目次
1 タイマー・ゼロ
《七聖の座》、連邦府の議長室でコメッティーノは考え込んでいた。
あの時、おれが功を焦って石を集めたために、” Catastrophe ”が発動したのか。いや、それがなくてもこの銀河を破壊するという創造主の意志は実行に移されたはずだ。何故なら、彼らの最大の目的、ナインライブズは出現したのだから、最早この箱庭に用はないと考えても不思議ではなかった。
だが結局、”Catastrophe”などどいう大げさな舞台装置を用いたくせに銀河の破壊は起こらなかった。空に浮かんだタイマーの数字がどんどんゼロに近付いていった時のあの絶望は、一瞬にして全銀河の歓喜に変わったのだった。
唯一の例外は、銀河の破壊を止めるために『上』に向かった八人、間もなく半年が経とうというのに彼らが戻ってくる気配はなかった。
無事ミッションを成功させたのならば、嬉々として凱旋するはずだ、コメッティーノはデズモンドを通して始宙摩の寺に幾度も確認をしたが、帰還報告はないままだった。
相討ちだったのか、”Catastrophe”を止めるのと引き換えに貴重な若い命を散らしたのだろうか。
こんな事くらいで自分の罪が贖われるとは思っていなかったが、ただ一人残ったくれないに償いをしなければ。
連邦議長職の座を譲る、今、コメッティーノはくれないの到着を待っている所だった。
くれないよ、受けてくれ――それに自分は他にも大きな罪を犯している。いずれにせよ議長を続ける資格はないのだ。
《虚栄の星》、ヴァニティポリスのフェイス地区の最新ビルの最上階の会議室に男たちが集まっていた。
「しかし連邦も人騒がせだ」
「楽しかったじゃないか。あの空に浮かんだタイマーがゼロに近付く時の絶望感とそれを乗り越えた時の安堵感。あんなカタルシスはなかなか味わえない」
「あのバカバカしいイベントのおかげで連邦に対する信頼感は一段と増した。銀河を統一する日も近いな」
「――君たちはそれでいいのか。あんな犯罪者たちにこの銀河を任せても」
「犯罪者?」
「そう。GCUの不正操作は立派な犯罪さ」
「……ズベンダ。その話をもっと詳しく――」
《祈りの星》のムシカに関わりのある人間、特に元太守ゾイネンを始めとするあの場に居合わせた者にとっては、この半年はジェットコースターに乗せられたようなものだった。
とうとう現れたナインライブズの神々しい姿に心震わせたが、救世主は人々を今より一段上のステージに引き上げる救済の前にA9Lと相討ちで消滅してしまった。
息つく暇もなく、空に最後の審判までのカウントダウンの数字が浮かび上がり、絶望はピークに達した。
数字が着実に減っていき、この世界の破滅は避けられそうにないと人々が目を閉じる中、ゾイネンだけはかっと目を見開いていた。
見届けなければならない。それがあの若者たちを送り出した自分の役目だ。
数字は00:00:01から次に進むと思われた瞬間、空から消えた。
ゾイネンは何が起こったのか理解できなかった。勇気のある者はすぐに目を開け、臆病な者はしばらく経って目を開けたが、いずれも状況が理解できたのは一分近く経ってだった。
「……私たちは生きている」
「審判は終わった」
「これは――ナインライブズの勝利だ!」
銀河のあらゆる場所で神々しきナインライブズが創造主の審判に打ち勝ったという熱狂と興奮が訪れた。
バルジ教にとっての新たな黄金時代の幕開けだった。
関係者たちが至福の日々を過ごす中、ゾイネンだけは浮かない気分だった。
半年経つというのにあの若者たちは帰ってこないではないか――
見る影もないほどに破壊し尽された《享楽の星》の王都チオニは、ようやくかつてのような活気を取り戻しつつあった。
復興の目途が着き、キザリタバンは安堵のため息を漏らした。
「……あの戦いは何だったのだ。連邦はドノスを討ち取ったと言っているが、そんなのは伝説の存在に過ぎず、実際は暴虐の限りを尽くした三人の都督を、連邦が文月の兄妹を送り込んで倒しただけではなかったのか。それにしても文月……何という強さだ。あんな連中が連邦の中枢に居座っていればタイマー・ゼロのような事態はまた起こる。そうならないためには『秩序』が必要だ」
キザリタバンは連邦から要請された中央での職を固辞した。自分にはまだチオニでやるべき事があるからだった。その代り、古くからの二人の知己を連邦の文官と武官に推挙した。
彼らならきっと文月の暴走を食い止め、連邦に秩序をもたらしてくれる。
キザリタバンは今や半分枯れ果てた聖なる大樹を見上げた。
私は間違っていないよな?
いつも通り、大樹は何も答えなかった。
その男は急いでいた。隠れ家としていた《泡沫の星》に残党狩りと称してリチャード・センテニアが来るという噂が飛び込んできたからだ。
この星特有の『バブル』と呼ばれる奇怪な都市構造を前にして、さすがのリチャードも残党狩りには苦労するはずだ、万が一にも捕まる恐れはなかったが念には念を入れ、脱出する事にした。
何しろ自分は一度チオニの王宮で死んだ所を見せている。それが生きているとわかればリチャードは黙っていない、自分を執拗に付け狙うかもしれない。
まずは《古城の星》に逃げ込むに限る。《泡沫の星》以上に悪人にとって暮らしやすく、連邦を憎む奴らも多くいる故郷だ。
そう言えばあの男にも久しく会っていないな。『銀河の覇王になる』とか言っている《青の星》に住むパラノイアに。
門前仲町の屋敷でデズモンドは困ったような表情を見せていた。
「――って事は、どっちも双子、しかも男と女、って寸法だな」
デズモンドの目の前には、もえと順天、そしてすやすや眠る四人の赤子がいた。
「そうよ、うちのアウラとヒナ、順天のミチとムータン。でもそれだけじゃないの」
「何だよ、まだあんのかよ」
「ほぼ同じ時に、ワイオリカにヴィゴー、オデッタにセカイっていう男の子も生まれたのよ」
「どうしたんだ。文月ファミリーは銀河を征服しそうな勢いだな」
「何よ、もうちょっとましな感想あるでしょ」
「すまん、すまん。考え事しててな」
「えーっ、この間、言ってたディエムの件?」
「ああ、ナインライブズの後、この星のディエムがきれいに消え失せた。これが意味する所は何か。考えられるのは創造主が観察を中止せざるをえない何かが起こった、そしてそれにはセキたちが関係してるんじゃねえかってな」
「そんなのセキたちが戻ったら聞けば済む話じゃない――そうだ、順天。お父様は何かおっしゃってなかった?」
「父とは頻繁に連絡を取り合う関係でもありませんので。何も言っておりませんわ」
「デズモンド、そう言う事よ。戻ってくれば色々話を聞けるし、戻ってこなくてもこの子たちがいるから」
「もえ、お前、本当に平気なのか?」
「……平気な訳ないじゃない。バカね」