7.5. Story 1 記憶を辿る旅

 Story 2 シロンの志

1 旅立ちの刻

 

人斬りの血

「それではお達者で」
「うむ。あまり気に病むな。奴らを殲滅できなかったのは心残りだが相当に弱体化はさせた。何かあったとしてもティオータとサンタがいる――ではな」
 釉斎との別れを済ませ、ケイジは地下の広間に一人残った。

 しばらくすると《獣の星》から戻ったセキがやってきた。
「ああ、ケイジ。《魔王の星》で僕が会った男の人の事、思い出した?」
「フラナガンと言ったか。記憶にないな。確かに『私を知っている』と言ったのだな?」
「うん、それでヘッティンゲンに会えって」
「そちらにも記憶がない。本当に私はその者たちと共に外の宇宙から来たと言ったのか」
「うん。あんなに遠く離れた場所でこの星にいるケイジの名前を出して、ましてや嘘つく理由も見当たらないよ」

「確認が必要だな。ところでセキ、門前仲町は元気か?」
「あ、うん。今も皆で昼食を取ってきた」
「ヌエは?」
「今は遠野。この季節は妙に感傷的になるんだって」
「変な生き物だ――門前仲町には美木村もいたか?」
「えっ、美木村さん。出かけにすれ違ったと思うけど」
「セキ。久しぶりに散歩にでも出かけんか」
「構わないけど気配は消すんでしょ?」
「当り前だ。この星は結局姿形の異なる他者を受け入れるまで進歩しなかった」
「うん――」

 
 セキとケイジは木場公園近くの出口から地上に出た。ケイジは気配を消したまま歩いていたので、聞こえてくる話し声でセキはおおよその位置を判断した。
「桜の季節がやってきたな」
「早いもんだね。僕が初めてこの星に来たのが去年の三月だったから、もう一年経つよ」
「この木、桜を八十年に渡って見てきた。震災の廃墟に咲いた桜、世間が戦争へと向かい、若者がいたずらに命を散らしていった時代の桜、再び廃墟の東京に咲いた桜、復興に向けて誰もががむしゃらに働いていた頃の桜、世界で最も裕福な国の一つになり、皆が浮かれていた頃の桜……今年の桜はどういう時代に位置づけられるのか」
「ケイジは詩人だね。そうだなあ、今年は『蘇った魔の後のつかの間の平穏に咲く桜』かな」
「そういうお前もなかなかのものだ。つかの間の平穏か、そうかもしれんな。自分の日常がいかにもろく崩れ落ちるかを世界中の人間が実感した。もう元には戻れない」
「あ、そうだ。ケイジ、『ネオ』でも桜が咲くんだよ。でもあっちの桜はヤマザクラとかの原種ばっかりだから様子が少し違うんだ。ここの桜はたった一本の親木からできてる、クローンなんでしょ。何だかすごいよね」
「染井の吉野桜か。それだけという訳でもないが、少なくともこの国を見守り、励まし、癒し続けてきたのはソメイヨシノだな」
「今日のケイジは感傷的だなあ――ところでどこに向かってるの?」
「戻って来たばかりで悪いが門前仲町だ」

 
 門前仲町の『関東丸市会』の屋敷の門をくぐると中庭に美木村がいた。
「よぉ、セキ。早いお帰りじゃねえか。一体どこに――むっ、誰かいやがるな」
 美木村が日本刀の柄に手をかけたのを見てケイジが気配を戻した。
「……どういう事だ、こりゃあ」
「美木村義彦。お前に会いたいと思っていた。私はケイジ、セキの師匠だ」
「――あ、あんたがケイジさんか。銀河系で一番の剣の腕前っていうあのお方か」
「自分から言い出した訳ではないがそういう話になっている」
「今日は何のご用で?」
「何、お前とそして伝右衛門さんと話がしたくてな。セキに案内してもらった」
「えっ、案内って、ケイジ、道知ってたじゃない?」とセキが言った。
「当り前だ。八十年もこの東京に住んでいる。知らない道などあってたまるか」
「あの」と美木村が緊張した声を出した。「お嬢さんもいやすけど」
「ああ、もえにも久しぶりに会っておくか。二人を呼んできてくれないか」

 
 美木村が伝右衛門ともえを呼んだ。めっきり足腰が弱くなった伝右衛門はもえの押す車椅子に乗って現れたが、ケイジの顔を見て一瞬ぎょっとした表情を見せた後、すぐに笑顔に変わった。
「あんたがケイジさんかい。ずっと会いたいと思ってたんだよ」と伝右衛門が声をかけた。
「弟子たちが色々と世話になったので本当はもっと早くに挨拶に伺わなくてはいけなかったが、この姿形ゆえ――」
「もう堅苦しい挨拶はいいから」ともえが言った。「どうする、ケイジさんもセキも上がる?」
「いや、縁側でいいや。今日は肌寒さも感じないし、ここで並んで桜を見ながら話をしようじゃねえか」

 
 車椅子から降りた伝右衛門を中心に右にもえとセキ、左に美木村とケイジが縁側に並んで座った。
「しかし何だってまた、急にわしに会おうなんて思ったんです?」
 年の割に若々しい声で伝右衛門が尋ねた。
「最初の弟子、大都が世話になり、二番目の弟子、リンも縁があり、今の弟子、セキもこうしてもえと添い遂げようとしている。師匠として一言礼を言っておきたかった」
「へえ、まるで今生の別れのような言い方をされますな」
「私は間もなくこの星を離れ、そして二度とここに戻る事はない」
「生まれ故郷が恋しくなったんですかい?」
「おじいちゃん、ケイジさんは過去の記憶が一切ないのよ」ともえが慌てて言った。
「いや、いい、もえ。私は震災の時に目覚めたが過去の記憶を失っていた。それから八十年、この星のためにだけ生きてきたが、そろそろ自分自身を探す時が来たのだと思う」
「……そりゃあ結構なこったが、わしらにそんな話までして、ただの挨拶だけって事はねえんでしょう?」
「うむ、頼みがある。散々世話になっておきながらこの上、更に物を頼むのが甚だ厚かましいのは――」
「ケイジさん、いつも言ってるじゃない。この星を守るのはこの星の人間の仕事だって。この家が頼りになるって事でしょ。誇らしいわ、ねっ、おじいちゃん」
 伝右衛門は孫娘にはてんで甘いようで、にこにこしながら「うん、うん」と頷いた。

「承諾してもらえたようで安心した。ではまず私がここ八カ月、ちょうどセキがこの星に来て以来、やってきた事を話そう――私はこのような風体、当然、この星の人間ではない。八十年前に目覚めて以来、東京の地下にある組織で生活してきた。組織の名は『パンクス』、ティオータやサンタという名を出せばわかってもらえるだろう」
「おお、浅草の藤太に渋谷の三太か。そうかい、確かこの星の人間じゃねえってデズモンドさんが言ってたような気がしたな」
「伝右衛門さん、その通りだ。デズモンドも日本にいる時には大都と一緒に暮らしていたが、しょっちゅう顔を出していた。その縁で私は大都を弟子に取った。だが地下にはもう一つの巨大な勢力がある。パンクスもそうだが世界に広がる地下組織、その名は『アンビス』だ。これもメンバーの名を出せばわかってもらえると思う。唐河十三、八十原統」
「それもデズモンドさんが言ってたかなあ。修蛇会に都議会議員か。あまり好かれる手合いじゃありやせんやね」
「そう。パンクスはあくまでもこの星の人間と寄り添って生きていこうとするのに対し、アンビスはこの星で金や権力を掴もうとする者の集団だ」
「修蛇会はつぶれちまったし、八十原も表には出れねえ体になったって聞く。良かったじゃねえですか」
「この八か月で世界中のアンビスの主だったメンバーを消してきたが、まだ危険な奴らを始末しきれずに残っている。アンビス日本支部長、村雲仁助」
「へぇ、そりゃ驚きだ。影の総理と呼ばれた実力者がねえ。って事はその息子もですかい?」
「もちろんだ。まだいるぞ。アメリカ合衆国大統領ディック・ドダラス」
「ひゃあ、驚いたなあ。そんな奴まで宇宙人、いや、失礼、だなんてなあ」

「だがこいつらが万が一牙を向いたとしてもティオータやサンタがどうにかしてくれる。さほど心配はしていない。実はもう一人、最も危険な男がこの日本にいる。その名は藪小路了三郎」
「……藪小路……はて、どこかで聞いたような名前だが思い出せねえなあ」
「私と同じように震災の頃から日本で活動をしている怪物だ。大都が行方不明になったのもこの男の策略に嵌まったからだ」
「あ、それで思い出した。大都がその何とか計画に選ばれた時の新聞に『藪小路博士の長きに渡る情熱が実を結び……』って出てやしたよ。だが藪小路は何だって大都をそんな目に遭わせたんでしょうかね?」
「あくまでも推測だが、藪小路は大都の研究、『転移装置』に目を付けた。瞬時に移動する力こそが自分に足りないものだったからだ。だが大都の素性を知って愕然としたのだろう。私やデズモンドと深く関係していたのでは研究成果を譲ってくれるはずがない。そこで計画を弄し、大都を事故に見せかけて遠くの星に追いやったのだ」
「そりゃわしにとっても仇みてえなもんだ。ようがす、ケイジさん。もしも藪小路が妙な真似しやがったらわし、いや、美木村がぶった斬りますよ」
「藪小路はひどく慎重な男だ。滅多に人前に姿を現さない。戦後は公式の場で目撃されたという報告もないくらいだ」
「目の上のたんこぶみてえなケイジさんやデズモンドさんがいなくなったとわかりゃ、活動を再開するんじゃないですかね?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。あいつが身を隠し続けるているのはもっと違う何かを待っているのではないかという気がする」
「どうにもまだるっこしいですね。無理矢理にでも居場所を吐かせてケイジさんがぶった斬っちまえばいいんじゃないですか?」
「それらしき人物に遭遇した事がある。東京に大空襲のあった夜だ。斬ろうと思ったが、踏み込もうとする足が動かなかった。あんな経験は後にも先にもない」

「ねえ、ケイジ」とセキが口を開いた。「それって茶々の護衛の荊の技と同じ?」
「ああ、あれか。あれはおそらく草を這わせて足をもつれさせる技だが、藪小路の場合は足だけが全く言う事を聞かなくなった」
「ふーん、まあせいぜい注意しますよ。こちらも新宿、池袋が無法地帯になるのを防ぐのに手一杯だ。そんな奴に襲われたらさすがの美木村でも一たまりもねえでしょう」
 言われた美木村は何も言わずに小さく笑った。
「私がこの星を離れる事は最小限の人間しか知らない。アンビスもいつかは気付くが、すぐに戦争が始まるという訳でもないし、その程度の注意で十分だ」

 
 話が一段落し、もえがお茶を準備して戻った。
「ケイジさん」ともえがお茶を注ぎながら言った。「二度と戻ってこないって言ったけどそんな事ないでしょ。また会えるんでしょ?」
「いや、おそらく二度と戻らない。私は自分の死に場所を探しに行くのだ」
「えっ、でも――」

 突然に美木村が縁側を降りて玉砂利の上で土下座をした。
「ケイジさん、お願いだ。戻ってくると約束してくれ。戻ってあっしの娘の剣の師匠になってほしいんだよ」
「どうしたんだ、美木村。娘さんはいくつだ?」
「ようやく一歳になりやした」
「約束はできない。だがもし戻る事があればその時はお前の娘の師匠になってやる」
「ありがとうございます」
「さて、私はそろそろ暇しよう。セキ、もう一か所だけ付き合ってくれるか――皆さん、達者で。この星を守ってくれ」

 
 ケイジは屋敷を一歩出た途端、姿を消した。セキが少し遅れて屋敷の外に出た。
「今度はどこに行くの?」
「セキ、今この地上はどういう状況かわかるか。『蘇った魔』によって多くの人々がそれまで信じていたものを見失った。ある者は聖なる樹の奇蹟にすがり、ある者はディエムの加護を信じている」
「うん、既存の宗教は大変だね」
「そしてついにバルジ教がこの日本に支部を開いたという話を聞きつけた。これからそこに行ってみようと思う」
「バルジ教?」
「うむ。お前にどう説明すれば理解してもらえるかわからんが、聖サフィの弟子、ウシュケーが興した宗派だ。終末の時にナインライブズが出現し、全てを焼き払い、新しい世界を到来させるという、いわば一種の終末思想だな」
「ふーん、そんなにすごい宗教なの?」
「信者の数は銀河で一番だ。詳しい統計がないので正確な数字はわからないがその数は百億人を楽に越えているらしい」
「何でケイジはそんなにバルジ教が気になるの?」
「聖樹やディエム信仰もそうだが、バルジ教とアンビスが結び付いたらどうなるか想像がつくか?」
「信者の数に物を言わせてやりたい放題、かな?」
「その通りだ。だから布教に努める者の人柄が試される。これから会う人間が清廉潔白な人間であれば心配ないが、そうでなかった場合、この星は新たな火種を抱える」
「それを確かめに行く訳だね――ケイジはいつでもそんなに色々な可能性を考えて生きているの。すごいねえ」
「長く生き過ぎただけだ。それに私は文月の家系のそのこだわりのなさが羨ましい」

 

逃亡者

「さあ、ここだ」
 二人が着いたのは大崎と大井町の間のJRの車両センターに近い所に建った古いマンションの四階の一室だった。『バルジ教日本支部』という看板がドアに出ていた。
 気配を消したままのケイジに脇腹を突かれ、セキがチャイムを押し、しばらくするとドアの向こうから男の声が聞こえた。
「どなたでしょう。勧誘ならお断りしておりますが」
「あの、バルジ教についてお聞きしたいんですが」
 ロックが開錠される音がしてドアが開き、若い男が顔を出した。柔らかそうな栗色の巻き毛で常に微笑を絶やさない、ゆったりとしたローブを着た青年だった。
「あの」
「どうぞ。お入り下さい。ちょうど来客中ですが気になさらず話をいたしましょう。何しろここを訪れる方は珍しいですから」

 
 セキは部屋を見回した。入ってすぐの客間には祭壇のようなものが仕立てられていて、その上には不思議な形の像が飾られていた。先客は左手のキッチンに移動したのか、時折、そちらから物音が聞こえた。
「どうぞ、何もお構いできませんが」と男が言い、セキは客間の絨毯の上に座った。男もセキの対面に座って改めて口を開いた。
「バルジ教をご存じなのですか。失礼ですがご出身は?」
「あ、『ネオ』です」
「なるほど、納得がいきました。でお聞きになりたいのは?」
「はい。あの、うまく言えないんですけどこのバルジ教は本物のバルジ教でしょうか?」
「……『本物』ですか。多分おっしゃりたいのは正当なバルジ教の教えかという意味ですね。世間には様々な解釈がありますからね。その点では、私は《祈りの星》、ムシカにある総本山から参りました。聖ウシュケーの教えをそのまま継承する者だと思っておりますが」
「そうですか。じゃあ終末の時にナインライブズが全てを浄化するんですね?」
 セキはたった今ケイジから聞いたばかりの知識を口にした。
「おお、素晴らしいですな。あなたのような方がこの星にもっと増えて下さればよろしいのですが。差支えなければお名前をお聞かせ願えますでしょうか?」
「あ、はい。セキ、セキ文月です」

 セキが名前を言った瞬間、男の顔が奇妙に歪んで引きつった。セキは不思議に思いながら男の名前を尋ねた。
「私ですか。私は――」

 左手の部屋で何かを倒すような凄い物音がして、一人の女性が客間に飛び込んできた。中年に差しかかろうかというその金髪の外人女性は訳のわからない言葉を叫びながらセキに向かって突進した。
 女性はセキをきつく抱きしめて、その頬にキスを何度も繰り返した。しばらくして落ち着いたのか、乱入者はようやくセキの体を離した。

 
「ごめんなさいね。でもあたしの愛しのベイビーにこんな場所で会えるとは思わなかったから」
「あの、あなたは?」
「ああ、ごめんね。あたしはネーベ・ノードラップ。ご存じないかしら?」
「ネーベさん……ううん、ごめんなさい」
「知らないのも無理ないか。あたしはあなたのパパ、リンと一緒に連邦に行った最初の地球人よ。最近はあなたの兄妹のハクやコクともしばらく一緒に行動してたの」
「えっ、父さんと?」
「嘘ついてどうするのよ」
「でもネーベさん、お若く見えるし」
 セキはお世辞を言ったつもりはなかった。実際にネーベは美しかった。
「いやだ、もうおばあちゃんよ」
「ネーベさんもバルジ教に?」
「ううん、あたしは今、来日してセミナーを開催してるの。それで」と言ってネーベは男を見た。「彼が情報交換したいって言うからここに来たのよ」
「セミナーって?」
「ああ、ごめんなさいね。あたしはこういう者」
 ネーベはハンドバッグの中から名刺入れを取り出し、名刺を一枚セキに差し出した。

『ディエム信仰会代表 ネーベ・ノードラップ』

 日本語で書かれた名刺をセキは受け取った。
「あら、邪魔しちゃったわね。だって本当に嬉しかったから。さあ、話を続けて」

 ネーベが男に話を振った。男はもう先ほどのような引きつった表情は浮かべていなかった。
「さて、何の話をしていましたか?」
「あなたの名前をお聞きしようと思ってたんです」
「おお、そうでしたね。私は設楽羅馬。ラは羅刹の羅でマは馬と書きます」
「設楽さんと呼べばいいんですね」
「そうですね。羅馬さんですとこの国では少し間が抜けているようです」
 設楽羅馬の言葉にその場の全員が笑った。

 
「それじゃあ、そろそろ失礼します。来客中の所お邪魔してすみませんでした」
 セキが立ち上がると設楽羅馬はセキをじっと見つめた。
「ときにセキさん、あなた、ご兄妹が多くいらっしゃいますよね?」
「よく知ってますね」
「それは有名人ですから。とは言うものの先ほどネーベさんがあのように騒いでいるのを見て初めて思い当たったのですが」
「全部で九人いますけど……皆、バラバラです。もう二度と一緒にはなれないのかな」
「……それはお気の毒ですね」
「あ、ごめんなさい。本当にお邪魔しました」

 
 セキはネーベにもう一度固く抱きしめられ、マンションを後にした。
 帰り道でケイジがセキに話しかけた。
「どうだった?」
「ネーベさんは予定外だったけどちょっと引っかかるねえ」
「そうだな。お前が名前を言った瞬間のあの男の顔、あれは絶対に文月の誰かに会った事のある顔だ」
「ケイジの悩みが一つ増えたね。そうだ、またここに来るかもしれないし、場所を」
 セキはポータバインドに「マップ、WAI」と続けて言った。WAIとは”Where Am I”の略で迷子になった時の最終手段と呼ばれている。
 現れた立体マップを大きくしたり、ひっくり返したりしながら確認した。
「ふむふむ、品川の近所だね。この先に川がある」
「目黒川だな」
「桜でも眺めがら帰ろうよ」

 

最後の弟子

 三日後にセキはパンクスの地下でケイジに再会した。
「ケイジ、そろそろ出発?」
「ああ、そうしたいが、お前の方はどうだ?」
「うん、もえとお花見にも行ったし、海水浴シーズンまでに戻ってきてって言われたけど」
「お前は呑気だな」

 そこにトーラとバフが姿を現した。
「セキさん、私たちもご一緒しますからね」とトーラが言った。
「えっ、本当?」
「ええ、この星に来て二十年、そろそろ故郷が恋しくなりましてね」
「おれもよ、お前から《獣の星》の話を聞いただろ。懐かしい名前が出てくるもんで『虎の住む町』に帰りたくなっちまってよ。何もねえ田舎なのに変だな」とバフが言った。
「という訳だ。ところでお前の兄妹で手が空いているのはいるか?」とケイジが尋ねた。
「えーと、ヘキと茶々は《エテルの都》にいるし、むらさきはどこか遠くに行くって言ってた。ロクはまだ《獣の星》の連邦加盟準備で忙しいみたいだし、一番いいのはくれないかなあ」
「くれないか。お前以上に呑気な奴だな」
「ううん、ああ見えて凄いんだよ。あれだけ大変だと思われてた《神秘の星》の人たちの移住先を《念の星》にさっさと決めて、あっと言う間に何のトラブルもなく移住させた。あれは才能だよ」
「人は見かけによらぬ、か」
「本人は戦いたいみたいだけどね。ロクと僕は『くれないはどこかの星の王様になるといい』って思ってる」
「ふむ、腕前のほどは?」
「直接見てないからわからないけど《巨大な星》では頑張ってたみたい」
「得物は?」
「……何だろう。まだ出会えてないんじゃないかな」
「わかった――ところで奴は何故、ああいう格好をしているんだ?」
「さあ、本人に訊いてよ」
「……それは無理だ。とにかく本人に都合を聞いてくれ」

 
 セキはすぐにヴィジョンでくれないを呼び出して話をした。
「大喜びで来るってさ。《神秘の星》の連邦加盟準備がもうすぐ終わるから、こっちまで来ようかって」
「いや、それには及ばん。そうだな、《大歓楽星団》で待ち合わせようと伝えておいてくれ。あそこであれば一日、二日予定がずれても時間をつぶせる」
「大歓楽?」
「そう伝えればわかる」

 
「ところでさあ」
「何だ?」
「僕も一緒に行っていいんだよね」
「当り前だ。今更何を言い出す」
「……」
「変な奴だな」
「師匠」とバフが口を出した。「察してやらなきゃ」
「ん、何の事だ?」
「あれですよ。セキは師匠にカッコよく誘ってもらいたいんです」とトーラも言った。
「格好よくだと?」
「『最後の弟子に生きざまを見せる』とかそういうのですよ」
「ふん、くだらん――だがセキ、そういう事だ。今バフの言った通りだ。わかったな」
「はい」

 
 その夜、ケイジ、セキ、トーラ、バフの四人は東京湾に向かった。
「八十年前、自分が目覚めた時のシップをそのまま沈めてある。今取ってくる」
 ケイジは埠頭から海に飛び込んで、すぐに一隻の小型シップが浮上した。
 埠頭にシップを停めてケイジが降りると、トーラとバフは言葉を失くしてただ黙っていた。

「ん、どうした。やはりこれでは長距離の航行は厳しいか。ちゃんと動くぞ」
「いえ、師匠。私たちが驚いているのはこのシップの古さです」とトーラが言った。「これは『ダークエナジー航法』が発見されるよりもずっと以前、もしかするとサフィの頃のシップかもしれませんよ」
「そうすると私はその時代の人間という事になるのか」
「きっと何かの事情があるはずです。一概には決めつけられません。師匠が千年前の人間だとは信じたくありませんし」
「私もだ、バフ。もしも私が千年以上前から生きる人間だとしたら、自分を探す旅などした所で、誰も私を知らない」
「それよりも師匠、明日にでも連邦府に行ってシップを一隻調達しましょう。セキさんが頼めばすぐに貸してくれますよ」
「確かにそうだ。スピードが出る最新型の方が快適に航行できる――セキ、すまんがシップの件、よろしく頼む」
「うん、わかった。でもこのシップ、木でできてるよね?」
「おお」とシップを調べていたバフが答えた。「金属で補強はしてるが、その金属がまた見た事のねえ奇妙な代物だ。こりゃ連邦府に持ってったらすぐに博物館行きだぜ」
「その手続きをしている時間はないな。そちらはサンタにでも頼んでおく――出発はセキが新しいシップを持ってきたらすぐにしよう。これ以上ボロを出すと旅どころではなくなる」

 

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