7.8. Story 3 魔王の誕生

 Story 4 帰郷

1 呪縛からの解放

 『マグネティカ』破壊の一報がシップにいたリチャードたちにも伝えられ、二人は遠回りせずに《霧の星》から直進する形で《鉄の星》に着いた。

「なあ、リチャード、本当に石が埋まってんのか?」
 プラの王宮で茶々が尋ねた。
「公孫威徳が暗黒魔王を封じ込めるのに石を使った。だがそのままでは瘴気が強すぎたので、《獣の星》の霊木で作った椅子に石を埋め込んだ」
「じゃあその『魔導の玉座』とやらをぶっ壊すのか?」
「ああ、だが破壊の際に長年に渡って染み出した魔王の残滓が肉体を求めて襲ってくるはずだ」
「その受け皿がこいつか?」
 茶々は鳥籠の中のジェリー・ムーヴァーを見つめた。
「ああ、その魔王の――」

 
 会話の途中で一人の幼子が駆けてきた。
「リチャードおじさまぁ」
「イングマル。エスティリも一緒か?」
「うん、父上はサラおばさまと話をしてます。おじさまに来てほしいって」
「わかった――茶々、一緒に来てくれ。どうやら小言を言われるようだ」

 
「エスティリ」
 玉座の間に入ったリチャードが声を上げると顔中に包帯を巻いたエスティリが手を上げ返した。
「リチャード。久しぶりだな」
「紹介しよう。こいつが――」
「知ってる。リンの息子の茶々文月だろう」
 茶々はぺこりと頭を下げ、エスティリは二人に座るように言った。

 
「リチャード、相変わらず落ち着くつもりはないのか?」
 玉座のサラの隣に座ったエスティリが尋ねた。
「ああ、それは許されていない」
「龍の復活の件だな。本当にそんな日が来るのか」
「たとえその日が来ないにしても、こうして戦い続ける方が性に合っている。そう思えてならないんだ」
「残念だな。今のお前であればきっと良い王、おそらく『全能の王』の再来などという陳腐な表現以上の名君になるだろうに」
「それは最上の褒め言葉だ。エスティリ、ありがとう」

 
「ところでリチャード、ここに立ち寄った理由だが、またよからぬ事を企んでいるようだな?」
「ブライトピア家に正式に依頼しなくてはならない」
「何、おれにか?」
「『魔導の玉座』をぶっ壊させてほしい」
「――お前、本気か。あの椅子は呪われているぞ」
「もちろん、知った上で頼んでいる。何故、あの椅子が呪われているか、あの椅子を破壊すれば何が起こるか、全て承知の上だ」
「……連邦が集めている石か。だがそれなら玉座ごと持っていけばいいだろう。おれはあんな呪われた椅子、惜しいとも思わん」
「いや、破壊せねばならんのだ。暗黒魔王の脅威に終止符を打つためにな」
「言っている意味がわからん――サラはどう思う?」
 エスティリは隣で座って話を聞く、美しい大人の女性に成長したサラ女王に尋ねた。

 
「お兄様のなさる事ですから正しいに決まっていますわ。今までもそうでしたもの」
「はっ、サラはリチャードには甘いな。まあ、命の恩人の息子と親愛なる兄のやる事に文句は言えんか――リチャード。破壊すると何が起こる?」
「確実なのは玉座の中に埋まっているはずのArhatレアの力、『老樹の石』、” Another Dimension ”が手に入る」
「他にも何かあるのか?」
「長期に渡って石に封じ込められた魔王の残滓は外部に滲み出していよう。それを食い止めていたのが霊木だが、椅子を破壊すればその残滓はここぞとばかりに外に出てくる」
「つまりは魔王そのものが外に出るのか?」
「おそらくな。肉体の器を求めるだろう。その時に茶々が手にしているジェリー・ムーヴァーが必要になる」

 
「見た事のない……それは生き物か?」
「うむ、《狩人の星》にのみ生息する銀河で最も無害な生物だ」
「なるほど。魔王をそこに封じ込める訳か」
「一旦封じ込めればその宿主が死ぬまでは出てこられない」
「魔王ほどの者ならば容易く打ち破って出てくるのではないか?」
「そこがジェリー・ムーヴァーの凄い点だ。こう見えて内部は広大な宇宙のようなものらしい。一度中に入ってしまえば外には出られない」
「この単純な生き物が」
「単純なものほど奥が深い、というのは全てに通じる真理だ」
「――わかった。お前を信じよう。だが玉座を破壊する場所はどこにするつもりだ?」
「そこまでは考えていなかった」
「……よし、おれも行く。お前らに何かあったら、魔王もろとも首を刎ねてやろう」

 
 三人が立ち上がるのを見たサラ女王も立ち上がった。
「お兄様」
「何だ、サラ?」
「お気をつけて」
「心配するな。それよりも世継ぎはどうした。このままではイングマルの弟か妹を養子にもらわないといけなくなるぞ」
「考えておきます」

 
 《鉄の星》と《銀の星》の双子星の間に流れる『秘密の回廊』にリチャードたちはいた。
 目の前には王の座る一脚の古びた椅子が漂っていた。
「さて、どうするんだ?」
 『流星の斧』を携えたエスティリが尋ねた。
「まずは玉座をどこかに移動しないとな」
 リチャードが答えるとエスティリが首を横に振った。

「お前も知っているだろう。遺物はそれと反応し合う者でしか取り出せない。おれには見ている事しかできない」
「エスティリ、忘れたか。私の半分はロックだ」
 リチャードがそう言うとエスティリは肩をすくめた。

 
 空間の前に立ち、手をかざすと、それまでふわふわと漂っていた玉座がリチャードに近寄った。
 リチャードは大ぶりな玉座を慎重に両手で掴み、空間の外に持ち出した。
「エスティリ、どこか広い場所があるか?」
「――そうだな。ここから少し距離はあるがあそこがいい。ついてこい」

 
 エスティリを先頭に異次元空間を進んだ。玉座を一人で抱えていたリチャードは茶々に手伝うよう顎で合図した。
「……うっ」
 ジェリー・ムーヴァーの入った籠を腰につけ直した茶々は玉座の後部の脚に手を触れた途端に声を漏らした。
「そんなざまでは魔王の瘴気を食らうなど夢のまた夢だな」
「リチャード、あんたは何で平気だ?」
「言ったろう。私の半分はこの玉座の正統な持ち主だったロックだと」
「へっ、慣れりゃあいいんだろ」
「そうあってほしいな――ところでエスティリ、この方角は?」
「ああ、こういう忌まわしい作業はそれにふさわしい場所でやるのがいい」

 
 《銀の星》の都、ディーティウスヴィルはロックの裏切りによってほぼ灰燼に帰した。
 最初の管理者ジノーラは民衆を手厚く保護し、王宮を除く都を復興させたが、その後マンスールの秘密警察が再び都を荒廃させた。
 サラが復活し、ようやく都は元通りの状態を取り戻し、そしてエスティリが帰還した。

 エスティリはサラに活気ある都を維持した礼を述べたが、荒れ果てたままの王宮を見て心を痛めた。
 自分がヴァニティポリスでリチャードと話をして生まれ変わったように、王宮も生まれ変わる必要がある、そう考えたエスティリは市街地のはずれに新しい王宮を造成した。
 新しくなった王宮での第一声は自身の結婚発表だった。エスティリの全身のやけどの治療と身の回りの世話を焼いていたフローレンナという献身的で控え目な庶民が相手だった。
 ディーティウスヴィル、そしてプラの人々は大いに喜んだ。
 やがて二人の間にはイングマルという男の子が誕生した。

 
 今、エスティリが向かっているのは新しい王宮ではなかった。
 三人は行き交う人もまばらな、現在は閉鎖されたかつての王宮の廃墟の前に立った。
「これがあの『煌きの宮』か」
 リチャードが言うとエスティリが答えた。
「ひどいものだろ。しかもほとんどの建物が崩壊したにも関わらず、あれだけが無事だった。皮肉なもんだ」
 エスティリが指差す暗闇の先には奇跡的に壊滅を免れた石造りの塔のシルエットが見えた。
「あれは……」
「お前もよく通ったロックを幽閉していた塔だ。あそここそが魔王を呼び出すにふさわしいと思わんか?」
「エスティリ、あんた……いや、そうだな。あの場所にしよう」

 
 エスティリの先導の下、リチャードと茶々は玉座を担いで塔内の螺旋階段を登った。初めは悪かった茶々の顔色も普段通りに戻り、瘴気に対する抵抗力が備わりつつあるようだった。
 ようやく塔の最上階にある鉄の扉のある部屋の前までたどり着いた。
「ここに又来るとはな……もっともおれよりはお前の方が足繁く通っていた」
「ああ、最後に来たのは連邦大学に入学する前だった」
「色々あったが……おれはここで待機する。何かあったら飛び込むからな」
「わかった」
「リチャード」
「何だ?」
「過去の亡霊、今生きる全ての者を縛り付けている呪縛を断ち切ってくれ」

 
 エスティリを部屋の外に待たせ、リチャードと茶々は真っ暗な部屋の中に玉座を運び込んだ。
 玉座を床に降ろすと、リチャードは手慣れた様子で部屋の灯りのスイッチを入れた。
 仄かな灯りが部屋を照らした。そこはほぼ円形の部屋だった。三方の壁に窓がこしらえてあり、部屋の端にはベッドが置いてあったが最も目を引いたのは反対側の壁の拘束用の鎖だった。天井付近から腕を縛る二本の鎖が、床に近い所からは足を縛る二本の鎖が、それぞれ先端に鉄の輪のようなものが付いたまま、無造作にぶら下がっていた。

「ここにロックが監禁されてたのか?」
 茶々が言うとリチャードは首を横に振った。
「いや、ここにいたのはもう一人のリチャードだ」
「ロックと一つになる前のあんたはどんな奴だったんだ?」
「そうだな。ハクよりも品行方正だった」
「へえ、まあ、ハクも今じゃあ、くだけてるけどな」
「下らん事をしゃべっていないで準備をするぞ。ジェリー・ムーヴァーをいつでも出せるようにしておけ」
「ああ」

 
 リチャードが玉座の前に立った。
 拳を振り上げると一瞬だけ玉座が動いたように見えた。
 リチャードはためらわず拳を叩き込んだ。
 一発、二発、三発目で玉座の背の上方が砕けた。
「よし、もう少しだ」
 玉座の最も丈夫そうな背と座面の継ぎ目に拳を叩き込んだ。
 一発、二発、両側の肘掛けが吹き飛んだが、継ぎ目はびくともしなかった。
 さらに数発叩き込んだ所でようやく背板がぐらつき出した。
 リチャードは攻撃の対象を座面に移動し、何かに憑りつかれたように拳を渾身の力で叩きつけた。
 豪華な刺繍の施された布が裂け、中の綿が飛び出した。
 尚も攻撃の手を緩めず、そしてついにその瞬間が訪れた。
 座面が真っ二つに砕け、玉座は原型を留めなくなった。

 リチャードは座面の中に手を突っ込み、そこから茶色に輝く石を取り出した。
「これが”Another Dimension”、玉座の力の源、そして暗黒魔王の本体――だがその残滓は必ずや外に滲み出している。エスティリ、茶々、注意しろよ」

 
 リチャードは部屋の外のエスティリにも聞こえるように大声を上げた。
 果たしてその言葉通り、部屋に奇妙な空気が流れ出した。
「……ぅ」
 リチャードは耳をそばだて、にやりと笑った。

「やはり出たな。さほどの力はなさそうだが、これだけの瘴気を振りまくとは――茶々、ここからが本番だぞ」
「……ぅう」
 靄のようなものが空間に浮かび、形を作ろうとしていた。なかなか人の形にはならず、苛立ったように何度もやり直していたが、やがてあきらめたのか、円形にまとまった。
「茶々、来るぞ!」
 円形の靄は近くにいたリチャードではなく茶々目がけて襲いかかった。茶々は目の前ぎりぎりまで靄を引き付けると、腰に下げていた鳥籠を突き出し、かけていた黒い布をはぎとった。
 靄は勢いを止める事ができず、鳥籠の中にいたピンク色のジェリー・ムーヴァーの体に吸い込まれていった。
「やったぜ」

 
 一瞬の静寂の後、ジェリー・ムーヴァーに変化が起こった。
 籠の中でがたがたと震え出し、その勢いは籠を蹴破りそうなほどだった。
 激しく揺れ続けるジェリー・ムーヴァーに合わせて部屋自体が揺れ出し、エスティリが部屋に飛び込んできた。
「何があった、リチャード?」
「想定以上に残滓が手強い――このままではジェリー・ムーヴァーが抑えきれないかもしれない。仕方ない、エスティリ、力を貸してくれ」
「何をすればいい?」
「あんたが一番望んでいる事さ。ジェリー・ムーヴァーをここに置いたまま、この塔をぶっ壊す。それで少しはおとなしくなる」
 エスティリはにやりと笑って斧を振り上げた。茶々は慌てて鳥籠を部屋の床の上に置き、窓から空中に逃げた。

 
 リチャードの剣とエスティリの斧が交錯した次の瞬間、塔ががらがらと音を立てて崩れ落ちた。
 たちまち瓦礫の山となった塔の中からリチャードとエスティリが姿を現した。
 二人は何もなかったかのように服についた埃を払い、顔を見合わせ笑った。茶々が地上に降りると、リチャードが少しひしゃげた鳥籠を渡した。その中ではあれほど暴れていたジェリー・ムーヴァーがぐったりとしていた。

「多少、荒っぽかったが、しばらくは静かになる」
「まさか塔を破壊するとは思わなかったぜ」
「何、それが王の希望だったからな」
 そう言ってリチャードは大声で笑った。
「――これで過去と決別できた。何のわだかまりもない」
 同じようにエスティリも大声で笑った。
 茶々は二人を不思議そうに見つめていた。

 
 エスティリは騒ぎを聞きつけ、灯りを手に集まってきた人々に言った。
「何でもないぞ。老朽化した塔が崩れ落ちただけ――この地は最早ただの廃墟だ。整地して公園にでもするか」
 その後、三人はプラの王宮に取って返した。
 サラが微笑みを浮かべて出迎えた。
「お兄様、うまくいったのですね。おじさまも何だか嬉しそう」

 

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