目次
1 四つの都
ロクは他の兄妹たちよりも一足早く《享楽の星》に着いた。
ヘキとむらさきとくれない、ケイジはまだ《蠱惑の星》にいて、ハクは《戦の星》から向かっている途中だった。ヘキは遺跡調査で様々な星を回っているらしく、茶々とリチャードは《密林の星》での任務を終え次第、合流する手筈になっていた。
《享楽の星》の周囲の宇宙空間には何隻ものバトルシップが空間に停泊し、来るべき侵入者に備えていた。
連邦議長コメッティーノは未だ公式声明を出していなかったが、昨今の他の星への積極的干渉、『ウォール』を破壊し、《神秘の星》、《獣の星》といった星々の体制を転覆させたのに始まり、《戦の星》の平定、そして銀河でも有数の大物、バンブロスを屈服させ、《祈りの星》から《大歓楽星団》に至る星々を連邦加盟に踏み切らせたそれらの事実が大きな影響を及ぼしていた。
次の目標は《享楽の星》に違いない。公式の場で語られる事はなかったが、交渉事が平和裏に進むとは思われなかった。
そこにあるのは戦い、しかも銀河の歴史の中でも一、二を争う規模の戦いになる、その緊張感がひしひしと伝わっていた。
戦闘用シップではない自作の小型ポッドに乗ったロクは途中で誰何される事もなく、チオニ上空まで到達した。
ポートに停めれば即座に自分の身元が判明する、ロクは思案した挙句に都の南に広がる鬱蒼とした森を東に進んだ所にぽつんとあった原野の近くにポッドを停めた。
ポッドを降りて上空を見上げた。空間の警護はきついが、一旦大気圏内に入ってしまえば空の警護はないに等しかった。船団での襲来には神経を使うが、こういった単騎の上陸は想定していないようだった。
千年前、覇王の船団に襲撃された時のトラウマが未だに残っているのかもしれない、ロクは兄妹、『草』、リチャードにこの情報をヴィジョンで伝達した。
黒々とした森が姿を顕にした。大きな鳥のような生き物が木々の間を伝っているように見えた。
さらに近付くと鳥の鳴き声に交じって人の話し声が聞こえた。
「――こんな森に人が。いや、そんなはずは」
ロクは首を大きく振って森の中に入った。
鬱蒼とした森の中は暗く、涼しく、夜中の墓地に似ていた。ロクが歩を進めると、木の上の方から声がしたが、やはり人の声だった。
「来るぞ、来るぞ、来るぞー」
「『来る』って何が来るんだい?」
おそるおそる声をかけると、しばらくの沈黙の後、声が返ってきた。
「決まってるじゃないか。ドノスを倒そうという力さ。あんたの事だよ」
「どうしてそれを知ってるんだい?」
「あんたも一つの事を千年以上待ってみれば自ずとわかるようになる。さあ、お行きよ。都に入るんだろ。南の都と西の都の間のスラム地区、そこが反ドノスの溜り場だからそこに寄るんだね」
「あ、ありがとう」
ロクは森で聞いた声に従って南の都ではなくそこから少し西に行った所のスラム地区に入った。
饐えた空気の臭いがする雑然としたぬかるみ道を歩いていて不意に呼び止められた。
「おい、見かけない顔だな。どこから来た?」
男が三人、ロクの前に立ちはだかった。通りに並ぶあばら家からも人が数人出てきた。
「ずっと南の森で『こちらに行け』と言われました」
ロクが答えると男たちは奇妙な表情を見せた。
「『忌避者の村』だぞ。いい加減な事を言うな。大体、誰と話をしたというのだ?」
「それが、姿を現さず、声だけ聞こえたもので」
「やはり怪しい。殺されたくなかったら一緒に来い」
ロクは男たちに前後を挟まれるようにして路地の奥に入った。もはや家とは呼べない屋根も窓もひしゃげた家の前で前を歩く男が言った。
「中に入れ」
ロクは男に付いて背をかがめて家の中に入った。灯りのない家の中は鼻をつままれてもわからないほど暗かった。
「怪しい男を捕えました」
ロクを連れてきた男がそう言ってから、声を落し、ひそひそ話をした。どうやら家の奥に座っている男に報告をしているようだった。
「……『忌避者の村』で他に何か言われたか?」
少ししわがれた中年男の声がした。
「はい。『来るぞ』と何度も叫んでいたので問い質した所、『ドノスを倒す力だ』と……そして、それはぼくだと」
「本当か?」
「あれは鳥の鳴き声ではなく、確かに人の声だったように思います」
「質問の仕方が悪かった。そんな事を尋ねているのではない。君は本当にドノスを倒しにやってきたのか?」
「真実を言わないとここから解放してもらえないようですね。ぼくは連邦特殊部隊、ロク文月です」
「お前たち」と闇の中の声はロクを連れてきた男たちに言った。「外で誰も来ないように見張っているのだ」
男たちは出ていき、ロクだけが残された。
「改めて話を伺おう。私はキザリタバン、チオニの反ドノスの活動家だ。まずは無礼な真似を詫びよう、ロク殿」
「いえ、わかってもらえればいいです」
「連邦は公式には何も発表していない。だが最近君のような観光や商用ではない連邦圏の人間が増えていると聞く。私なりに推理してみた所、連邦はこの星を攻めるつもりなのではないかという結論に達した。すでに《蠱惑の星》までその支配下に置いたと言うし、次はこの星の番ではないか。そうだろう?」
「ぼくのような下っ端には何もわかりませんよ」
「下っ端?君は銀河の英雄、文月の血を引く者だ。下っ端ではない」
「ばれてましたか。確かにぼくは連邦の密命を帯びてこの星に来ました。幾度となく送り続けた友好の誘いを無視し、それどころかここ数十年に渡って連邦支配下の星々に間接的に悪影響をもたらしてきた《享楽の星》に対して武力行使に出ようとしているのは事実です」
「具体的にはこの星が何をしたというのだね?」
「まずはマンスール司祭による《巨大な星》での大虐殺、《鉄の星》及び《銀の星》の王室関係者惨殺に関する嫌疑、そしてム・バレロという人物による《青の星》でのネクロマンシー、等々です」
「……それだけでこの星を攻めるのか。少し弱いな」
「シロンの仇討ちでしょうか?」
「それこそおとぎ話だよ。だがドノスが直接手を下した犯罪という意味では一番近いかもしれないな」
「キザリタバンさんは最初に反ドノス活動家だと名乗られました。それこそおとぎ話の存在に対して打倒を訴えているのですか?」
「いや、すまない。おとぎ話と言ったのはこの星に伝わるシロンが夜叉王になって未だにドノスの命を付け狙っているという部分だ。ドノス自身はおとぎ話どころではなく実際に今も生きて、そしてとんでもない犯罪行為を続けている」
「とんでもない?」
「うむ。人体改造実験だ。何前年に渡って人体改造を繰り返しているのだ」
「何のために?」
「永遠の若さを保つため」
「……狂っている」
「ロク殿。このように栄華とはかけ離れた貧しい地区に住んでいるとわかるのだが、行方不明になる人間はざらにいる。それこそ一日に数十名が消えうせる事だってある」
「ではその人たちが?」
「ああ、全てという訳ではないが、多くはドノスの人体実験の犠牲となっている」
「キザリタバンさんは何故それを?」
「それを詳らかにするのは勘弁してもらいたい。命からがら逃げてきた者の告白、見るも無残な姿で息絶えた者の今際の言葉、それらを総合するとドノスは王宮の奥深くで今も人体改造実験を続けているのだ」
「ひどい話ですね」
「ドノスを倒したいという一点で我々の願いは同じだ。連邦はいつ攻撃を開始する予定か、教えてもらいたい」
「まだです。兄妹が六人、それにあと二人の戦士が到着してから行動開始です」
「何と。連邦は十人そこらの人数でドノスを倒そうというのか?」
「考え抜いた結論です。慎重過ぎるドノスを引きずり出すには、かつての戦のように大人数で攻め込むのは得策ではありません。たったの十人であれば相手も油断し、その喉元に刃を突き付ける事ができると考えた上での結論です。もちろん後に連邦の本隊が来ますが、ここまでの移動時間はそれなりにかかります」
「――それでその人数か。君は人数が揃うまでどこで時間をつぶすつもりだ?」
「四つの都の事前調査をしたいと思っていますが」
「であれば我々の知っている限りの情報を提供しよう。君たちの決行の日には我々も呼応して立ち上がる。連絡を密にしたいが、ポータバインドではない手段でできないものだろうか?」
「『草』と呼ばれる隠密集団が数日中にはこの都に潜入します。彼らはその道のプロ、伝令役になってもらいます」
「それはいい。合言葉を決めておこう。『千年の時を超えて』、『夜叉王は来る』、これでいいな」
「結構です。では私は西の都に向かいます。キザリタバンさん、決行の日にお会いしましょう」
「待ってくれ。一つ教えてほしい。連邦の支配下であれば本当に幸福になるのか?」
「キザリタバンさん、まず連邦が目指しているのは『支配』ではありません。言うなれば、『叡智の共有』といった所でしょうか」
「しかしその実態は『七武神』、そして英雄の子である文月家が牛耳っているという話も聞く。それではドノスの支配が文月の支配に代わるだけでないか」
「誤解です。ぼくたちは何も強要した事はない」
「まあ、お手並み拝見だな。かつて閃光覇王の軍がこの都を恐怖に陥れたというが、それよりはましだといいがね」
「期待に添えるよう頑張ります。ところでぼくからも質問、いいですか?」
「うむ、何だね」
「本当にこの星の人々は皆ドノスが存命だと思っているのですか?」
「他の星の人間から嫌と言うほど聞かされているので、単なる噂話でないのはわかっている。だがこの星の殆どの者はそれを認めたがらない。あまりにも長い間、生き続ける人間の存在はあってはいけない事だからな」
「なるほど。ですが繁栄をもたらしているのでしたら、良い事なのでは?」
「ロク殿。この星をこの星たらしめている二つの伝説をご存じか?」
「一つは永遠に生きるドノス。そしてもう一つは都の中心に鎮座する聖なる大樹でしょうか?」
「その通り。銀河でも有数の発展を遂げた星であるにも関わらず、その繁栄の源となるとまるで童話だ。こんな馬鹿げた事がまかり通ると思うかね?」
「しかし大樹に関しては実際にぼくも《青の星》でその奇跡の力を目の当たりにしました」
「それは若々しい樹だったのだろうが、ここにあるのはただの枯れ木だよ。死にかけの大樹にそのような力など」
「……」
「私はね。そんな荒唐無稽な存在ではなく、人による秩序の下での繁栄こそが正しい姿だと思うのだよ。だから秩序を確立させるべく、反ドノス活動に身を投じている」
「――となると、先ほどの連邦に対する思いも?」
「ああ、大いに疑ってかかっている。超人的な力を持った一握りの人間が主導するのであればドノスと同じだ。皆が納得のいく秩序、それこそが連邦の目指すべき将来だとは思わんかね?」
「そう言われると返す言葉もありません」
「はははは。文月の人間はもっとエキセントリックだと思っていたが、君はまともな人間のようだ。私たちも解放してもらう身。これ以上生意気な口は叩かずに共闘させて頂くよ」
「わかりました。ではまた会いましょう」
ロクは宵闇迫る王都チオニの西の都に到着し、中心部に向かって大路をぶらついた。ふと前方に目をやると、人混みの中に一瞬だけ見知った顔が視界を通り過ぎたような気がした。
「……あれ、今のは。でも行方不明だと聞いたけど」
急いでその後を追ったが、行き交う人の波に飲み込まれ、結局その姿を見失った。
「まあ、いいか。ランドスライドがこんな場所にいるはずはないし、見間違いだな」
ぼんやりと大路の辻に立っていると背後で人の気配がした。
「ロク様、葡萄にございます」
「ああ、『草』の頭領だね。どこか落ち着いて話をできる場所はあるかい?」
「この西の都と北の都の間に廃墟となった遊園地がございます。そこで真夜中過ぎに」
それだけ言い残して葡萄は人混みに紛れた。
ロクは気合を入れて西の都から調査を開始した。真夜中に指定された遊園地に行くと『草』が勢揃いしていた。初めにキザリタバンの話と会うための符牒を説明し、次に『草』との情報交換を行った。
それぞれの都に都督と呼ばれる管理官が存在していて、西の都の都督はピーズレーという太った男、一見温厚だが、その実態は極めて陰湿、密告を奨励して自分に刃向う者たちを始末してきた油断のならない人物だった。ビーズレーの抱える私兵の数は約二千。
東はライヤ、髭を生やした強面で、性格もそのままに横暴。私兵の数は約千。
南はアッソス、神経質そうな細面の男で、冷酷。剣の達人のようだった。私兵の数は約八百。
北はザイマ、『銀河一のガンナー』を自称している。詳細については現在調査中。
これ以外に各都督が抱える火砲、それに都の中心部の王宮にいる親衛隊、そして何よりも錬金学士と呼ばれる呪術師たちの実態もまだわかっていなかった。
「大変な軍事力だ。これに更に宇宙空間に待機している大船団が加わる。五千から六千は考えておかなければならないね」
「少なく見積もってですな」と葡萄が言った。「それに対してこちらはわずか九名。お一人で七百名を相手して頂かないとなりません」
「真顔で言う事ではないけどね。キザリタバンさんの兵力もせいぜい相手をかく乱するのが精一杯だと仮定するとそうなる」
「戦闘前までに如何に兵力を弱体化させるか、そして宇宙空間の船団を釘付けにできるか、『草』の腕の見せ所となります」
「なるほど。そうなれば一人当たりの相手は五百名になる。それでもずいぶんと多いけど、やるしかないね」
「その意気でございます。ただドノスは極めて慎重な男。たとえ兵を全滅させたとしてもドノスの首を取らなければ勝った事にはなりません」
「確かに。でも今は決戦の前の敵の弱体化、とにかくそれに全力を尽くそうじゃないか」
ロクが調査を開始してから二日が過ぎた。
前の晩、キザリタバンと葡萄と三人で夜を徹して会議を行い、ロクはそのまま明け方の都に行った。
人がいない大路は閑散としていた。ロクはゆっくりと西の都の端から中心まで歩き、都督庁の警備状況を確認した。
警備の交替の隙を狙って、城壁の厚さを調べていたロクの背後に人が立った。
「おい、何をしてる?」
背後から肩を掴まれ、動けずにいた。今、計画が露見してしまうのはまずい、ロクは懐に忍ばせた短刀に手を伸ばす機会を窺った。
「はははは、俺だよ。そんなに殺気をほとばしらせるなって」
ロクは聞き覚えのある声にゆっくりと振り向いた。
「……コク」
「早朝から感心じゃねえか」
「何故ここに?」
「どうしてかって。お前らと同じ目的、いや、同じじゃないか。お前らが邪魔立てするならお前らも潰すからな」
「どうやって来たんだい。警護がきつかったろ?」
「茶々がくれた” Make-believe ”のおかげさ。誰にも気付かれずにここまで来られた。この石は本来あいつが持つべきなのにな」
「……ドノスを討つんだね?」
「さあな、興味があるのはドノスが持っているという噂の石だけだ。それさえ手に入れれば、後はどうなろうが知ったこっちゃない」
「共闘もありえるって事だね」
「場合によりけりだな。それより注意した方がいいぞ。近々、全ての都で反ドノス勢力の一掃が行われるらしい。捕まらないようにしろよ」
「ありがとう、コク」
「勘違いすんなよ。俺たちだけでドノスの石に到達するのはまず無理だからお前らに便乗しないとな。だから騒ぎを起こしてくれなくちゃ困るんだよ。じゃあな」
コクはそれだけ言って夜明けの大路に消えた。