7.5. Story 3 交わる場所

 Story 4 『死者の国』の試練

1 捻じれた天地

 セキたちはルゴスキーの教会から外に出て、ダダマスの方角を見上げた。
 天地が捻じれている、そう表現するのが一番しっくりくるダダマスの街は空に浮かんでいたが、その形は妙に捩れていて、中には逆さまに浮かんでいる建物もあった。街の下には不気味な黒雲がもくもくと湧き上がり、その下に唯一、どっしりと建って見えるのがバンブロスの居城だった。

「あのように不吉な光景は見た事がありません」
 一緒に外に出たルゴスキーが言った。
「確かに尋常な光景ではないな。近くには行ってみたか?」とケイジが尋ねた。
「はい、何度か。あのように遠目から見るとおかしな状態ですが、近づいてみれば普段通りのダダマスの市街があり、その奥にはバンブロス城がございました」
「異次元が入り込んでいるのか。何も変わった点はなかったのだな?」
「はい……いえ、一つだけございました。バンブロスの城の背後はホールロイ鉱山のある山なのですが、その山がぽっかりと消えてなくなり、真っ黒な深い穴が見えました」
「――なるほど。では行くか」
「どうぞお気を付けて」

 
 歩き出すと間もなく道は三本に分かれた。一番左と中央の道は目の前の山を越えていかないといけなかった。ルゴスキーが言った消えた山というのはおそらく目の前の山の奥にあったのだろう。一番右は比較的なだらかな道で、途中が山に挟まれた切通しになっていた。
「トーラ、どっちを行くのがいい?」とケイジがトーラに尋ねた。
「そうですね。一番右の道がいいでしょう。私や私の古くからの知り合いたちは切通しの右手の山の中腹に暮らしていますので、気付けば山を降りてくるかもしれません」
「そうしよう」

 右の道を選んで間もなく、くれないが突然に立ち止まった。
「ねえ、左手の山の麓で誰か手を振ってる」
「うむ。本当だ――トーラ、あれがお前の古くからの知り合いか?」
「……いえ、そうではありませんな。背中に翼がありません」
「誰だろうな」
 ケイジが言うよりも前に、セキとくれないは左の山に向かって歩き出していた。

 
 姿がだんだん大きくなり、その容姿がはっきりとしてきた。裾の長いジャケットに真っ白なフリルシャツを着た中世の貴族のような品の良い男だった。
 一行が着くと、男は気障な鼻の下の細い髭を触りながら言った。
「お待ちしておりました」
「私たちが来るのをわかっていたというのか。お前は誰だ?」とケイジが言った。
「隠し事が苦手な性質なので正直に申し上げましょう。私はオシュガンナシュ、Arhatです」

 セキもくれないも皆、言葉を失って黙った。
「どうしました?」
 オシュガンナシュがいたずらっぽく笑いながらセキに尋ねた。
「――創造主に会うの初めてだから」
「なるほど、実は私も滅多に『下の世界』には来ないので、こうして被創造物たる方々と話すのは久々です」
「その滅多にお目にかかれない貴重なお方が何か用か?」とケイジが問いかけた。
「ですからここでお待ちしていたのです。ケイジさん」
「被創造物の名前は当然、知っている訳か」
「いえ、あなた方は特別ですよ。特にケイジさん、あなたはね」
「いちいち気に障る物言いだな。早く用件を言ってくれ」
「わかりました」

 
 オシュガンナシュは手にしていた乗馬用の鞭でブーツの踵の泥を落しながら話し始めた。
「あなた方はこれからダダマスに向かい、バンブロスを討とうとされていますね?」
 一行は黙ったまま頷いた。
「あの男は鉱山を掘り進む内に異世界との境目を突き破ってしまったのです。それが遠目から見たダダマスの姿、あちらの世界とこちらの世界とが混在している状態です。わかりますか?」
 しばらく間があってから一行は再び頷いた。
「世界が混在した結果、色々と良くない事が起こりました。一つは異世界の金属ローデンタイトがこちらの世界に露出した。これが何をもたらしたかは、すでにあなた方のご兄妹が《エテルの都》で体験されているはずです」
「……亡霊剣士?」とくれないが答えた。
「そうです。硬いだけでなく空間を自由に行き来できる特質を備えた金属ローデンタイト、こちらの世界に存在してはいけない代物です。そしてもう一つはモサン・バンブロスと異世界のチェントロ男爵が意気投合した事です」
「チェントロ……誰ですか?」とセキが尋ねた。
「バンブロスが掘り進んだ先がたまたまチェントロ男爵の居城の近くだったのです。それまでこちらの世界に興味などなかったチェントロはモサン・バンブロスに協力、いや、その言い方はおかしいですね、バンブロスを支配しているのですよ」

 
「それで我々にどうしろというのだ。そのチェントロだけには手を出すなとでも言うつもりか?」とケイジが言った。
「いえ、その逆です。モサン・バンブロスだけでなくチェントロも消滅させて頂きたいのです。あの男はマックスウェル大公に対抗心を燃やしているようですが、如何せん品がない。あのような野卑な人物に価値はありません」
「創造主よ」とケイジが言った。「我々にそのような大それた真似ができるものか。『上の世界』の者は、独特の寿命を持つ、つまりは不死身のようなものだ。違うか?」
「その点についてはご心配なく。異世界から大公の弟、プリンス・ルパートともう一人、あなた方のよく御存じの方が来られて手を下しますので、チェントロ消滅に関してはその二人をサポートして下さればよいだけです」
「――空間を繋ぐ創造主としては責任問題か?」
「いえ、別に。普段であればそのまま放置しておきますが、今は大事な時。下手に雑音を立てられても困りますので」
「大事な時、それは――」

 ケイジが言いかけた時、セキが声を上げた。
「あっ、” Worm Hole ”の石はこの人の力だね。よくもコウを」
「私に当たるのはお門違いですよ。石は使う者次第。大抵の人間はおかしな事に使ってしまいますけれどもね」
 セキは悔しそうに下を向いた。
「私もそれなりのお礼をしないといけないと思っています。これを」
 オシュガンナシュは懐からきらきら輝く石を取り出した。
「Arhatヒルの力、『全能の石』、” Doublecross ”を差し上げましょう」
 投げて寄越された石をくれないが受け取り、肩から下げた熊のアップリケの付いたポシェットに大事そうにしまい込んだ。

「さて、よろしいですか。私は帰ります――しかし実に楽しいですな。こうして協力して戦うあなた方、師匠と弟子の関係のあなた方を見るのは感無量です」
 オシュガンナシュの姿はその場からかき消すようになくなった。

 
「ケイジ、どうするの?」とくれないが尋ねた。
「どうもこうもない。ルゴスキーの頼みだ。バンブロスを討つ。チェントロという男が邪魔をするのであれば、それも討つしかない」

 
 一行は元の右手の山道に戻った。切通しの中を歩いていると空に黒い点が浮かび、それがどんどん大きくなった。武装した『空を翔ける者』の一団だった。皆、トーラと同じようにコウモリのような灰色の翼を持っていた。
「……トーラではないか。久しぶりだな」
 空に浮かぶ一団のリーダーらしき男が声をかけた。
「ティール。お変わりないようで何よりです」
「地上を歩いていたのでお前とは思いもしなかった。しかも連れの方々の強そうな――」
 ティールは一行を見回してセキの背中の大剣に目を止めた。
「その剣は……そうか。ついに遺物の持ち主が現れたか」
「ティール、紹介しておきましょう。『鬼哭刀』を手にしたケイジ殿、銀河一の剣士です。そして『グラヴィティスウォード』はセキ殿、『スパイダーサーベル』はくれない殿、どちらも銀河の英雄、リン文月の息子さんたちです。そして私の古くからの友人、《獣の星》のバフ」

 
 ティールたちは地上に降りて一行と固い握手を交わした。
「ティールと申します。この星でバンブロスの圧政に抗うべく活動をしております」
「私たちも今からバンブロスを討ちに行くのですよ」
「本当か。斯様な勇者たちにお越し頂き、本来はもっと喜ばないといけないが……遅かったかもしれない」
「それは一体?」
「モサン・バンブロスは悪魔と契約をして恐ろしい力を手に入れました。以前、デズモンド・ピアナという冒険者が来た頃でしたらまだ戦う術もありましたが、今となっては無理な相談です」

「ティール」とケイジが声をかけた。「具体的にはどういう力だ?」
「モサン・バンブロスは異世界の魔物たちを呼び寄せました。腐った息を吐く龍たちです。それだけでなくローデンタイトという異世界の金属で武装した騎士たちを身辺に配置し、人を寄せ付けません」
「……それが亡霊剣士?」とくれないが呟いた。
「そう呼ぶのですか?私たちはただローデンタイトの戦士と呼んでおります」
「チェントロという男がいなかったか?」
「……チェントロ……もしかするとあの魔術師がそうかもしれませんが、実力のほどはわかりません。私の仲間たちも城の入口まで到達するのがやっとの有様で、皆、倒れました」

「ふむ、遺物の試し斬りには不足ない相手だな」
 ケイジの言葉にティールはぎょっとした表情になった。
「恐ろしくないのですか?」
「恐怖というのは未知の物に対する感情だ。向こうも我々を見れば同じ感情を抱く。だから考えても仕方がない」
「……さすがは遺物を授かるだけの事はあります」

 ティールは仲間の方を振り返った。
「なあ、皆、もう一度勇気を奮ってバンブロスを討とうとされる勇者の方々をお助けするぞ。城やホールロイで亡くなった多くの仲間や『地に潜る者』のためにも戦おうではないか」
 ティールの言葉に応えるように空を翔ける者たちから歓声が上がった。
「ダダマスの街中に入ったら私たちが敵を城からおびき出しましょう。できる限り相手の戦力を分散させた方がいい」
「感謝しますぞ――ではケイジ、ダダマスを目指しましょう」
 トーラの掛け声に従って一行も山を登った。

 

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