目次
1 ドリーム・フラワー
ロクの凱旋
ロクのポッドが《囁きの星》の王都、セーレンセンに戻ってきた。
予め連絡を受けたナイローダ王初め王宮の人間たち、それに常駐を開始していた連邦のエンロップ将軍たちが歴史上初の《智の星団》からの帰還者を揃って出迎えた。
ロクがポートに降り立ち、続いてオデッタの姿が現れると盛大な拍手が起こった。
そしてデズモンドがその巨体を見せた時には歓声とも驚きともつかぬ声が上がった。
ナイローダ王がロクたちに走り寄った。
「ロク殿。よくぞご無事で。オデッタもよくやったな」
そしてデズモンドに向かって言った。
「デズモンド殿、何十年ぶりでしょうか。再びお会いできるとは思ってもおりませんでした」
「大した事じゃねえよ。わしが死ぬ訳ないんだからな。それよりもずいぶんと貫禄が出たな」
「……連邦歴に従えば四十年という歳月が経過しましたからな」
「あんたの娘もしっかり者だ。いつだって銀河の中枢に飛び出していけらあ」
「それはどうも。ロク殿という良い婿も見つかりましたしな」
「ああ、青二才だがこうして歓迎されているのを見ると大した野郎だって事になるなあ。本当はわしが最初の帰還者になる予定だったんだがな」
「デズモンド殿はいいではありませんか。すでに『クロニクル』という大偉業を成し遂げているのですから」
「冗談だよ。それにこれから『クロニクル』第二版を刊行するんだ。ロクには感謝してる」
「おお、ではこの星に留まって執筆をして頂けませんか?」
「そりゃありがたいが、早速、執筆って話でもねえんだよ」
「と言いますと?」
「実はな、行きたい場所があんだよ」
「えっ、どこに?」とロクが尋ねた。
「《霧の星》だ」
「『胸穿族』ですな」とナイローダ王が言った。「あまりお勧めしませんな」
「どうしてだよ?」
「最近、良くない者たちが出入りしているようです。ロク殿もご存じの――」
「ジャンガリですか?」
「その母の《泡沫の星》の女王、ジーズラも出入りしているようです」
「どうしてそこに?」
「そこまではわかりかねますが、十分に注意なさるのがいいでしょう」
「まあいいや。とにかく行ってみようぜ。ロク、お前のポッドで行こうや」
「あ、ああ、オデッタ。さすがに今回は留守番をしてくれるかい。どうも嫌な予感がするんだ」
「ロク、冗談言わないで。ここまで苦楽を共にしてきたんだから今更それはないでしょ?」
「いいじゃねえか」とデズモンドが言った。「三人で行こうぜ。ちょっと狭いけどな」
王宮に向かう途中でエンロップがやってきた。エンロップは無言でロクを抱きしめ、ロクもそれに笑顔で応えた。
「デズモンド、彼はエンロップ、連邦のゼクト将軍のご子息だ」
ロクはエンロップから体を離し、デズモンドに言った。
「……ああ、ロイの孫か。ずいぶん立派な翼を持ってるなあ」
「はい、母はアナスタシア、『空を翔る者』です」
「ああ、エンロップ。そう言えばルンビアに会ったよ」とロクが思い出したように言った。
「何だって。それは羨ましいな」
「わしもしょっちゅう話をしたぜ」
デズモンドがにやっと笑って言った。
「お前は苦労も多いだろうが期待してるってよ」
「はい。ありがとうございます」
《智の星団》からの最初の帰還者を祝う宴は丸一日続いた。
デズモンドがロクに頼んでオコにヴィジョンを入れてもらうと、空間の向こうのオコは嬉し泣きをしていた。
《青の星》にも連絡をしておいた方がよいのでは、というロクの提案には、デズモンドは黙って首を横に振るだけだった。
「どうして、デズモンド?」
「まだいいよ。色々片付けたら戻るしよ」
宴会場にエンロップが入ってきてロクの耳元で囁いた。
「連邦軍も《霧の星》に向けて行動を開始する事になった」
「えっ?」
「《密林の星》での調査の結果、ドリーム・フラワーの栽培地は《霧の星》にあるという証言を得られた。連邦の特殊部隊を派遣するそうだからお前の兄弟の誰かだろう――」
「今、手が空いているのは……ハクかセキかな」
「いよいよドリーム・フラワーの根絶だ」
「良かったじゃないか。ようやく本当の戦いができるぞ」
「ああ、《泡沫の星》のジャンガリやその母ジーズラが無関係とは思えない。全て叩き潰してやるさ」
「お前らは勇ましいな」
隣で酒をあおっていたデズモンドが口を挟んだ。
「えっ、デズモンドも当然加勢してくれるでしょ?」
「用事が終わればな。だがもうわしの時代じゃない。お前らの未来はお前ら自身で切り開け――とは言うものの血が騒ぐと止められないかもな」
デズモンドが大笑いをし、つられてロクとエンロップも笑った。
「それにしてもエンロップ」とデズモンドが尋ねた。「連邦軍はこの銀河の全てをカバーできてるのか?」
「こいつら、リンの息子たちが急速に加盟する星を増やすので追い付いていません」
「何だ、エンロップ。まるでぼくらが悪者みたいな言い方だな」
「冗談だよ。今この近辺で比較的自由に動けるのは私の一隊だけです」
「ふーん」とデズモンドは言った。「なあ、ロク。《智の星団》も連邦でどうこうすんのか?」
「いや、あそこは特別さ。一つ扱いを間違えればこの銀河が滅びてしまうから解放などとは口が裂けても言えない――それに行こうとして行ける場所でもないしね」
「今まで通りか。それが一番いいや。エンロップ、連邦も妙な事をしちゃあいけねえぜ」
「はい、この《囁きの星》に連邦軍が常駐する予定ですので、巡回等の対応に留めるようにコメッティーノ議長と父には伝えます」
《霧の星》に住む人
翌日、再びナイローダ王たちに見送られてロクのポッドが出発した。
それから数時間後、エンロップに指揮された数隻のポッドも出発をした。《ブリキの星》のオコに手配してもらった連邦軍公式のポッドだった。
《霧の星》はその名の通り、深い霧が立ち込める星だった。ロクはポッドを広大な原生林の中の比較的樹木がまばらな場所に停めた。
「しかし視界がほとんど効かないね」
ポッドを降りてロクが言うと、デズモンドが首を横に振った。
「ロク、気がつかなかったか。この奥の原生林の辺りにはとてもじゃないが停められそうになかったぜ」
「確かにたくさんの人がいるみたいだったけど、あれはこの星の人じゃないの?」
「この星に昔から暮らしているのは『胸穿族』っていって、おとなしい種族さ。あんなギスギスした雰囲気は漂わせてねえさ」
「っていう事は、あっちに《泡沫の星》のジャンガリが?」
「さあ、わしはそのジャンガリって小僧を知らん。それに用があるのはこちら側だ」
「デズモンド、『胸穿族』に会うの?」
「ああ、報告しなきゃならん事がある」
デズモンドはすたすたと林の中に向かって歩き出した。
二匹の獣を連れた勇者たち
それから間もなく、ハクとセキの乗ったシップが苦労して《密林の星》から《霧の星》に到着した。
「ねえ、ハク。あれかな?」
「ああ、正確な座標がわからないけれど距離的にはそうじゃないかな?」
「僕たちだけでドリーム・フラワーを潰すんでしょ。大丈夫?」
「心配ないさ。それに反対側からはエンロップの率いる連邦軍とロクが来てくれる」
「えっ、ロクは無事だったの?」
「エンロップの話では《智の星団》からの最初の帰還者という事で英雄扱いらしいぞ」
「へえ、すごいねえ。さすがはロクだ」
「頼もしい限りだな。さあ、そろそろ星に突入する――雷獣、ヌエ、よろしく頼むぞ」
ハクの盾から出てシップで寝そべっていた雷獣と、セキが遠野から連れてきたヌエが同時に声を上げた。
「任せとけよ」
雷獣は傍らに寝そべるヌエに言った。
「なあ、懐かしくねえか」
(まあな、おれは生まれたのは異世界だが、そこから《古城の星》に連れてこられたからご近所ではあるな)
「何回目かの世界では《囁きの星》の辺りで遊んでた記憶があるぜ。寒かった思い出しかないけどな」
魔王を目指す者たち
同じ頃、茶々を乗せたリチャードのジルベスタ―号も《霧の星》を目指していた。
「なあ、リチャード。どうやって行くんだ?」
「話によれば、《囁きの星》を回るのが一番安全だそうだが、悠長にアステロイド地帯を越えている暇はない。海賊や盗人だらけかもしれないが、《古城の星》の付近を抜けていくぞ」
「そうこなくちゃ。戦えないストレスが溜まってんだ。退治しながらさくさく行こうぜ」
「忘れるなよ。目的は石を手に入れる事だからな」
「わかってるよ」
「あれが《古城の星》か」
ジルベスター号から外を見ていた茶々が言った。
「――私も初めて見るが壮観だな」
目の前には星の全景が映っていた。
星全体を覆うようにいかつい建物が立ち並び、要塞のような形をしていた。
建物同士は異様に接近して、その隙間をたどるのは迷路を抜けるようなものだろう。《虚栄の星》の計画都市とは正反対の、無秩序を極限まで追求したような風景だった。
「どれが古城の本体かわかりゃしねえ」
「ああ、犯罪者たちが逃げ込むにはうってつけの場所だ――さあ、急いでここを抜けた方がよさそうだぞ」
リチャードの言う通り、数隻のシップが星を飛び立ち、向かってくるのが見えた。
ジルベスター号がスピードを上げると、その先にも数隻のシップが停泊しており、挟み撃ちのような格好になった。
「仕方ない。少しだけ相手してやるか」
「リチャード、そうこなくちゃ」
古の剣士たち
ハクたちが《霧の星》に到着する頃、ケイジとヘキは《密林の星》にいた。
ケイジは星に着くなり、見渡す限りの緑の海を見つめて動こうとしなかった。
「――確かに覚えがあるな。この星の神と呼ばれる馬のような生き物をここで斬り捨てた」
「それは起源武王の家臣をしていた時?」とヘキが尋ねた。
「うむ。一人が遺跡の調査に行き、武王はここで待機していた。私は一人でこの緑の海を降り、ぺトラムの勇者に会った」
「ぺトラムの勇者って……これから会う茶々の彼女がぺトラムって名字だわ」
「きっと末裔だ」
「その前はどこにいたのかしらね」
「……《霧の星》だ」
「えっ、ハクとセキが向かった星?だったら、あたしたちも行きましょうよ」
「そうだな」
『胸穿族』の里
「ねえ、デズモンド。本当にこっちでいいのか?」
デズモンドとロクとオデッタはどこまでも続くジャングルの中を彷徨い歩いた。
「さあ、わしも来た事ないからわからんが、合ってるんじゃないか」
「行き当たりばったりだね」
「ん、わしはいつだって計画的だ。行き当たりばったりで『クロニクル』を書ける訳ないだろう」
「それを言われると返す言葉がないなあ」
「心配するな。まあ、見てろよ」
デズモンドは一本の大きな木の傍に立ち、大声を上げた。
「なあ、わしらが見えてんだろ。ノータ・プニョリに代わって里帰りに来た。姿を見せてくれないか」
しばらくの沈黙の後、ジャングルの木々に動きがあった。木の陰から小柄な痩せこけた男女が姿を現した。男も女も純白のゆったりとしたローブのようなものを身にまとっていた。
「ノータをご存じなのですか?」
鶏ガラのような老人がしゃがれた声を出した。
「ああ、わしはデズモンド・ピアナってもんだ」
「……デズモンド……どうぞ、皆様、こちらへ」
戦闘開始
ハクとセキはデズモンドやロクたちからは大分離れた場所に人知れず到着した。
「ねえ、ハク。こっちでいいの?」
「ああ、反対側は伝説の『胸穿族』の住むジャングルらしいから関係ない。こちらの奥にドリーム・フラワーの栽培地があるとみて間違いない」
「ハクの言う通りだ」
後をのそのそと付いてきた雷獣が言った。
「悪い奴の臭いがぷんぷんすらあ」
(早いところ暴れたいもんだ)
ヌエが続けて二匹の獣は顔を見合わせて笑った。
「やれやれ、では先を急ぐか」
ハクが雷獣、セキがヌエにまたがってジャングルを疾風のように駆け抜けた。
やがてジャングルの木々にカモフラージュされた砦が見えた。正面の扉が開き、武装した兵士たちが現れると、ハクの乗った雷獣が左手に回り、セキの乗ったヌエが右手に回った。雷獣とヌエは同時に襲いかかり、瞬く間に兵士たちは倒れた。
セキは扉の正面でヌエから飛び降り、背中の大剣を抜いて頭の上で振り回した。セキは飛び出してきた兵士もジャングルの木々も砦を支える柱もお構いなしに吹き飛ばしながら進んだ。
砦の木でできた門がぎしぎしときしんだかと思うと、物凄い音を立てて崩れ落ちた。大剣を振り回すのを止めたセキをハクと雷獣が追い越して、砦の中に突進したが、ヌエはセキの隣で立ち止まった。
「あれ、ヌエは中にいかないの?」
(ああ、空を見ろよ。援軍が来やがった)
偉大なる若者への鎮魂
デズモンドとロク、オデッタは『胸穿族』の住居に案内された。ジャングルの中にひっそりと建つ集落で、その中で長老の家らしき高床式の住居に通された。
「ノータの件で話があるそうですが――ずいぶんと前になりますなあ。あの子が外の世界に出ていったのは」
「もう七十年以上も前って事になる」
デズモンドは顎に生えた短く白い鬚をいじりながら言った。
「風の噂では、『クロニクル』の刊行者の一人に名を連ねたとか。ここにあなたが来られて、それが噂ではなかったのを確信致しました」
「ああ……なあ、今どうしてるか訊かねえのかい?」
「……おそらく生きてはいますまい。この集落を出る時に施した胸の穴を埋める秘術、それは母なる『フォグ・ツリー』と切り離される事、つまりは若くして死ぬ事を運命づけられてしまったのですから」
「……やっぱりその話は本当だったんだな。確かに初版の『クロニクル』の刊行と同じくらいに逝っちまったよ。だからその後のわしは散々だった」
「どういう意味でしょう?」
「わしはあいつなしには何もできなかった。だからとんだ回り道をして、未だ第二版を刊行できちゃいない。ここへの報告一つ取ったって何十年もかかっちまった」
「そうご自分を卑下なさる事はありますまい。あなたの偉業はあまねく銀河に知れ渡っております」
「その半分以上はノータの力だ」
「あの子は『胸穿族』の中でも白眉でした。その秀才があなたのような天才と出会ってその才能を発揮しただけ。あなたのお力です」
「ともかくわしはこっちの世界に戻った。そして今から第二版の『クロニクル』を書く。だがどうしてもその前にノータの偉業を故郷のあんたらに伝えたかったんだ」
「それはご丁寧に。ここから外の世界に出ていくのを止めてはいませんが、大抵の場合は幸せにはなれません。ですがノータは幸せだった、そう言って良いでしょう」
「ああ、それを聞いて安心したよ……」
デズモンドは背中を向けて泣いているようだった。手鼻をかんでから、再び長老に向き直った。
「あいつは《オアシスの星》にあるわしの家の墓所に埋葬してやるって約束したんだ。でもこの故郷でも何かしてやってくれると嬉しいな」
「もちろんです。このように隠遁して長い間生きるだけの私たちにはできない体験をノータはしたのです。あの子は私たちの誇りです」
「そう言ってくれると嬉しいや」
その後もしばらく話し込んでいると突然にデズモンドが腰を浮かした。
「なあ、何だか騒ぎが起こってねえかい?」
「さあ、反対側にある、よからぬものを造る施設が滅びようとしているのでしょう」
「いよいよ始まったか――ロク、オデッタ、加勢してこいや」
「えっ、デズモンドは?」
「わしは長老さんと話をしてるよ」
デズモンドが言うと長老が控えめに笑った。
「はっはっは。デズモンド殿、無理はよくありませんな。一緒に行かれたらどうです?」
「ちっ、お見通しかよ。んじゃあ、そのよからぬものとやらをぶっ潰しに行くか」
エンロップの決断
エンロップが率いる連邦軍は《霧の星》近くの宇宙空間でシップの大船団に遭遇していた。
「将軍、上空にいる一団の他にも《泡沫の星》方面から一団、さらに後方の《古城の星》からも援軍がやってきているようです」
将兵の連絡を受けたエンロップは唸った。
「――よし、我らは上陸せず、向かってくる援軍を食い止める。《霧の星》の上空にいる奴らは放っておけ」
プロトアクチアの出現
ハクとセキの目の前にシップが次々と着陸し、兵士たちが降りてきた。
百人を越える兵士たちの後方で黒髪を撫で付けた気障な男が声を上げていた。
「いいか。ここから一歩たりとも先に進ませるんじゃねえぞ!」
すでに砦の門から中に続く道を制圧し終わったハクがセキの下に戻って言った。
「セキ、ドリーム・フラワーの元締めが現れたようだ」
「向こうも必死だね。気合入れ直さないと」
ハクたちが兵士たちに向かって突撃しようとしていると、兵士たちの群れがさっと左右に分かれ、黒光りするミサイルのようなものが姿を現した。
ミサイルの隣に立っていた体格の良い男が声を上げた。
「連邦の諸君、ここまで来た事は誉めてあげよう。優秀な諸君であればこれが何だかわかるね?」
男は三メートルくらいありそうなミサイルのような兵器を片手でぽんぽんと叩いて小さく笑った。
「あんなミサイル、重力制御で一発だよ、ね、ハク?」
セキが言うとハクの顔が曇った。
「いや、あれは……『セレーネス』だ」
「さすがだね。これこそが全ての人間を静寂のまま死に至らしめる『セレーネス』だよ。《賢者の星》を一瞬で滅亡させた最終兵器さ」
男は続けた。
「たった二人で乗り込んでくるくらいだから、かなりのエリートだとは思っていた。さしずめ君が文月ハク君で、隣の大剣使いがセキ君かな?」
「あなたは?」
「名乗るほどの者ではないが、プロトアクチアという」
「プロトアクチア。確か武器商人ではなかったか?」
「武器商人というのは一つの姿。もう一つの顔は《古城の星》、《泡沫の星》、そしてこの《霧の星》を支配する者さ」
「悪党の親玉という訳か」
「はははは、なかなか言うね。だが君たちは圧倒的に不利な立場にあるのを忘れてはいけない」
「何故、そう思う?」
「『セレーネス』が君たちを狙っているからだと言いたいが、無鉄砲な君たちはそんなのは気にも留めないかもしれない。そんなものではないよ」
「どういう意味だ?」
「君たちがこれ以上進撃を続ければ、《虚栄の星》のヴァニティポリス、《巨大な星》のヌエヴァポルト、《享楽の星》のチオニ、そして《青の星》の東京、これらの大都会に粉末にしたドリーム・フラワーが一斉に散布される手筈になっている。ある場合は空から散布し、ある場合は飲料水に混入する。それでも君たちはこの栽培地を破壊するかね?」
ハクとセキは悔しそうに俯き、それを見たプロトアクチアは勝ち誇ったように笑った。
「強さだけでは成功者にはなれない。頭脳を使わないとね――さて、私は行かせてもらうよ。後は私の息子のジャンガリの指示に従ってくれたまえ。ああ、空にいる君のお仲間にも今の警告は伝えておいたから」
プロトアクチアは警護を連れて悠々と立ち去り、代わりに黒髪を撫で付けた男が前に出た。
「おい、てめえら。文月って事はロクの兄弟だな?」
「ロクを知っているのか?」
「知っているも何も痛い目に遭わされたからな。お前らで穴埋めさせてもらうぜ――野郎共、この二人をふん縛れ」
ジャンガリの母
ハクとセキはジャンガリに囚われたが、雷獣とヌエは一足早くどこかに姿を隠したようだった。
「安心しな。空の上の仲間もすぐに投降させるからよ」
ジャンガリは見張りの兵士を残してその場を離れた。
「ハク、どうしよう?」
後ろ手に縛られたままのセキが尋ねた。
「とりあえず状況を整理しよう。連邦にはエンロップから連絡がいくからチオニとヌエヴァポルトのテロは防げるはずだ。問題はヴァニティポリスと東京だ」
「おい、てめえら」
見張りの兵士が座って話し込むハクとセキの下に近付いた。
「何をべらべらしゃべってんだ。いい加減に――うう」
兵士は急に黙り込んで地面に突っ伏した。驚いて駆け寄った他の二人の兵士も同じように地面に突っ伏して動けなくなった。
「さっ、話を続けようよ」
兵士たちに重力制御をかけて動けなくしたセキがけろっとした顔で言った。
「――ああ、ヴァニティポリスについてはランドスライドに連絡さえ取れれば片付く。東京は?」
「美木村さんがいるから大丈夫だと思うけど――」
「いずれにせよ、少し時間がかかるな」
「僕、もえにヴィジョンをするよ」
セキはそう言うと立ち上がり、見張りの兵士たちに当身を食らわしてからヴィジョンを入れた。
「もえ。僕だけど大変な事になってるんだ――」
その後、ハクがランドスライドにヴィジョンを入れ、コメッティーノにも連絡をした。
「ランドスライドが《虚栄の星》に戻っていた。何かあったのかな――まあ、コメッティーノもすぐに対応すると言ってたし、これでひとまずは安心だ」
「あのミサイルみたいのは?」
「『セレーネス』か。あれをぶっ放すほどバカではないさ。気にしなくてもいい」
「これからどうしようか?」
「また戻ってくるまでどこかに隠れていて、一気に勝負をつけよう」
ハクとセキはジャングルの木立の中に消えた。
しばらくしてジャンガリが兵士たちを引き連れて意気揚々と戻った。ジャンガリの後ろには真っ黒なドレスを着た女性がいた。
「お母様」
ジャンガリは得意げに言った。
「砦の前面は破壊されましたが、連邦のゴミ共はあのように……あれ?」
ジャンガリはハクとセキのいた付近に倒れている兵士を発見して叫んだ。
「何やってんだ、お前ら!」
「ジャンガリ、これはどういう事」
母と呼ばれた漆黒のドレスの女性が静かに言った。
「まったくあなたときたら、この間の《囁きの星》といい失態続きで。仕方のない子ねえ」
「ジーズラ様」
母親の背後に控えていた兵士が言った。
「人質が逃げたとあれば、ここにいては危険です。どうか安全な場所に」
兵士たちに守られ、戻っていこうとするジーズラの背中にジャンガリが声をかけた。
「お母様、手違いがあったようですが、どうせその辺に潜んでいるはずです。今すぐ私が見つけ出しますので――おい、お前ら、文月の兄弟を探せ」
ハクとセキはジャングルの木の上でこの様子を見ていた。雷獣とヌエも戻っていた。
「……とんだマザコンだ」
雷獣がおかしくてたまらないといった風に笑った。
「しかしロクの事をしきりと気にしていたぞ」
ハクもおかしそうに言った。
「ロクと鉢合わせという事にでもなれば面白いな」
「ハクも楽しんでるね。じゃあもう少し様子を見てようか」
ロクとジャンガリ
ジャンガリはハクたちがいる木のほぼ真下でふんぞり返ったままで、兵士たちが必死に走り回った。
やがて遠くの方で「いたぞ!」という大声が上がり、ジャンガリがいらいらしながら待っていると、声を上げた兵士が駆けてきて「こちらに来る」と伝えた。
姿を現したのは予想通りロクだったが、その後ろに大柄な男と若い女性が付いてきていた。
「てめえはロク、それにオデッタ」
ジャンガリは飛び上がらんばかりに驚いて叫んだ。
「ジャンガリじゃないか。こんな場所で何してるんだ?」
「てめえに痛い目に遭わされたと思ったら、今度はてめえの兄弟たちに攻め込まれた。全くついてないぜ」
「――兄弟、ハクたちに会ったんだな?」
「うるせえ、こうなりゃてめえを血祭に上げてやる。ところで後ろのごっついオヤジは誰だ?」
デズモンドが頭をぽりぽりかきながら前に一歩出た。
「気にせんでくれ。そのへんで昼寝でもしてるから終わったら起こしてくれればいい」
これを聞いたジャンガリの顔がみるみる真っ赤になった。
「どいつもこいつもなめた真似しやがって。てめえら、ロクをやっちまえ」
一人の兵士がロクに飛びかかったが、ロクが腰に差したメイスを抜き、軽く殴ると兵士は額から血を噴き出して倒れた。
木の上で見物していたハクとセキは口笛を吹いた。
「ロクは物凄い得物を見つけたようだ」
「そりゃそうだよ。英雄なんだから」
雷獣がつまらなそうに口を挟んだ。
「早いとこ降りて暴れようぜ。飽きちまったよ」
「ああ、そうだな。もうそろそろ各地でドリーム・フラワーを使ったテロは未然に防がれている頃合だし、やるか」
ジャンガリの最期
ハク、セキ、雷獣、ヌエが木から地上に飛び降りた。雷獣は木の根元に座るデズモンドを見て懐かしそうに一声吠え、デズモンドは手を上げて答えた。
「ハク、セキ!」
「ロク、助太刀するぞ――というよりも元々探されていたのは私たちだ」
「わっ、野郎共」
前後から挟み撃ちを受ける形となったジャンガリは慌てて配下の兵士たちに命令を出し、乱戦となった。
オデッタはデズモンドと共に少し離れた木の根元で見学する中、ジャンガリの配下の兵士たちはばたばたと倒れていった。
たまらず砦の奥に逃げようとするジャンガリの前に大剣を構えたセキが立ちはだかった。
「逃げてばっかりじゃだめだよ。勝負するんなら一対一でやってあげるよ」
ジャンガリは背後を振り返り、味方が一人もいないのを見て観念したようだった。
「……だったらロクと勝負させてくれ」
ロクとジャンガリの一騎打ちが始まった。ジャンガリの剣を数回避けたロクはその頭部にメイスの一撃を叩き込んだ。ジャンガリは意味不明の言葉を発してからずるずると崩れ落ちた。
デズモンドが拍手をしながら言った。
「早いとこ砦の奥に向かった方がいいぜ。あいつら逃げちまう」
ロクたちは木の根元に寄りかかって再び昼寝を始めたデズモンド一人をその場に残して走っていった。
ジーズラの秘密
砦の奥には何棟もの平屋のビニールハウス風の栽培場が広がっていて、そこでジーズラが兵士たちに命令を出していた。
「この場所はもう見捨てる。刈り取れる分は全て刈り取るのよ。あとレラヴィントフを見つけ出して元株を持ち出しておくように言いなさい」
警護の兵士がハクたちの姿を認め、耳打ちし、ジーズラはそれを見て、舌なめずりをした。
「お前たち、ジャンガリを――ふふふ、倒したと思ってるね」
その言葉に応えるかのようにハクたちの背後でうめき声が聞こえた。振り向くとそこには頭を半分砕かれたジャンガリがおぞましい姿で立っていた。
「ネクロマンシー?」
セキが言うとジーズラが怒ったような口調で言った。
「滅多な事を言うもんじゃないわ。あの子は私の一部。私が死なない限りは何度でも蘇るんだよ」
「じゃあ、こうすればいいんだね」
セキが大剣をジーズラに振り下ろすよりも一瞬早く、ジーズラは空に飛び去った。
「捕まってたまるもんか。どこかで態勢を立て直させてもらうよ」
ジーズラの体から蜘蛛の糸のようなものが吹き出して、ロクの後ろにいたオデッタの体をからめとり、空にいる自分の方に巻き上げた。
「オデッタ!」
ジーズラは巻き上げたオデッタの頬にナイフを当てて叫んだ。
「この可愛い娘に傷をつけたくなかったら、邪魔するんじゃないよ」
ジーズラはオデッタを小脇に抱えたまま、砦の奥に向かって空を移動し始めたが、その途中で妙な形で動きが止まり、やがてオデッタの体を離し、力なく地上に落下した。
「オデッタ!」
ロクが駆けつけようとしたが、オデッタは地上に墜落する寸前で何者かに抱きとめられた。
「もう大丈夫だよ」
オデッタを受け止めたのはヘキだった。
「ヘキ、いつ来たんだい?」
駆け付けたロクたちが言った。
「たった今よ」
「ヘキがいるという事は……」
セキが空を見上げるとそこにはケイジが漂っていた。ケイジは地上に降り立った。
「私が斬った。問題あるか」
「いや、全く問題ない」
「うるせえなあ。昼寝もできやしねえ」
砦の入口からデズモンドがのそのそと歩いてきたが、途中で苦悶の表情を浮かべたまま倒れているジャンガリの死体を偶然蹴飛ばしてしまい、「すまん」とお詫びのポーズをした。
我に返ったハクは雷獣とセキ、ヌエと共に砦に広がる栽培場を破壊しに向かった。
「――デズモンドか」
地上に降りたケイジが言った。
「変わってねえ奴に会えて安心したぜ、ケイジ。まさかこんな場所で再会するとはな」
「まったくだ」
「お前が《青の星》を離れるとは、どういう心境の変化だ?」
「そういう時節、という事だ――お前こそ長い間、どこに行っていた?」
「話せば長くならあ。まずはここを破壊するんだろ?」