8.5. Story 2 ジェノサイド

 Story 3 連邦参戦

1 暗殺者と殺人鬼

 

エピキュリアン

 チームRP、スピンドルに率いられた三隻の『スピナー』と『エピキュリアン』は《灼熱の星》を経由して《エテルの都》に到達していた。
「なあ、おれたちはどこに向かってんだい?」
 『エピキュリアン』の陽気な男、ピエルイジがヴィジョン越しにスピンドルに尋ねた。
「言ったろう。最終目的地は《智の星団》だが、まずは《鉱山の星》だ」
「なーんだ。《エテルの都》には行かないのね」
「ピエルイジ、遊びじゃないんだ。下手をすれば命を落とすという覚悟でやってもらわねば困る」
「へいへい」
 ピエルイジがヴィジョンを切り、スピンドルはため息を一つ吐いた。

 
 スピンドルが率いる『スピナー』はいずれも元連邦軍の軍人たちから構成されていた。
 しかし彼は念には念を入れた。銀河は広い、どれだけ腕が立つと自信を持っていても、想像もつかない凄腕がいるものだ。スピンドルを含めたメンバーに武芸の心得があったとはいえ、予想のつかない攻撃を受けてはひとたまりもなかった。

 スピンドルは泥臭い仕事も厭わない人間を雇い入れた。それがピエルイジとパートナーのパレーロだった。
 ピエルイジとパレーロは《狩人の星》から来た陽気な二人組の男で、恋人同士らしかった。
 チームに合流後も、人目もはばからずいちゃつく二人を見かねてスピンドルが言った。
「ピエルイジ。君たちの腕のほどはよくわかっているが……」
「なら、何も問題ないじゃない?」
「まあな。その、君とバレーロの関係だが」
「見ての通りの恋人同士。それとも、あなたも他の人間と同じ固い頭の持ち主?」
「いや、やるべき事をやってくれさえすれば何も問題はない。だがここは戦場だ。戦場でいちゃつくのを良しとしない人間もいる」
「ふーん、あの軍人さんたちね。古いタイプ」
「士気にかかわるらしい。私に考えがあるんだが、君たちは他の『スピナー』とは別扱いという事ではどうだろう?」
「別に構わないけど。バレーロと離れ離れでなければ」
「そんな野暮な真似はしないよ」
「スピンドルさん、あんた、話のわかる人だ」
 結局、スピンドルは苦肉の策で『スピナー』と『エピキュリアン』という2チームを指揮する事にした。
 正規の軍人だけでは対応できない局面がある、そう考えての決断だった。

 だが慎重なスピンドルは更に念を入れ、チームRPの正式なメンバーとしてカウントされない男たちを雇い入れていた。
 人殺しを苦としないどころか、快楽殺人者である彼らの存在を知ったなら、レネだけでなく、グリード・リーグの人間たちは挙って嫌な顔をするだろう。
 もしも彼らの存在が公になれば、レネが掲げたフェアプレーの精神などどこかに吹き飛び、痛烈な非難の嵐に晒されるはずだった。
 それでもスピンドルには確信があった。多くの石を集め切るためにはネジのはずれた人間がいないとどうにもならない事を。

 

暗殺者と快楽殺人者

 スピンドルはメンバーと共に酒場に入り、段取りを打ち合わせた。
「ここの鉱山は四つの鉱区に分かれている。『スピナー2』、ブライトンの班は東の鉱区、『スピナー3』、ムーアの班は西、『エピキュリアン』、ピエルイジの班は北、私は南に当たる。何かあったらすぐにヴィジョンを入れてくれ。では行こう」

 男たちが出ていき、マスターはテーブルを片付けながら思った。
「物騒な人たちだな。ニコがいれば止めるんだが、今はヘキと病院に見舞いに行ってるし。何も起こらなきゃいいが」

 そう言ってからマスターは何気なく窓から店の外を覗いた。
 そこには大手を振って通りを歩く一団があった。その表情は今まで店にいた男たちとは比べ物にならないほどの凶悪なものだった。
「……ああ、ありゃあ、どう見ても犯罪者だ。どうなっちまうんだ」

 
 スピンドルの一団は鉱山に到着した。何事が起こったのかわからず怯える鉱夫小屋の番人にスピンドルは声をかけた。
「安心しろ。暴れに来た訳ではない。探し物が終わればすぐに帰る」
 スピンドルはそう言って番人に金を掴ませてから、メンバーに指示を出した。
「よし、予定通り行動開始だ」

 
 スピンドルの一団は四つの鉱区に分かれ、調査を開始した。
 しばらくすると突然、スピンドルのヴィジョンに映像ではなく、「何をする!」という叫び声だけが響いてきた。

「――ムーアだ。ムーア、どうした。何があった?」
 スピンドルは連絡を送ったが、返信はなかった。
「どうします。救助に向かいますか?」
 部下が尋ねたがスピンドルは頭を横に振って ヴィジョンを開き、ブライトンとピエルイジを呼んだ。
「ブライトン、ピエルイジ。すぐにその場を離れて鉱山の入口に戻れ。ムーアに緊急事態だ」
「助けなくていいのか?」
「考えがある。急いでその場を離れろ」
 スピンドルは自分の部隊にも撤退命令を出した後、一人鉱区に残り、再びヴィジョンを開いた。

「アクーナ。出番だ。西の鉱区に向かってくれ」
 ヴィジョンに映ったのは酒場のマスターが通りを歩くのを見かけた凶悪な顔付きの男の一人だった。
「救助なんぞはやらねえぜ」
「必要ない。おそらく手遅れだ」
「だったらそこに残ってる奴を殺っちまっていいんだな?」
「ああ、急いでくれ」

 スピンドルはヴィジョンを切って、小さくため息を吐いた。
 いずれ連邦あたりとルール無用の戦いに突入すると予想していたが、それ以外にも力任せに襲撃してくる者がいたとは。
 『ジェノサイド』は対連邦用の秘密兵器だったが、この状況では仕方ない。彼らを投入しないとこちらが全滅させられるかもしれなかった。

 
 間もなく鉱山の入口に戻ったスピンドルの前に三人の男が姿を現した。
 尋常ではない男たち、気障な口髭を生やしているのがアクーナ、その隣の優男がジョビント、巨漢のディモスは大きな樽を肩に担いでいた。
「何だよ。全員やられちまったかと思ったぜ」
 アクーナがにやにや笑いながら言った。
「いや、行方不明は西に行ったムーアのチームだけだ。他の人間、ブライトンとピエルイジはすでに町に戻った」
「で、何すりゃいい?」
「西の鉱区を見てきてほしい。あの様子ではおそらくムーアたちは生きてはいまい。そこに襲撃者がいたなら――」
「殺していいんだな」
「構わん。相手も殺人者のはずだ」
「じゃあ、あんたは町に戻ってなよ」

 
 アクーナたちは鼻歌交じりで鉱山に入った。
 西の鉱区に近付くにつれ、血の匂いが強くなってきた。
「スピンドルの言った通りだな。かなりの血が流れてるぜ」
「アクーナよぉ」
 優男のジョビントが尋ねた。
「相手は待ち伏せしてんじゃねえのか。そんな場所に飛び込んで平気か」
「心配しなさんな。相手の目星は付いてんだ。鉱山みてえな場所を得意とする暗殺者、さしずめ暗殺者対殺人者って構図だ」
「……『地に潜る者』だな。姿が見えねえだろ?」
「ちゃんと対策は考えてあるよ。な、ディモス」
 アクーナに声をかけられたディモスは嬉しそうに大きく頷いた。

 
 西の鉱区に入ると凄惨な現場が広がっていた。
 ジョビントが血溜まりの海に横たわる一人の死体を調べて言った。
「アクーナ、あんたの言う通りみたいだぜ。足元を斬って、動けなくしてから息の根を止める。地下から来る奴らの仕業だ」
「だろ。面白くなってきた」
「まだいるんだろうか。足を斬られちゃかなわねえや」
「ああ、地下で様子を窺ってるはずだ。救出に来た者を殺すのは常套手段だ」
「げっ」
 ジョビントが慌ててアクーナとディモスの下に駆け寄った。
「慌てるんじゃねえ。ジョビント」
 アクーナはにやりと笑った。
「そんな奴らは、こうしてやりゃあいいんだ。ディモス、やっちまえ」
 アクーナが言い、背後にいたディモスが前に進み出て、抱えていた大きな樽の中身をぶちまけた。
 鉱内に油臭いにおいが立ち込めると、アクーナはへらへら笑いながらマッチで火を擦り、それを地面にぽんと投げた。
 鉱内に勢いよく炎が広がり、瞬く間に火の海となった。
「ひっひっひ。蒸し焼きにしてやるよ」

 
「鉱山で火事だ!」
 通りを駆け抜ける叫び声が酒場に着いたヘキとニコの下にも届いた。
「大変だ。行かなけりゃ」
 ニコが慌てて支度をするのを見てヘキが言った。
「あたしも付いてくよ。嫌な胸騒ぎがする」

「きっとあいつらだ、ああ」
 マスターが言うのをニコが聞きとがめた。
「あいつら?」
「あんたらが来る前に軍人のような集団が来てた。そしてその後を付けるように犯罪者みたいな目付きの悪い奴らが通りを歩いていったんだ」
「鉱山に行くって言ってたんですね?」

「それに昨日も見慣れないシップが目撃されたらしいし」
「見慣れないシップ?」
 今後はヘキが声を上げた。
「連邦のもんとは全然違う形らしい。何かこう平べったい形だって――」
「……地に潜る者のシップのようね」
「ヘキ、彼らが騒ぎを起こしたのでしょうか?」
「呑気なもんだね。あんたの石を狙ってるかもしれないってのに」
「えっ……とにかく行かないと。鉱内の事故は鉱山技師の責任です」

 
 ヘキとニコが店を出て、鉱山に向かう山道に差しかかると、向こうからやってくるスピンドルとすれ違った。
 ニコはスピンドルに声をかけた。
「失礼ですが、鉱山に用ですか?」
「ええ」
「火事が発生したという連絡を受けたのですが、詳細をご存知ですか?」
「えっ?」
「まんざら無関係という訳でもなさそうですね――」
「ニコ、こんな所で時間を潰してる暇ないわ」
 ヘキが言い、ニコはしぶしぶ頷いてから、スピンドルを残して鉱山に向かおうとした。
「あの――」
 ヘキとニコの背中にスピンドルが声をかけた。
「私も行きます。あなたのおっしゃる通り、無関係ではなさそうです」
「わかりました。事情は道々、お伺いします」

 

鉱山深部へ

 ヘキとニコ、スピンドルは鉱山の入口に到着した。どうやら火事になったのは西の鉱区らしく、人々は内部に入る事もできずに立ち尽くしていた。
 ニコの表情は冴えなかった。ここに来るまでにスピンドルからおおよその事情を聞き出した。例の石を探すチームという事は、自分の石も狙っているのだろう。ヘキもニコももちろんニコの持つ石の事を口に出さなかった。

 
「スピンドルさん。あなたのお仲間がいるのは西の鉱区ですか?」
 鉱山の薄明りの中でニコが尋ねた。
「ええ、ですがもう生きていないでしょう」
「火事が原因ですか?」
「いえ、その前に暗殺者に殺されたと考えています」
「暗殺者?」
 ヘキが声を上げ、スピンドルは頷いた。
「私の記憶に間違いなければ、あなたは銀河の英雄、文月の子。あなたならご存じでしょう。暗殺を生業とする種族を」
「地に潜る者の事を言ってるの。彼ら全てがそうじゃないわよ」
「そうですか。実は西の火事も私の仲間が火をつけたのだと思います。地に潜る者が地面を焼かれれば飛び出してきますからね」
「何て事をしてくれたんだ」
 ニコはスピンドルに食ってかかり、ヘキがそれを押し止めた。
「もちろん、それなりの弁済はさせて頂きます」
「そんな事を言ってるんじゃない。この鉱山を維持するのにどれだけ苦労したかわかってるのか」
「……ニコさん。あなたはこの鉱山に人一倍愛着を抱き、その隅々まで知り尽しているようだ。となると石はすでに回収されたと考えるべきか」
「な、何を訳のわからない事を――」
「ニコ、危ない!」
 ヘキがニコの体を抱え上げ、二人は間一髪、空中に逃れた。

 

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