目次
1 むらさきの冒険
ケイジたち一行はダダマスの町に戻った。ルパートの姿はどこにもなく、ケイジはヨシュに命じて一軒の宿屋を用意させた。
バフの葬儀を済ませ、早速、星の復興に取りかかるというヨシュ、ティール、トーラたちと別れ、ケイジたちは宿屋で食事を取った。
食事も終わり、宿屋の食堂にはケイジ、セキ、むらさき、くれない、そして最初に会った時の大きさに戻った蛟が会した。
むらさきが話し出した。
「どこまでお話をしましたかしら。異世界の大公の城まででしたわね――
【むらさきの回想:『死者の国』(続き)】
――連れていかれたのは王宮のような場所で、そこだけまるで時間が止まったかのようでした。いえ、実際に時間は流れていなかったかもしれません。
だだっ広い広間の中央で家臣たちに傅かれて物憂げに寝そべる全身黒衣の男性がマックスウェル大公でした。
大公はルパートに連れられて広間に入った私を認めると片方の眉をほんの少しだけ吊りあげ、姿勢を正してこう言いました。
「お出ましか」
私は自己紹介もそこそこに「訳がわからない」と答えました。
「おいおい説明してあげよう。私の名はマックスウェル。この異世界の大公と呼ばれている――異世界についてはどれほど詳しい?」
「……ほとんど何もわかりません」
「母親から聞いておらんのか」
「母が異世界の出身だという事は知っていますがそれ以上は」
「君の母は『経方仙』と呼ばれたモラリナスの娘だ。モラリナスは人格者だった」
「私のおじい様に当たるお方ですね」
「うむ、だが会う事は叶わない。モラリナスはすでにこの世を去っている」
「では『死者の国』に?」
「少し違うが――それより君は何故ここに導かれたかを知りたくないか?」
「里帰りでしょうか?」
「いや、むしろ君の父親、リンとの約束を果たすためだ」
「――約束、ですか?」
「かつて私は君の父を助けた。肉体を失い、『死者の国』に飛び込む寸前だった魂を救い上げて、再び肉体の衣を纏わせてやったのだ」
「……それはありがとうございます」
「冥府の王でもない私が、異例の計らいで君の父親を救った――」
「マザーの頼みだったのですね?」
「察しが早い――彼女はこう言った。『この先の楽しみを奪われたくないならリンを復活させるのだ』と。私が断れないのをわかっていたのだろう。しかしこの箱庭に手を出さないという私の矜持はひどく傷つけられた」
「――ですが言い伝えでは大公は聖サフィもお助けになられたのではありませんか?」
「あの時はあくまでも忠告だけだ。直接手を下した訳ではない――私は手を差し伸べる代わりにリンにある条件を承諾するように迫った」
「それは?」
「条件とはリンの子供の一人をこの異世界に差し出す事だ」
「それが私ですか?」
「最近、《青の星》に行き、君の兄妹に会ったがどうやら彼女ではなかった」
「ヘキですね」
「彼女の背負っているもの、それはそれで非常に興味深かったが、ここに連れてきては彼女のやろうとしている事が達成できなくなる」
「最後に連絡があったのは銀河を離れる少し前、『遺跡』について何か言っていましたわ。それがやろうとしている事かしら?」
「気にしなくていい。それよりもこれからここで君がするべき事について話そう――その前に食事でもどうかね?」
食事までの間、蛟と私は別室で時間をつぶすように言われました。
「ミズチ、ごめんなさいね。私の個人的な事情に巻き込んでしまって」
「……いや」
「どうしたの。元気がないわ」
「無関係でここまで来るはずがない。これはきっと――」
「あなたにも関係があるという事かしら。でもそれだったら王先生のいらっしゃる《煙の星》の方が」
「まあ、そのうちわかるさ。今は大公の言葉に従っとこう」
玉座の間とは別の豪勢な部屋での食事でした。大公とルパート、そして私で席を囲み、蛟は少し離れた場所に座っていました。
「ところで先ほど途中まで言いかけたが、君が為すべき事について改めて説明しよう」
上機嫌な大公が口を開いた。
「何、さして難しい事ではない。君の力を持ってすればいとも容易いはずだ。君がこの異世界の住人として十分やっていけるのを証明するだけなのだからね」
「大公、それは具体的には何でしょう?」
「『死者の国』に行ってもらいたい」
「『死者の国』ですか?」
「うむ、知っているかどうかわからないが、未だかつて『下の世界』の住人で『死者の国』に行って無事戻ったのは数人しかいない。一人目はサフィ、もっとも彼はその時に片足を失い、髪は一瞬にして白髪となった。二人目は君の母の一人である沙耶香の父、須良大都、だが彼も肉体はぼろぼろになり、ようやく生き永らえているような有様だった」
「そして私の父ですね?」
「すでに話した通り、肉体は滅びていたがね――どうだね、ここまでで何か気付いた事は?」
「私に縁ある方ばかりと申し上げたい所ですが聖サフィがいらっしゃるし……皆様、ひどく傷ついてここに来られたという事でしょうか?」
「それはそれで間違ってはいない。もう一人、君の祖父、文月源蔵もここにやって来たが別に負傷していた訳ではなかった」
「――わかりましたわ。皆様、ご自分の意志ではなくここに来られた」
「その通り。『死者の国』に行った、あるいは行こうとしたのは自分の意志とは関係ない。そこで君には自らの意志で『死者の国』を渡ってもらいたいのだ」
「何故、それが必要なのですか?」
「そろそろそういう人間が現れてもよかろう、というのでは説明になっていないな。では正直に伝えよう。これは君とそこにいる蛟のためだ」
「……マザーが目を覚まされた事、シップがここに立ち寄った事、ミズチが一緒にいる事、それら全てが偶然ではなく必然なのですね?」
「さすが、物分りがいい。君も兄弟のセキ君やコウ君のように覚醒しなければならない。それが歴史の必然。そのためには『死者の国』を越え、『聖なるLife』に目覚めなければならないのだ」
「断る事はできないようですわね。でもミズチまで」
「彼もまた成長しなければならない」
私はそっと蛟に視線を遣りました。蛟は黙ったまま頷いてくれました。
「――では早速出発しましょう」
「ルパート」と大公が声をかけました。「入口まで案内して差し上げるといい」
城のすぐ裏手では黒い闇が大きな口を広げていました。
「ここから『死者の国』に行けます」
ルパートが静かに言いました。
「もうこの世界には慣れたかと思いますが、ここでは時間や空間はあまり意味を持ちません。つまり強く思いさえすればそこに『死者の国』の入口が開けます――」
「それですと戻るのも自由という事になりませんか?」と私は尋ねました。
「それでは試練になりません。こうしてわざわざ大げさな入口をお見せしたからには、それに見合った内部の大きさがあるとお思い下さい」
「中は広い空間なのかしら?」
「それを申し上げてはいけないのですが特別です。お教え致しましょう。まず入ってすぐにあるのが『混沌の渦』、まだ生前の世界への執着が消えず、未練を持つ幾多の魂が文字通り渦を巻いている巨大な空間です。そこを越えると『茫洋の奔流』、サフィの髪の毛を一瞬にして白く変えた転生に備えた魂の流れる場所です。そしてその先が『無知の大海』、ここでは魂たちは静かに転生の時を待ちます。そして――
「――聖人の告解室」
突然蛟が声を上げ、ルパートはにこりと笑われました。
「そう、最後に『聖人の告解室』、今回のあなたの最終目的はそこにある『聖なる槍』と『聖なる盾』をここまで持ち帰る事です」
「ルパート様、貴重な情報をありがとうございます。でも何故、教えて下さったのですか?」
私が礼を言うと、ルパートは指で顎の先を軽く叩きました。
「大した情報ではありません。お教えした所で危険がさほど減る訳でもありませんし。あなたには是非無事に戻ってほしいのですよ。無事戻ってこられたその暁には――」
「何かあるのですか?」
「いや、戦士として覚醒されるという意味です」
「そうなるといいですわね。本当にありがとう。非常に有用なお話でしたわ」
「では、どうぞご無事で」
純白の出で立ちのルパートは背中を向けて城に戻っていかれました。
『死者の国』の入口で蛟が言いました。
「――どうやらルパートはむらさきを好きみたいだな」
「まあ、ミズチったら何を根拠にそんな事を言うの?」
「普通わかりそうなもんだろう。セキといい、文月の家系は鈍いな」
「そうかもしれませんわね――では中に入りましょうか」