7.9. Story 3 カタストロフ

 ジウランの航海日誌 (7)

1 コウの帰還

兄妹の集合

 最初にムシカに着いたのはヌエを連れたセキだった。
 いつもと同じくムシカは巡礼者や観光客で混雑していた。
 太守のゾイネンの下を訪ねるとゾイネンは相好を崩した。
「セキ殿。今日は?」
「――多分、あの時の約束を果たせます」
「約束……おお、ではご兄妹が全員揃われるのですな?」
「ええ、声をかけた訳じゃないですけど、皆わかってると思います。まだ一人、確実じゃないですけど、待ってれば来るはずです」
「では町の入口でお待ちする事に致しましょう」

 
 セキの言葉通り、一隻のシップがムシカのポートに着いた。現れたのはくれないだった。
「くれない。《七聖の座》からだね」
「ああ、セキ。どうしてだかここに来なくちゃいけないって気がしてさ」
「くれない、合ってるよ。もうすぐ皆、来るはずさ」

 
 次に現れたのは茶々だった。
「茶々、リチャードは一緒じゃないの?」とセキが尋ねた。
「まだ《魔王の星》にいるんじゃねえか。オレはワイオリカに会っときたかったし、先におさらばしたんだ」
「ふーん。それにしても茶々、怖いくらいの強さだね」
「当たり前だ。オレは暗黒魔王を食らったんだ」

 
 むらさきが蛟を連れて現れた。
「ご無沙汰してます」
「むらさき、どこに行ってたの?」
「実はルパートとの婚礼があって」
「えっ、本当?こっちの世界でもお祝いしようよ」
「ええ、全てが終わったら」

 
 ロクが登場した。
「ロク、《囁きの星》でのオデッタとの生活はどう?」
「順調だよ。それよりもデズモンドは元気?」
「うん、ようやく慣れたみたい。『一緒に来ない』って誘ったんだけど、後で来るって」

 
 ハクがやってきた。
「ハク、遅いよ」
「すまないな。《虚栄の星》で色々と――」
 雷獣が盾から飛び出して声を上げた。
「この軟弱者はよ、好きな女と別れたくねえみたいでな」
「おい、雷獣。いい加減な事を言うな。その後、コメッティーノに石を預けていたから遅くなったんじゃないか」
「へいへい」

 
 しばらくしてヘキが到着した。
「ヘキ、ケイジは?」とセキが尋ねた。
「《起源の星》で別れたわ。次に会う時は敵だって」
「――何だかそうなる予感がしてたんだ」
「変な情けは禁物よ」
「もちろん。一生懸命やったって勝てる相手じゃないよ。でもヘキは平気なの?」
「吹っ切ったわ。あの人を歴史に残すのはあたししかいないの」

 
 コクが雨虎を連れて現れた。兄妹たちの間に一瞬、微妙な空気が流れた。
「おれがいなきゃ始まらないだろ」
 コクが言うとセキが慌てて言った。
「当り前だよ。コクは皆の兄さんなんだから」
「――あんこのおはぎが好きな奴もいれば、きなこやゴマが好きな奴もいる。でも帰る家は一緒だ」
「何それ?」

 
 八人が揃った時点でゾイネンが幹部の教徒たちを引き連れて現れた。
「これは皆様、お揃いですな。本日、教会のある山全体を入山禁止にしております。それぞれの教会にご案内致しましょうか?」
「いえ、まだです。もう一人来るんで」とセキが答えた。
「何やってんだ。コウは」
 コクが言うと茶々がすかさず言葉を返した。
「コクが飛ばしたんじゃねえか」
 茶々の言葉に兄妹たちは笑った。コクは久しぶりに笑った気がした。ゾイネンたちは不思議そうな表情で遠巻きにしていた。

 

集まる人々

「誰か来るな――でもコウじゃねえ」
 茶々が言った。
 果たして茶々の言葉通り、現れたのはマックスウェル大公の押す車椅子に乗ったマザーだった。マザーはまるで眠っているような安らかな表情をしていた。
「マザーがどうしても自分の目で見届けると言ったので、私がこうしてエスコートしている」

 むらさきが一歩前に出た。
「言って下されば私がお連れしたものを」
「いや、主役にそんな事をさせる訳にはいかない。ルパートも誘ったのだが――くれぐれもご無事で、と申していたぞ」
 むらさきは一つ礼をしてから続けた。
「もう一つお願いをしてもよろしいですか。ミズチを預かって頂きたいのですが」
「構わん。他の生き物たちもここに置いていけばよかろう」
 忠告に従ってヌエ、雷獣、雨虎もマックスウェルの傍らで待機した。

 
 次に姿を現したのはリチャードだった。
「私がいても何ができるかはわからんが、お前たちを導いた以上は見届ける責任がある」
「他の七武神たちは?」とハクが尋ねた。
「コメッティーノは《七聖の座》にいる。まだ石が一個足らないからな。ゼクトはエテルに戻った。水牙とジェニーは交替で《享楽の星》と《武の星》を往復している。ランドスライドは……会ったばかりだろう?」
「ああ、ジュヒョウと決着はついたのかな」

「リチャード、顔色が良くないけど」とセキが言った。
「――どうも『魔王の鎧』が気になってな。そんな事よりお前たち、大事な人とは別れを済ませたか?」
「えっ、どうして。別に僕たちは死ぬ訳じゃないし」
 セキが言うとヘキ以外の他の兄妹たちも頷いた。
「……それなら安心だ。お前たちらしくやればいい――それからコメッティーノの依頼だ。この様子はヴィジョンで全銀河に届けられるからな。品のない言葉遣いや行動は慎んでくれ」

 
 バスキアが娘のアイシャの手を引いて現れた。
「バスキアさん、それにアイシャまで?」
 セキが驚いた声を上げた。
「娘はまだ幼いが、これから目の前で繰り広げられる奇跡の光景を焼き付けておいてもらいたいと思ったのでな」
「バスキアさん」
 ハクが言った。
「《狩人の星》でミネルヴァに会って、何か心境の変化があったんですね?」
「む、いや、それはまあ。いつかわかるさ」
 バスキアは一礼をし、アイシャは蛟たちの方へ走っていった。

 
 そこにデズモンドが到着した。デズモンドも少年のマリスの手を引いていた。
「遅くなっちまったかな――おっ、そこにいるのはバスキアじゃねえか?」
「デズモンドか。何年ぶりになるかな」
「おっと、積もる話はまた後だ。悪かったな、騒いで」
「デズモンド、どうしてマリスを連れてきたんだい?」とロクが尋ねた。
「旅のパートナーが必要だと思って色々探したんだがな。皆、忙しいし、耐性があって暇な奴がこいつしかいなかった。まあ、いないよりましだと思ってな。来る道すがら話を聞いたんだがこいつの人生は面白いな――って、本当に騒いでごめん。おい、マリスはあっちでヌエたちと遊んでろ」
 デズモンドはその後も待機している人々の中にマザーを発見して奇声を上げたり、再会したゾイネンの肩を乱暴に揺さぶったりして騒がしかった。

 
「しかしコウは遅いな」とコクが言った。
「ああ、だがデズモンドのおかげで湿っぽい雰囲気にならずに助かるよ」
 ハクがそう言って肩をすくめた。
 確かに人々の間を駆け回るデズモンドはまるでカーニバルを観にきた観光客のようだった。
 笑いの絶えない和やかな雰囲気の中、突然に茶々が言った。
「ようやく来たぜ――ったく、何様のつもりだよ」

 

天のLifeの帰還

 一同が固唾をのんで見守る中、その男はムシカの町に足を踏み入れた。
 昔と同じく頭に布を巻いていたが、立派な顎髭をたくわえて、すっかり大人の顔に変わっていた。
 コウは立ち止まって大きく伸びをしてから、人々の方を見て言った。
「やあ、ご苦労さん。こんなに盛大に出迎えられるとは思ってもみなかったぜ」

 すかさず茶々が飛びかかろうとしたが、それよりも早くセキが人々の中から飛び出してコウをしたたかに殴りつけた。
「――いってえ。何すんだ、セキ」
「こっちがどれだけ心配したと思ってるんだあ!」
「……悪かったな。これには深い事情があんだよ――」
 コウが言い終わる前にセキが、茶々が、くれないが、ロクが、むらさきが、ハクが、そしてヘキがコウに抱きついて、コウは堪えきれずに地面に仰向けに倒れた。
「ったく、お前らは。遠くから帰ってきたんだ。もう少し労われよ」
 コウが体を起こそうとすると、コクが手を差し伸べた。
「ありがとよ、コク」
 コウはコクの手につかまって立ち上がり、コクと固く抱き合った。

 
「あの、それでは皆様揃われたようですので、そろそろ……」
 ゾイネンが言いかけたが、デズモンドがゾイネンの肩に手を置いて首を振った。
「あいつらの好きなようにやらせてやろうぜ」

 

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