8.4. Story 1 闇の攻勢

 Story 2 もう一人の子

1 失意のネーベ

 ラーマシタラに訪問者があった。
「これは。しばらくお姿を見かけませんでしたが」
「里帰りだよ」
 答えたのは黒眼鏡の男だった。
「それよりもお前の方はどうだ。せっかくこの星の権力を握る人間を紹介してやったのだ。少しは景気が上向きになったか?」

 黒眼鏡の男はそう言って周囲を見回した。品川の近くのマンションの一室、特に変わった点は見られなかった。
「おかげさまで。来月にはここを出ていけそうです。しかし私共のような宗教家は『景気』などとは言いませんが」
「ふん、偽『バルジ教』がよく言うわ。ムシカで何が起こったかも知らんだろう」
「存じ上げておりますとも。とうとうナインライブズが出現いたしました」
「その通りだ。しかもそれはこの星に深い関係のある文月が成し遂げた。なのに、この星ではまったく話題にならない。何故だかわかるか?」
「……バルジ教の教えが根付いていないせいでしょう」
「くだらん事を言うな。この星にはそもそもバルジ教を受け入れる下地などないのだ。ナインライブズという存在を理解できない人間にとっては、文月は宇宙に出ていった英雄でしかない」
「しかし」
「その証拠にお前の布教はうまくいっていない。もっともどこまで気合を入れてやっているかは怪しいが」
「そう言われると返す言葉もありませんが、実はとうとうこの星で爆発的に信者を獲得できる方法を発見致しました」

「それは?」
「至る所にあったディエムをご存じでしょうか?」
「こっちはお前などよりも長くこの星にいるのだ。当然知っているが、ナインライブズの出現と相前後して消えたはずだ」
「そうです。それが問題なのです。ディエムが消えた事により困る者が現れた。中でもディエムを信仰する者にとっては死活問題となっております」
「信仰する者?」
「正確には『ディエム信仰会』、代表の名はネーベ・ノードラップといいます」
「……その名、どこかで聞き覚えがあるな」
「それはそうです。この星で初めて銀河系外に出ていった人間のうちの一人、彼女も又この星の英雄ですからね」
「なるほど。今はそんな稼業か」
「彼女自身の人気も相まって、信者の数は世界中で数百万人に達しようという規模でした。それだけにディエムがなくなった時の彼女の落胆ぶりったらありませんでしたよ」

「よっぽどお前より真面目に宗教をとらえているじゃないか。で、取り込めそうか?」
「今、彼女は来日していて明日会う予定です。すでに『ディエムがなくなったのはナインライブズによってその使命を終えたからだ。ディエムの意志はバルジ教に残る』と伝えておりますが、大分心を動かされているようです」
「ふん、ペテン師め」
「そうはおっしゃられますが、これだけ長い間、宗教者の振りをしておりますとひとかどの人間になったような気が致します――それはあなたも同じでしょう?」
「ではお手並み拝見といこうか。うまくいけば一気に数百万の信者を抱えられる訳だからな」

 
 翌日、ラーマシタラと黒眼鏡の男は都内のホテルに向かった。
 二人を迎え入れたネーベは相変わらず美しかったが、顔には疲労の色がありありと出ていた。
「久しぶりね、ミスター・シタラ。あら、そちらの方は?」
「こちらは私の後援者で――」
 黒眼鏡の男はラーマシタラの言葉を途中で遮った。
「訳あって名は名乗れないが、監督、ディレクターとでも呼んでくれ」
「あら、そう。別に気にしないわ」

 
「――それでネーベさん」とラーマシタラが言った。「この間、電話でお話しした件ですが、考えて頂けましたか?」
「そうね。もちろん敵対するつもりなんかこれっぽっちもないわ。でもね、『ディエム』と『ナインライブズ』じゃ、教義に隔たりがありすぎない?」

「そんな事ありませんよ」
 黒眼鏡の男が静かに口を開いた。
「ディエムは文月の家系からナインライブズが現れると、Arhatsが予想して《青の星》に設置したもの。両者は元々密接に関係していたのです」
「それはあたしも予想してたわ。でもバルジ教だってナインライブズが現れたのに新しい世の中にならなかったって事で、信者を減らしているんじゃなくて?」
「それはありません。あれだけの奇蹟を起こし、更に銀河消滅の危機を救ったのです。バルジ教は以前にも増して信者を獲得しています」

「あなた、そこまで詳しいなんてこの星の人じゃないわね?」
「私の出自などどうでもいい。確かに私は自分のシップで他所の星にも行きますし、この星であなたが成し遂げた人類初の偉業も知っている。あなたにこのまま埋もれて欲しくないのですよ」
「あら、ありがとう。そこまで評価されてるんだったら前向きに考えなきゃね。本当を言うと、あたしはリンを信奉したいのよ。バルジ教もナインライブズ、つまりはリンとその子供たちを崇拝しているって事にならない?」

 リンの名前を聞いてラーマシタラは顔を伏せたが、黒眼鏡の男はお構いなしに答えた。
「もちろんです。彼こそは新しい創造主。あなたは先ほど『新しい世の中にならなかった』と申されましたが、彼が銀河を変えていくのはこれからですよ」
「……どんな未来が待っているのかしら?」
「覇王の出現です」
「覇王?」
「連邦はここまで肥大化しましたが、強制力を持っていない。銀河を統べる覇王が必要なのです」
「それはリンなの?それともその子たち?」
「さあ、私も預言者ではないですからね――それよりもどうです。銀河が文月リンを中心にして動いているのを感覚的に理解していたのは『ディエム信仰会』と『バルジ教』だけです。古い教義などに拘らず、リンを中心に据えた未来を一緒に考えませんか?」
「え、ええ。そうね。きっとそうよね」

 
 会見を終え、ホテルを出た所でラーマシタラが黒眼鏡の男に言った。
「どうしてあのような事を言われたのですか?」
「ふふふ、ぼんくら同士では何も事態に進展がない。助けてやっただけだ」
「ですが――」
「気にするな。そのうち、全てが変わる――銀河覇王の出現によってな」

 

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