7.8. Story 4 帰郷

 Chapter 9 ナインライブズ

1 ティオータ

マリスとの対面

 デズモンドを乗せたセキのシップが《青の星》に戻った。『マグネティカ』がなくなったので《古城の星》からの航行時間は一気に短縮された。
「ねえ、デズモンド。どこに向かえばいい?」とセキが尋ねた。
「そうだな。色んな奴に会わなきゃならんが、まずは始宙摩寺にでも行くか」
「連邦局に行ってポータバインドのリプリントをした方がよくない?」
「そんなのは後でいい。会いたい奴がいるんだ」

 
 始宙摩寺に着くと大海と明海、そしてマリスが出迎えた。
「よぉ、大海。ずいぶんと立派になったな」
「これはデズモンド殿。生きてらっしゃったか」
「わしが死ぬとでも思ったか」
「いえ、万が一そのような事があれば『無限堂』に変化がございます」
「ああ、そうだな――って事は、わしが帰って変化があるんじゃねえか。確かめてみようぜ」
「それは結構ですが、お忙しいのではありませんか?」
「大した時間じゃねえ。ところでそこの若いのが弟子なんだろ?」

「明海と申します」
 明海は深々とお辞儀をした。
「よろしくな……で、その隣の子供は何だ。この山はいつからこんな小さいガキを受け入れるようになった?」
「ここにいるのは」と大海が言った。「マリスにございます。事情が――」
「ああ、こいつがマリスか」
「ご存じでしたか?」
「サフィがちらっと言ってた」

 
 デズモンドはそう言うとマリスを見つめ、跪いて視線を下げた。
「マリス、お前、《流浪の星》で生まれたんだってな」
「うん、あ、はい」
「わしも昔行った事があんだよ。アルト・ロアランドだっけか。そこのアプカ神父って人と話をしたな」
「えっ、アプカ神父を知ってるの?ぼくはアプカ神父のところにいたんだ」
「ほぉ、そりゃ偶然だな。お前が生き返ったって知って神父は喜んだだろ?」
「ううん、まだ知らないと思う」

「おい、セキ」
 デズモンドは立ち上がり、セキを睨みつけた。
「お前、ポータバインド持ちだろ。まったく気が利かねえなあ」
「どういう意味?」
「今すぐにアプカ神父にヴィジョンをつなげ。神父にマリスが無事なのを知らせてやるんだよ」
「ああ、そうか。デズモンドはすごいね」
「お前ら兄妹がリンと同じで鈍いだけだ」

 
 セキはデズモンドに言われるまま、ポータバインドで《流浪の星》、アルト・ロアランド、アプカ神父と続けて言い、ヴィジョンを繋いだ。
 空間に誠実そうな老人の姿が浮かび上がった。
「……はて、あなたは文月の。お会いした事がありましたかな」
「僕、セキ文月です。実は――」
 セキの話の途中でデズモンドが画面に割って入った。
「わしだ。デズモンドだ」
「これはデズモンド殿。ご無沙汰しております」
「元気そうで何よりだ。実は今からあんたにある奴を会わせようと思ってな――おい、こっちに来いよ」

 デズモンドに言われ、マリスが恐る恐るセキに近づいた。デズモンドはマリスの体を持ち上げ、ヴィジョンに映るように位置を調整した。
「……その子は、いや、まさか、そんな」
「そのまさかだよ。ほれ、挨拶しろ」
 マリスが消え入りそうな声で話した。
「――アプカ神父?」
「ああ、そうだよ、マリス。良かった、良かった……」
「泣いてるの?」
「泣いてなんかいないよ。マリス、ちゃんといい子にしているかい?」
「うん、セキと約束した。ぼく、今はお山でしゅぎょうしてる」
「頑張るんだよ――セキ殿、ありがとうございます」
「……礼なら、兄のコクに言って下さい。コクがいなければマリスは復活できなかったんですから」
「コク殿……確かにお会いしましたが、大きな目的のために行動されているようでした。セキ殿、兄上を信じてあげて下さい」
「大丈夫ですよ。わかってますから――さあ、マリスと話をして下さい」

 
 その後、アプカとマリスはたっぷりと話をした。ヴィジョンを切ると、マリスはセキの膝の上からぴょんと飛び降りて言った。
「セキ、ありがとうね」
「どういたしまして」
「ねえ、神父にもきいたんだけど、ぼくのお父さんってどんな人だったんだろう?」
「うーん」
 セキが返答に詰まっているとデズモンドが助け舟を出した。
「マリス、この星にはお前の親父を知ってる人間は誰もいない。それを知りたかったら、大人になってからアプカ神父の所まで行くんだな」
「うん、わかった」
 マリスはおじぎをしてから走っていき、ヌエが嬉しそうにその後を付いていった。

「では『無限堂』に参りましょう」
 明海の案内でデズモンドとセキは堂に入った。
「今までに説明された絵はもういいや。新しいのだけ見せてくれよ」
 デズモンドはそう言うと、一人で急勾配の細い廊下を飛んでいった。

「次はどこ、デズモンド」
 堂を出た所でセキが尋ねた。
「そうだな、期待を上回るような絵もなかったし。門前仲町なんかどうだ?」
「市邨の屋敷だね」
「わかってんじゃねえか――ってお前の実家か」

 

訳ありの帰京

 セキはシップを東京湾上空に停め、そこから二人で歩いた。
「何だあ。このあたりの景色は。これが東京かよ」
「四十年も離れてれば、そりゃあ変わるよ」
「この辺は確か海だったはずだけどな」
「埋め立てが急速に進んでるみたいだよ」
「みたいだって――ああ、お前はこの星の生まれじゃないんだな」
「父さんはこの辺で育ったんだって。江東区S喫茶『都鳥』、今は『文月リン記念館』になってるよ」
「わしの息子みたいな大都の娘が母親で、ケイジの弟子が父親かあ。でもお前が一番大都に近いみたいだな。ロクだってエリザベートの孫だし、あのエカテリンばあさんの孫もいるっていうじゃねえか。銀河は広いようで狭いよな」
「それはデズモンドが銀河を股にかけて行動してたからだよ」
「まあな、おっ、屋敷が見えた。あれは昔と変わっちゃいないな」

 
 デズモンドとセキが屋敷の中に入っていくと、庭ではもえが掃き掃除をしていた。
「もえ、ただいま」
「あら、セキ。お帰りなさい……お隣の方は?」
「デズモンド・ピアナ。おじいちゃんに会いにきたんだ」
「まあ、じゃあ縁側に回って」
 もえが屋敷に戻って、デズモンドとセキは庭に入った。
「今のがお前のこれか?」
 デズモンドが小指を立てたのを見てセキは笑った。

 
 二人が縁側で座っているともえが車椅子を押して現れた。
 デズモンドは立ち上がり、車椅子の中でにこにこ笑っている老人に微笑みかけた。
「よぉ、伝右衛門さん。ご無沙汰しちまってるな」
「デズモンドさんは変わらないねえ。こちとらこのざまだよ。お迎えが来る日も近いんじゃねえかな」
「そりゃしょうがねえよ。わしの星の人間は長生きなんだ。それにこの四十年間、眠ってたみてえなもんだから年も取ってないんだよ」
「死ぬ前に会えてよかったよ」
「わしもだよ――なあ、もえちゃん。早いとこ伝右衛門さんにひ孫を見せてやれよ」
 いきなり話を振られたもえは顔を赤らめた。
「……もうお腹の中にいるの」
「知ってるよ。セキはやる事やってんだってな」

 
「なあ、デズモンドさんよ」
 伝右衛門が口を開いた。
「あんたがいなくなってから色々あったよ。大都はあんな事になっちまうし。又、行方不明だっていうじゃねえか」
「……なかなか巡り会えねえもんだ。まあ、それだけ会った時の嬉しさも倍増するんだろうけど」

「あんたは相変わらず楽天家だ。ところで戦前から暮らしてるあんたには今の日本の様子はどう映ったい?」
「そうだなあ。わしは東京でオリンピックをやる前に出発したんでなあ。そん時と比べりゃあ、格段に進歩してる」
「進歩っていえば進歩だな。あんたがいなくなって数年後には万国博覧会も開かれたし、もう敗戦国の面影は残っちゃいなかった」
「博覧会だあ?大戦で中止になったのを焼き直しただけじゃねえのか。オリンピックと同じで順延してたもんを実施しただけだろ」
「決行できるほど回復したって事さ。あんたも敗戦後の焼野原を覚えてんだろ?」
「まあな。じゃあずっと順調にきてるんだ。よかった、よかった」
「そりゃ色々あったさ。だがディエムの騒ぎにも巻き込まれないで済んだし、世界を引っ張る国の一つなんだろうよ」

「……ディエムか……今一つ理解できねえなあ」
「あんなもんは誰にもわからねえ。ある日、にょきにょきって現れたんだからよ」
「にょきにょきか。物騒なもんじゃねえのか」
「物騒っつうか、それで滅びた国はてめえですっ転んじまっただけのバカ野郎さ」
「生き残ったからって清廉潔白な訳じゃねえしな」
「まあな、悪賢いから生き延びてんのかもしれねえ。始末に負えねえやな。ディック・ドダラスなんて大統領はありゃあ、かなりのワルだぜ」
「――ドダラス?どこかで聞いた事があるぞ」
「まあ、その辺の詳しい話は例の地下の人たちに訊いてみてくれよ」
「ん、ああ、それなんだけどな――」

 
「何だい?」
「しばらくここに泊めちゃくれねえかな?」
「ああん?家がねえのはわかるが、あっちに行けばいくらでも泊まる場所はあるじゃねえか」
「うーん、あんまり行きたくない事情があるんだよ」
「そりゃ構わねえが本当にいいのかい。もしかするとまだ連絡もしてねえのか?」
 何も言わないデズモンドに代わってセキが答えた。
「多分してないよ。帰ってから始宙摩に寄って、すぐにここに来たから」
「――訳ありか。まあ、うちは構わねえよ。部屋ならいくらだって空いてらあ」
「すまねえな。伝右衛門さん」

 
 見回りに出ていた美木村が帰り、セキは美木村にデズモンドを紹介した。
「美木村さん、あんた、腕が立ちそうだな」
「どうも。伝説の人に会えるとは思ってやせんでした」
「しばらくこの屋敷に厄介になるぜ」
「明日、渋谷のサンタに言いますよ。伝説の男が帰ってきたって」
「――美木村さん。それはちょっとまずいかも」とセキが言った。
「何だ。『パンクス』に知らせちゃいけないのか」
「うん、色々とね」

 
 その晩の食事が終わり、美木村がセキを呼んだ。
「なあ、セキ。デズモンドさんの件だが」
 屋敷を出て近所を散歩しながら美木村が口を開いた。
「らしくないよねえ」
「おめえ、ティオータを知ってるよな?」
「もちろん。新宿では一緒に戦ったし」
「ティオータに孫ができた話は?」
「知ってるよ。美木村さんの美夜ちゃんと同い年だよね」
「美夜はどうでもいいんだよ――そのティオータん所のジウランの親父の能太郎さんはな、デズモンドさんの子供だ」
「えっ、だったら尚更の事、知らせなきゃ」
「まあ、待てよ。デズモンドさんがいなくなって三十年以上、って事は能太郎さんを育て上げたのはティオータだ」
「うーん。デズモンドは育ての親に遠慮して姿を見せたくないんだね?」
「多分な。おれは明日、サンタにだけそっと話してみるよ」

 

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