目次
1 ロクの心配
連邦軍のエンロップ将軍から《泡沫の星》に潜伏中のロアリングにヴィジョンが入った。
「これはエンロップ」
「『これは』ではない。一体何をしでかしてくれた?」
「……色々と事情があって」
「事情を聞くつもりはない。起こった事実をゼクトに報告するだけだ。君と君の配下の将兵が、プロトアクチアの残党討伐というでっち上げのミッションを作り上げ、秘密裏に《泡沫の星》で大立ち回りを演じた。しかも、たった数人を相手に数百の軍勢で臨み、その大半が撃破されたとね」
「……」
「君が忌み嫌う『無秩序』状態を君自身が招いた。では失礼するよ」
一方的にヴィジョンを切られ、ロアリングはため息をついた。
エンロップの父、ゼクトと公孫水牙は自分を将軍の地位から降格させるだろう。
ここはトゥーサンにすがるしかなかった。
ロアリングはトゥーサンにヴィジョンを入れた。
「ロアリング、困った事になったな」
「相手をみくびっておりました。このままでは私は厳罰に処されます」
「安心しろ。こちらには隠し玉がある」
空間に映ったトゥーサンはヴィジョンでくれないを呼び出した。
「議長。ゼクト将軍あるいは公孫水牙将軍より連絡はありましたか?」
「トゥーサンか。ああ、あったよ。《泡沫の星》での愉快なイベントの事だね?」
空間に映ったくれないは楽しそうに笑った。
「むっ、『愉快』ですか」
「だってそうじゃないか。ロアリングの何百という将兵がたった数名に蹴散らされたんだ」
「その蹴散らした人間の名をご存知ですか?」
「ん、例の《虚栄の星》の人間じゃないのかい。まだこの銀河には強い人間がいるもんだ」
「私どもの調査の結果、ある人物の名が浮かび上がりました。文月マリス、もちろんこの名前に心当たりはございますな?」
「……マリス。もちろんさ。弟のようなものだよ。しっかりした青年さ」
「その文月マリスがロアリングの軍勢を撃破したという情報を得たのですが」
「うん、なるほど。マリスならやってのけるかもしれないね」
「私が申し上げたいのは、連邦に盾突いたのが文月マリスである以上、その兄同然の議長にも責任があるという事です」
「なるほど。ロアリングの失態をゼクトや水牙にうまくとりなせば、マリスの件も不問としようという訳だね」
「おわかり頂ければ――」
「あははは」
空間のくれないはおかしくてたまらないようだった。
「ねえ、トゥーサン。ボクはその場にいた訳じゃないから推測に過ぎないけど、たった数名相手に何百人も投入したロアリングを見たら、ボクだって『いっちょ、ハナ明かしてやるか』って気になるよ。マリスは義憤に駆られてやったに決まってる。ゼクトや水牙でも同じさ」
「……」
「君は七武神や文月の家系の事をちっとも理解してない。でも連邦の名誉を回復するためには――」
「――議長」
「ん、何だい?」
「これを申し上げるのは如何かと思いましたが――文月マリス、この青年を調べてみますと非常に興味深い記録が残っております。《流浪の星》、そして《青の星》の爆弾魔。このような危険人物をかばい立てする議長の方こそ、連邦の秩序を乱す存在ではありませんか?」
「君は、正真正銘、生まれ変わり、正しい道を歩んでいるマリスを危険人物だと糾弾するつもりかい?」
「連邦に必要なのは秩序です」
「……わかった」
「おわかり頂けましたか」
「君とは気が合わないのがわかったよ」
「なっ」
「だが安心したまえ。君が今言ったマリスの存在をゼクトたちに伝えれば、ロアリングも罰せられない。ここはボクに任せてくれないか」
「よろしくお願いいたします」
くれないとのヴィジョンを切り、トゥーサンはロアリングに向かって言った。
「これで一安心だが……いずれは決着を付けんといかんな」
同じ頃、《囁きの星》の王都、セーレンセンでは珍客たちを迎えていた。
リチャードと茶々、それにマリスと若い女性だった。
その夜の食事の席で改めてアイシャを紹介されると茶々は訝しげな表情を見せた。
「あの時、オレを毛嫌いしたガキだよな」
「あなたを嫌った訳じゃないわよ。あなたが連れてたジェリー・ムーヴァーが怖かったの」
「茶々はあの後、その魔王を飲み込んだんだぞ」
リチャードが笑いながら言うとアイシャは頷いた。
「そうみたいね。戦いが大好きな顔してるもん」
「おっと、お前の連れだってなかなかのもんだぜ」
茶々はアイシャの隣のマリスを見たが、マリスは笑って何も言わなかった。
「ああ、そうだ。お前も石を探しに《泡沫の星》にいたんだろ?」
茶々が尋ね、マリスは頷いた。
「あの星の石は、連邦か『チームRP』が手に入れたろうね。何しろあの大騒ぎだったから」
「へへへ、ところがそうでもないんだな」
茶々はそう言って、懐から漆黒の石を取り出した。
「オレには色々と縁のある創造主ワンデライの力、『夜闇の石』だ。もっとも今じゃただのキレイな石だけどな」
茶々は石をマリスに投げて寄越した。
「えっ、これを僕に?」
「お前が持つのが一番いい。オレもリチャードも叶えたい願いなんてねえよ」
「そうか。私には色々とあるが」
リチャードが言い、茶々は飲んでいた水を吹き出しそうになった。
「冗談言うなよ。七武神がそんな俗物だって知れたら、とんだイメージダウンだ」
「賑やかだね」
ロクとオデッタが息子のセカイを連れて食堂に現れた。
「珍しいメンバー、と言えばいいのかな。ようこそ《囁きの星》へ」
ロクたちが席に着き、食事が始まった。
他愛ない近況報告が続いてから、茶々が本題に入った。
「《泡沫の星》で大変な事が起こったんだよ」
「プロトアクチアの残党が何かやらかしたか?」
ロクが尋ねると茶々は首を横に振り、事の顛末を話した。
「……なるほど」
ロクは唸った。
「ぼくが心配しているのは《智の星団》に向かった連中だ。彼らがしでかさなければいいけど」
「それは無理だな」
リチャードがきっぱりとした口調で言った。
「マリスの話や様々な噂を総合すれば、名誉欲に憑りつかれた冒険バカに殺人鬼、まともなのはナカツという青年たちだけだ。問題を起こさないはずがない」
「大変だ――セカイ、行くぞ」
「行くってどこに行くんだよ」
茶々が尋ねた。
「《智の星団》に決まってるじゃないか。実はぼくとセカイは定期的に巡回しているんだ」
リチャードのジルベスター号にロク、セカイ、茶々、マリス、アイシャが同乗して《智の星団》に向かった。
「最大推力で進めば追いつくはずだ。ロク、三つ目の星は何だ?」
「《迷路の星》……そこで止められればぎりぎりセーフだね」
「四つ目の星が《機械の星》か。そこにお前らが恐れるものがあるんだな?」
「それを恐れている訳じゃない。本当に恐ろしいのは人間の醜い心さ」
ロクは顔をしかめて言った。
「ずいぶんと哲学的なこった。マリスたちがきょとんとしてるじゃねえか」
茶々が冷やかすように言った。
「ああ、ごめん、ごめん。『百聞は一見に如かず』、自分の目で確かめてみればわかるよ。これはぼくら、いや、銀河の未来に大きく関わる事なんだ」
「わかった」
マリスは大きく頷いた。
「――あ、あの黄色い星は?」
「《蟻塚の星》だ。何もないはずだが一応様子を見よう」
広大な平野を見下ろす台地の上にシップを停め、外に出た。
いつもであれば、あの赤と黒の蟻たちの壮絶な殺し合いが見えるのだが、様子が違っていた。互いの陣営に巨大な女王蟻の姿はなく、数匹の赤と黒の働きアリだけがよろよろと蠢いていた。
「父さん、これは……」
セカイがロクに尋ねた。
「……あそこに人がいる」
ロクは自分たちと同じように平野を見下ろす二人連れの男に近付いた。
「何があったんですか?」
ロクに声をかけられ、振り向いたのはピエルイジとバレーロだった。ピエルイジはパートナーの手を握ったままで答えた。
「あのスピンドルが連れてきたアクーナって男は狂ってる。赤い蟻と黒い蟻が殺し合う様子を皆で見ていて、『女王蟻を殺したらどうなるか』って話になったのよ。そしたらアクーナが『なら、やってみりゃいいじゃねえか』って言って、いきなり平野に降りてアリたちを殺し始めたの。両方の女王蟻を殺した所でウイラードとスピンドルが『もういい。ここには何もないから次の星に行くぞ』って叫んで、ようやく止まった訳」
「あなたたちは次の星に向かわないのですか?」
「一つの文明が終わろうとしてるのよ。誰かが見届けてあげなくちゃ可哀そうでしょ」
ロクはリチャードたちの下に戻り、口を開いた。
「女王蟻が殺された」
「おい、ロク」
茶々が声を上げた。
「この星に何が起こった?」
ロクはこの星で綿々と続く、赤と黒の蟻の闘争の話をした。
「ふーん。考えさせられるな。創造主から見ればオレたちの世界もこれと同じだな」
「そして創造主気取りの馬鹿者がこの星の秩序を壊した訳か」
リチャードが言った。
「ロク、この星はどうなる?」
「女王が死んだ。だから新たな女王が生まれなければ、働きアリはもう生まれない。残った働きアリたちは相変わらず本能のままに殺し合いを続け……そして誰もいなくなる。両方の女王が殺されたみたいだけど、片方だけが死んだとしても同じさ。生きている方の餌が尽きてどちらも滅びる」
「この星は滅びたの?」
アイシャが口を開いた。
「ああ、あそこでよろめいている数匹が倒れれば、この星から生命はいなくなる。ぼくらはその生き証人さ」
「父さん」
セカイが再び声をかけた。
「きっと《凶鳥の星》も。フェエホーフェンが」
「そうだな。急ごう」
「あんたたちはどうする?」
リチャードに尋ねられたピエルイジとバレーロは首を横に振った。
「この星の最期を看取ってあげるから気にしないで」
「誰なんだ。そのフェエホーフェンってのは?」
《凶鳥の星》に向かうシップの中で茶々が尋ねるとロクが答えた。
「星のリーダー的な人物だな」
「変な名前だな。空気が漏れてるみてえだ」
「会えばわかるよ。セカイの友達なんだ」
シップは青い空の下、緑の大地に着陸した。
「長閑で暮らしやすそうな星じゃねえか」
シップの到着に気付いたのか、大きなトンボのような生き物が何匹も飛んできて、ジルベスター号を取り囲むように降り立った。
「フェエホーフェン。ぼくだよ」
セカイの言葉に応えるかのように一匹の大トンボが前に出た。複眼をぎらぎらとせわしなく動かし、口先は針のように尖っていた。
「あんは、へはいか」
ロクとセカイを除いた面々は突然の事に戸惑いを隠せなかった。
「こいつ。しゃべったぞ。でも何て言ったんだ?」
「『何だ、セカイか』って言ったんだ」
セカイはそう言うとフェエホーフェンに向かい合った。
「乱暴な奴らがここに来た?」
「……ああ、えほ、ふふにいっは」
「今のは『来たけどすぐに行った』という意味だな?」
リチャードが言い、セカイは黙って頷いた。
「誰も怪我はなかった?」
「かひく、やあえは」
「『家畜がやられた』だな?」
再びリチャードが言い、セカイは困ったような表情で頷いた。
「フェエホーフェン、そいつらはとても悪い奴なんだ。でもぼくらは違う。わかってくれるよね?」
「――わはっぇう。ひんはいふうあ」
「よかった。ぼくらはそいつらを追いかけて《迷路の星》に行く。何としても《機械の星》にたどり着く前に止めなきゃならない。また戻るから」
フェエホーフェンは背中の羽を大きく震わせ、大トンボの群れに聞き取れない言葉で命令を出した。
「なあ、今のは何だったんだ。あのトンボみたいのがあの星の支配者なのか?」
《凶鳥の星》を飛び立ったシップの中で再び茶々が尋ねた。
「ああ」
ロクが答えた。
「彼らが食物連鎖の頂点さ。だがそれ以上を知るとショックを受けるよ」
「どういう意味だ?」
「彼らが言っていた家畜、それがぼくらにそっくりなのさ」
「えっ、そいつは複雑だな」
「家畜は外観こそぼくらによく似ているが、その知能はおそろしく低い。ぼくも最初はどうするべきが悩んだよ」
「銀河は広いな」
「魔王の言葉とも思えないな」
『血涙の石』、『純潔の石』、『夜闇の石』:マリス所有 『老樹の石』、『禍福の石』、『火焔の石』:連邦所有 『戦乱の石』、『隠遁の石』、『天空の石』:レネ・ピアソン所有 『黄龍の石』、『魚鱗の石』:ナカツ所有 『虚栄の石』:公孫風所有 『変節の石』:ビリンディ所有 『全能の石』:ゾモック所有 『竜脈の石』:ニコ所有 『深海の石』:くれない所有