャンパンのような酒のグラスが振る舞われた。
「新たなる銀河の英雄に乾杯!」

 マリスとアイシャは訳がわからないままグラスを掲げた。レネがいるという事は、話には聞いていた《虚栄の星》の企業家の集団、グリード・リーグの面々なのだろうとおおよその推測がついた。
「朝食はまだかね。食べながらじっくりと話そうじゃないか」
「あなた方はグリード・リーグですか?」

 
「自己紹介をさせて頂こう。私はラロ・ドゥファリン。PKEFというエネルギー関係の会社を経営している」
 白髪の男が言い、その隣の痩せぎすの男が続けた。
「ハイラーム・ビズバーグだ。ロイヤル・オストドルフ、貿易会社だな、そこの社長だ」
 その隣の好々爺風の男が言った。
「ズベンダ・ジィゴビッチ。トリリオンという金融コンツェルンの総裁だ。ナカツの件では世話になったね」
 最初の男の反対隣のまだ若い褐色の肌の男が言った。
「ビジャイ・レムリトラジ。ワナグリという農産物の会社のCEOだよ」
 最後にレネが言った。
「あらためてレネ・ピアソンだ。カナメイシという企業の経営者さ。もちろん他にも多くの参加企業はあるけれど、グリード・リーグは主にこのメンバーによって運営されている」

 
「さて、あらためてマリス君。この度はおめでとう。君が冒険で見せた勇気、城での人徳、そしてスタジアムでの武勇、いずれも素晴らしいものだった」
 ラロが言った。
「――どうも」
「アイシャ。君も相当の腕らしいね。ツクヨミは君の熱狂的ファンだそうだ」
「あら、嬉しいわ」

「しかしこれからが大変だ。何しろ銀河の最大勢力、銀河連邦を敵に回したのだから、何をするにしても苦労が付きまとう」
「覚悟の上です」
「そこにいるレネが『銀河の新たなる秩序を作り上げる』などと口走ったようだが迷惑ではなかったかね?」
「間違いではありません」
「そうか、それはよかった――君が目指そうという新秩序、その確立のために我々は尽力を惜しまないつもりだ」
「妙ですね。僕と『チームRP』はライバル同士だった。そのライバルに対して全面協力を申し出るのは」
「我々はね。君を非常に高く評価しているのだよ。我々から見て次世代の担い手であるレネやナカツが君にぞっこんの今、君に期待するのは当然だ」

「あなた方は石を集めて何をなさるおつもりだったのです?」
「君と同じ――というのはあまりにも綺麗事過ぎるな。だが我々も連邦ではない新しい秩序を望んだ」
「どうしてですか。あなた方は事業で成功して、何一つ不自由なく暮らしている。僕が今まで出会った人たちには皆、切実な願いがあった。枯れゆく樹を救いたい、病に倒れた恋人を助けたい、虐げられた種族の誇りを取り戻したい……あなた方はどうだったんですか?」

 
「ははは。君こそどうなんだい。何故、新しい枠組みを求めるのかね?」
「僕の生い立ちをご存知ですか?」
「ん、ああ、もちろん調査したよ。ロアリングも散々罵っていたくらいだからそれなりに有名な話だ――だがそれは生まれ変わる前のマリスという少年だ。『死者の国』で転生した文月マリスとは全く違うだろう?」

「信じてもらえないかもしれませんが、僕は普通の転生のプロセスを経ていないんです。死者の魂は『混沌の渦』を経て『茫洋の奔流』に着く頃には前世の記憶を失くし、まっさらの状態になるのだそうです。ところが僕はいきなり『茫洋の奔流』に留まっていた。そして前世の記憶を持ったまま、むらさきに『無知の大海』に連れていかれ、再びこの世界に舞い戻った」
「むらさき文月、異世界の女王と呼ばれる人物だな。そんな芸当ができるのか」
「所々、記憶がぼやけてますが、小さな龍を連れたむらさきが僕の手を引いてくれたのは覚えてます」
「……君たち兄妹は我々の理解を超えているな」

「僕はいいか悪いかもわからないままに多くの人たちを殺しました。その人たちを蘇らせる事はできないけれど、その人たちの想いまで背負って生きるには並大抵の事をしていたんじゃ、だめなんです。僕は世界を変えたい。サフィが目指した全ての人が自由に暮らせる世界、それは今の連邦の体制の下では不可能です。もっと強い求心力を持つ人間、そう、『覇王』の出現が必要なんです」
「覇王か。だが石の力を使って覇王になってもその基盤は極めて脆弱。所詮は数年しか続かぬ砂上の楼閣ではないかね?」
「誰が石の力を使って覇王になると言いましたか。僕は自分の力で覇王になります。石に頼りはしませんよ」
「では石をどうするつもりかね?」
「アイシャとも話し合ってるんですが、まだ決まってません――さあ、僕の話はもういいでしょう。そちらの話を聞かせて下さい」

 
「君が正直に語ってくれたように我々も包み隠さず話をしよう。だが経営上の微妙な部分はぼかさせてもらうよ」
 ラロは自分の言った言葉が面白かったのか、にやりと笑った。
「我々の目標はやはり銀河連邦に代わる新たな枠組みの構築だが、その動機は当然、君とは異なる。君には今の連邦は不十分だと映るだろうが、我々経営者に言わせれば不公平だ。わかるかね?」
「わかりません」

「ふむ。かいつまんで説明しよう。例えば君が使うGCUだがこれを管理しているのは誰だと思うかね?」
「連邦の誰かではあるでしょうね」
「人ではなくコンピュータだ。おそらくはデルギウスより後の議長が『ORPHAN』を使って管理する仕組みを作ったのだと推測される」
「機械的に管理されているのであれば、人の思惑が入らないで公平じゃないですか?」
「果たしてそうだろうか。我々の調査ではこの数百年の間にGCUのレートは数回、不自然な変動を示している。それが連邦の意図したもので、彼らがそのタイミングで売買を行えば、多額の利益を生み出すはずだ。最新の事例は、君の兄妹たちが連邦の版図を急速に拡げ、チオニを制圧した後だ。おそらく莫大な戦費を捻り出す必要があったのだろう。さすがのコメッティーノ議長も禁断の果実に手を伸ばしたようだ」
「つまり連邦は金融市場を操作して不正な利益を享受していると?」
「そう。自由経済にとって看過できぬ欺瞞だ。GCUという謎の機構を通した連邦にとっての打ち出の小槌など廃止して、昔通りの公平なRVA制に戻せ、とズベンダが主張する理由はそこにある。それには連邦から金融の管理権を奪い取る必要がある」

「それはズベンダさんだけの想いでは?」
「他の者も多かれ少なかれ不公平感を感じているのだよ。ハイラームに言わせれば、貿易においてはメドゥキ・ギルドと結びついたムスクーリ家、そしてマノア家に牛耳られている――もっとも君はマノア家と縁が深いので敵対するのは問題あるだろうが」
「コウの実家ですね。別に気にしないんじゃないかな」
「さすがだね。我々も自由な経済活動を行っている者たちといたずらに対立するつもりはない。君がいれば不要な対立を防げそうだ」
「さあ、どうでしょう」

 
「我々が連邦に不信感を抱くようになったきっかけはかなり以前に遡る。君は『タッチストーンの悲劇』を知っているかね?」
「それも知りません」
「そうだろう。この《虚栄の星》に暮らす者しか知らない話さ――かつてセザル・モートンという人物がいた」
「それなら知ってます。現在のポータバインドの基礎を作り上げたはずですが、この星の人ではなかったような」
「確かに彼はこの星の出身ではない。だが誰にも相手にされなかったポータバインドをここまで発展させたのはこの星の人間たちだ。彼もそれに応え、タッチストーン社をこの地に興した」
「なるほど」
「ところがそれに目をつけた当時の連邦議長は、叡智の共有の名の下に、タッチストーン社のノウハウを全て接収し、研究及び製造の基盤を強引に『フェデラルラボ』に遷した。タッチストーン社はそのあおりを受けて倒産、セザル・モートンは路頭に迷う事になり、失意のままその生涯を終えた」
「……」

「レネはセザルの末裔にあたる。『カナメイシ』という名はタッチストーンの再興を願ってつけられたものだ」
「そんな理由があったんですね」
「連邦とはそういう事を平気で行う組織なのだよ。君も叡智に目覚めたなら気を付けたまえ」
「僕は科学者ではありませんから――でも《虚栄の星》発信で全銀河に広がっているものもあるじゃありませんか……例えば……そうだ、ブルーバナー社の『V・ファイト・マシーン』とか」

「あら、そういえばここにブルーバナーの社長はいないのね?」
 アイシャの何気なく言った言葉に男たちは困ったような笑顔を見せた。
「ご存じかどうかは知らないが、数年前にドリーム・フラワーとの関与を疑われて以来、彼にはメンバーをはずれてもらっている」
「ドリーム・フラワーか。あの事件があったから僕はここにいるようなものです」

 
「さて、前置きが長くなったが本題だ。我々グリード・リーグは君の活動を全面的に支援したいと考えている」
「今、言われた思惑があるからですね」
「そう取ってもらって構わない。君が連邦を殲滅するまで、そして連邦を殲滅させた後の受け皿となりたい」
「僕は別に連邦を殲滅させようとは思っていませんよ。覇王である僕の下で機能してくれるのであれば連邦でもグリード・リーグでも構わない」
「それは世間知らずの考えだと思うがね。連邦がそのような待遇に甘んじるはずがない」
「やってみなければわからないでしょう」
「君らしいな。ナカツたちが惚れ込むのも無理はない。君に全て任せるよ」
「そうして下さい。こちらもできる限りあなた方にご迷惑はおかけしないように心がけます」
「ふふ、他人行儀だな。我々は君のパトロンなのだから遠慮せず物を申してくれ――ところで早速、ナカツたちを連れていくつもりか?」
「いえ、まだやる事が残っています。最後の石を頂かないといけないですし、創造主が関係しているからには、その後に驚くような事が待っているはずです」
「そうだったな。後はレネに任せよう。我々との連絡役はビジャイとレネの二人がやってくれる。ではまた会おう」

 ラロとハイラーム、ズベンダが退出し、残ったビジャイとレネと世間話をしばらくした後、レネが立ち上がった。
「それではそろそろ最後の石の場所に向かおうか」

 

最後の石の行方

 レネの案内でフェイスの丘のゴシック地区に向かった。
「さて、ここでいいかな」
 レネは公園のベンチを指し示し、唖然とするマリスとアイシャに言った。
「実は私もその人の住まいを知らないんだ。ここにいればそのうち現れるさ」

 レネの言葉通り、小柄な紳士が姿を現した。紳士はにこにこと笑いながらマリスに言った。
「文月マリスにアイシャ・ローン。ドワイトと呼んでくれたまえ」
「どこかでお会いした事がありましたか?」
「いや、こうして会って話すのは初めてだよ。君の事は昔から知っているけれどもね」
「あなたがこの『石を巡る冒険』の首謀者ですか?」
「首謀者……いやいや、私は単なる星読み。星の動きを伝えるだけの人間だよ」
「星の動きとは創造主の声ですか?」
「ははは。今回に関してはそうなるかな。創造主の希望を伝え、それに応えるべく君が現れた」
「創造主は何を企んでいるのですか?」

 
「ふむ。どこまで話せばよいかな。君はナインライブズが出現した時に《祈りの星》にいたね?」
「あ、はい。アイシャも一緒でした」
「あの後、空中に巨大な数字が浮かび上がったのは覚えてるかい?」
「ええ、皆が『銀河の終わりだ』って騒ぎ出して。僕が始宙摩からなら『上の世界』に行けるんじゃないかって言ったらしいです」
「なるほど。君がね。あの時に銀河を終わらせようとしたのはたった一人の創造主の意志だったのは知っているかい?」
「……それも何となく。こちらに帰ってきた兄妹たちが話していました」

「ならば話が早い。その創造主は未だこの世界に潜んで銀河を終わらせる機会を狙っている。散り散りになった石が再び集まればその創造主は行動を開始するだろう」
「でも石にはもうかつての創造主の力は込められてないでしょう。十八個揃った所で何も起こらないのではありませんか?」
「いや、彼、アーナトスリ君は十八個の石が揃った時点で” Catastrophe ”が発動するように仕組んでいた。元々の石に力がこもっていなくてもそれは一緒さ」
「じゃあ、後一個、僕の手元に石があれば――」
「アーナトスリ君の思うつぼだね。こちらとしては隠れている彼を誘い出し――」
 ドワイトことジノーラは言葉を切り、マリスとアイシャの顔色を窺った。
「どうしたんです?」
「いやね。この冒険の計画を立てた時には、アーナトスリ君を燻り出せれば十分だと考えていた。後の始末は違う者がつけると予想していたのだよ」
「始末をつける……まるで創造主たちは仲違いしているようですね」

 
 再びドワイトことジノーラはマリスの顔を意味ありげに見つめて、にこりと笑った。
「仲違いか……もっと状況は切羽詰まっているが、どうやら君の兄妹は口が堅いようだ」
「どういう意味ですか。『上の世界』で何かあったのですか?」
「まあ、その話はいい。誰か違う者が始末をつけるという部分まで話したね。だが君を見て考えが変わった」
「?」
「実は最後の石は私の手元にはない。アーナトスリ君が持っているのだよ。君にはその石を取ってきてもらいたい」
「僕が創造主を説得するんですか?」
「手段は問わんよ。どうせ彼は他人の言う事、ましてや被創造物の言葉などに耳を傾けないだろうから、消滅させても構わない」
「そんな乱暴な――」
「銀河の覇王を目指そうという者がそのように弱気では困るね。たとえ相手が創造主であっても正面から向き合う、それができなくては覇王にはなれないと思うがね」
「おっしゃる通りです」

 
「さて、肝心のアーナトスリ君の行方は杳として不明だが君はどうするね。ここでもうしばらく時間を潰すかい?」
「――実はまだ行かなければならない場所があるんです」
「なるほど。里帰りだね」
「はい。《流浪の星》でアプカ神父のお顔を拝見するのが今回の旅の目的の一つです」
「それならば行くがいいよ。アーナトスリ君もそのうち姿を現す――レネ、君も色々と準備があるだろうが、マリスとの連絡係を頼むよ」
「準備?」
 マリスはレネに尋ねた。
「そう。君の覇道を実現させるには強大な軍事力が必要だ。ナカツたちが張り切っているよ」
「そうですね。確かに大事だ。《流浪の星》から戻ったら、本腰を入れましょう」
「ふむ、無事に戻る事を祈っているよ」
 ドワイトは意味ありげに笑ってから、背中を向けた。

 

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