目次
1 ようこそ、《大歓楽星団》へ
セキたち一行は《大歓楽星団》、そこは実際には複数の星団から構成されていた、に接近した。
進んでいくと巨大なコマのような形をしたステーションが見え、シップにアナウンスが聞こえてきた。
「星団にお越しの方は必ず当ステーションにお立ち寄り下さい。星団の中は乗って来られたシップの使用は禁止されておりますので、こちらで専用の観光シップに乗り換えて頂きます――」
「……よくわかんないな。トーラ、どういう意味?」とセキが声を上げた。
「セキさん、星団とは言うものの四つの異なる星団に属する《幻惑の星》、《魅惑の星》、《誘惑の星》、《蠱惑の星》から構成される人為的なエリアなのです。それぞれの星の間を行き来するには必ず観光シップを利用する事によって所属する星々の間の利益分配を明確化しようという狙い、それに下手に武器兵器の類を持ち込まれても困るという理由もあるのです」
「なるほどね。シップを預ければいいんだね」
ステーションにシップを停め、アナウンスに従って総合案内所を目指した。
広場の中心に円形のカウンターが設置されていて、その奥には行先別ゲートが伸びていた。
かなりの人がいたが、皆すでに行先は決まっているのか、中央の案内所には寄らずにそれぞれのゲートに向かっていった。
セキたちはとりあえず案内所で様子を聞く事にした。
「つかぬ事を聞くが――」
ケイジが声をかけるとカウンターの中の女性は事務的に話し出した。
「ああ、《幻惑の星》行でしたら一番左のゲートに進んで下さい。次の出航は――」
「いや、まだどこに行くか決めていなかったのだが普通はそこに行くのか?」
「これは失礼しました。てっきり里帰りされる方だと思いましたので」
「――なるほど。昔からよく言われ続けたワンガミラの故郷についに来た訳だな」
「あの、『沼地に住む人』ツアーはオプションで、通常はワンダーランドツアーだけとなっております」
「ふむ。急いで決めなくてもいいのだろう。まずは人と会わなくてはならんのだ。ミーティングスポットはどこだ?」
「あ、はい。このステーションの上部に展望レストラン及びカフェがございます。皆様、そこでお待ち合わせされます」
「わかった。ありがとう」
一行は上階にある展望レストランに行き、くれないをすぐに発見した。もえが選んだ超ミニスカートを履いて、こちらに背を向ける男性とソファに腰掛けて楽しそうに話をしていた。
「くれない」
セキが声をかけるとくれないは立ち上がった。
「セキ、それに皆」
くれないが立ち上がったのを見て、背中を向けていた男性も立ち上がり、こちらに顔を向けた。
「この人はイサ。ステーションの最高責任者だよ」
イサはぴょこんと頭を下げた。あまり風采の上がらない小男だったが、指にはぎらぎら光る指輪を幾つもはめていた。
くれないはイサにセキたちを紹介していった。
「いやあ、最高責任者って言われましてもねえ。今までがたまたまいい時代だっただけでね。『ウォール』もなくなっちまって、ここを通る人の数もどうなりますか」
イサの言葉にセキは頭をかいて謝ろうとした。
「いや、いいんですよ。今もくれないちゃんから連邦に加盟した場合のメリットやデメリットを聞いて色々とシミュレーションしてました。まあ、連邦加盟はあっしの一存じゃ決められませんが、個人的にはそろそろ加盟する頃合なんじゃねえかって思ってるんです」
「くれない、いつここに着いたんだい?」とセキが尋ねた。
「昨日だよ」
「もしかしたらずっとイサさんを拘束してるの?」
「いや、セキさん、いいんですよ。何しろびっくりするくらい可愛い子が一人でステーションに来たんで大騒ぎですよ。それで一人のスタッフがプリントを調べたら、連邦民、しかも銀河の英雄、リン文月のお子さんじゃないですか。こりゃ、責任者のあっしがお相手しないと笑い者になりますよ」
くれないは得意げな面持ちで話を聞いていた。
「父さんはね、連邦の外でも有名みたいだよ」
「うん、そうみたいだね」とセキが答えた。《念の星》でも《魔王の星》でも名前を言うだけで相手の態度が変わったもん」
「イサはジェニーのお母さんやJBも知ってるんだって」
「昔の話ですよ。デズモンドやGMMは惜しい事をしましたが、いい奴らでしたね。あん時の約束がもうすぐ果たされるんじゃないかって思うと、あっしは感無量ですよ」
「……?」
「あ、すいません。これは後で話します」
「ところで皆さん」
カフェで全員にお茶が行き渡ったのを見計らってイサが話し始めた。
「行先は決めてるんですか?」
「さっき、下の案内所で《幻惑の星》と言われたが」とケイジが答えた。
「そりゃケイジさんを星に暮らすワンガミラと間違えたからでしょ。でもよく見りゃ、トーラさんも《蠱惑の星》の『灰色の翼』の奴らに似てまさあね」
「ほぉ、よく御存じですな。二十年ぶりの里帰りです」
「……行くな、とは言いやしませんけどね」
「何か問題でも?」
「ええ、最近のバンブロスはいよいよおかしくなってます。天地がひん曲がった事件は聞いてますか?」
「いえ、聞いておりませんが」
「今も《蠱惑の星》ツアーだけはお薦めしてないんですよ。正式に中止したいんですけどバンブロスは大物なんでね。ムスクーリの所のミラも『それほど危険じゃない』って言いますけど、どうなんだか」
「話が理解できないな」とケイジが言った。
「今のはあっしの独り言なんで聞かなかった事にして下さい。まあ、この星団、このシステムも曲がり角に来てるってのだけわかってくれればいいですよ」
「何故、そのような内情を私たちに?」
「あれ、連邦加盟のために色々な星を回ってるんでしょ。『ウォール』をぶっ壊して、《念の星》や《魔王の星》を連邦加盟させたのと同じように、ここの四つの星も必要とあらば荒療治を施してでも連邦に加盟させるんじゃないんですか?」
「誰かがそんな事を言いましたか?」
「いや、くれないちゃんと話してたら、そんな気がしたもんで」
「くれない」とケイジが言った。「お前の気持ちはわかる。確かに連邦加盟の星を増やすのはコメッティーノ議長の望み、最大の敵、《享楽の星》を討つためにこの星団の協力は不可欠だ。だが今回はトーラとバフにとっては里帰り、私にとっては記憶を取り戻すための旅なのだ。好んで荒っぽい事をしに来た訳ではないぞ」
「えっ、でもイサが言うように《蠱惑の星》は危険な状況でしょ。トーラにしたって放っとけないんじゃないの?」
「その通りですが、それは私個人の問題。皆さんを巻き込もうとは思いません」
くれないに問われたトーラは浮かない面持ちで答えた。
「えー、そんなのだめだよ。ねえ、セキはどっちなの?」
くれないに話を振られたセキは回答に困った。
「……うん、全部やっちゃえばいいんじゃない?」
「セキ、そんなどっちつかずではだめだ。お前が連邦の意向を重視するならそれも結構、だがその場合、私は――」
「はいはい、そこまでにしましょうや」
ケイジの言葉はイサの拍手で遮られた。
「ステーションでこれだけもめる人たちもそうはいません。新婚旅行だったら間違いなく『ステーション離婚』ってやつですよ。ここは一つあっしに任せちゃもらえませんかねえ」
「任せる、というのは?」
「あっしが皆さんの旅の行程を計画します。皆さんにはそれに従って星を回って頂きますから」
「ああ、それはいいね」とセキが言った。「イサさん、どんな行程?」
「まずは《幻惑の星》に行ってン・ガリっていうワンガミラの親玉に会ってもらいます。これはケイジさんの記憶に関係する行程です」
「ふむ、それで?」
どうやらケイジも興味をそそられたようだった。
「次は《魅惑の星》のミラ・ムスクーリに会ってもらいます。ミラはバンブロスと並ぶ実力者、これは連邦にとって必要な行程です」
「そして《誘惑の星》、ここはどうでもいいんですがシロンの志を継ぐための通過儀礼だと思って下さい」
「……ん、……シロン」
「最後が《蠱惑の星》です」
「《蠱惑の星》は危険だと言ったではないか。何故、そんな危険な場所に行かせようとするのだ?」
「そりゃあ――シロンの遺物を手に入れて頂くためですよ」
沈黙が訪れた。
「イサ。後半部分の『シロンの志』や『遺物』、その目的は何だ?」とケイジが尋ねた。
「――それはあっし、いや、この星々の住民の想いです。《享楽の星》のドノスによって貶められたシロンの霊を慰め、仇を討つのは皆の悲願です」
「まるでそれをするのが私たちのような物言いだな?」
「そうですよ。以前デズモンドたちが来た時にもそれをお願いしたんですが、デズモンドは『それを行うのは将来の人間だ』って言いました。あっしは今がその時だと信じてます。皆さんがシロンの仇を討ってくれるに違いない。遺物は三振りの剣ですから忘れずに手に入れて下さいよ。山の麓の教会のルゴスキー神父に言っておきますんで」
「《蠱惑の星》のバンブロスはどうなるんでしょう?私にとっては大問題ですが」とトーラが言った。
「ああ、それは……正直言ってあそこの状況がわからねえんです。ダダマスが天地逆さまになったとか、魔界の剣士が出現するとか、嘘か真かわからない情報しか来ないんですよ。ですからあそこについてはお任せします。なあに、遺物さえ手に入れればバンブロスなんて一捻りですよ」
「結局はイサの意向が強く反映された行程のように思えるが」とケイジが言った。
「まあ、いいじゃないですか。貸切のシップを手配しますし、食事も宿もこちらで持ちますから」
「いや、GCUを気にしているのではない」
「いいんじゃない、ケイジ。僕、新宿の時は別の場所にいたから師匠の実戦をこの目で見たいよ」
「セキ、まるで戦いを前提としているようだな」
「そんな事ない、ない」