7.7. Story 3 《智の星団》

 ジウランの航海日誌 (6)

1 奉仕する者とされる者

 セーレンセンに戻ったロクは盛大な賞賛を浴びた。町から王宮までの沿道では市民たちが花を投げ、歌を歌い、踊りを踊って祝った。
「ロク殿、よくぞ勝って下さった」とナイローダ王が言った。
「あまりにも多くの犠牲者を出しました。《泡沫の星》というのは予想以上に荒っぽい人間の集まりのようですね」
「うむ。もちろん厳重に抗議する」
「抗議が通る相手でもなさそうです。連邦に連絡を入れますので、後は連邦軍のエンロップという者とうまくやって下さい」
「『後は』という事は、やはり旅立たれるのか?」
「ええ、実はレース中にその前兆ともいえる出来事があったのです。きっとこの航海はうまくいきます」
「そうか――実は言いにくい事なのだが」

「あら、お父様」
 ドレスから普段の作業服姿に戻ったオデッタが口を挟んだ。
「言いにくい事なんてないじゃありませんか。私もロクの航海に同行する、それだけですわ」
「という訳だ」
 ナイローダ王は困り果てたような声を出した。

「オデッタ」
 ロクは冷静に言った。
「この間も言った通り、危険な旅なんだ。そんな場所に君を行かせる訳にはいかない」
「こちらもこの間言ったではありませんか。私も行かなければならないのです」
「だから子供が遊び場に行くのとは違うんだよ」
「そんな事はあなたよりもわかっているつもりです」
「まったく頑固だなあ」
「頑固なのはあなたです。私はあなたの妻であると同時に研究者です」
「ロク殿、幸いポッドの空間にはまだ余裕がありそうではないか。デズモンド殿を乗せたとしてももう一人くらいはどうにかなるだろう。オデッタを連れていってはもらえないだろうか?」
「王はそれでよろしいのですか?」
「うまくいく、と言ったのは君だ。それとも君は根拠もなくあのような事を言ったのか?」
「――根拠ならあります。ぼくは『龍の咽門』で聖サフィの弟子の一人、聖アダニアに会いました。アダニアは正しい星の回り方、蟻塚、凶鳥、迷路、機械と回り叡智に達すると語ってくれました」
「何、あの言い伝えか。伝えなくてはと思っていたが、すでに君は知っていた、しかも聖サフィの弟子から直々に……これは本当に銀河の歴史に名を刻む出来事になるかもしれないな」
「お父様、言ったではありませんか。ロクは必ずここに帰ってきます。だから私も同行します」
「うむ、大切な娘と銀河の宝ともいえるその婿、送り出すのは不安だがきっと大丈夫だな。ロク殿、オデッタをよろしく頼みますぞ」
「任せて下さい。デズモンドも一緒に三人で戻りますから」

 
 オデッタを乗せたロクのポッドは宇宙空間に飛び出した。
「オデッタ、方向はわかるかい?」
「ええ、任せて」

「こちらに向かえば《霧の星》、今は『マグネティカ』のせいで行くのは大変みたいだけど」
「以前、ドリーム・フラワーを運搬するシップを追った時に《密林の星》の付近で見失ったんだけど近いのかな?」
「そうね。二つの星の間はそんなに距離がないと聞くわ。《密林の星》も連邦に加盟したんでしょ?」
「ああ、今頃は連邦の人間が色々と手続きを行っているはずだ」
「『マグネティカ』さえなければ《囁きの星》に来るのも簡単なのに」
「最大の敵、《享楽の星》を落としたからね。後は『マグネティカ』で分断されたこちら側の星々を残すのみだよ」
「《古城の星》、《泡沫の星》、《霧の星》、《起源の星》はほぼ『マグネティカ』に沿っているわ。アステロイドに挟まれた《囁きの星》、誰も知らない《智の星団》、そんな配置かしらね」
「誰も知らない……か。本当に帰ってきた者はいないんだね?」
「ええ、いれば何かの書物にその事が記されているはずだもの」
「ふむ、少しスピードを上げた方がいいかもしれないね」

 
 ようやく前方にかすかな蒼い光が見えた。
「あれかな。どうやら銀河の端まで来たようだ」
 さらに進み、星団を取り巻く鮮やかなブルーのガスが露わになった。
「この中に――」
 ガスの中に突っ込むと白く光る恒星があったが、周囲を回る惑星は見えなかった。
「恒星の裏側に隠れているのかな」
 ロクのポッドは恒星に接近し過ぎないようにして周回軌道を進んだ。
 やがてもやもやとした空間の裂け目が口を広げているのが見えた。
「これでは帰って来られないのも無理はないな――オデッタ、思い残す事はないね」
「ロク、信じています」
「では中に突入する」

 
 裂け目の中に突入してしばらくすると視界が開け、黄色に煙る星が見えた。
「《蟻塚の星》だ」

 大気圏に入ると黄色い世界だった。水辺はなく、草は生えておらず、乾燥した地形がどこまでも広がっていた。
「こんな過酷な環境で暮らす人がいるのかしら?」
「どこかにポッドを停めたいが――ああ、あそこに小高い丘がある。あの丘の上に停めよう」
 ポッドを停めたロクは丘の上を歩き回って、ある場所で動きを止めた。
「あそこに」
 ロクは右手を指差して言った。
「岩でできた塔のようなものが伸びているのが見える。あれが蟻塚かな」
「かなりの高さだわ――左手にも同じようなものがある」
「その名の通り、蟻が住んでいるのだろうか」

 二人が見ていると、地表の様子が妙だった。片側の蟻塚のある辺りの地面は黒く、もう片側の蟻塚の周囲の地面は赤かったが、大地がもぞもぞと動いているように見えた。
「黒い蟻と赤い蟻の大群だ。でもずいぶん大きいな」
 ロクはオデッタの手を引いてポッドに戻り、空中から様子を観察した。

 
 赤い大地と黒い大地がぶつかり合う地点で争いが起こった。人間ほどの大きさの蟻同士がひしめき合い、殴り合っていた。
 一匹の赤い蟻が倒れるとそこに黒い蟻が次々と群がった。
「オデッタ、見ない方がいい」
 そこでは大虐殺が繰り広げられていた。黒い蟻たちが倒れた赤い蟻の体を引きちぎり、肉団子を作った。他の場所でも黒い肉団子や赤い肉団子ができ上がっていた。
 しばらくすると蟻たちは戦いを止め、互いに来た方に団子を転がしながら帰っていった。

 
 ロクはポッドを元の丘の上に戻し、地上に降りた。
 胸がむかむかして気分が悪かった。
「オデッタ、大丈夫か」
「ええ、あれは何だったの?」
「あれがこの星で営まれる全て――」

 
 ロクとオデッタが突然の声に振り向くと、そこには黒いローブ姿の女性が立っていた。
「――あなたは……ニライ?」
「ようこそ、《智の星団》へ。まだ入口だけれども」
「『この星の全て』とはどういう意味でしょう?」
「赤い蟻の女王と黒い蟻の女王から生み出された戦士たちはああやって争うの。そして倒れた者は女王の餌となる。そうして女王はまた戦士を生み出す。それが長きに渡ってこの星で行われている全て」
「文明とは程遠い行為ですね」
「あら、そうかしら」
 ニライは小さく笑った。
「あれと同じような行為をしている星はいくらでもあると思うけど」
「私たちの未来となる可能性もあるという意味ですか?」
「そうね。でも奉仕する側はただただ奉仕のつもりで動いてる。奉仕される側もそれに応えるために更なる奉仕者を生み出しているだけ。悪い事をしている者は誰もいないわ」
「……しかし人間には知恵があります。決してああはならない」
「知恵も使いよう。正しく使えば文明は発展するけれど、悪用すればあれの比ではない地獄となるわ」
「心しておきます」
「ねえ、ロク。今どちらかの女王蟻を殺せば、バランスが崩れ、この星の生物は死に絶える。あなたはどうする?」
「ぼくにそんな権利はありません。このままにしておきましょう」
「賢明だわ。デズモンドもリンもそうしなかった。異物を認める寛容性、忘れちゃだめよ」
「ありがとう、ニライ」
「さあ、この星で伝える事は終わり。次の星に向かいなさい」

 

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