目次
1 四つの都(承前)
ロクは走った。隠れ家としていた北と西の都の間の廃墟の遊園地から南と西の都の間のスラム街まで全速力で走った。
その知らせは朝早くに『草』からもたらされた。抵抗組織のリーダー、キザリタバンが西の都督、ビーズレーの私兵に捕縛されたというものだった。
二日前にヘキがチオニに到着したが、《密林の星》に用事があると言ってすぐにいなくなった。おそらく例の遺跡に関係があったのだろう。
ケイジ、セキ、むらさき、くれないは昼頃に到着し、ハクも今夜中に着く予定で、リチャードと茶々は明日だった。
つまり行動開始は全員が揃う明後日以降と考えていたが、キザリタバンが捕まった事により状況が切迫する可能性が強まった。
最悪の場合、自分一人で行動しなければならない、ロクはそんな事を考えながら西の都の大路を人に見つからないように素早く横切った。
「よぉ、そんな急いでどこ行くんだ?」
大路を横切ってしばらく行った四つ角でいきなり背後から肩を掴まれた。
「――何だ、コクか。驚かさないでくれよ」
「何だとはご挨拶だな。あの反ドノスの組織の所に行くのか?」
「コクには関係ないだろ」
「つれない事言うなよ。こっちはうずうずしてんだ」
「こっち?」
「言ったろう。ヴァニタスの連中だよ。血の気の多い奴らばっかりなんで、いつになったら戦争になるか期待して待ってんだよ。弟たちはまだ着かねえのか?」
「まだだよ――コク、ちょっと急いでるんだ。ごめん」
ロクはコクをその場に残して先を急いだ。
スラム街はざわついていた。ロクの姿を認めた男が近寄って言った。
「ロク殿。キザリタバンですが、明朝、西の都督庁前の広場で処刑される決定が下されました。最早一刻の猶予もありません」
「確かに」
「そちらの行動開始は明後日と伺っておりますが、せめて明朝に前倒しして頂く訳にはいかないでしょうか?」
「西の都を襲撃し、キザリタバン殿を奪回する訳ですね――しかしこちらはまだ全員揃っていません」
「そこを何とか」
「……わかりました。帰って兄妹たちに伝えましょう」
「ありがとうございます」
ロクがスラム街から出ると再びコクが待っていた。
「ふーん、そういう訳か。で、どうすんだ?」
「明朝に行動を開始するしかない。処刑を止めないと」
「お前一人でか?」
「……いや、今夜中にリチャードと茶々以外は揃う予定だ」
「なあ、協力してやってもいいぜ」
「えっ、ヴァニタスがかい?」
「どうせなら派手にドンパチやらかそうじゃねえか」
「ふむ。一考に値するね。だが一つ条件がある」
「何だ?」
「君の海賊団で空にいる奴らを殲滅してほしい」
「――いいぜ。うちには集団戦専門の奴もいるから、喜んでやるさ」
「ヴァニタス全員に地上で大暴れされても困るんだ」
「へっ、なかなか悪賢いじゃねえか。だが言っとくぜ。これは戦争だ。空が片付いたら都に一斉攻撃を仕掛けるからな」
「仕方ないさ。じゃあ明日」
ロクはアジトの遊園地に戻り、『草』に集合をかけ、集まった十数名を前に話を始めた。
「明朝、西の都に攻め入る。目的は反ドノスの活動家キザリタバン殿の救出だ。尚、ヴァニタスとの共闘となるが、状況によっては敵にもなりうる集団だ。十分注意してかかってくれ」
昼過ぎにケイジ、セキ、むらさき、くれないが遊園地に到着した。
「ああ、来てくれて良かったよ」
ロクがほっとしたような声を出した。
「お前はそんな淋しがりか」
ケイジが茶化すように言うとロクは事情を説明した。
「――なるほど。コクたちと共闘か」
「断ろうか?」
「いや、空にいる軍が地上に降りては厄介だと思っていた。それを殲滅してくれるのであれば使いようだ」
「でもいつ敵に回るともわからない」
「その時はその時だ。ドノスと戦おうというのだ。ヴァニタスが加わるくらいは誤差の範疇だ」
「さすがはケイジだね。安心したよ」
さらに夜になってヘキが、深夜にハクが到着した。
「……コクと共同戦線を張る訳か」
話しを聞いたハクが複雑そうな表情を見せると、盾の中から雷獣が飛び出て言った。
「構わねえじゃねえか。ドノスを倒す方が重要だろ?」
「まあ、そう言えばそうだが――」
「ちょっとハク、その金色の獣は?」
くれないが慌てて言った。
「ああ、彼は雷獣だ。私の頼もしいパートナーさ。元は聖エクシロンのパートナーだった」
「へえ、よろしく。僕はセキ」
「よろしく頼むぜ。ハクの話だとおめえにも異世界獣の仲間がいるんだろ?」
「ヌエの事?留守番してもらってる。連れてくれば良かったなあ。むらさきのミズチもいるし」
「ミズチ?」
雷獣が疑わしげな声を出すとむらさきが答えた。
「ええ。私と一緒に行動をしている子供の龍ですわ。今は外にいますから呼びますわね」
むらさきが声をかけるとすぐに小さな蛟が飛んできた。
「何か用?」
「ああ、ミズチ。こちら、ハクのパートナーの雷獣さんよ」
「よろしく」
蛟が雷獣に声をかけたが、雷獣はなかなかそれに答えなかった。
「――どうやらおれをからかってる訳じゃあねえみてえだ。という事は記憶が戻ってねえのか」
「何だ、雷獣。ミズチを知っているのか?」
ハクが問い質すと雷獣は慌てて首を振った。
「いや、勘違いだ。気にしねえでくんな。それよりそっちの強面の剣士は誰なんだ?」
雷獣に名指しされ、ケイジがゆっくりと近寄った。
「ケイジだ」
「――あんた、強そうだな。以前の世界の記憶があるのかい?」
「以前の世界どころか、今の世界での記憶すらない――雷獣、お前は長生きだそうだから私を知っているのではないか?」
「いや、知らねえ。あんたくらい強い男なら噂になるはずだが、おれは聞いた事ねえなあ」
「何でもいい。思い出したら教えてくれ――」
そこに打ち合わせを済ませたロクが『草の者』の目付、幕(ばく)と一緒にやってきた。
「皆、明日の作戦を伝えるよ――あれ、その金色の動物は?」
「気にしないで。雷獣よ」とヘキが言った。「その前に一分だけあたしの話を聞いてほしいの。あたしは《密林の星》に行ってた。リチャードたちに会うんじゃなくて別の目的よ」
「例の遺跡?」とセキが尋ねた。
「そう、これまでに《不毛の星》、《巨大な星》、《長老の星》、そして《密林の星》と四か所の遺跡を訪ねたわ。どの遺跡にも共通するのはあたしに対して猛烈な憎しみの感情をぶつけてきたって事。多分、それはあんたたち兄妹に対しても一緒よ」
「文月の血筋だけを憎んでいるという事か?」とハクが訊いた。
「そうだと思うわ」
「でも遺跡が憎しみの感情を持つなんて」とロクが言った。
「行ってみればわかるわよ。まるで突き刺すような憎しみ。言い方はおかしいけど純粋な憎しみってああいうものなのね。最初に遭遇した時は意識を失ったくらいだから」
「だったらそこに近寄らなければいいんでしょ?」とくれないが言った。
「言われたのよ。《不毛の星》に住む邪蛇に――ねえ、雷獣。邪蛇を知ってる?」
「知ってるぜ。頭のいい奴だ。奴の言葉なら信用できる」
「邪蛇はこう言ったの。この憎しみを克服しなければならないって。克服した時に初めて新たな地平が見えるんだって」
「何だ、その新たな地平とは?」
「さあ、そこまでは教えてくれなかったわ。まずは銀河にある全ての遺跡を訪ねろって――そんな訳で、とにかくあたしは遺跡を回って自分を鍛えてるの。最近では卒倒する事もなくなって大分耐えられるようになった。マスターしたら皆に教えるから」
ヘキは兄妹の顔を見回してから、離れた場所で蛟と一緒にいたケイジに声をかけた。
「ねえ、ケイジ。何か意見はある?」
「さあ、お前たち兄妹の事だ。私には関係ない」
「……そう」
「じゃあ、いいかな」とロクが言った。「明日の朝の段取りだけど――」
「ちょっと待て」
ケイジが言葉を遮った。
「まだ何かあるの?」
「ロク、お前は西の都だけを攻めるつもりか?」
「うん、キザリタバン殿を救出するのが最優先だからね」
「それではだめだ。四つの都を同時に落とす、そうせねば勝機は見えてこない」
「えっ?」
「ドノスはひどく慎重な男だ。あいつを引っ張り出すには通常のやり方では無理だと言っているのだ」
「……ケイジ、言葉を返すようで悪いけど、着いたばかりのケイジが何でそんな事を言いきれるの?」
ヘキが言い返した。
「――さあ、どうしてだろうな」
「いいんじゃねえか」
雷獣が錆びついた観覧車を見上げながら言った。
「ケイジに従った方が得策だと思うぜ。こっちも人手は揃ってるんだ」
「うん。じゃあケイジの意見を聞くよ。具体的にはどうやって?」
「私たち全員が同時刻に四つの都で行動を開始する、それだけの事だ。それによって他の都から西の都への援軍はなくなり、キザリタバン生存の確率は上がる。そしてどこかの都から王宮に突入できれば、そこからドノスへの突破口が開かれる」
「分担は?」
「――そうだな。西の都はキザリタバンの顔を知っているロクとハク、それに私で当たろう。南はセキとむらさき、東はヘキとくれない、これでどうだ?」
「北は?」
「リチャードと茶々に任せよう」
「ちょっと待ってよ」
セキが口を挟んだ。
「西にはヴァニタスも来るでしょ。コウを消された恨みがあるんだ。僕はあいつらを許さないよ」
「これは私怨を晴らす戦いではない。どうしてもヴァニタスと一戦交えたかったら、自分の持ち場を片付けてからやるのだな」
「――わかった」
「ケイジ、北に人を割かなくていいの?」とロクが尋ねた。
「大丈夫だ。北では何も起こらない。心配なら幕に聞いてみろ」
名指しされた幕は落ち着いて答えた。
「ケイジ殿のおっしゃる通り。北の都の都督ザイマはドノスを裏切るのではないかという見方が強まっております――しかしケイジ殿。何故そのような事まで?」
「わからん。ただそんな気がしただけだ――」
「決まりだね。明日はこれで行動するよ。『草』も再配置するから――じゃあ皆、王宮で会おうね」