7.9. Story 2 《起源の星》

 Story 3 カタストロフ

1 錬金候の最期

 ハクがモデスティの旧文化地区からポリス地区に移動すると声をかける者があった。
「やあ、ハクじゃないか。何だか騒がしいね」
「あっ、ランドスライド。ちょうどよかった。連絡しようと思っていたんだ」
「ぼくに。今は管理官もしていないのに、何の用だい?」
「《狩人の星》に行っていたんだ。そこでバスキア・ローンと会った。バスキアは『ミネルバ・サックルローズは元気だ。だから何も気に病むな』と言っていた」
「……ハク、それを聞けてよかったよ。これでもう迷わない」
「?」
「君も急いでいるんだろう。わざわざありがとう」
 ランドスライドは足早に立ち去った。

 
 オンディヌとシルフィとの待ち合わせ場所はこのまま西に移動してペイシャンスのはずれ、『嘘つきの村』に向かう道だった。
 村にあの男がいる、今度こそ決着をつけなくてはならなかった。
 ここまでこぎ着けるのに二十年かかった。
 あらゆる書物や文献を調べ上げ、たどり着いた結論、それは意外にも母の記した書簡にあった。
 銀河の言語体系をまとめ上げ賞賛を一身に浴びていた当時の母が、アラリアの事を世間に認知させるために書いたものだった――

 
 ――アラリアの人間は二つに大別される。一つは私のような学者、『スカラー』であり、もう一つは純粋な戦士、『ソルジャー』である。
 生まれた子がスカラーかソルジャーかはその子の成長に応じて判明するが、これには個人差があるようだ。ただソルジャーの方が頑強な肉体を必要とする事から、発現は遅いのかもしれない。
 スカラーは私のように言葉を聞き分け、世界の謎を解明する能力に長けている。
 ソルジャー、私の幼馴染であるバスキア・ローンを見る限り、精霊を支配し、その力を用いて攻防を行う事ができる――

 
 ――という内容だった。
 自分は精霊である父とアラリアである母の間に生まれたハーフだった。半分ではあるがアラリアの血を引いている。
 二十年前はまだ少年だったので能力が完全に発現するまでに至らなかったが、ソルジャーの系統ではないか。
 であれば相手が反属性であろうが、完全なる金の属性であろうが、これらを支配する事ができるはずだ。

 
 ランドスライドは必死になってアラリアのソルジャーの資質の開花のために修業した。
 そしてとうとう「ギズボアナ」に集約される精霊を従わせる呪文を覚えるに至った。
 その後間もなくして、《虚栄の星》の管理官の座を退いた。
 連邦の公式発表は体調不良によるものだったが、人々の間では企業集団の圧力に屈したと噂された。
 しかし本当はジュヒョウとの決着をつける準備のためだった。

 ランドスライドはジュヒョウに縁の深いオンディヌとシルフィと共に《享楽の星》に向けて出発した。
 だがチオニの都は惨憺たる有様だった。予想外の復興作業に励んでいる時に、《虚栄の星》に戻るジュヒョウとその作品、クガネに遭遇した。
 行き違いだった、ランドスライドはすぐには後を追わず、復興作業を続けた。

 
 ある日、チオニの東の都の住人が面白い言い伝えをランドスライドに聞かせてくれた。
 一つも月が出ていない深夜に聖なる大樹の前に佇むと、樹と会話ができるという事だった。

 ランドスライドはそれを実行に移した。一個も月が出ていないせいか、人々が打ち続く戦乱に疲れ果ていたせいか、都の中心に人の姿はなかった。
 真っ暗な夜で風もなかった。ランドスライドは大樹の前に立って言葉を待った。
 ふいに風が吹いたかと思うと、目の前には一本の杖が落ちていた。

 杖を手に取ると声が頭の中に響いた。
(……使え……)
「これをぼくに――都を復興させたお礼にですか?」
(……)
「あなたはひどく傷ついてますね?」
(……)
「大丈夫ですか?」

 満身創痍の大樹がランドスライドに寄越した杖、それが最後の仕上げだった。
 全ての精霊を統べる力を手に入れた、後は使役する側の自分の問題だった。
 半分の自分はアラリアとして精霊を操る立場だったが、もう半分の自分はその操られる精霊でもあった。
 まかり間違えばクガネやジュヒョウだけでなく自分の息の根をも止めてしまう事になる、危険な賭けだった。

 
 ペイシャンスのはずれでオンディヌとシルフィは待っていた。
「遅くなってごめん。ハクに会ってた」
「ヴァニタスの駆逐で騒がしかったけどもう静かになったみたいね」とオンディヌが言った。
「いよいよ、新しい時代が始まろうとしているのかしら?」とシルフィが言った。
「いや、その前に一つの時代を終わらせなければならないよ」
「ランドスライド、大丈夫。顔色が悪いけど」
「平気さ。さあ、急ごう」

 
 『嘘つきの村』、砂漠の中にあるこの村もルンビアが初めて訪れた時とは大きく変わった。最近では都会での生活に倦んだ人々が新たな人生を送るための基地となり、高級なマンションや巨大ショッピングセンターも建ち始めていた。
 村の中央にあったノコベリリスの屋敷は今では博物館になり、ヴァニティポリスの歴史を伝えていた。

 
 ランドスライドたちは村に入り、その華やかさに驚いた。
「まるでリゾート地ね」
「皮肉なもんね。都会の喧騒を逃れたいから来るはずなのに。これじゃあヴァニティポリスと変わらない」
「いや、ヴァニティポリスより始末に負えないかもしれないよ。狭いコミュニティの中で他人を気にし、華美を競う」
「で、ジュヒョウの居場所は見当つくの?」
「多分。以前会った誰も住んでいない屋敷跡だと思う」

 
 ランドスライドたちは以前、ジュヒョウと会った屋敷に向かった。邸内の庭には至る所に石像が置かれ、真っ赤なバラのような花が咲き乱れていた。庭の中心にはテーブルと椅子が置かれていた。
 こちらに背中を向けるようにしてジュヒョウが雑誌のようなものを読んでいた。
 ジュヒョウは雑誌をテーブルに置き、ゆっくりと振り向いた。

 
「やあ、来たね。チオニは落ち着いたかな」
「ジュヒョウ、決着を付けにきた」
「決着――君たちはクガネと共に精霊の支配する世界を造るために協力してくれる。そのために来たのではないのか?」
「冗談を言うな。人為的に造られた化け物になど協力できるか!」
「いくら息子とはいえ、父の傑作を化け物呼ばわりするのは感心せんな――出でよ、クガネ。この愚か者たちにお前の偉大さを見せつけてやれ」

 真っ赤な花の咲く地面が盛り上がり、花びらを舞い散らせながら黄金色の体が飛び出した。
 クガネは無言のまま、ランドスライドたちを見つめた。
「我が息子よ。先ほどの言葉、訂正するなら許してやる」
「断る。あなたは間違っている」
「ならば後悔させてやろう」

 
 クガネが空に飛び上がった。
「ダイアモンドダスト!」
 同時に空に飛んだオンディヌとシルフィが攻撃を放ったが、クガネは表情を変えなかった。
 クガネが地上にいたランドスライドに向かった。
「ミダスタッチ!」
 クガネの手はランドスライドではなく、庭に立っていた石像に触れ、石像はみるみるうちに黄金へと変わった。

 
「ははは、触れたものを黄金に変える力だ。これがあれば世界の経済を支配できるが、それも面白いかもしれんな」
「ジュヒョウ、それは違う。精霊は厳格な秩序に従う龍とは対極の存在。いつだって自由で、規則に縛られない。時には羽目をはずし、ぼくのような半端者やオンディヌやシルフィみたいな存在を産み出す事もあるけど、皆、楽しく生きている――だけどクガネを見ろ。あなたの言う事だけを聞く人形じゃないか。こんな造られたものが精霊の頂点である金の属性のはずがない」
「言い分はもっともだ。だが地の属性であるお前では空中にいるクガネには手も足も出まい」

 
 再び空中のクガネが迫り、ランドスライドはユグドラジルの杖を手に叫んだ。
「ザカレ・ギズボアナ・リポーラ!全ての精霊よ、本来あるべき場所に戻るがよい」
 ランドスライドの杖が七色に光り、クガネを打った。その動きが止まったかと思うと、体から大量の水が地上にぶちまけられた。続いてクガネは一塊の土となって地面に落ち、それに火がつき、最後に風が全てを運び去った。
「合成された精霊に元の姿に戻ってもらったまでだ」

 
 ジュヒョウはあっけに取られていたが、やがてランドスライドに向かって微笑みかけた。
「驚いたな――私が真っ先に味方にするべきはお前だったようだ。だが一歩間違えばお前の中の精霊の部分も自然に還ってしまうぞ」
「それで構わない」
 ランドスライドはまだ七色に光る杖を手にしたまま、ジュヒョウに近寄った。
「父、フロストヒーブはすでにいない。お前を自然に還して決着をつける。ぼくは人間、アラリアとして生きていく」
「……待て、ランドスライド」
 ランドスライドはジュヒョウを無視して杖を振り上げた。
 杖はジュヒョウの肩の辺りに振り下ろされた。ジュヒョウは呻き声を上げ、ランドスライドを見た。
「……我が子よ。よくやってくれた……さらばだ」
「父さん」
 ランドスライドが更に力を込めると、ジュヒョウの形が崩れ、やがて一片の土くれに変わった。

 

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