8.3. Story 2 根源たる混沌

 Chapter 4 タブー

1 《古城の星》

 《古城の星》はプロトアクチアという主を失い、連邦に従う形となったが、加盟に至るまでには困難が予想された。
 その理由の一つは星を覆う文字通りの古城を中心とする無秩序を極めた街の奥深くにあった。

 
 《古城の星》の街ははるか昔、時の有力者たちが外敵に備えて城を築いたのが始まりとされている。
 大陸の東の化泉(かせん)城、西の軍象(ぐんぞう)城、そして中央部にある紅鶴(こうかく)城である。それぞれの有力者たちは己の力を誇示するかのようにこぞって立派な城を建て、その周囲に町が形成された。
 有力者たちの死後も城はそのまま残り、そこに新たな住人達が移り住んだ。

 初めは家を追われた人々が雨露を凌ぐために城内に間借りするような状況だったが、やがて罪を犯して逃げ込む人間の割合が増え、城を不法占拠するようになった。増改築を続けた城は奇妙に肥大し、街全体が一つの要塞のような形に変貌していった。
 かつては三つの城とそれぞれの城下町は互いに独立を保っていたが、肥大するにつれ全ては混然一体となり、星全体を覆わんばかりになった。
 建物は無秩序に増築を繰り返し、建物同士の隙間を埋めるようにまた増築がなされた。無秩序な建物の間を縫うように街路はくねくねと細く入り組み、一旦入り込めば二度と出てはこられない迷路だった。

 
 最も賑やかな紅鶴城街路を歩けばすぐにわかる。何もかもが猥雑、人はそれぞれの本能の赴くままに生活をしているように見受けられた。
 街路の中心、その名も『紅鶴城中心』の辺りで混雑と混乱はピークに達し、まるで祭りの喧騒の中に放り込まれたようになり、進みたい方向に進む事すらままならなくなる。

 だが中心からほど近い場所にちょっと見ただけではわからない人一人が横向きになってやっと通れるくらいの路地があるのには誰も気づかなかった。
 横向きで歩き続け、不安な気持ちが押し寄せる頃、ようやく街路は正常な太さへと変わる。
 ここはどこだ、もしかすると道が緩いカーブを描いていたかもしれない、すっかり途方に暮れた人間の目の前にそれは突然姿を現す。
 黒い板に金色の文字で『宣憐楼』、この星で憐みという言葉を口にするとはお笑い草だが、その看板の隣には黒塀が続いている。
 その黒塀の一枚が隠し扉になっていて、その先が楼の内部だった。

 
 そこは一種の秘密クラブだった。扉を開けるとすぐに屈強な山賊のようなボディーガードによる所持品チェックが待っていた。
 入口を抜けるとあの雑然とした紅鶴城街路なのか、と疑いたくなる立派な黒い壁の建物が奥まで続いていた。
 一番奥に重々しい扉があり、今度は黒服をきっちりと着こなしたボディーガードが控えている。

 中に入るとそこは別世界だった。美しく着飾った男女が声を潜めて会話をしている。大声を出さないといけない街路とは違って、街の喧騒はここまで染み込んでこなかった。豪華な料理を運ぶ給仕たち、会話の邪魔にならない密やかな音楽を奏でる楽団、不思議なダンスを踊るダンサーの女性、カジノに歌劇、この星の栄華が全て集まっていた。
 そして建物の奥にある個室、そこは更に限られた一部の人間しか入る事はできなかった。

 
 この星の限られた一部の人間とはどんな人間なのか?

 その問いに答える前に不思議に思わなかったろうか。
 何もかもが自由なこの星では移り住むのも出ていくのも勝手だった。新しく住み着いた人間は空き家を探し、ない場合には増築を行った。
 水やエネルギーといったインフラについては既存のものに接続して勝手に使用するという有様だった。
 注意する者もいなければ、罰する者もいない状況、それなのに社会が破綻しない理由は何なのか。
 実はそのインフラこそがこの星で最も重要なものだったのだ。

 プロトアクチアはあくまでも表向きの支配者だったが、インフラを止められればそんな男でも音を上げる、インフラを供給する人物こそがこの星の真の支配者だった。
 そしてここ宣憐楼はその人物の知己でなければ入場する事は許されない、つまり特権階級のための社交場だったのだ。

 
 幾つかある個室の一つで二人の男が酒を酌み交わしていた。一人は黒眼鏡をかけた小柄な男、もう一人は体格の良い男だった。

「ここに寄るとは珍しいな」
 体格の良い男が自分のグラスに赤い酒を注ぎながら言った。
「兄者がピンチだと聞いたので」
 小柄な黒眼鏡の男が言うと体格の良い男は笑った。
「八年も前の話だ。何を今更」
「いや、連邦の監視を考えるとなかなか来られなかった」
「あのぼんくら共にこの場所はわかるまい。何しろおれの身代わりを引っ立てていったくらいだ」
「なるほど。兄者の身代わりは頑として口を割らない。プロトアクチアが偽者かどうかすらはっきりしないという訳か」
「捕縛の瞬間は見物だったぞ。あのデズモンド・ピアナ、ケイジ、七武神ゼクト、それに文月の息子たちが一堂に会したのだ。おれも大したもんだ」

「仕方ない奴だな、兄者は。これからどうするつもりだ?」
「……お前こそ、何かあったからここに来たのだろう。例のご先祖の友人がいよいよ動き出したか?」
「さすが、そういう感度は人一倍鋭い」
「簡単だ。今、世間を騒がせている石集め。あの勝者がこの銀河の覇王となるかもしれん。そうなれば藪小路が動いたとしても不思議ではない。あいつ自ら石集めに参加するのか?」
「いや、あの男はそんな直接的な行動はしない。ゆっくりと邪魔者を排除しつつ、その日に備えている」
「邪魔者……そうか、ケイジがいなくなったと思ったら今度はデズモンドか。大帝といい、文月といい、あの星にいたのでは気が休まらんな」
「まったくだ。愉快な星さ」
「で、デズモンドは仕留められそうか?」
「それは無理だ。あいつは強い。下手に手を出せば命を落とす」
「何だ、おれに何かして欲しいんじゃないのか?」

 
「『根源たる混沌』の名を聞いた事があるか?」
「うむ」
「全ては混沌に帰す――反連邦、反バルジ教を掲げる集団だ」
「バルジ教が熱望したナインライブズは人々を救済するどころか、この銀河滅亡の危機を招いた。その文月の一人が議長を務める連邦になど従わないと考える者がいるのは当然だ。連邦はこの石集めに乗じて必ずや本性を現す。自由に生きたいと思う人間を抑圧し、型にはめようとする――見ているがいい。そのうち大惨事が起こるぞ」

「ほぉ、兄者、そこまで予測しているか。だったら『根源たる混沌』の提唱者も知っているだろう?」
「何故そう言い切る?」
「兄者はその人物と会っている、いや、もしかしたらその人物はこの星にいるんじゃないかと踏んだ」
「なかなかの推理だ。確かにおれはその人物を知っているが、そいつはここにはいない」
「どこにいるんだ?」
「遠い場所に行くと言っていたな――それを知ってどうする?」
「実はな。《青の星》にインチキバルジ教の教会をやっている奴がいるんだが、そいつを『根源たる混沌』に宗旨替えさせようと思ってな」
「それはひどい話だ」
「構う事はない。どうせインチキ宗教家だし、あの星の人間はバルジ教なんぞこれっぽっちも理解していない」
「なるほど。それも藪小路の計画の一環か?」
「いや、単なる暇つぶしだ」

 
「――あきれたな。あの戦争で死んだものだとばかり思っていたら、しぶとく生き延びた。大体お前は責任を取って死ぬと言ってなかったか?」
「責任、一体何の責任だ?」
「お前が言ったのだ。入れ替わった軍人のまま、死んでいくのも人生だと」
「さあな。そんな事を言ったかな」
「言ったとも。お前は東京にいられなくなった何とかいう軍人を殺して、その男に成りすまして大陸に渡った。その時に、最早、生への執着はないと言った」

「事情が変わった」
「映画とかいう原始的な娯楽のためか?」
「違う。あのデズモンド・ピアナが教えてくれたんだよ。もっと近くに楽しい事が待っているとな」
「藪小路か?」
「ああ、あいつが覇王になるための最終決戦とやらを見届けてやろうと思った。それまで自分は好きな事をやる」

「いい気なもんだがデズモンドも文月も手強いぞ」
「わかっている。だからこうして兄者の下に来た。どうせ『根源たる混沌』の首謀者も痛い目に遭っている。文月にやられた者同士で手を結んだんじゃないかってな」
「ふふん、このまま連邦に怯えて暮らすのもバカバカしいからな。乗ってやったよ」
「やはりな」
「『根源たる混沌』のリーダーに会いたいのか?」
「まあな。推理が正しければ、そいつは何度か《青の星》にも来ている」
「その辺は会ってからのお楽しみだ。早速奴に連絡を取ってみる」

 

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