8.2. Story 1 ヴァニティポリスの街角

 Story 2 運命の再会

1 ヴァイオリン弾きの少年

 《虚栄の星》の都、ヴァニティポリス、ルンビアが遠い昔に思い描いた都市はほぼ完成に近付いていた。
 六つの丘の中でポリス期の建物が建て終わっていないのは、テンペランス(節制)の丘だけとなっていた。
 テンペランスが予定通り開発された後、街がどのように外へ拡大していくかは今の所、誰にも予想できなかった。

 
 そんな開発まっただ中のテンペランスのポリスの賑やかな街角に、ある日を境にヴァイオリン弾きの少年が立つようになった。
 少年はヴァイオリンを巧みに弾き終ると集まった人々にビラを配った。ビラには不思議な言葉が綴られていた。

 

 「十八個の石を集めると君の願いが叶う!!」

 

 ビラを手にした人々の反応はまちまちだった。首を傾げてから興味なさそうにそのままビラを丸めて捨てす者が殆どだったが、中には少年に質問をする者もいた。
 大多数の人はバーやクラブの宣伝ビラか何かと勘違いしていたようで、少年が店の宣伝ではない旨を説明すると、「なあんだ」と言いながら去っていった。

 
 少年は連日、街角に立ってヴァイオリンを弾いてビラを配った。やがてヴァイオリン弾きの少年は、噂に飢えた大都会の人々の興味をさらうようになった。
 何の目的でビラを配っているのか、もしかすると以前に世間を騒がせた伝説のArhatsの力を封じた石を集めろという事なのか、ポータバインドで調べると《巨大な星》のヌエヴァポルト、《享楽の星》のチオニ、《商人の星》ダレンといった他の大都市でも同じようなビラ配りが行われているようだった。

 
 ある夕方、裏町のカフェでお茶を飲んでいた一人の男が、街で噂のヴァイオリン弾きの少年の様子を覗くために街角まで出かけた。
 男はにこにこと笑いながら静かに演奏に聞き入った。近頃では少年はすっかり有名になってビラを配らなくなっていた。少年は演奏が終わるとほぼ同時に男の下に駆け寄った。

 
「先生、やっと会えた」
「やあ、ワンデライ。相変わらず上手な演奏だったよ」
 先生と呼ばれた男は笑顔のままで答えた。
「バノコやオシュも他の場所に行ってるんだ」
「なるほど、各地で話題になっているのはそういう訳か――で、何故、こんな真似を?」
「その前に、先生はリンの所に行ったろ?」
「ああ、アビーを連れてね」
「リンは『カタストロフ』の件でまだ怒ってるかな?」
「いや、誤解は解けた。しかしどうしてあんな事になったんだい?」

「本物のナインライブズが出現するのに興奮してて、アーナトスリの企みに気が付かなかったんだ。あいつはあの石を使って銀河を破壊すれば自分の力が増強されると思ってたみたい」
「やれやれ」
「張本人はとっくに逃げ出した後なのに、残った僕らがリンに責められて大変だったよ。糾弾だけじゃなく僕ら全員を消滅させようとしたんだからね」
「ふむ。それでどうしたんだね?」
「ギーギが別の空間に繋いでくれたおかげで、消滅させられる寸前でリンの攻撃から逃げ切ったのさ」

「という事は今、君たち十人はどこかに避難して――」
「そう。被創造物に追い出された創造主さ」
「傑作じゃないか」
「笑い事じゃないよ」
「いや、すまん。だが君たちはすでに真のナインライブズを出現させた。それは称賛に値する。この銀河に関しては『卒業』でもいいんじゃないかな」
「先生、こんな形で卒業だなんて納得いかないよ」
「……ならばこうしてはどうかね。退官した私が言うのも何だが――私の仲立ちで君たち『創造主』とリンたち『新しい創造主』を対面させよう。そこで彼らが『創造主』にふさわしいかどうかを見極めればいい。『任せるに足る』と思えば君たちはこの銀河をすっぱりあきらめて新しい箱庭を造ればいいし、『任せられない』ならば彼らにお引き取り願えばいい」
「僕もそうだけど、先生もリンたちには甘いからな」
「だったらとびっきり難しい試練を与えればいい」
「――そうだね。皆が納得するにはそれしかないね」
「では早速、皆を集めて」
「おっと、先生、話はまだ途中だよ」
「ああ、まだ石集めを人々に呼びかけている理由を聞いていなかったね」

 
「ここからが本題なんだ。言った通り、アーナトスリだけは一足早く逃げたから、残った皆で話し合った」
「最早、アーナトスリ君は不要と言う訳か」
「そうだよ。だってあいつ、チームワークを乱してばっかりだったし、同じエネルギーの申し子だったらリンの方がよっぽどましさ」
「おやおや、ずいぶんと嫌ったものだ。本気かね?」
「そう。この先、僕らが新しい箱庭を作るにしても、その時はリンにエネルギー注入を頼むつもりさ」
「……しかしリンはなあ」
「あれ、エニクと同じような事言うの」
「まあいい。話を続けて」

「で、アーナトスリの逃げた先だけど、この『下』のどこかなんだ。あいつはじっと気配を殺していて場所がわからないけど、今でも銀河を破壊するチャンスを窺ってる。散り散りになった石をもう一度集めて、『カタストロフ』を発動させようとしてるに違いないんだ」
「なるほど。十八石というエサを置いて、彼をおびき出そうと言う作戦か。で、アーナトスリ君が現れたらどうするつもりだね?」
「ここからは他力本願だけどね。銀河の危機となれば必ずリンが降臨するはずさ。そこでリンとアーナトスリで一戦交えてもらう。虫が良すぎるかな」
「いいのではないかな。ただ彼が戦うかどうかはわからないよ」
「えっ、どういう意味?」

「最近の星の動きを見ると、どうやらこの銀河に再び大きな動きがありそうなのだよ――それは、すなわち覇王の誕生。君たちは石を集める冒険を呼びかけているが、それはアーナトスリ君を呼び寄せるだけでなく、この銀河を統べる王も生み出すのではないか、と私は読んでいるけれどね」
「へえ、さすが先生だ。そこまでお見通しなのか」
「ナインライブズが発現した以上、この銀河には何の制約もないはずだ。銀河を統べるための条件である、『移動の極小化』、『情報の同時性』、『意識の共有化』についても問題ない。となれば、いつ銀河の覇王が誕生してもおかしくない」
「そいつとアーナトスリの戦いの方がわくわくするね」
「創造主同士の対決の前にもう一つ、愉快なイベントが出来た訳さ」
「ははは、先生も何だかんだで面白い事が好きだよね。僕は怒られるかと思ってたのに」
「私も一肌脱がせてもらうとするか。十八石を効率的に集めるためにある人物を巻き込もうと思う。早速、彼に話をしに行こう。ワンデライ、君も一緒にどうだい?」

「僕はいいや。ここで様子を見させてもらうよ。でも何か先生に伝え忘れてる気がする。確か、ジュカが言ってたんだよなあ」
「ジュカ君というと例の転生する者かな?」
「……それだよ、それそれ。『銀河覇王が誕生したならば、この銀河の最終決戦が起こる』みたいな話」
「ほほぉ、それは益々もって楽しいね。なかなかイベントが盛りだくさんではないか」
「先生のそれは学術的興味って奴なの、それとも単なる好奇心?」
「ははは、そのどちらでもないな。ある星の諺でこういうのがある。『獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす』とね。それに近い、まあ親心のようなものかな」

 

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