7.9. Story 1 ヴァニタス

 Story 2 《起源の星》

1 連邦府襲撃

コメッティーノの疑問

 《七聖の座》、主星デルギウス、ここには銀河連邦府が置かれていた。《商人の星》、ダレンにある連邦府と機能を分け合う形で存在していたが、ダレンの連邦府は実務に特化し、デルギウスの連邦府は体制の制定を扱った。
 ダレンをイマームやノノヤマに任せ、コメッティーノはデルギウスに常駐していた。

 
 現在、コメッティーノの心を捉えて離さないものが二つあった。
 一つ目はもちろん、銀河連邦がほぼ銀河全体を掌握しようとしている点、二つ目はこのまま石を集め続けると何が起こるかという点だった。
 連邦の躍進については自身の連邦議長の職務の集大成として必ずやり遂げたいと願っていたが、これほどうまくいくとは思っていなかった。
 リンの息子たちを使うのは大きな賭けだった。半信半疑のまま様々な星に送り込むと、たったの一年強で多大な成果をもたらしてくれた。
 最大の脅威であったドノスを打倒し、ドリーム・フラワーの元締めだったプロトアクチアを捕縛した。彼らはその他にも多くの偉業を達成し、ほぼ全ての銀河の星々に銀河連邦の名を知らしめた。

 
 《魔王の星》にいたリチャードとヴィジョンで話す機会があった。茶々が魔王を食らった話を聞いてコメッティーノは正直そこまでやるかと驚いた。
「なあ、リチャード。リンの息子たちを戦いに駆り立ててるものは何だ?」
「さあな」
「お前、ずいぶんと無責任だな」
「あいつらにしかわからない事情があるのさ」
「本当かよ。都合のいい偶然が重なるもんだ。コクはヴァニタスに行ったし、むらさきは異世界の皇子に見初められた」
「何が言いたい?」
「誰かが手引きしてんじゃねえのか。もちろんお前もその一味だ」
「他には誰がいるんだ?」
「そうだなあ。こういう絵を描けるのは……最近じゃあ寝たり起きたりだがマザーだな。それにあいつだ、ジノーラ」
「皆で示し合わせたとでも言うのか?」
「当然。そこにはリンの意志もあるが、お前ら全員の共通の企みが存在してる」

 
「コメッティーノ、これから私が言う話を聞いたからにはお前も共犯だぞ。それでいいのか?」
「構わねえよ――っていうか、何で天才のおれを仲間外れにしたんだよ」
「それはお前が連邦議長という重職に就いているからだ」
「心配ない。連邦の版図を拡大すんのも、破滅させちまうのも紙一重だ。やばい事にだって加担するぜ」
「ならば話そう――

 

【リチャードの回想:二十年前の企み】

 ――二十年前、ゼクトの婚礼も終わり、皆、平穏な生活に戻ろうとしていたある日、私は《巨大な星》、ホーリィプレイスのマザーの下に呼び出された。
 マザーの家に向かうと、すでにマザー、リン、ジノーラ、そして何とマックスウェルが待っていた。
「これは、これは。まるで銀河の行く末を論じるようなメンバーだな」
 精一杯おどけたつもりだったが誰も笑う者はいなかった。
「リチャード、その通りだよ。まあ、お座りよ」
 マザーの真剣な口調に押されて、私は黙って空いていた椅子に腰かけた。

 
 最初に口を開いたのはマザーだった。
「集まってもらったのは他でもない、ナインライブズの出現についてさ――」
 私は首を傾げた。ナインライブズであれば、つい先日、リンの内部から現れたではなかったか。
「知っての通り、この間、リンから出たナインライブズはまがい物、リンの理性がブレーキをかけたから極めて不完全なものだったのさ」
 ジノーラは頷き、マックスウェルは興味なさそうにしていた。私も仕方なく頷いた。
「どうしてそうなったかは本人から語ってもらおうかね、リン」

 
「一言で言えば、僕一人では扱いきれなかった。だからあんな形で出しといた」
 ようやくマックスウェルがくすりと笑ったように見えた。
「という事は、まだあんたの体内に本物のナインライブズは眠っている訳だね?」
「うん、でも今言ったみたいに僕だけではもうそれを支えきれない」
「しかしお前の体内に留めたままでいる訳にもいかないだろう?」
 私は思わず口を開いていた。

 
「まあ、まあ、リチャード。それについてはあたしに考えがあるんだよ」
 マザーの言葉にジノーラが楽しそうな表情を見せた。
「ほぉ、伝承の術を使うのだね」
「そうさ。リンの子供にナインライブズを伝承させる」
「マザー、待ってくれ。リン一人で支えられないものをリンの子供が受け止められるはずがない」
「リチャード、何のためにリンに六人の妻がいると思ってるんだい。最低でも六人……キリのいい数字だと九人だね、リンにはそれだけの子供を作ってもらう。その一人一人にあたしがナインライブズの一部を伝承させていくさ」

「無理をしてお体は大丈夫ですかな」
 ジノーラが言うとマザーは目を閉じて首を振った。
「仕方ないさ。真のナインライブズを発現させるにはそのくらいの人数がいないと器の方が壊れちまうからね――でもあたしは寝たきりになっちまうかもねえ」
「マザー、ごめんね」とリンが言った。
「謝る必要なんかないよ。こっちは楽しんでやってんだ。で、ジノーラ。星の動きは?」
「二十年後と予想しております。今からリンが子づくりに励んで、全ての子供が青年に成長した頃、その時であれば――」
「あれを打ち破れるんだね?」

 
「あれ、あれとは何だ?」
 私はまたしても声を上げていた。
「創造主は気まぐれだけど用心深い。出現した真のナインライブズが自分たちの手に負えないほどの力を持っている場合に備えて保険をかけてるんだ」
「保険?」
「そう、”Anti-Nine Lives”、通称、A9Lと呼ばれる存在だよ。これを打ち破るのは並大抵の事じゃない。だから出現するタイミングが重要なのさ」
「リチャード」とリンが言った。「僕があの時、力をセーブしたのはあの時の状況ではA9Lみたいな強大な抑止力に勝てなかったからってのもあるんだ」
「そのA9Lというのはどこにいるんだ。今の内に潰してしまえば?」
「創造主はそこまで間抜けじゃないよ。A9Lは真のナインライブズに反応して初めてこの世界に出現する。だから今、どうこうはできないんだよ」
「なるほど」

 
「マックスウェルは何か言いたい事はあるかい?」
「リンが約束を守ってくれればそれでいい。九人も子がいるのだからな」
 私にはこのマックスウェルの発言の真意は理解できなかった。
 だがそれよりも自分が何故、ここに呼ばれたのか、それを知るのが先決だと思った。

 
「マザー、私は何故、ここに呼ばれたんだ?」
「リチャード、ある意味、あんたの役目が一番重要なんだ。あんたにはリンの子供たちを正しい道に導いてもらいたい」
「正しい道?」
「いいかい。あんたはその子たちにとっての『道を指し示す者』になるんだ。あたしやジノーラは『見守る者』、マックスウェルは……まあ、興味本位の『見守る者』かね」
「ちょっと待ってくれ。その役割は父親であるリンが担うべきだ」
「リンには他にやるべき事がある――この銀河全体の父とならなきゃいけないんだよ」

 
「リチャード、お願い」
 リンが見た事のない真剣な表情で頼み込んだ。
「もうこの世界は終わらせない。『十回目の世界』なんて造らせちゃいけないんだ」
「リン、あの子たちは私の教え子なのであまり手荒な真似は困るよ」
 ジノーラが言うとマザーも続けた。
「エニクはあたしの親友だしね」
 私はまったく訳がわからなかった。
「あんたたちは、一体何をしようとしているんだ?」
「リチャード」
 再びリンが真剣な口調で言った。
「こればっかりはいくら君が止めてももう無理なんだ。僕はこの銀河を救うために遠い場所に旅立つ――

 

くれないの不満

 ――という会合があった」
 リチャードの話が終わった。
「何だそりゃ。お前やジノーラの手引きで、あの子供たちが真のナインライブズを発現させようとしてるって事か?」
「すでに九人とも目覚めたはずだ。後はコクとコウが戻れば、その時――」
「となるとリンは?」
「今となってははっきりとわかる。リンは真のナインライブズ発現後、この『九回目の世界』が用済みとなり、消滅させられるのを防ごうとしている」
「ちっ、水くせえ奴だぜ」
「お前がこの銀河をせっかく一つにまとめてもArhatsが破壊したのでは何の意味もない」
「そりゃあそうだが――じゃあ石は、Arhatsの石には何の意味があるんだ?」
「それはわからん。あの時の会談でもその話は出なかった――まあ、全て集めてみる事だな」
「――わかったよ。銀河をまとめ上げ、Arhatsの石を全て集める。おれの議長の最後の仕事だ」

 
 くれないが議長室に入ってきてコメッティーノの思考は中断された。
「――よぉ、くれない。何の用だ?」
「コメッティーノが変なオブジェを作ったっていうから見にきたんだよ」
「変なオブジェだあ?どこのどいつだ、そんな事言って回ってんのは」

 くれないの言った変なオブジェは議長室のテーブルの上に置かれていた。台座の上に直径一メートルほどの金属の輪がついていた。金属の輪の上には、指輪の宝石を留める爪のようなものが、等間隔に十八個、円を描いて並んでいた。
「ああ、これだね」
 くれないはオブジェに近付いた。
「ひい、ふう、みい……すごいや。十個も揃ったんだ。もうちょいだね」
「ああ、だが残りの多くはヴァニタスの奴らが持ってる。どうにかして頂戴しないとな」
「えっ、また盗賊に戻るの?」
「バカ言え。連邦議長が泥棒なんかやれるか」
「じゃ、どうやって?」
「こうやって無造作に晒しときゃ、あっちから来る。そこで頂くって寸法だ」
「なるほどね。でも警備が手薄過ぎない?」
「手は打ってある。もうすぐ助っ人が来る頃だ。おれとお前とそいつ、三人いりゃどうにかなる」
「えっ、ボクもなの?」
「当たり前だ。お前、戦いたくてうずうずしてんだろ」

 
「本当にさ。いやんなっちゃうよ」
 くれないは議長室に置かれた椅子に腰かけて言った。
「他の兄妹、ハクやセキやロクは『どこそこの星を連邦に加盟させた』って楽しげに言うけどさ。ボクはいつだってその後にその場所に行って、復興を手伝ったり、色々な手続きをしたり、そんな事しかしてないんだよ」
「お前だって、《大歓楽星団》や《享楽の星》では頑張ったじゃねえか。それに兄妹の中でお前の管理能力が一番高いからよ。どうしたって迅速な戦後処理はお前の仕事にならあな」
「うーん、そうなのかなあ。ボクだけ覚醒してない気がするんだよね」

 コメッティーノは覚醒という言葉で再びリチャードとの会話を思い出した。
「いや、そんな事はないと思うぜ。リチャードは『全員目覚めた』って言ってたぞ」
「そうかなあ。シロンの力を借りて一時的に力が上がっただけなんじゃないかな」
「いいじゃねえか。お前は王の資質を持ってんだから――次代の連邦議長さんよ」
「また、そんな――」

 

三人目のコマンド

 議長室に来客があった。
「よぉ、遅いぜ」
「これでも急いだのだ。エンロップも多忙だし、とにかく人が足りない。早く《戦の星》辺りから人材が出てこないと今後は苦しいな」
 やってきたのはゼクトだった。
「お前ら、連邦軍が無茶してるのは理解してるよ。急に範囲が広がっちまったもんな。でも実務部隊も一緒だぜ。人が足りゃあしない」
「一年前には予想もしていなかった」

「まあな。ところでくれないは知ってるよな?」
「ああ、リンの末っ子か。こうして話すのは初めてだな。ゼクトだ。よろしく」
「くれないです」
「お前らのおかげで嬉しい悲鳴を上げているよ」
「皆にそう言われますよ。でも後は《起源の星》だけでしょ?」
「ああ、そうだな。《享楽の星》に行っている水牙に見てもらうしかないか」
「ゼクトは防衛線しか頭にねえな」
「それはそうだ。連邦に加盟した星は連邦軍が守る。そこは譲れん――今日もその話ではないのか?」

 
「いや、今日は全くの別件だ。お前個人の力を必要としてる」
「お前な、昔とは違うんだぞ。自分は銀河全体を見なければならん」
「わかってるよ。だがせっかく築き上げた版図を不穏分子にひっくり返されるのはまずい。違うか?」
「――不穏分子……例のヴァニタスか」
「ああ、奴らには餌を撒いた。石を議長室に集めてる事をヴィジョンで一斉に流したんだ。間違いなくもうすぐ石を求めてここに来る」
「なるほど。数隻シップを引き連れてきたから、早速、警護体制を取らせよう」

 ゼクトが出ていこうとするとコメッティーノが引き止めた。
「待てよ。お前個人の力って言っただろう」
「ん、どういう意味だ?」
「シップは適当に配置させといて追撃態勢に移れるようにしといてくれよ。お前にはこの星にいてほしいんだ」
「そんな事をすれば容易に攻め込まれるぞ」
「ヴァニタスの奴らは石の力で空間を自由に移動できるみてえなんだ。だから宇宙空間じゃなくて、いきなりこのデルギウスに現れるはずだ」
「厄介だな」

「まあ、ここで叩いといて、そのまま奴らの本拠、《虚栄の星》まで追撃するのが理想なんだが」
「本拠の場所を知っているのか?」
「だって他に該当する場所がないじゃねえか」
「さすがにここからあそこまで追うのは無理だ」
「《虚栄の星》に向かったハクにやってもらうしかないな」
「ハクか……よく立ち直ったな」
「ははは、何だかんだで皆、『見守る者』になってんじゃねえか」
「何だ、それは?」
「何でもねえよ」

 

ヴァニタスとの決戦

 打ち合わせを終え、ゼクトは連邦府の近くの街路に、くれないは連邦府内、そしてコメッティーノは議長室に居座った。
 くれないは議長室を出ていく時にコメッティーノに声をかけた。
「コクも来るかな?」
「さあ、お前自身の目で確かめてみろや――だが双子は引き合うっていうだろ。ハクが《虚栄の星》に向かったって事はコクもそっちって事じゃねえか」
「ああ、そうか――じゃあ、またね」

 
 コメッティーノの予想は当たった。
 デルギウスの市街のはずれに一隻のシップが突然出現したとの一報が入った。
 コメッティーノは直ちにゼクトにシップを急襲するように命じ、くれないには議長室の外で待機するように伝えた。

 
 シップから十数人の男がばらばらと降りた。いち早く現場に着いたゼクトが行く手を塞ぎ、声を上げた。
「悪いがここから先には進ません」
 一人の男がゼクトの前に進み出た。
「チャパ、プロロング、先に行け。将軍は私が相手する」
 ゼクトは男の顔を見た。
「――お主、見覚えのある顔だな」
「私はスローター。元連邦軍です」
「思い出した。《虚栄の星》方面の幹部候補だった男だな。何故、海賊になどなった?」
「何故?今でこそ、文月の力により連邦はかつてない繁栄を見せているが、その前はどうだ?戦わない組織は腐敗する。それは昔の連邦と一緒だと判断した」
「あの時期は内部の充実を図る必要があったのだ。だがそれが許せないとは、よほど戦いが好きなのだな?」
「将軍に言われるとは思わなかった」
「生まれる時代を間違えたか」
「後悔などしていない。こうして将軍と立ち会える」
 それ以上は会話を交わさず、ゼクトとスローターは向かい合った。

 
 ゼクトの相手をスローターに任せ、チャパとプロロングは向かってくる連邦軍兵士を倒しながら連邦府に入った。
 廊下を進むと突き当たりでくれないが待っていた。
「ここは私が」
 プロロングが一歩前に出た。
「船長は議長室に」
「待て。誰も通さないぞ」
 くれないが言うと議長室の中から声がかかった。
「くれない、無理すんじゃねえぞ。おれにも残しといてくれよ」
「へへへ。話のわかる議長さんじゃねえの」
 チャパは笑いながらくれないの脇を通っていった。
「ちぇっ、しょうがないな」
 くれないも笑いながら小剣を抜いた。
「愉快な方たちだ」
 プロロングが上着のボタンをはずした。

 
 議長室のドアが開いてチャパが現れた。
「よぉ、あんたがお頭か」
 机の前に立つコメッティーノに声をかけられてチャパはにやりと笑った。
「チャパっていうケチな男さ。議長も昔はならず者だったんだよな」
「ああ、連邦も帝国もくそくらえだった。あんたもそうか?」
「まあな。誰の指図も受けねえ」

「本当か?」
「どういう意味だ?」
「いやな。コクを籠絡した時の手際が良すぎるんじゃねえかって思ってよ」
「よく調べたな」
「嫁の実家のムスクーリ家を引っ掻き回されたんじゃあ、興味も湧くってもんよ」
「なるほどな。虎の尾を踏んじまったって訳かい」

「他にも面白い事実を知ってんだよ」
「……」
「ハクの一件だ。なあ、お前らの本当の狙いは何だ?」
「おれに訊かれても答えられねえよ」
「――何が『見守る者』だよ。荒っぽい事してんじゃねえか」
「ん?」
「気にすんな――で、今日は何の用だ?」
「決まってんじゃねえか。石を頂きに来たんだよ」
「『時代の仇花』が大博打に打って出たな」
「爪痕くれえは残さないとな」
「違いねえ――お前、思ったより状況が見えてるな。勝ち目がないのがわかってるんだ」
「そこにある石を手に入れりゃあ、一気に十五個だ。仇花じゃあなくなるかもしれねえぜ」
「じゃあ始めっか」
 チャパは腰の曲刀を抜き、コメッティーノは笑顔のままで立っていた。

 

敗走

 街路にいた海賊たちはゼクトに倒され、スローターを残すのみとなっていた。
「久々の実戦で疲れた――スローター、言うだけ無駄だろうが作戦は失敗だ。降伏すれば命は助けるぞ」
「バカを言うな。船長が石を手に入れれば一気に形勢逆転だ」
「仕方ない。ではいくぞ」
 ゼクトは背中の大剣を抜き、スローターは腰の銃を手にした。
 二人は距離を取って向かい合ったまま、互いの出方を窺った。

 初めに動いたのはスローターだった。ゼクトの真空剣を受けないように物陰に向かって走り、そこから攻撃を仕掛けた。
「くらえ、『地鳴撃』!」
 スローターの銃弾が地面を削りながら飛んできた。ゼクトは『風切の刃』で銃弾を弾き落とし、その死角に回り込もうとした。
 スローターはそうはさせじと場所を変え、二人の場所取りが始まった。デルギウスに土地勘のあるゼクトは巧みにスローターを誘導し、とうとう袋小路に追い込んだ。
「もう後がないぞ。空に逃げようが同じだ。斬り捨てる」
 スローターは大きく息を一つ吐くと、銃を撃った。それよりも一瞬早く、ゼクトの剣が空気を切り裂き、スローターは突き当たりの壁に激突し、ずるずると崩れ落ちた。
「二十年前に出会いたかったな」
 ゼクトが大剣を背中に納めながら言うと、スローターはうつ伏せの体勢から頭だけを上げ、にやりと笑ってから、そのまま事切れた。

 
 議長室前の廊下ではくれないとプロロングが対峙していた。
 プロロングははだけた上着の裏から目にも止まらぬ速さで数本の投げナイフを取り出し、投げた。
 くれないが小剣で避けると、次のナイフが飛んできた。くれないは一旦天井に逃れて体勢を立て直し、反撃に移った。
 ぐっと間合いを詰めて小剣を突くと、プロロングも同じく空中に逃れ、くれないの頭上からナイフを投げた。
 くれないは構わずプロロングの着地する場所に突っ込んだ。頬や腕をナイフがかすめ、服は破け、血がほとばしった。
 くれないは着地の瞬間を狙って小剣を突き出した。切っ先が右腕を捉え、プロロングは呻き声を上げて一歩退いた。
「もうナイフは投げられないね。それに後ろは行き止まりさ」
 勝利を確信したくれないは、じりじりと間合いを詰めた。

 
 議長室ではコメッティーノとチャパの睨み合いが続いた。
 初めに動いたのはチャパだった。曲刀を振り回しながらコメッティーノとの距離を詰めた。
 コメッティーノは何食わぬ顔で攻撃を避けたが自分からは仕掛けなかった。
「――てめえ、なめた真似しやがって」
 チャパは激高して無茶苦茶に刀を振った。
「――なあ、チャパ。わかってんだろ。おれには勝てないって事が」
「うるせえ」
「大体、おめえは石を使い過ぎだ。あんなもんに頼ってたらだめだ」
「あんた相手には使わねえよ。空間に引きずり込む自信がねえ――」
 その時、廊下から大きな呻き声が聞こえた。
「ほら、お前のお仲間もやられそうだぜ。ここは退いた方がいいんじゃねえか」
 チャパは石の飾ってあるテーブルとコメッティーノを恨めしそうに見てから議長室を飛び出した。

 
 廊下では血まみれのプロロングが床に膝を着いていた。
「プロロング、退却だ」
 ” Worm Hole ”を取り出し、空間に穴が空いた。チャパは跪くプロロングを抱き起こそうと近寄ったが、その前にくれないが立ちはだかった。
「通さないよ。二人ともここで終わりさ――」

「くれない、行かせてやれ」
 議長室の中からコメッティーノが叫んだ。
「えっ、でも」
 コメッティーノは廊下に姿を現した。
「いいからここは退け――チャパ、達者でな」

 
 チャパは血走った眼でコメッティーノを睨みつけると、くれないを押しのけるようにしてプロロングを抱きかかえ、空間の中に吸い込まれた。
「コメッティーノ、どうして?」
「言ったろう。奴らの本拠を叩く」

 コメッティーノはポータバインドを起動した。
「連邦軍全軍に告ぐ。《虚栄の星》付近にいる者は直ちにヴァニティポリスに急行せよ。目的はヴァニタス海賊団の壊滅。それからハク文月もその近辺にいると思う。ハクにも作戦に合流するように伝えよ。以上だ」
「――後はヴァニティポリスだね」
「そうだな」
「あっ、ゼクトは」
「問題ないだろう。何なら外に行って様子を見てこいよ」

 くれないが走って外に出ていくと、ゼクトの指揮の下、街路の清掃が始まっていた。
「ゼクト、どうだったの?」
「全員倒した――ヴァニタスは終わりだ」

 

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