目次
1 ジノーラの託宣
リチャードが茶々を連れて向かったのは《虚栄の星》だった。
「なあ、リチャード。そろそろ何をするか教えてくれてもいいだろう」
「ある人物に会い、託宣をもらう」
「託宣……預言者か?」
「似たようなものだが本人は『星読み』だと言っている」
リチャードたちは六つの丘の中心、フェイスのゴシック地区に到着した。
「この辺のはずだったが」
「何だよ、リチャード。家の場所を覚えてないのかよ」
「二十年前にこの地区で会ったから、この辺りに来れば会えるのではないかと踏んだんだが」
「いい加減だなあ。そんなんで会える訳ねえだろう」
「そうでもないぞ――見ろ」
リチャードが指差したのは街路の脇に設けられた休憩用のベンチだった。そこでは一人の小柄な男がにこやかな表情で座ってこちらに手を振っていた。
「ジノーラ、久しぶりだな」
リチャードはベンチに近付き声をかけた。
「そちらこそお元気そうで。武勇はここまで伝わっていますよ」
白髪の初老の男は笑顔で答えた。
「ふっ、相変わらずだ。紹介しよう。隣にいるのが――」
「存じ上げてます。茶々文月、リン文月の八番目の子ですね」
「では何の目的でここに寄ったかもわかっているな?」
「――まったくあなた方のやる事は見ていて飽きません。まさか暗黒の力を手に入れようとされるとは」
茶々が尚も話そうとするリチャードを止めた。
「おい、リチャード。どうしてこのおっさんはオレたちの来訪の目的を知ってるんだ。そもそもこいつは何者だ?」
「何者……か。考えた事もなかったな。それより、茶々、どうだ。ジノーラと戦ったなら勝てそうか?」
茶々は目の前に座る小柄な男をじっと見つめて言った。
「……いや、無理だ。この人はオレなんか相手にしてない」
「それだけわかれば十分だ。つまりはそういう人間だという事だ」
リチャードと茶々の話を聞いていたジノーラはおかしそうに笑った。
「いや、本当に愉快な方々だ」
「それでジノーラ、相談に乗ってくれるか?」
「いいでしょう。これから言う事をまず行いなさい。それがなくては魔王を食らうなど不可能。まずは《狩人の星》、そこに住むジェリー・ムーヴァーという生き物を生け捕りにする」
「聞いた事のない名だな」
「おそらくこの銀河で最弱にして最良の器。魔王の精神を封じ込めるには最適だと思われます」
「なるほどな。最弱であれば危害も及ぼさないか」
「次は難題です。鎧を身に付け、復活した魔王を食らうためには石が必要となります」
「今、我々の手元にある石か?」
「いえ、” In and Yan ”、『天空の石』と呼ばれるウムナイの力の象徴の青色の石の助けが必要です」
「どこにある?」
「《霧の星》です」
「今ロクが行っているはずの《智の星団》の方角だな」
「左様。ただ行ったからと言って見つかるものではありません。戦いの代償にその石は与えられます。もちろん、今すぐに行ってもいけません。物事には然るべきタイミングがある、星はそう伝えております」
「つまりはロクたちと共同で戦えという事なのか。だが相手は誰だ?」
「これはリチャードとも思えない。ドノスを倒して満足しましたか。そもそもあなたがリンの子供たちを戦いに巻き込んだ原因はまだ絶たれておりませんぞ」
「――なるほど。ドリーム・フラワーの最終決戦か。どんな奴だ?」
「それは私の口からは。直接会ってお確かめなさい」
「わかった。そこで”In and Yan”を手に入れる事ができて初めて作業に取りかかれるのだな?」
「その通り。もちろん茶々が反対に魔王に食われる可能性もありますが」
「その時はその時だ。あんたたちにとってはそれも又、一興だろ?」
「ふふっ、一時はそれも楽しいでしょうが、やはりここまで色々と手を尽くし、待ったのです。美しい花火を打ち上げてもらいたい」
「わかってるよ。あの時、リンを交えて話をしたのがこういう形で決着していくとは思わなかった」
「あなたは『下の世界』に置いておくには惜しい人材ですな」
リチャードは立ち去ろうとして立ち止まった。
「ところでジノーラ、もう一つだけ教えてくれないか?」
「何なりと」
「大帝はどこにいる?」
「やれやれ、とんでもない質問を――星が伝えているのは『ファニルナス』、それだけです」
「わかった。本当に色々とありがとう」
「こちらこそ。良い結果を期待しております」
茶々がためらった末に口を開いた。
「なあ、あんた。コウの行方もわかってるんだろ?」
「もちろんです。ですがそれを知ってどうなります。あの人情に溢れたあなたのお兄様、セキならともかく、あなたが知ったとてどうにもなりますまい」
「……そうだよな。柄にもねえ事を口走っちまった」
ジノーラは小さく微笑んだ後、最後にリチャードにこう付け加えた。
「ご自分が蒔いた種をご自分が刈り取る、立派な心がけですな」
「――何の意味かわからんな」
「それで結構。では近々、会いましょう」