目次
1 追跡、旅立ち、残る者たち
ロクとキザリタバン
ドノスのいなくなった王宮で祈りを終えた一行は外に出ようとした。
「茶々、どちらの都に出ればいいんだ?」とリチャードが尋ねた。
「西の都じゃないの。ヴァニタスが現れたのがそこだし」
茶々に代わってセキが答え、一行は西の都に向かった。
王宮の外に出た一行の前に広がっていたのは荒涼とした風景だった。大路の周囲の建物はことごとく破壊され、都のはずれまでまっすぐに見渡せる有様だった。
瓦礫の中で黙々と復興作業に勤しむ人々がいて、その中の一人が一行に近付いた。
「キザリタバンさん」とロクが声をかけた。
「ロク殿。よくぞご無事で戻られました」
「ドノスは倒しましたよ」
「……のようですな」
「嬉しそうではありませんね」
「ドノスの統治は外っ面は繁栄をもたらしていたので、大概の人はそれが悪いとは思っていなかった。そこにあなた方が来て破壊の限りを尽くした。連邦は極悪人のような扱いです」
キザリタバンと話すロクを残して、他の者たちは『草の者』の報告を聞くためにその場を立ち去った。
「別に英雄になりたかった訳ではありませんし」とロクが言った。
「閃光覇王の襲撃時の正確な記録が残っている訳ではないので単純な比較はできないが、おそらくその時よりも悲惨な状況だ。これが連邦のやり方であれば……」
「もうすぐ連邦の本隊が到着しますので、本格的な復興についての相談は彼らと行って下さい。いずれにせよ、ドノスもおらず、都督もいなくなった、あなたが先頭に立って頂かないと困ります」
「ロク殿。短期間の戦いだったとはいえ、以前の自信なさげな雰囲気がなくなった――ひとまずは感謝の意を述べさせてもらおう」
「まだまだですよ。ここからが本当の戦いです。では」
ロクはキザリタバンと別れ、一行に追いつこうと歩き出し、ふと空を見上げた。
大樹は悠然とそびえていた。
どうやらギリギリで間に合ったようだ。
ドノスがいなくなり、もしもこの樹まで枯れていたならこの星の命運は尽きていただろう。
まだ当分は見守っていてくれ、ロクはそう心の中で祈った。
残る者と追う者
廃墟を歩く茶々の下に荊と葎がやってきた。
「茶々様、皆様もよくぞご無事で」
「当たり前だ。ドノスごときに負ける訳ねえんだよ――それよりコクは?」
「ヴァニタスの旗艦に戻られましたが、再びお一人で出発されたようです」
「ふーん、どこ行くんかなあ。変わらずひっついてるように言ってくれ。間違っても攻撃はすんなよ」
「……コク様を攻撃できるはずがありません」
「兄貴だし仕方ないか――準備ができ次第、オレたちも出発する」
「茶々。私も」とハクが言った。
「ハクはだめだ。この星の復興が先だ」
「ねえ。今後の役割を整理しましょうよ」とヘキが声をかけた。
真っ先に口を開いたのがケイジだった。
「私はここに残る。元より連邦のために仕事をしているつもりはない」
「ボクも残る。ボクがいなけりゃこの都は復興できないよ」とくれないが言った。
「僕は――」
セキが言いかけ、ケイジがそれを遮った。
「セキ。お前は《青の星》に戻れ」
「どうして?」
「むらさきが《蠱惑の星》で言っていた事が気にかかる。万が一の事態に備えろ」
「わかった。でも本当にそうなるかなあ」
「あたしは残る。この辺りの星を調査したいの」とヘキが言った。
「ロクはどうするの?」とくれないが尋ねた。
「ようやくわかったんだ。信じて進めば、自ずと未来は見えてくるって」
「えっ、どういう意味?」
「くれないには言ってなかったっけ。ぼくはデズモンド・ピアナのような冒険家になりたいんだ。そのためにポッドも自作した」
「何でデズモンドとポッドが関係あるの?」
「噂ではデズモンドは《智の星団》の付近で行方不明になったらしい。あの辺りは何が起こるかわからないし、シップじゃあ危険だと言われている。ポッドの方が安全だけど、ポッドではスピードが出ないから遠くへは行けない。だからぼくはシップ並みのスピードを出せるポッドを製作したのさ」
「《智の星団》に行くつもりなの?」
「うん。デズモンドの遺志を継ぐためにも、ぼくが全てを明らかにしなきゃならない――セキ、ちょうど通り道だし、《青の星》まで一緒に行こう」
「――私は」とハクが口を開いた。「茶々と共にコクの後を追う」
「よし、決まりだ」とリチャードが言った。「ではコクを追うのは茶々、そしてハク。私も後で合流する」
恐ろしい企み
それより少し前、コクはヴァニタスの旗艦に戻った。いつの間にかヨーコも戻っていた。
「いよぉ、ヨーコじゃねえか」
「コク、ずいぶんと上機嫌ね」
「まあな、それよりも待たせちまった」
コクがチャパに声をかけると、チャパはあくびをしながら答えた。
「まったくだ。だがバイーアが戻ってこねえ。多分やられちまったなあ――で、成果は?」
「見なよ」
コクは懐から漆黒の石を取り出した。
「あれ、真っ赤な石じゃなかったのか?」
「さすがに” Mutation ”は無理だ。あれは今頃、弟たちがドノスから取り上げてるだろう。これはそれとは違う、” Resurrection ”っていう漆黒の石だ」
「その石は《青の星》で発見されて連邦が持ってるんじゃなかったか?」
「あれは出涸らし、ただの石ころだ。こっちが新しい本物の”Resurrection”だ」
「でかした。色々と楽しそうな石じゃねえか。って事はヨーコのも入れると――」
「ヨーコも石を手に入れたのか?」
「そうよ。” Dreamtime ”、あなたのお人好しの弟さんが譲ってくれたの。あたし、あの子、好きよ」
ヨーコはそう言って、石のはまった竪琴を見せた。
「セキか。あいつはまったく人を疑わないからな」
「でもお父さんに一番近いんじゃないの?」
「どうかな」
「話を戻すぜ」とチャパが言った。「おれの” Worm Hole ”、コクの” Make-believe ”と”Resurrection”、ヨーコの”Dreamtime”、先生の” Animal Instinct ”で五つだ。で、連邦はっていうと、今回の”Mutation”、それに《巨大な星》や《獣の星》で六つ、七つ。数の上では大分拮抗してるぜ」
操縦席からスローターとプロロングがやってきて、スローターが口を開いた。
「ご歓談中すまないが、コク、厄介な者を引き連れてきたようだな」
「ん、何のこった?」
「このシップの周囲をびっちりと包囲されてるんだよ。戦闘用のシップではなくて小型の偵察用シップなんでまだいいが、このまま付いてこられたんじゃ、本拠の場所がばれてしまう」
「あ、ああ、『草』の奴らだな……確かに厄介だ。よし、わかった。この石の力も試したいし、おれはもう一度どっかに出かけるよ。奴らの狙いはおれだろうから、おれがいなくなりゃ、奴らもいなくなる」
「そうしてもらえますか」とプロロングが言った。「ところでコクさん、行くあてはあるのですか?」
「ん、ふらふらしてりゃあ、そのうちどっかに着くだろう」
「《流浪の星》はどうでしょう。多少、距離がありますが」
「そこに何かあるのか?」
「ええ、とっておきの」
「何だよ。勿体つけんなよ」
「銀河一危険な親子、とでも言いますか」
「聞いた事ねえな」
「コクさん、その石は頭に復活させたい人をイメージしないと使えないのでしょ。アルト・ロアランドの町のサフィ教会の神父、アプカという男を訪ねなさい。色々と説明をしてくれるはずです。きっとロゼッタも残ってますよ」
「楽しそうだな。ありがとよ、プロロング。めんどくさい奴らの親玉が合流する前に早速行ってみるぜ」
コクは楽しそうに格納庫に向かった。
「なあ、プロロング」とスローターが言った。「あんたの言ってた危険な親子ってもしかして――」
「きっとそれですよ」
「事件当時は連邦軍にいたが、酷い様子だったと聞いているぞ。町が丸ごと破壊されたとかで……何という名前だったかな」
「爆弾魔マル、そしてさらに最悪の息子、姿のない爆弾魔マリス」
未望の願い
コクがシップの出航準備をしている所に未望がやってきた。
「コク、いいか?」
「……ん、未望じゃねえか。珍しいな。おれに話しかけるなんて。急いでるんで手短に頼むぜ」
「さっきの話だがお前の頭の中でイメージさえできれば死んだ人間を復活させられるのだな?」
「ああ、そうだ」
「頼む、この通りだ」
そう言って未望は不自由な足を折り曲げて土下座をしようとした。
「おいおい、いきなり何だよ」
「復活させてほしい人間がいる」
「へえ、プライドの高そうなあんたが、大嫌いなおれに頭を下げるなんてなあ。そいつは何者だ?女か?」
「弟だ」
「……あ、ああ、悪かったな、茶化して――だが言ったようにイメージが必要だ。その弟の映像の入ったロゼッタを用意できるか?」
「何とかしよう」
「今はお取込み中でだめだ。次に会う時までに用意しといてくれりゃ、復活させてやるよ」
「本当か?」
「嘘なんかつくもんか。おれも弟が死んだら復活させたいって思う」
「そうか、絶対にだぞ。待ってるからな」
未望は足を引きずりながらキャビンに戻っていった。
「……あいつ、何も望んじゃいないから未望って名前じゃないのかよ――さて、行くか」
コクはシップに乗り込むと宇宙空間に飛び出した。コクがヴァニタスのシップから離れると、周囲を取り囲んでいた『草』の偵察用シップも移動を開始した。
コクが去って、ヴァニタスの旗艦も出航準備にとりかかった。
「どうやら、小バエたちはコクに付いていったようだ。きれいさっぱりいなくなったよ」
スローターが外を見ながら言った。
「こっちもそろそろ戻るか」
チャパが号令を出そうとしたその時、再びスローターが声を上げた。
「一難去ってまた一難、前方に船団発見――どうやら連邦ですな」
「連邦は《獣の星》や《蠱惑の星》にかかりっきりでここまで来れる余裕なんかないだろう?」
「そのはずですが……あのシップの形から見てペイムゥト製、どうやら《武の星》のようですな」
「何だって?わざわざ、あんな遠くから出張ってきたのかよ。ここは無駄な戦いをしても仕方ねえや。全軍回避――」
「待ってくれ!」
チャパは途中で言葉を飲み込み、キャビンは静まり返った。
未望が肩を震わせながら、チャパをまっすぐ見つめていた。
「未望、気持ちはわかるが、これは命令だ。おれたちは疲労しきってる」
「わかっている。だがせめて、せめて陣立てだけでも披露させてはくれないか」
「だから戦う力は残っちゃいねえって」
「戦いにはならない。陣を展開するだけだ。あちらが公孫ならその意味を理解するはずだ」
「理解するのはいいが、その後に何が起こるんだ?」
「それはわからない。わからないがあんたらに迷惑はかけない」
「――お前、今しがたコクと話してたろ。誰かを復活させようとしてたんじゃないのか?」
「確かにそうだ。弟を復活させてどこかで静かに暮らそうと思っていた。だが公孫を前にしてそんな事は言っていられない」
「チャパ」とスローターが言った。「これ以上距離が近づくと危険だ。早く決めてくれ」
「わかったよ。ここは未望に任せる。全艦配置だ」
陣立て
連邦の旗艦には公孫水牙が搭乗していた。もう一隻の大型シップを指揮しているのは妻のジェニーと娘のステファニーだった。本来であれば息子の炎牙が乗り込むのだが、炎牙は《戦の星》を離れられずにいた。
「将軍、前方に船団が見えます」
水牙は報告を受けて首を傾げた。
「……おかしいな。『草』の報告ではチオニの軍は壊滅したという事だったが」
「海賊船のようですな」
「なるほど。『草』の報告にあったヴァニタスとやらだな」
「どういたしましょう?」
「油断するな。距離を保ったまま待機。相手の出方を見る」
水牙の率いる船団は進行を止め、ヴァニタス海賊団と対峙した。
すると旗艦と思われる一隻のシップがゆっくりと移動して前方にせり出すのが見えた。
「何をする気だ?」
旗艦の動きに呼応するかのように周囲の中型シップ、小型シップが旗艦を螺旋状に取り囲むように動いた。
「……あの動きは、そんなバカな」
ジェニーから水牙にヴィジョンが入った。
「ねえ、水牙。あの動きって――」
「ああ、信じられんが『火炎陣』だ」
「どうするつもり?」
「ジェニー、君は知らないかもしれないが、こういう時は古くからのしきたりに従うのが礼儀だ」
「しきたり?」
「あちらの陣に敬意を表して、こちらも『水龍陣』を見せる。あちらが動きを変えればこちらも動く。そうやって十二の陣を見せ合うのが『陣立て』、古くからの決まりだ」
「それが終わった後は?」
「さあ、公孫と附馬の演習であればそこで終わりだが、ここは実戦の場だ。何が起こるかわからない」
「じゃあ、まずはこちらも陣形を取るのね?」
「そういうことだ」
先方の『火炎陣』に対して水牙も『水龍陣』の号令を下した。
ジェニーには言わなかったが、陣立てに際して先方の陣形にうまく対応できなかった場合、例えば相手が『羅刹』と呼ばれる攻撃の陣を敷いた場合に、こちらが『八卦』という防御の陣を取らずに『渦潮』と呼ばれる攻撃の陣を敷いてしまうと、こちらの負けだった。同じようにこちらの攻撃の陣の時には相手は防御の陣を敷く、このように攻守を変えたやり取りを十二回続けるのが古くからのしきたりだった。
しかし相手は海賊団だ。果たして十二回も適切な陣を敷けるものだろうか。
現在、『火炎陣』を正しく習得しているのは附馬家の当主、附馬烈火だけだった。だが烈火は連邦将軍だ。他に陣を使いこなせるとしたら、陣を現在の形で完成させたあの男しかいなかった。
だがあの男は――
水牙は待った。先に相手が陣を動かした。『螺旋』、攻撃の陣だった。水牙はすかさず『水紋』の陣を指示した。
次はこちらの攻撃の番だった。水牙は『波状』の指示を出した。相手は『火盆』の陣を取った。
もう間違いなかった。海賊団のシップを指揮しているのは附馬神火――
淡々と両軍の陣の披露が続き、十二回の陣立てが終了すると、水牙は小型シップを用意させた。
「将軍、何をお考えですか。お一人で出ていかれるなど自殺行為です」
「今の陣立てを見てわかったろう――何、あの見事な陣立てを指揮した男に挨拶に行くだけだ」
「しかし」
水牙は単身宇宙空間に出た。ジェニーからヴィジョンが入ったが、それを無視した。
はるか前方の海賊団からも小型シップがこちらに向かってやってくるはずだった。
ヴァニタスの旗艦では未望が肩で息をしていた。
「……今のは何だったんだ?」
チャパが驚いて未望に尋ねた。
「すまなかった。さあ、後は予定通り、ここから離脱してくれ」
「もういいのか?」
「――おれを残してな」
「……未望、あんた、死ぬ気だな」
「今の陣立てで相手が公孫水牙だと確信した。向こうもこちらの正体に気付いたはずだ。水牙こそおれから全てを奪った男、あいつと刺し違えられるのであれば本望だ」
「あっちも攻撃する気がないんだし、一緒に離脱すれば?」とヨーコが言った。
「いや、これはおれの問題だ。ヴァニタスには関係ない」
乗員の一人がシップの準備ができたと告げにきた。
未望は大儀そうに格納庫に向かって歩き出した。キャビンの出口で振り返るとチャパに言った。
「コクに伝えてくれ。もう約束を守る必要はないと」
未望の姿が消えた。
しばらくすると未望の乗ったシップが空間に出ていくのが見えた。
真っ先にスローターが立ち上がって敬礼した。チャパもプロロングもヨーコも他の乗員たちも同じように敬礼をした。
「これより全艦、《虚栄の星》に帰還だ」
チャパは全艦に指示を出した。
哀しき将軍
宇宙空間では二隻の小型シップが距離をせばめていった。
ヴァニタスのシップが動き始めたのを見た水牙はヴィジョンでジェニーを呼んだ。
「ちょっと、水牙――」
「ヴァニタスが移動を開始したが追う必要はない。我らの任務は《享楽の星》の警護。以上――」
「ちょっと待ちなさいよ。何をしようとしてるの」
「ジェニー、これは二十年前から続く因縁の最後の決着。避けては通れないのだよ」
「相変わらず一人で何もかも背負い込んで、ちっとも成長してないわね。あたしは納得してないから――ステファニー、シップを用意して」
水牙は苦笑いをしながらヴィジョンを切った。
神火がどれだけの思いを抱いているかはわからなかったが、ここで死ぬ訳にはいかなかった。自分の事を慕ってくれる妻と息子や娘のために、生きねばと思った。
二隻のシップは顔が判別できる距離まで接近した。
最初にシップから外に出たのは水牙だった。
続いてシップを降りたのは杖代わりに槍をついた神火だった。
「神火か?」
「水牙、お前は変わってないな。おれを見ろ。こんな姿になった。身内が見てもおれが神火だとはわからん」
「……」
「さきほどの陣立て、見事だった」
「……銀河一の集団戦の使い手にそう言ってもらえるとは光栄だ」
「ふふん」と神火は笑った。「お前は昔からそうだった。決して自慢せず、控え目にしている。おれが『火炎陣』を完成させた時もそうだ。得意になって演習でお前の軍を負かし続けていたが、お前は努力に努力を重ねて、とうとう『水龍陣』を完成させ、おれを打ち破った。あの時のおれの気持ちがわかるか?」
「……」
「お前はおれの下に来てこう言った。『この互いの陣を陣立てとして永久に保存しよう』と。てっきり自慢され、罵倒されると思っていたおれは拍子抜けした」
「あれは長老殿が決めた事を伝えただけだ」
「まだ言うか」
「……」
「だがお前が正しかった。おれがコメッティーノとリンの奇策に敗れた時も、お前はその気になれば《武の星》を動かして対峙する事ができたはずだった。なのにそれをしなかったのは何故か。最後の一兵になるまで決着がつかないのを知っていたからだ」
「全てコメッティーノの計画だ。某は何もできなかった」
「いい加減に本音を吐いたらどうだ。『ざまあみろ、お前は負けておれは勝者となった。今の姿が全てだ』と」
「そんな事は思っていない。なあ、神火。誰が正しかった、誰が間違っていたなどというのはいつの時代でもわからないものだ。誰もお前を責めやしない。あの素晴らしい陣をあのように使いこなせるのだから、今からでも連邦に来ないか。烈火たちも喜ぶはずだ」
「わははは」と神火は高笑いをした。「やはりお前とは永遠にわかり合えないようだ。誰が連邦など」
「しかし海賊団にいても仕方ない。所詮は一時の仇花だぞ」
「なあ、水牙。こうやってお前と冷静に話ができるようになったくらい、おれも年を取った」
「……ああ」
突然の神火の口調の変化に水牙は戸惑いながら答えた。
「お前に瀕死の重傷を負わされた後、《巨大な星》で弟の大火が親身になって看病してくれた。体が不自由になったおれを気遣って住まいをダーランのさらに南の温暖な海岸の近くに移してくれた。畑を耕し、釣りをして暮らす、穏やかな毎日だった。おれはこのまま暮らすのもいいかなと思うようになったよ」
「……」
「だが二年前、大火は病で死んだ。おれは生きる気力を失い、海を見つめて過ごした。そんなある日、おれは大火の日記を発見した。そこには何と書いてあったと思う?」
「……」
「こうだ。『大兄者はもう戦いをあきらめたのか。水牙は弟の雷牙が死んだ事によって力を覚醒させたそうだ。だったらいっそおれも……何はともあれ、おれは戦っている大兄者が大好きだ』とな。おれは再び立ち上がった。だが体の不自由なおれを雇う物好きなんているはずがない。おれがダーランの酒場で飲んだくれている時に声をかけてきたのが、ドワイト、ヴァニタスの影のボスだ」
「そのドワイトという人物はお前が附馬神火だと知っていたのか?」
「さあな。魚心あれば水心ってやつじゃねえか。ちなみに文月リンの息子のコクに声をかけたのもドワイトだ」
「ふむ、つまりはヴァニタスを裏切る訳にはいかないという事か」
「そう言う事にしておこう。お前がいる連邦などくそくらえという気持ちはとうに消え失せているがな」
「やはりそうか。恨みとかいう問題ではなく、どこかで決着をつけねばならない、そうだな?」
「初めて気が合ったな」
水牙と神火はそれ以上の言葉を交わさず、黙って宇宙空間で向き合った。おそらく大火の形見であろう槍を神火は構え、水牙も腰の『凍土の怒り』を抜いた。
そこに一隻の小型シップがやってきて、二人の女性、ジェニーとステファニーが降りた。
水牙も神火も一瞬だけそちらに視線を遣り、すぐに元通り向かい合った。
「水牙……お前の妻と娘か?」
「ああ、そうだ」
「――いつまでも過去に囚われているのはおれだけか」
「仕方ないさ。全てを失ったお前はそうやって某を憎む事にしか、生きる意味を見い出せなかったのだ」
「おれもずっとそう考えていた。だが文月の息子たちが暴れるのを見て何か違うと思い始めた。あいつらはおれなどとは比べ物にならぬほどのもっと苛烈な運命を背負っているだろうに、何と屈託がない事よ。そして極め付けはお前との再会だ。昔のように陣立てを見せ合い、お前と話をしたら、復讐などもうどうでもよくなっている事に気が付いた。復讐?そもそも何に対する復讐だ?お前は最善の方法で《武の星》でと《将の星》を救い、おれは弟を失ったばかりのお前に最悪のタイミングで戦いを挑んだ。復讐するとすれば愚かな己に対してだ――」
「神火、お前らしくないぞ」
「おれはもう行く。二度とお前の前に顔を出す事も、表舞台に立つ事もない。どこかで弟の傍に行く日を指折り数えて待つ」
「――神火、最後まで互いの人生が交わる事はなかったな」
「当たり前だ。お前と酒を酌み交わすなどまっぴらだ」
「素直ではないな」
「家族を泣かすなよ」
「……」
神火は足を引きずりながらよろよろとシップへと戻っていった。