目次
1 来るべき戦い
ゼクトの目算
《エテルの都》第5層アドミニストレーションにあるニナの執務室に、ゼクト、ヘキと茶々が一堂に介した。
「あなたたちのおかげで」とニナが口を開いた。「都もようやく平穏を取り戻せる。感謝するわ」
「大した事じゃないわよ、ママ」とヘキが答えた。
「でもよ、どんだけ連邦は人手不足なんだ」と茶々が口をとがらせて言った。「根っからの暗殺者であるこのオレに戦後処理までやらせようなんてよ」
「それについては自分が見誤った」とゼクトがすまなそうに言った。「お前は自分と同じく戦う側の人間だった」
「わかってくれりゃあいいんだけどな」
「だが九人も兄妹がいればそういう能力に長けた者もいるだろう。それとも文月家は全員がソルジャーか?」
「そうねえ」とニナが言った。「そういう事ができるのはロク、くれない……後はハクくらいか」
「ハクか。連邦でもそれなりの評価を得ていたし、コクと共に兄妹を引っ張る存在かと思っていたが――何があった?」
ヘキが《巨大な星》での一件を説明するのをゼクトは黙って聞いた。
「そんな事があったのか」
「二人共挫折知らずでここまで来たから、世間の刺激に対する免疫がないのかしらね」とニナが言った。
「ママ。それだけじゃないわ。一番のんびりしてると思ったコウやセキがあっという間に強くなったの。あたしやロクだって焦っていつ道を踏み外すかもしれないわ」
「人は人よ」
「そうなんだけど……与えられた猶予はそんなにない気がするから一層焦るの。早く力を手に入れたいって」
「武人としてその気持ちは理解できなくもない。自分も幼き頃、師匠たちに早く追いつきたいと願い、かなりの無理をした」
「文月リンの子って事でただでさえ普通には思われていないしね。予想以上のプレッシャーだわ」
「ふむ、別の道を歩みつつあるコクは仕方ないにしても、道に迷っているハクはどうにかしないといけないな」
ゼクトが言葉を選びながら言った。
「自分にまかせてもらえないか。悪いようにはしない」
「構わないわよ。あのまんまじゃどうにもならないから困ってたけど、ゼクトががつんとやってくれるなら」
「ハクは今どこにいる?」
「まだ都にいると思うけど」
父のした約束
ハクは連邦のシップで一人《戦の星》に向かっていた。
《エテルの都》のファームエリアで何をするでもなく人々の働く様子を眺めていた時にゼクトが現れた。
「ハク、ここで何をしている?」
「……人々が額に汗して働く素晴らしさに心を奪われていたのさ」
「兄妹たちが忙しくしているのに気楽なものだな」
「……いいんだ。私はもう兄妹の下には戻れない」
「お前が良くてもこちらはそうはいかない。皆が気を使って同情しているが、お前がやった事は職場放棄だ。それなりの責任は取ってもらわないとならん」
「……だからもう皆の下には戻らないと」
「コメッティーノたちが何と言うか知らんが、武官のトップとしてお前のこれ以上の敵前逃亡を許さない」
「……敵前逃亡か。そうかもしれない。いや、敵と呼べる相手にすら対峙していないのに私は逃げたんだ――今更どうやっても償えないさ」
「まだ名誉挽回の手立てはある。自分の名代として《戦の星》に行ってもらいたい」
「《戦の星》……確か」
「うむ、自分の生まれた星だ。いつかは訪ねようと思いながら今日まで果たせずにいる」
「だったらゼクトが行くべきだ。私が行った所で何もできやしない」
「ハク、勘違いしていないか。誰も里帰りなど頼んでいない。あの星に行き、星の争いを鎮めてもらいたいのだ」
「尚更だ。私では、今の私では何もできない」
「それはどうかな。お前もリンの子供の一人ならばそのくらいの力は秘めているはずだ。それにそもそもこれは自分とリンが約束した事。子供のお前が実行するのはおかしな事ではない」
「……父さんが。ならば従うしかないか」
「自分も一緒に行ってやりたいが何しろ忙しくてな。朗報を待っているぞ」
廃村
《戦の星》の大陸が見え、ハクはゼクトの書いた地図に従ってシップの着陸場所を探した。
一番大きな大陸の南西にある小さな島の西の海中にシップを沈め、崖を登って陸地に上がり、しばらく歩くと、壊れてぼろぼろの風車が見えた。
ゼクトの地図によれば、風車がザンデ村の目印だったが、まさか。歩を速めるとそこには廃墟の村があった。
呆然としながら廃墟を進んだ。村の裏手が墓場になっており、墓石が並んでいた。一つ一つ目を通していくと、中央付近に「ロイ、ゼクト・ファンデザンデ、ここに眠る」と記された墓石があった。
ロイというのはゼクトの父親だったはずだ。星を脱出し、行方知れずとなった親子は死んだものとしてここに墓が建てられたのだ。
ゼクトたちの墓石よりも新しいものが多い所から、二人が行方不明になった後にこの村は廃墟となったに違いなかった。
暗澹たる気分を抱えたまま、村から南東に続く坂道を下ったが、着いた先の漁港もすっかり寂れていて活気が感じられなかった。
港を歩き回って、ようやく桟橋の所に動く人影を発見した。ようやく生きている人間に出会えた、ハクは夢中になって人影の方に走り出した。
一人の漁師が桟橋に腰を掛けて漁網の手入れをしていた。ハクは近寄って声をかけた。
「あの――」
「わあ、びっくりした。何だよ、急に……ってか、あんた、どこから現れたんだ?」
「驚かせたのでしたら謝ります。私はザンデ村に用事があって参ったのですが」
「ザンデ村だあ。そんなもんはとうの昔にないよ」
「ではあなたは?」
「おれっちは東の大陸から漁に来て、今は休憩してるだけさ。大体、あんたの用事ってのは何だ?」
「はい。ゼクト・ファンデザンデに頼まれて村の様子を見に参ったのです」
ハクの言葉を聞くと男はにやにや笑い出した。
「あんた、嘘つくんならもっと上手い嘘つけよ。ロイとその一人息子のゼクトが死んだからザンデ村はトビアスに滅ぼされたんだぞ。亡くなった奴の頼み事なんてありえねえだろ?」
「そうでしたか。ではロイやゼクトを知る人間はもうここにはいないのですね?」
「ああ、殺された者も多いし、ほとんどは散り散りに逃げ出したっていうなあ――待てよ。そう言えばリマはザンデの出身じゃなかったかな」
「リマ……その方は今どちらに?」
「大陸の南の森を北に行った先で小さな教会を開いてるよ。いつかはニトにあったエクシロン教会を再興するんだって頑張ってるよ」
「私の次の目的地はニトなのですが、そこもここと同じ様子ですか?」
「ここは廃墟だけど、あっちはそこまではいってねえよ。ちゃんと人は住んでらあな。もっとも活気はねえけどな」
「そうですか。大変な状況ですね」
「変な奴だな。暮らしてりゃあ、そんな事わかるだろうに。あんた、船はあるのかい?」
「船、シップですか。それなら西の海に沈めてきました」
「沈めた?そりゃ災難だな。そんなんじゃ東の大陸に渡れないや。おれっちはこれから大陸に帰るから船に乗せてってやるよ」
「それはどうもご親切に。ありがとうございます」
ハクは漁師の船に乗せてもらい、東の大陸に渡った。船はかろうじて戦乱を逃れた貧しい漁村に停まり、男が言った。
「ほらよ、着いたぜ。わかってるとは思うが、こっから北に向かえばニトだ。そっから東の方に行くとリマの教会があらあ。南の森には間違っても入るなよ――わかってるとは思うけど」
ハクは漁師に礼を言って村を出た。
雷獣の森
まっすぐ進んでリマという人物に会うのが正しいのだろうが、漁師が念を押した「南の森には行くな」という言葉が気になって、ハクは南の森に足を向けた。
森に入るとそこには戦乱の影響は一切及んでおらず、手つかずの自然が残されていた。鳥が唄い、花が咲き乱れる森の中でハクは思わず立ち止まった。
何故、この森だけは戦火に晒されていないのか。あの貧しい漁村でさえ、家々の壁に銃弾の跡が残り、地面には砲撃でできた穴が開いて、無傷ではなかったのに。
そんな事を考える内に無性に眠くなって、ハクは切り株のある開けた場所で寝転がった。
うとうとしていると森の奥から近付く異様な気配を感じ、素早く立ち上がって身構えた。
姿を現したのは金色に輝くたてがみを持つ四本足で歩く巨大な獣だった。
セキの飼っているヌエ?一瞬思ったが、すぐにその考えを振り払った。
ハクが慎重に様子を窺っていると獣が言った。
「大陸中が戦争に明け暮れてんのに、ここで昼寝とは暢気なこったな」
「あなたのお住まいだったのですね。勝手に上がり込んで申し訳ありませんでした」
「おれの気配を察知した早さから見るとただ者じゃねえな。おめえ、誰だ?」
「ハク文月と申します。差支えなければお名前をお聞かせ頂けませんか?」
「おめえに名乗るような名前は持ってねえなあ」
獣はそう言って大儀そうに大欠伸をした。
「そうですか――ですがこの森が無傷な理由がわかった気がしました。皆あなたを恐れているからですね」
「ふん、この森に足を踏み入れるような骨のある奴はこの星にはいねえ。おめえは久しぶりの客だ」
「あなたのお住まいとは知らずに偶然、迷い込んだのです」
「本当におれを知らないのか。てっきりとぼけてんのかと思ってたぜ。おめえ、この星の人間じゃないのか」
「はい、私は連邦の人間です。ある方の依頼を受けてこの星に参ったのです」
「『ある方』ってのは誰だ?」
「……」
ハクは迷った。ゼクトの名を出してこの獣がどういう反応をするかわからなかった。
「どうした。言えねえのかよ」
「いえ、連邦将軍、ゼクト・ファンデザンデです」
「ふーん、あのガキ、生きていやがったか。連邦将軍だと。ずいぶんと偉くなったもんだ」
「出してはいけない名前だったでしょうか?」
「いちいち気を遣ってんじゃねえよ。言いたい事があれば言う、それでどうなろうが、てめえの責任だろ」
「すみません。お気に障ったのでしたら、今すぐに出ていきます」
「おれはてめえみてえな人間は苦手だが、連邦将軍が見込んだからにはそれなりの男なんだろう。どうだい、力比べといこうじゃねえか。それでおれが納得したなら、この森を出ていってもいい。がっかりさせるようならその場で噛み殺す」
「……わかりました」
ハクは距離を取って獣と向き合った。
相手は攻撃を受ける気でいた。こうなれば全力で立ち向かうしかなかった。
普段はコクと一緒に放つ「雷電」をお見舞いしようと考えた。一人でどのくらいのパワーが出せるかわからなかったが、何故かこの森には自分の技の力を増幅させてくれる「気」のようなものが充満していると確信した。
「雷電!」
ハクは会心の一撃に心を震わせた。一人で技を放ったにも関わらず、今までで最大級の雷を相手に落せた。この森の気がそうさせたのか、それとも……
まばゆい光が薄れると目の前の相手は消えていた。ハクが周囲を見回していると上空から声がした。
「なるほど、『雷使い』かい。なかなかの威力だな」
「そんな。直撃したはずなのに」
「教えてやろうか。それはおれが雷獣だからだ。そして本当の雷電ってのはこういうもんだ!」
雷獣は一気に雲の中に駆け上がった。一瞬の沈黙の後、森全体を揺るがすほどの巨大な雷がハクの上に落ちた。
目を開けると夜空が広がり、無数の小惑星が浮かんでいた。
ハクはゆっくりと身を起こした。体中の力が抜けたかのようなふわふわした感じだった。
雷獣は傍で寝そべっていた。ハクが動いたのを感じ取って雷獣も身を起こした。
「死んじまったかと思ったぜ」
「……あなたは雷獣というお名前ですか?」
「まあな、雷を喰らって生きる聖獣だ」
「ヌエと同じような生き物だと思っていました」
「ヌエを知ってんのか。だがあいつは異界獣、異世界から連れてこられた獣だ。聖獣は龍と同じ、創造主が造った。この違いは大きいんだぜ」
「敵いませんでした」
そう言ってハクがよろよろと立ち上がろうとすると雷獣が声をかけた。
「そんな体でどこ行こうってんだよ。まずは休め――それに、このおれに雷で挑もうって奴がいるとは思わなかった。嫌いじゃないぜ」
「ありがとう……ございます」
ハクはそれだけ言うと再び昏倒した。
翌朝、目を覚ましたハクが礼を言って森を出ていこうとすると雷獣が再び声をかけた。
「お前よぉ、ゼクトに言われてここに来たんだろ。目的は何だったんだよ?」
「はい。ザンデ村の方々に『ゼクトは無事だ』と伝える事、これは村がなくなっていたので無理でした。それからこの星の争いを止め、連邦加盟を薦める事――」
「ちょっと待った。最初のは大した用件じゃねえからどうでもいいや。二番目の用件、お前はどうやって実現するつもりだよ?」
「はい。ゼクトからは『エクシロン教会に行け』とだけ言われましたが、そのエクシロン教会も焼失したと聞いております」
「ゼクトめ。ガキだったからニトの教会が焼けたのを覚えてねえんだな。自分が星を出ていく夜だったから仕方ねえか――で、お前はどうするつもりだ?」
「リマという方がエクシロン教会を再建するため尽力されていると聞きましたので、まずはその方に相談しようと思っております」
「そんな事したって無駄だな」
「何故ですか?」
「お前はこの星の事を何もわかっちゃいない。エクシロンの再来以外はこの星の戦乱を鎮める事はできないんだ」
「エクシロン……教会ではなく、エクシロンその人ですか?」
「ああ、それがエクシロン本人の遺言だ」
「しかし……」
「ゼクトはそれでお前をエクシロン教会に行かせようとしてたんだろうな。元々あそこの教会には『エクシロン・ブレード』っていうエクシロン本人の得物があった。それを手にする者こそがエクシロンの再来になる資格を手に入れるんだ」
「……ではすでに誰かが手に入れて?」
「馬鹿だなあ、お前。そんな簡単に手に入ったら、大陸はエクシロンの再来だらけになっちまわあ。『エクシロン・ブレード』ってのはエクシロンの彫像にがっちりと固定されていて、誰も抜けないようになってんだ。いわゆる『勇者の剣』システムだな。資格がないと剣は抜けないんだよ」
「ですが教会は焼け落ちたのでは?」
「エクシロン像だけは無事に残ってるよ。何しろ強大な力で守られてっからな」
雷獣が笑ったのを見てハクはある事に気付いた。
「はっ、もしかするとその力というのは……」
「ようやくわかったか。そうだよ、剣はおれの力で彫像にがっちりと固定されてる。あの剣を抜ける奴なんていねえんだよ」
「……もしも剣を抜く事ができる者が現れた時には?」
「お前と話してるとまだるっこしてくてしょうがねえや。いいか、ハク。よく聞け。エクシロンの再来になるには二つの試練を乗り越えなきゃなんねえ。一つは『エクシロン・ブレード』を彫像から抜く事、そしてもう一つは……このおれを納得させる事だ」
「えっ、雷獣様を?」
「呼び捨てで構わねえよ。別に勝つ必要はないが一緒に戦ってもいいと思える奴ならそれでいい。それがエクシロンと共に生きてきたおれの、エクシロンに対する礼儀って奴だ」
「……そうだったのですか?」
「『だったのですか?』じゃねえよ。お前も銀河の英雄の息子だろ。もう少し違った感想があんだろ?」
「父の事までご存じだったのですね」
「ああ、名前を聞いてすぐにわかった。しかも雷の化身に雷をぶつけてきやがる、さすがは英雄の息子だと期待してたんだが……お前、どっか具合でも悪いのか?」
ハクは居住いを正して雷獣の前に座った。
「私にはエクシロンの再来を名乗る資格などありません。愛する女性を亡くし、失意のあまり任務を放棄し、それが原因で弟の一人は魔道に落ち、別の弟は遠い宇宙の果てに飛ばされました。こんな私に聖人の代わりなど務まるはずがないではありませんか?」
「その話、もっと詳しく聞かせてみろよ――
――なるほどな」
話を聞き終えた雷獣が口を開いた。
「つまり今のお前には夢も希望もない。あるのは後悔だけって訳だ」
「どうすれば弟たちに償いができるか、それが今の私の全てです」
「だったらよ、ゼクトは自分の大切な故郷にどうしてお前を行かせたんだ?そんな腑抜け野郎をよ」
「……それは」
「過去しか振り返れないような男に片手間に来られても迷惑ってもんだ。そうじゃねえか?」
「はい……」
「なあ、昨日も言った通り、おれはお前みたいにうじうじした奴が大嫌いだ。本当ならとっくに噛み殺してる。だけどお前ならもしかしてって心のどっかで期待してる自分がいるのも事実だ。このおれのもやもやを晴らすにはこれっきゃねえ――行くぜ、ハク」
「どこにですか?」
「決まってんだろ。『エクシロン・ブレード』を取りにさ。しばらくお前に付き合ってみてこの微かな期待が正しいもんかどうか確かめさせてもらう。もし期待外れだとわかったら、その場で殺す」
エクシロン・ブレード
ハクと雷獣は森を出た。途中で数人とすれ違ったが、皆雷獣の姿に恐れをなして逃げていった。
見覚えのある分かれ道まで来た。まっすぐ行くとニト、右に曲がればリマがいるという教会だった。
「あの、雷獣……先にリマ殿にお会いした方がいいのじゃないか?」
「ふん、少しは話し方がわかってきたじゃねえか。必要ねえよ。向こうから来るから心配すんな」
ニトの町並みが見えた所で雷獣が言った。
「なあ、ハク。ここまで歩いてきて何かおかしいと感じなかったか?」
「兵士らしき人間に一人も出会ってない?」
「その通りだ。どうしてだかわかるか。もうすぐトビアスの何度目かの総攻撃があるからなんだよ。今度こそニトを壊滅させようと本気でやってくるだろうよ」
「今までニトが持ちこたえていたのは君の力だね?」
「まあな、だがこれからは違う。おれとお前の力でニトを守り、トビアスの軍を追い返す」
「その話に出てくるトビアスとは?」
「このメテラクをほぼ全土に渡って支配しつつある男だ。ロイたちに押されていた時期もあったんだが、最近じゃ破竹の勢いだ。『ファイブ・タイガーズ』って名の将軍たちを率いて、この星の完全な支配を狙ってんだ」
「ではニトが最後の抵抗勢力?」
「いや、まだメテラクだけだ。メテラクってのは元々空に浮いてた五つの大きな島からなる地域で残ってんのは南のニトのある島を中心とするわずかな地域だけだが、この星にはメテラク以外にも『縁(へり)の島』の実力者ユゴディーン、北ポイロンにはオコロスキ、南ポイロンにはウーヴォ、抵抗勢力は存在してる」
「トビアスはいつ頃、ここに攻撃を仕掛けてくるんだい?」
「二、三日中だろうな。ファイブ・タイガーズのヘイ将軍がこっから見て北東のパンガーナ島に陣を設営している」
「ファイブ・タイガーズの他の将軍たちは?」
「質問が多いな。後でゆっくり話してやっから――メイ将軍は北西のアルビブ島、チュウ将軍は縁の島に近い東のゴパラ島、シャク将軍はポイロンに近い西のソディン島、チョウ将軍はトビアスの身辺警護、それぞれ別の島にいるよ」
「だったら個別に撃破していけばいいね?」
「やっとやる気が出てきたな。やっぱ英雄の息子は戦い好きだ――だがまずは剣を手に入れねえとな。民衆が付いてこない」
ハクと雷獣は町中に入った。人々は雷獣の姿を認めると道を空け、ひそひそ話を始めた。
「おい、伝説の雷獣じゃないか?」
「まさか。だとしたらあの一緒にいる男がエクシロンの再来か?」
「それにしては優男すぎるな」
ハクは気まずい思いをしながら町の中央に向かった。
「へへへ、色々と噂してやがんな。気にすんじゃねえぞ」と雷獣が言った。
「大丈夫です。こういうのには慣れています」
「はん、つまんねえ野郎だ」
やがて町の中心にあるエクシロン像が見えた。
巨大なエクシロン教会が焼け落ちて、原っぱとなった土地で傷一つ付かずにあった事から奇跡の像と言われている等身大のエクシロンの姿があった。
石でできたエクシロンは右手を高く掲げ、その手には剣が握られていた。左腕に装着した盾には雷獣の文様が描かれていた。
エクシロン像は五十センチほどの台座の上に立っていたので、像全体でみると二メートル五十ほどの高さだった。ハクが像を見上げていると雷獣が言った。
「さあ、あの剣を抜いてこい。もうこれだけ付き合ったんだ。あの剣を抜くのに必要なものは言わないでもわかるな?」
大きく頷いてから像に近付いた。台座の上に乗っても剣まで手が届かない、ハクが空に浮かぶと、いつの間にか集まってきた野次馬たちからどよめきが起こった。
上空からゆっくりとエクシロンの右手に両手を添えた。
雷獣によって守られているのであれば、この像にも雷の力が働いているはずだ。強力な電流が流れていて、磁石のように剣を固定しているのだろう。
だったらそれを上回る量の電流を流せばいい、ハクは冷たい石像の手から流れる電流の強さ、向きを直感で感じ取った。
「『雷電』!」
ハクは石像に電流を流し始めたが、像はびくともしなかった。
電流の量を増やすと空中にあるハクの体が定期的にびくんと痙攣を始めた。野次馬たちは遠巻きにしながらこの成行きを見守った。
さらにパワーを上げた。ハクの髪の毛は逆立ち、痙攣は絶え間なく起こった。
初めは小刻みだったハクの痙攣が大きな動きに変わった。動きは海老のようになり、石像に触れた両手でようやく像にしがみついている状態になった。
突然に閃光が走り、町は白い光に包まれた。
光が去って、目がようやく元に戻ると、石像の前にハクが倒れていたが、その手には『エクシロン・ブレード』がしっかりと握られていた。
ハクはのろのろと身を起こした。雷獣が近付いて舌を出した。
「噛み殺される」、そう思ったハクが身を強張らせていると、雷獣の舌から現れたのは剣の鞘だった。
ハクはにこりと笑って雷獣の頭を撫で、鞘を受け取ると剣を納めた。ゆっくりと立ち上がると、すでに数百人を越えていた野次馬たちは蜂の巣をつついたような騒ぎに陥った。
「びしっと決めろよ。ここが大事だぜ」
雷獣が囁き、ハクは声を上げた。
「皆さん」
野次馬たちの動きが止まった。
「私は『エクシロン・ブレード』を手にし、雷獣の試練を受けました。皆さんは私を『エクシロンの再来』と呼ぶでしょう。ですがそれはまだ早い――」
群衆は息を呑んだ。
「この星に平和を取り戻すのです。どうか皆さんの力を借りたい。一緒に戦いましょう」
一瞬の沈黙の後に群衆は雪崩を打って、ハクの下に走ってきた。ハクはもみくちゃにされ、胴上げをされた。
そこに一人の男が血相を変えて走ってきて大声を張り上げた。
「お願いがあります。私の名はリマ。エクシロン教会の再建を夢見る男でございます。聖エクシロンの再来が出現したと聞いて、飛んできた次第でございます」
ハクはなおも胴上げしようという群衆を制して、跪く男に近寄った。リマはまだ二十代の栗色の髪の毛をおでこの所で切り揃えた利発そうな若者だった。
「リマ、あなたが来るのはわかっていました。一緒に戦いましょう」
ハクが手を伸ばし、リマは涙に濡れながらその手を取った。
「ありがとうございます。この命に代えてもあなたをお守りいたします」
「早速お願いがあるのだがいいかい。この町の人を組織して大至急、義勇兵部隊を編制してほしい」
「承知しました。私の教会にも数十名おりますので、早速呼んできましょう」
リマが走り去って、ハクは興奮した群衆を避けて雷獣の下に歩いていった。
「とりあえずはこんな感じかな」
「ふん、面白くねえ。まあ、もうしばらくは付き合ってやるか」