目次
1 相反する思い
東の都は半分以上砂に埋没し、都市の機能を停止した。
廃墟となった都市を歩く人間など到底いないと思われたが、三人の男女が大路にいた。
「ようやく三分の二くらい片付いたかな」
立派な服装の細身の男は二人の女性に問いかけた。一人は青い髪、もう一人は緑の髪だったがよく似た顔立ちをしていた。
「そうね。もう一息――姉さん、そっちはどう?」
「ほとんどの人が亡くなってるわ」
「――サンドチューブはこの都を滅ぼそうとしたのかな?」
「かもしれない。人間の傲慢さに怒っていたのよ」
「人間は生まれた時から罪を犯している訳か――不思議なものだね。創造主は自分たちによく似た人間を造ったのにそれが生まれついての罪人だなんて。創造主も同様に罪深いのだろうか」
それから三十分後、三人は砂がすっかり取り除かれた都の大路を満足そうに眺めた。
「これで復興も早くなればいいね」
「やっぱりこういう時にあなたの力は役に立つわ。あたしや姉さんじゃ、ちまちまと風や水の力で砂を取り除かないといけないけど、あなたの場合、『ランドスライド』って唱えるだけだもん」
「たまたまだよ。で、次はどこの都?」
「ここに次いで被害の大きいのは西、次が南で北だけは無傷。今は人が大挙して逃げ込んでるはずだから北の都は別の意味で大変だろうけど」
「噂だと北の都は都督がいない状態なんですって。そんな事で大丈夫かしら?」
「それならどこも一緒じゃない。皆、リチャードやリンの子供たちに倒されてるんじゃないの?」
次に三人が向かった西の都は焦土と化していた。建物が焼け落ち、破壊により崩れ落ちた大路のはずれに立つと、都督庁のある広場まで見通す事ができた。
「ずいぶんと派手にやったなあ」
男が言うと青い髪の女性が答えた。
「リチャードたちがやった訳じゃなくて、半分以上はヴァニタスの仕業みたいよ」
「――ヴァニタス?ヴァニタスってあのヴァニティポリスの?」
「そう。色んな場所に出張してるみたい」
「ぼくがいた時にはそこまで計画的に行動する集団ではなく、町の愚連隊に毛の生えたようなものだったのにな。いつ変容したんだろう?」
「裏で手を引く人間がいるって事じゃないの?」
「なるほど。心当たりはあるけど、ここまで巨大になった連邦を相手にしても勝ち目はないはずなのに。何が狙いなんだ?」
「さあ、部外者にはわからないわ。コメッティーノに聞いてみれば?」
「でも今はぼくも連邦とは距離を置いてる身だからね」
「そんなの形だけでしょ?」
「うん、ジュヒョウとの決着をつけるにはこうするのが一番だった」
会話に加わらず先を歩いていた緑の髪の女性が振り向いて言った。
「来たわよ」
「えっ」
確かに都督庁の広場の方から一人の男が歩いてくるのが見えた。男はゆっくりとした足取りでこちらに向かってきた。
「二十年ぶりか」
「そうね」
男は三人の男女に向かって小さく手を振り、満面の笑みを浮かべて三人の前に立った。あごひげを生やした精悍な顔つきのその男は二十年前と変わらぬ口調で話しかけた。
「やっと来たね。よりによってこのような時に――」
「ジュヒョウ、あなたが死んでしまってはいけないと思い、急いで来たんですよ」と男が言った。
「ははは、これはいい。私が死ぬだと」
「あなたはドノス王を守らなければいけないでしょう?」と青い髪の女性が尋ねた。
「いや、私はドノスの臣下ではない。ただ研究場所を与えてもらっただけさ。その証拠にこの緊急時にもこうしてのんびりと都を歩いているではないか」
「じゃあドノスを見捨てるつもり――」と緑の髪の女性が尋ねた。
「――もう少し遅かったらこのようにして会う事もできず行き違いになる所だったよ。私は今から戻るのだ」
「戻るって?」
「”虚栄の星”にでも落ち着こうか。コロニーにも近いしね」
「その途中でわざわざぼくたちに会いに?」
「当たり前さ。身内の訪問を無下に扱う者はいない。それに君たちに紹介したい者がいる――少し付き合ってくれないか」
四人が荒れ果てた大路に立っていると空に輝く小さな光が現れた。それはぐんぐんと速さを増し、四人の前に降り立った。
黄金色に輝く男は三人を前にして不思議そうな表情を見せた。
「来たね」とジュヒョウが輝く男に言った。「紹介しよう。こちらのお嬢さん方がお前を造るきっかけとなった元カザハナ、今はオンディヌとシルフィだ。そしてこちらが私のもう一つの人格、フロストヒーブの息子、ランドスライドだ」
「金の精霊、クガネだ」
黄金色に輝く男の言葉に三人は息を呑んだ。
「ははは、そんなに驚かなくてもいい。そう、私はついに金の精霊をこの世界に生み出す事に成功したのだよ。祝福してくれてもいいだろう」
「何を企んでるの?」とシルフィが尋ねた。
「まずはこの荒廃した都を全て黄金に変えさせようか――ははは、冗談だよ。そんな事よりも君たちの人を思いやる心には頭が下がる。東の都の砂を取り除いたようじゃないか」
「クガネも人のために造られたの?」とオンディヌが尋ねた。
「さあ、私の中のフロストヒーブはそうしろと言っているようだがね。そうでなかったとしたら君たちはどうするつもりだい?」
「全力で阻止します」とランドスライドが言った。
「予想通りの答えで嬉しいよ――何、しばらくは精霊同士で面白おかしく暮らそうではないか。心配には及ばない」
「額面通りに受け取っていいものかしら」とシルフィが言った。
「そろそろ私たちは行くよ。君たちはどうするんだい。せっかくはるばる来たんだからドノスの最期を見ていくのか」
「そうさせてもらうわ」とオンディヌが言った。
「では”虚栄の星”で会おう」
ジュヒョウとクガネはポートに向かって歩いていった。
大路に残ったランドスライドたちは複雑な思いを抱いて去る者の背中を見ていた。
チオニの王宮の奥深くでドノスはム・バレロと会っていた。
「戦況は?」
ドノスが不安そうな声を上げた。
「すでに都督たちは倒され、『繁栄』もやられました。現在はエルコ砦付近にいるはずです」
「エルコも陥落しそうか?」
「ご心配でしたら『不死』を赴かせますが」
「いや、いい。『永遠』と『不死』は王宮に留めておいてくれ。万が一にも王宮に到達する事などないだろうが」
「その万が一、起こるやもしれません」
「お前がそんな弱気でどうする」
「弱気ではございません。幾度となく奇跡を起こしてきたのが文月リン、その子供たちも例外ではありません」
「くそっ、こんな事であれば二十年前、藪小路に頼んで文月を抹殺しておけばよかった」
「さあ、あの男がそこまで協力的に事を運んでくれたでしょうか」
「……もういい。王宮の警護をより厳重なものにしておくのだ。何人たりとも近づけてはならないぞ」
「御意」
ム・バレロはドノスの居室を出た。傍らにはいつの間にか影のように一人の男が寄り添っていた。
「聞いていたか」
「はい」
「正直な感想を述べよ」
「文月の件を未練がましく言っている段階でチオニの陥落は時間の問題かと」
「その通りだ。あそこまで臆病では銀河の覇権など夢の又夢」
「ではジュヒョウと同じく見捨てるおつもりですか?」
「いや、わしはあそこまでさばけてはおらん。最後まで付き従う素振りだけは見せるが、あんな男と一緒に死ぬつもりは毛頭ない――『永遠』、いや、ヘッティンゲン、お前にも働いてもらうぞ」
「承知」