8.3. Story 1 名乗りを上げる者たち

 Story 2 根源たる混沌

1 チームRP

 《虚栄の星》、ヴァニティポリスのジェネロシティにあるカナメイシ本社前広場では盛大な式典が始まろうとしていた。
 人気バンド、”Got U Wrong”の演奏が終わると、司会者が特設ステージに姿を現した。
「本日はお集まり下さり、ありがとうございます。只今よりチームRPの壮行会を行わせて頂きます。まずは先日来、耳目を集めておりますチームRPにつきまして、カナメイシ会長のレネ・ピアソンより説明がございます」

 
 レネ・ピアソンが微笑みをたたえながら舞台後方から登場し、舞台のセンターに立ったレネの後方にヴィジョンが浮かび上がった。
「皆様、創造主の力を封じた十八石の存在は記憶に新しいかと存じます。数年前に連邦がこれらを全て回収致しましたが、その後、その行方は杳として知れません」

 レネはステージ上手に移動したが、中央にももう一人、微笑んだままのレネの姿が残っていた。
「――失礼。『ウィロ2』と呼ばれる最新技術を用いておりますので、私の姿はこれから幾つにも増えていきます。さて、現在この石を再び集める事により、如何なる願いも叶うという話が巷に流れているのは皆様もご存じでしょう」

 レネが下手に移動すると、中央で微笑みながら手を動かすレネ、上手で説明をするレネ、三人のレネが出現した。
「ふざけた噂話に過ぎないと一笑に付される方も多くいられます。しかし私共カナメイシの独自の調査の結果、これは真実、創造主の新たなる挑戦なのだという結論に至りました」

 レネが中央に戻り、一人目のレネと姿が重なった。二人目、三人目のレネが動きを止めて見守る中、中央のレネは懐から石を取り出した。
「創造主ウルトマの『戦乱の石』です。数年前に銀河を震撼させた恐ろしい力はもう残っておりません。残りの十七個を集めて初めて意味があるのであればカナメイシの全力を挙げて全ての石を集めてみせよう、それが創造主の意志であるならばその誘いに乗ってみよう、そう考えた次第です。それによりカナメイシだけでなく、グリード・リーグの名が全銀河に知れ渡る、これほどの宣伝効果はございません」

 レネは石を懐にしまい込み、後方のヴィジョンを指差した。
「そのための特別チーム、チームRPを創設致しました。申し上げておきますが、これは一種のエクストリームスポーツ、銀河を縦横無尽に駆け巡る冒険だと捉えております。過去に起こった武力を用いた血なまぐさい争いであってはならない。チームRPのリーダーにはそんな冒険に最もふさわしい英雄を招きました――ウイラード・ディガー」

 
 会場に詰めかけた人からどよめきが起こり、ヴィジョンにウイラードの哲学者のような顔が大映しになった。
「ウイラード・ディガーだ。おれを知らない奴のために自己紹介しよう。おれは冒険家、これまでに様々な偉業を成し遂げた。《虚栄の星》から《巨大な星》までのシップ航行の最短記録の実現、《精霊のコロニー》での百日間滞在の記録樹立、《海の星》でのセルヴェントラ海溝の調査、《茜の星》のノーザーナ山の登頂」
 ウイラードは言葉を止めて一段声の調子を上げた。
「だが今回ほどスケールがでかく、又、困難な冒険はないと信じている。なにしろ、この広い銀河にたったの十八個しか存在しない石を探し出せっていうバカバカしい計画だからな。これを受ける気になったのは、ただの気まぐれじゃない。この冒険がおれの集大成になる、そう確信してるからだ」

 
 レネはヴィジョンに大写しになったウイラードの顔を見た。
 デズモンド・ピアナに強烈な対抗意識を持つ男。道行く人に著名な冒険家を尋ねれば、十人中八、九人はデズモンドの名を挙げるはずだ。ウイラードはそれを覆すべく、今回の賭けに打って出たのだ。
 レネの描いた絵にまんまとはまってくれたという訳だ。

 
「チームRPの一号艇から四号艇まではおれと長年苦楽を共にしてきたクルーたちが指揮をする。シップのコールネームは『ディガー1』から『ディガー4』だ」
 舞台の上のレネは盛大な拍手をし、ヴィジョンのウイラードは軽く手を挙げて続けた。
「五号艇から七号艇まではこいつらだ。ナカツ、お前の番だぜ」
 ヴィジョンがウイラードから若い男に変わり、会場は再びざわめきに包まれた。

 
 レネはヴィジョンに映った意志の強そうな青年を見た。
 ナカツという名のその青年は《虚栄の星》で英雄として扱われる元帝国将軍スクナの忘れ形見だった。

 帝国が滅亡した後、連邦支配に異を唱える旧帝国の残党は《茜の星》を拠点として抵抗活動を続けた。
 元々、連邦による支配を好まなかった《虚栄の星》の実力者の商人たちは彼らの行動を秘かに支援した。
 結局、彼らは壮絶な最期を遂げたが、その中心人物が元帝国将軍スクナで、スクナは死後、英雄と祭り上げられた。
 スクナの子、ナカツの生存が判明し、保護された時に言った「父の仇は取る」という言葉により、ナカツは一躍、時の人となった。
 その後、ナカツは施設に入ったと言われ、長い間、その行方は不明だった。

 
 そのナカツが仲間を率いて選抜の面接を行うレネの前に現れた。
 ナカツはトリリオン総裁ズベンダ・ジィゴビッチの推薦状を携えていた。

 レネはすぐに状況を理解した。ズベンダはこの星でノコベリリス、ツヴォナッツから続く篤志家の一面を持っていた。身寄りのない子を育てて、社会に送り出す、ナカツはそうやって育てられたに違いなかった。そう言えば、ワナグリの社長ビジャイ・レミルトラジもズベンダの支援を受けた身寄りのない子だった。

 レネはナカツとその仲間、ツクヨミとムナカタという青年を気に入った。
 だが隣のスピンドルを見ると険しい表情をしていた。後で理由を聞いてみると「グリード・リーグの意向が強すぎる」とだけ答えた。

 
 数日後、レネは定例のグリード・リーグの会議に出席した。PKEFのラロ・ドゥファリン、トリリオンのズベンダ・ジィゴビッチ、ワナグリのビジャイ・レミルトラジ、ロイヤル・オストドルフのハイラーム・ビズバーグ、主立ったメンバーが顔を揃えていた。
 レネは率直に疑問をぶつけた。「この石探しによってグリード・リーグは何を享受するのか?」

 
 ズベンダが代表して答えた。
「連邦が銀河全体を掌握し、域内の安全が保証された事により、ビジネスは銀河全体を対象とする段階に移行した。我々、グリード・リーグが更に発展を遂げるためのライバルは誰か、レネ、君なら理解できるね?」
「ハイラームの貿易でいえばメドゥキ・ギルド、マノア家、最近ではムスクーリ家も競合相手でしょうか。ラロのエネルギー分野ならバンブロスといった所ですね」
「よく勉強している。ビジャイの農業分野は銀河全体といった訳ではないので問題ない。では私の金融分野、これについてはどう考えるかね?」
「……いえ、さすがにそれは……現在のギーク本位制を覆すとでも?」
「その通りだよ。銀河の金融を牛耳る。もちろんフェアなコントロールの下でね。ギーク本位制は一見公平に見えるが、センテニア家、それに命を受けたメドゥキ・ギルドやマノア家が美味い汁を吸うための仕組み。金融とは仕組みを作った者が最も利益を享受するようにできている」
「仕組みを作る側に回るという訳ですね」

 
「もう一つある」
 ラロが言葉を継いだ。
「シップだ」
「――シップ製造ですか?」
「うむ。軍需の時代は終わったが、まだまだ民需は伸びる。我々は完全に出遅れた――現在のシェアを知っているか。ソルバーロ社が約20%、ケミラ工房が20%、ピエニオス商会が15%、ペイムゥトが5%、残りの40%をその他の企業で占めている。その他の企業に属する我々はクゼにテコ入れをさせたが……」
「問題を起こした」
「そうだ。あの男にはもう期待しない」
 ハイラームが怒ったような口調で言った。
「今後は君にその役を担ってもらいたい。今回のチームで我々のシップの優秀性を全銀河にアピールして欲しいのだよ」
「なるほど」

 
「『銀河の叡智』の目的とは」
 それまで黙っていたビジャイが優しい口調で言った。
「人々を様々な形で繋ぐ事だと聞いています。バインドにより通信が繋がり、シップにより人が繋がる。レネ、あなたはその両方の勝者になれるかもしれません」

 
 レネは理知的なビジャイの青黒い顔を見つめた。ほぼ同年代のビジャイは憧れの人間だった。ズベンダの援助は受けたものの、両親のいない境遇から大企業の社長まで成り上がった彼の人生はレネに大いに刺激を与えた。

 レネの家も貧しく、父は金属の加工職人をしていた。
 通信教育で連邦大学の課程を終えたのが十五の時だったが、ビジャイは十二だったという。
 一足早く社会に飛び出したビジャイの後を追うようにレネも社会に出たが、とんとん拍子に巨大一次産品企業を設立したビジャイに比べて、レネは苦労の連続だった。
 ようやくインプリントの技術でカナメイシを成功させたのは三十を越えてからだった。
 今、その憧れのビジャイと対等に話をしている。だが本当の成功はここからだ――

 
 レネは我に返った。
 ヴィジョンではナカツがツクヨミとムナカタを紹介し、五号艇から七号艇までを『プレディクト1』から『3』と呼ぶと説明していた。
 ナカツが笑顔を見せ、ヴィジョンは再びウイラードに変わった。
「レネ、八号艇以降の説明はあんたの方からしてくれ」

 
 レネは頷き、再び話し出した。
「八号艇から十一号艇まではカナメイシの副社長、スピンドル自らが率います。スピンドル、ここへ」
 髪をきれいに撫でつけたスピンドルが笑顔一つ見せずにクルーを引き連れて舞台に登場した。

 
 レネはしかめっ面のスピンドルを見て思った。
 この男が自分の片腕となって十年が過ぎようとしていたが、自分の事は滅多に語らない、寡黙な男だった。
 彼も又、《流浪の星》の貧しい行商人の家に生まれ、様々な星を放浪して育った。
 スピンドルの父がレネの父親の工房に出入りしていた関係で、レネとスピンドルは幼い頃から一緒に過ごす機会が多かった。
 時には夜空を見ながら、互いの将来について語り合ったりもしたが、そんな時もスピンドルは聞き役でレネが一方的にしゃべるだけだった。
 レネの父親が急逝した後も、やはり父の後を継いだスピンドルはレネの下に足繁く通って親交を深めた。
 インプリント機に関する斬新な技術を編み出したにも関わらず、世間に相手にされないレネを見かねたスピンドルは、夜空の下でため息をつくレネに声をかけた。

 
「――レネ。君の素晴らしい技術を理解できない世間は大馬鹿だ」
「スピンドル……」
「だがその大馬鹿者たちを納得させられない君はもっとバカだ」
「……」
「君にはその技術の素晴らしさを世間に伝える義務があるが、根っからの技術屋の君には無理だ。だから私が君に代わって君の考えを世間に伝えよう」
「……それはつまり?」
「君は技術屋として技術に専念すればいい。私が注文を取ってくる。君が社長で私が副社長だ」

 
 以来十年、二人三脚でやってきて、ようやく五年前から事業は軌道に乗り出した。レネの技術とスピンドルの営業の両輪がうまく噛み合った事により、《虚栄の星》を代表する企業の一つになろうかという位置まで漕ぎ着けた。
 ビジネスにおいてはそんな関係だったが、プライベートでは饒舌なレネに対してスピンドルは寡黙だった。
 レネの決断に対して文句を言ったり、反論したりする事は皆無だった。

 
 だが今回チームRPのオーディションでナカツたちが帰った後、スピンドルはその重い口を開いた。
「レネ、これはあまり良い傾向ではない」
「ん、どうしてだい。皆、頼りになりそうじゃないか」
「――一番得をするのはラロやズベンダ、グリード・リーグの古狸たちだ。カナメイシの名は埋もれてしまう」
「じゃあどうすれば?」
「考えがある。任せてくれないか」

 そう言ってスピンドルは自ら人を集め、チームRPに参加したのだった。
 ヴァニティポリスでくすぶっていた元連邦軍の人間に声をかけ、都合三隻のシップを編成した。更に《狩人の星》から売り込みにきたピエルイジという青年にもう一隻を任せる事にした。

 
 レネは隣で説明をするスピンドルを満足げに眺め、スピンドルもレネの方を向いて珍しく小さく笑顔を見せた。
「以上、八号艇から十号艇までは『スピナー1』から『3』、十一号艇は《狩人の星》、ピエルイジの『エピキュリアン』と致します」

 
 再びレネが話し出した。
「これからチームRPが飛び出すのは途方もなく広い銀河です。『ディガー』は《茜の星》を通り、《巨大な星》方面へとコースを取ります。『スピンドル』と『エピキュリアン』は《灼熱の星》から《エテルの都》、『プレディクト』はまっすぐ《武の星》を抜けるコース、いずれも最終的に目指す場所はここから最も遠い《智の星団》。それまでに残り十七個のうち何個の石を見つける事ができるか、どうぞご期待下さい」

 
 万雷の拍手に送られ、レネは舞台を降りた。
 すでにウイラードやナカツはどこかの丘のポートで出航準備をしているはずだ。スピンドルもレネと抱擁を済ませ、メンバーを率いてジェネロシティのポートに向かった。

 結局、スピンドルはもう一隻シップを用意していたのをレネに伝えなかった。
 十二号艇、『ジェノサイド』の存在を――

 

 『血涙の石』:マリス所有
 『戦乱の石』:レネ・ピアソン所有

 

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