7.4. Story 2 亡霊剣士

 Story 3 ハクの帰還

1 姿なき殺人者

 茶々は『B街区』の重点監視を開始した。ポートには『草の者』を交替で駐在させ、全ての街区の人物の出入りを徹底的にチェックした。
 茶々自身は『B50アドミ』に陣取り、終日監視モニターと睨めっこを続けながら報告を受けた。

 監視を交替した葎(むぐら)が茶々の下にやってきた。
「どうだ、怪しい奴は現れたか。ネズミ一匹出てきちゃいねえぜ」
「特に亡霊剣士につながるような者は今の所見当たりませんね。ですが一人面白いのを発見しました」
「ん、何だそりゃ?」
「四、五日前に『A31商業地』でバルジ教会の看板を出して布教を始めた男がいたのですが、すぐに他の地域のバルジ教からクレームがあって夜逃げ同然で逃げ出しました」
「ふーん、それで?」
「ところが昨日、『D31商業地』を巡回していたら、その夜逃げした男がぬけぬけと又バルジ教会の看板を出していたのです」
「頑張り屋さんじゃねえの」
「俄然、その男に興味が湧きまして、各街区やアドミにあるバルジ教の支部で調べてみました。するとその男、バルジ教から正式な許可を得ていない、自称司祭だという事が判明しました」
「詐欺だな」
「どうせ、すぐに『D31商業地』も追い出されますよ。行き着く先は『C221工業地』くらいしかないんじゃないでしょうか」
「そいつ、何て名前だ?」
「はい。ラーマシタラという外見はいかにも聖職者然とした好青年です」
「興味が湧いてきたな。顔を拝みに行くか」
「直接任務には関係ないのですが、何しろ亡霊剣士が現れないもので、他の『草』もその男に注目しているようです」
「念のため、ヘキにもその情報流しといてくれよ」

 
 深夜、茶々は『D31商業地』に潜入した。さすがに酒場が固まっているエリアでも人出は多くなかった。
 茶々は葎に言われた商業地のはずれの普通の民家の前に立った。
「ここだな――だが人のいる気配がねえなあ」
 茶々が無人の民家の前から立ち去ろうとしたその時、ヴィジョンが入った。
「おう、芥(あくた)か。どうした?」
「『B611居住地』に亡霊剣士が現れた模様です」
「……アドミに幕(ばく)と蕾(らい)がいるはずだが、何も言っちゃこねえぞ」
「その点はこちらからも確認しますが、現場は大騒ぎです。何しろ住民が殺害されましたので――」
「わかった。B611だな。すぐに向かう。監視カメラを見てた奴らに人相を聞いておけ」

 外の騒ぎを聞きつけて民家の灯りが点り、中から一人の男が顔を出した。
「何事でしょうか?」
 いかにも宗教家らしい物腰の柔らかそうな男だった。
「非常事態でな。自己紹介は又今度する」
 あっという間に闇に溶け込んだ茶々を、ラーマシタラは驚愕の面持ちで見つめていた。

 
 茶々がB611に駆けつけると深夜だというのに大変な騒ぎだった。治安維持隊が野次馬を整理しながら現場検証を行う傍らで茶々の下に芥が寄ってきた。
「お館様。殺害されたのは自宅に戻る途中の四十歳のエンジニア、今日は『B40アミューズ』で飲んで帰ってきたようです。治安維持隊が先ほどから近所の人に聞き込みをしていますが、他人から恨みを買うような人物ではなかったとの事です」
「……殺害方法は?」
「すれ違いざまにおそらく長剣の一太刀で首と胴体が泣き別れです」
「腕が立つな。そいつ、監視モニターに映ってたんだろ?」
「はあ、それが――監視カメラに不審な人物は全く見当たらず、幕様も蕾様も何も気がつかなかったと」
「つまりは姿なき殺人者、亡霊剣士がついに暴れ出したって事か?」
「断定はできませんが――」

 芥と話し込む茶々に今度は薊(あざみ)からヴィジョンが入った。
「何だ?」
「お館様。又人殺しです。今度は隣の『B612居住地』、殺害方法は一太刀で首を切られています」
「監視カメラに映ってないんだろ?」
「はい。確認しましたが何も映っていないと――」
「今からそっちに行く」
 茶々はヴィジョンを切って芥に言った。
「ここの野次馬たちも気をつけた方がいいな。下手すりゃ知らぬ間に首を落されちまう」

 
 結局、その夜はあと二つの地域で殺人が発生した。まるで茶々をあざ笑うかのように犯人は何の痕跡も残さずに四人の罪もない人たちを犠牲にして逃げおおせた。

 夜が明ける頃、茶々はアドミに戻った。
 目付の幕と頭領の蕾も憔悴しきって、ほぼ全てのB街区の地域の出入りと内部の様子をチェックできる壁一面のモニターの前に無言で座っていた。
「お疲れ」
「……これはお館様。申し訳ありません」
 幕が深く頭を下げ、蕾もそれに従った。
「謝る事はねえよ。お前らが見逃した訳じゃない。後でチェックしても誰も映り込んでなかった」
「誠に奇怪ですが、その通りでした」
「その点についちゃ、オレの責任もある。勝手にここを抜け出したんだからな」
「お館様はどちらに?」
「何、つまんねえ話だ。D街区に人を訪ねてたんだ」
「D街区ですか?ははあん、あのインチキ宗教家の所ですな」
「ああ、そしたら芥から呼び出されて宗教家とも話せなかった。全く中途半端な夜だったぜ」
「あの男はマークを続けた方がよろしいのでしょうか?」
「わかんねえけど気になる。誰か一人、そっちに回す余裕はあるかい?」
「亡霊剣士が大事件になりそうですからな。それにヘキ様からも数人貸してくれるかという要請がございまして」
「何、ヘキが着いたのか?」

 
 茶々の言葉が合図となったかのようにヘキがゼクトと共にモニタールームに入ってきた。
「茶々、ちょっと前に着いたばっかりなんだけど、とうとう殺人が起こったんだって?」
「そんな嬉しそうに言うなよ、ヘキ」
「あたしはあんたとは違うわよ。血を見るのは好きじゃないの。で、どう。犯人は挙げられそうなの?」
「いや、見当もつかねえ」
「早い所、片をつけてね。あたしも『草』の力を借りたいから」
「ヘキ一人で大丈夫だろう」

「茶々」とゼクトが口を挟んだ。「自分の話を聞いてくれるか」
「ああ」
「それまで姿を現すだけだった亡霊剣士が昨夜、突然に行動を開始した。理由が何かはわからないが、こちらが警護を厳重にした途端に積極的になったのは偶然とも思えない。相手が腕試しをしたいのだとしたら、こちらの警護が厚ければ厚いほど喜ぶのではないかな」
「言いたい事はわかる。だが『草』は関係ねえ。関係あるとすれば治安維持隊だ」
「治安維持隊の人数は減らす。そうなると『草』にかかる負担が増えるが構わんか?」
「いいぜ。最終的にはオレがどうにかする」
「ではそうしよう。ヘキには治安維持隊を数名つける。それで問題ないな?」
「いいわよ」とヘキが言った。
「こっちもいいぜ。インチキ宗教家はオレが対応するよ」
「インチキ宗教家?」
「ああ、今、ちょうど話をしてたんだ。自称バルジ教司祭のうさんくさい男の事さ」
「都もこれだけ急速に大きくなると様々な人間が群がってくる。人の弱みにつけこみ、金儲けをしようという人間も現れる」
「まあ、ペテン師は放っといて――あたしはC街区に取り掛かるから、こっちもぱっぱっと解決してよ。じゃあ又ね」

 ヘキとゼクトが出ていき、茶々は幕と蕾に確認をした。
「こっちは今のままでいくぞ。今夜のB街区の責任者は誰だ?」
「今夜が菩薩と華(はな)、明日が芳(ほう)と菌(きん)となっております」
「わかった。お前ら、ご苦労だったな。休んでくれ」
「お館様も」
「オレは大丈夫だ。小太郎との訓練で時間の有効活用法を学んだから最小限の休息がありゃあ、動き続けられる」

 
 その夜も同じだった。茶々はモニターにかじりついていたが、全く不審な点は見当たらなかった。にも関わらず、B街区全体で五名が犠牲となった。
「弱ったなあ。モニターには何も映っちゃいねえ。『姿なき殺人者』だ」
 現場から疲れ果てた表情で菩薩と華が戻った。
「お館様。やられました。こちらの裏をかくように殺人を重ねています。かなり手強い相手です」
「――わかった。モニターでも捉えられないようだし並みの相手じゃないな。華、付き合ってくれ。あとは菌、荊、葎あたりでいいな。今夜はこっちから仕掛けるぜ」

 
 B611商業地、通りに一人現れたのは『草の者』、華だった。
 茶々の予想はこうだった。最初の夜も次の夜も殺人はB611商業地からスタートした。という事は今夜も同じだろう。まして治安維持隊の警護をこの地区に集中させた。自信たっぷりの犯人は必ずこの地域で殺人を行おうとするはずだった。
 華は囮となって街角に立った。都の人工太陽が沈み、夜が始まると、外出禁止で無人の住宅街を行き来した。

 真夜中を過ぎ、日付が変わった頃にそれは突然に現れた。華が歩く後方に奇妙な空間の裂け目が発生し、そこから全身を甲冑に包んだ亡霊剣士が飛び出した。
 華は気配を察知して、そちらに振り向いた。全身の鎧が青白く光っていた。亡霊剣士は背中から剣を抜いた。両刃の剣だったが、物凄く薄い造りをしていた。
 剣士は女一人と油断したのか、ゆっくりと華に迫った。

 その瞬間、茶々の声で「影バラシ!」と声がかかり、華の足元の影から茶々、菌、荊、葎が姿を現した。
 剣士は一瞬たじろいだが、すぐに剣を構え直し、茶々たちに斬りかかった。
 茶々たちが散開して剣士の剣を避けると、剣士は体勢を崩し前にのめりそうになった。
 茶々が飛び上がって体当たりを喰らわすと剣士は尻餅を着いた。
「手練れだと思ってたのに予想と違ったな。こいつはへっぽこだぜ」
 そう言って短剣を抜き、剣士に迫ると体勢を立て直した剣士が剣を目茶苦茶に振り回した。
 剣士の剣の一振りが住宅街の民家の門の柱にそのまま突き刺さると思われた瞬間、驚くべき事が起こった。石でできた門柱は豆腐のようにすっぱりと切れて、崩れ落ちた。

「腕じゃねえ。剣そのものが凄いんだ――おい、菌、荊、葎、そろそろ頼むぜ」
「承知」
 散開した荊と葎が剣士の左右から「ソーン・グラウンド」と「ソーン・ボール」を放った。
 二人の攻撃に動きを止められた剣士に向かって菌が「毒芽」と言い、煙玉のようなものを投げつけた。
 剣士はしばらくもがいたが、体を揺すると葎の「ソーン・ボール」はぶちぶちという音を立てちぎれた。すかさず剣士は足にからみつくイバラの蔓も剣の一振りで切断した。
 状況が不利と見た剣士は背中を向けて逃げ出し、来た時に用いた次元の裂け目に滑り込んで姿を消した。

 
「おい、お前ら、大丈夫だったか?」と茶々が『草』たちに声をかけた。
「はい」
「大した腕前じゃなかったが鎧と剣が凄い性能だな。何の金属で造ればあんな風になるんだ?」
「縛めをあのように切断されたのは初めてです」と荊が答えた。
「菌、そっちの首尾はどうだ?」
「『毒芽』があの鎧の隙間から中に入り込んでくれていればいいのですが……難しいかもしれませんな」
「華、お前の方は?」
「はい。道路に特殊な塗料が塗ってあるのに気づかなかったようです。又現れれば、すぐに場所が特定できるでしょう」

「空間をあんな風に操作する奴なんているか?」
「さあ、セキ様の報告では先般のコウ様を消したチャパは石を使っていたようです。それに比べれば今の剣士はいとも簡単に次元の裂け目を行き来しましたので違う力ですな」
「……仕方ねえ。しばらく様子を見るか。菌、『毒芽』が効き出すのはどのくらいだ?」
「うまく根付いてくれれば、一時間以内に毒に侵された症状が起こります。さらに一時間ほどで『毒花』にまで成長すれば、相手の息の根を止められます」
「……『毒花』はヤバいだろ?」
「はい。『毒花』の花粉により、私自身も対象に引き寄せられます。相手が弱っていれば難なく止めを刺せますが、そうでない場合は相討ち覚悟となります」
「だったら『毒花』に成長する前に止めを刺さねえとな」

 
 十分後に茶々にヴィジョンが入った。
「葉(よう)か。お前はD街区だったな――」
「はい、あのインチキ宗教家の所です。数分前に宗教家の家の前で男が倒れ、それをあの宗教家が家に引き入れました」
「倒れた男の風体は?鎧を着けていたか」
「いえ、普通の男でしたが突然に現れたようでした」
「……わかった。すぐにそっちに向かう。あの野郎、D街区だ」

 
 三十分後、茶々は家の扉をノックした。しつこく何度も扉を叩いていると、灯りがつき、ラーマシタラが顔を出した。
「……おや、又あなたですか。非常識もいいところですね」
「そいつは謝るよ。だけど急いでんだ。あんた、男を匿ってるだろ。そいつを渡してもらいてえ」
「はて、何の事でしょう。生憎そのような方はお預かりしておりません」
「証拠はある。あんたが男を家に引っ張り上げるのを見てた奴がいるんだ」
「――たとえそうであったとしてもお渡しする訳にはまいりませんな。誰でも救済を求めに教会に来られるのです。教会は俗世とは別の世界です」
「なるほど。宗教家らしい意見だ。もっともあんたがまっとうな宗教家だったらだけどな」
「ずいぶんと無礼な物言いですな。バルジ教を冒涜するおつもりですか?」
「わかったよ。オレだって無理矢理押し入るような真似はしたくない。これでも銀河の英雄の息子なんだ。茶々文月、オレの名前、覚えといてくれな」
「――茶々殿ですな。それではこれで」

 
 茶々は家に入るのをあきらめ、周囲で監視を続けた。
「こんな監視続けたって、相手が空間を繋ぐような奴だから何の意味もねえよな」
 茶々が言うと菌が慰めるように言った。
「お館様、ご安心なされい。あと少し経てばこの菌があの男の首根っこを捕まえます」

 
 ラーマシタラは後ろ手に扉を閉め、テーブルでぐったりする男に近寄った。
「追手が来たようですが帰しました――大丈夫ですか?」
「……毒が体に入ったらしい」
「それは大変です。医者に――」

 ラーマシタラの言葉は途中で止まった。男の姿はみるみるうちに青白く光る鎧兜姿に変わり、抜き身の剣を携えていた。
「いや、いい……それよりも最後の獲物を」
 男が自分に狙いをつけているのに気付いたラーマシタラは二、三歩退いた。
「あの、私など殺しても何にもなりませんよ。それよりももっと警戒が厳重な場所で大物に手をかけた方がよろしくありませんか?」
「……大物?」
「左様です。こう警戒が厳しくては出ていけませんが」
「……心配するな。空間を一跳びできる。冥土の土産だ。案内しろ」
 亡霊剣士となった男は居間に次元の裂け目を出現させた。

 
「ここは……どこだ?」
 剣士が荒い息をついて尋ねた。
「私を散々コケにしたこの都のバルジ教の最高責任者の所です。なかなかの獲物だとは思いませんか?」
「よかろう」

 
 ラーマシタラは標的を仕留めた後の剣士の様子がいよいよ只事でないのに気付いた。
「大丈夫ですか。早くこの場を去らないと」
「……もはや空間を移動するのも無理のようだ。この場に置いていってくれ」
「そうはいきません。このままでは私も共犯者となり捕縛されてしまいます――確かこの近くに病院があったはず。そこまで行けば何とかなります」
 ラーマシタラは剣士に肩を貸し、アドミ・エリアを歩き出した。

 
 三十分後、茶々にゼクトからヴィジョンが入った。
「よぉ、ゼクト。一度逃したが、もう袋の鼠だ――」
「茶々、よく聞け。都のバルジ教支部の総責任者、スワニー司教が殺害された」
「……野郎、司教を襲わせたな」
「ん、何だそれは?」
「何でもねえよ。犯人は?」
「アドミを逃走中らしい。治安維持隊が追跡中だ」
「すぐに行く」

 茶々はヴィジョンを切って、その場の全員を集めた。華、荊、葎……菌の姿が見当たらなかった。
「菌はどこにいる?」
「てっきりお館様の近くかと」
「くそっ、アドミに向かうぞ」

 
 病院の中庭まで来て、ラーマシタラは大きな息をつき、剣士を植え込みの近くに座らせて言った。
「ここで待っていて下さい。医者を呼んで参りますので」
「……」
 ラーマシタラが去って、植え込みの所でしゃがみ込んでいた剣士は猛烈な痛みに襲われ、思わず立ち上がった。
 目の前には一人の男が迫っていた。
「『毒花』が咲いたようだ。お主の命ももはやこれまで」

 
 『毒花』に引き寄せられた菌は短刀を手に剣士に迫った。剣士はよろよろと立ち上がり、剣を抜いた。
「……この世で最も硬い金属でできた鎧を貫き通せるものか」
「元より相討ち覚悟」
 菌は剣士に飛びかかり、街灯の薄明りの下でもみ合いが始まった。
 動きを止めたのは剣士の方だった。剣士は仰向けに倒れたまま息絶えた。
「……『毒花』が満開となったか」
 菌は剣士に刺され、血の噴き出す腹を押さえながらよろよろと歩き出したが、すぐにうつ伏せにばたりと倒れた。

 
 医者を見つけられなかったラーマシタラが戻ってきた。
「……これは」
 ラーマシタラは剣士に近寄り、死んでいるのに気付き、その場でへたり込んだ。
「何という事だ」
 周囲を見回すと近くにもう一人、男がうつ伏せに倒れていた。
「まずい、このままでは私が犯人だと疑われる」

 
 途方に暮れるラーマシタラの前方の空間が歪み、次元の裂け目ができ、そこから青白く光る鎧に身を包んだもう一人の亡霊剣士が現れた。
「――無様な。ん、お前は?」
 もう一人の剣士は震えているラーマシタラに目を止めた。
「ラーマシタラ。こんな場所で何をしてる?」
「……あなたは?」
「この格好じゃあわからなくても無理はないか」
「……いえ、その声、覚えがあります」
「理解したか――ここにいるのはまずい。場所を変えるぞ。ラーマシタラ、こいつを運ぶから手を貸せ」

 ラーマシタラはふらふらと立ち上がり、剣士と共に屍となった剣士を次元の裂け目に運び、自分もその裂け目に入った。
 剣士を持ち上げた瞬間に息絶えた剣士の懐から石が落ちて、倒れている菌の傍らまでころころと転がっていった。

 
 次の瞬間、ラーマシタラと剣士と剣士の死体は別の場所にいた。
「ここは?」
「C街区だ。ここならば人も来ない」
「何故、あなたがそのような事までご存じなのですか?」
「知る必要はねえ――それよりもこの男は何故、やられた?」
「毒です」
「なるほど。鎧の継ぎ目から毒を盛られれば、さすがのローデンタイトでも勝てねえか。いい勉強になった」
「おそらくあの文月の息子がやったのだと思います。あそこにもう一人倒れていた男はその配下の者かと」
「銀河の英雄の家系か。忌々しい。いつかは雌雄を決さねえとならねえな」

「この男は何者ですか?」
「金で雇ったテスターだ。気にするな」
「しかし空間を繋ぐ能力をどうやって――」
「ふふふ、オヤジがとうとう金脈を掘り当てたんだよ。このローデンタイトの鎧は世界で最も硬く、しかも空間を自由に行き来できる。これさえあれば銀河を我が手にする事も可能だ」

「恐ろしい……しかし亡霊剣士は姿なき殺人者で、監視カメラにも映らないそうではありませんか。それもこの鎧の力ですか?」
「それについては別の力の源をこいつに持たせてある。Arhatマーの力、『竜脈の石』、” Make-believe ”という名の青と黒に彩られた石だ――む、石がない。しまった、どこかに落したか」
「また戻られますか?」

「もう実験は終わりだ。あんな石などなくても大望は実現できるさ――それにしてもラーマシタラ、お前も災難だな。文月の息子は今頃、お前を血眼になって探しているぞ」
「私は人など殺しておりません」
「世間はそうは見ない。ましてやお前は文月の配下の者まで手にかけた。きっと殺されるな」
「……ああ、何という事だ。せっかくスワニー司教を亡き者にして私がこの都のバルジ教の正統を名乗るつもりだったのに」
「ほれ見ろ。お前は変わってねえ。ひとかどの宗教家を気取ってるが人間のクズだ。散々悪さをした頃のまんまだ」

「――お願いがあります。私はもうここにはいられません。その空間を繋ぐ力で私をどこかに逃がしてはもらえませんか?」
「断る……と言いたいが、ローデンタイトの存在を連邦と文月に知られずに済んだのはお前のおかげだからな。望みを聞いてやってもいいぞ。その代わりこの件は他言無用だ」
「無論です。では《蠱惑の星》に」
「それはできねえ。ダダマスは今、とんでもない事になっていてな。お前を連れて行く訳にはいかない。どこか行きたい場所を言え。そこに飛ばしてやる」
「……でしたら『灯台下暗し』と言います。《青の星》に行かせて頂けますか?」
「悪知恵が働くな。じゃあそうしよう」
 剣士がそう言ってラーマシタラの目の前に空間の裂け目を用意すると、ラーマシタラは小声で何かを呟きながらその中に入り、姿を消した。
 ラーマシタラが消えた後で剣士は独り言を言った。
「さてと、うちの社員たちも商談を終えてどこかで飲んだくれてるだろう。おれもそれに混ぜてもらうかな」

 
 他の地域を担当する『草』や休憩中の者もアドミに集合し、菌と亡霊剣士の行方を捜索した結果、夜明け前に総合病院の中庭で倒れている菌を発見した。
 茶々が駆けつけた時には菌はすでに虫の息だった。
「菌……菌、オレだ。わかるか」
「……お館様、これを」
 茶々に抱きかかえられた菌は石を茶々に手渡した。
「これは?」
「……剣士の懐から転げ落ちたのを拾いました」
「やっぱり石の力だったか」
 茶々が呟くと菌は力なく首を横に振った。
「そうではございません。その証拠に剣士の死体の傍に次元の裂け目ができ、そこから同じような格好の剣士が現れ、あの宗教家と一緒に剣士の死体を持ち去っていきました」
「剣士は何人もいるのか?」
「のようでした。ですからこの石は違う力、おそらくは――」
「おい、菌。しっかりしろ。死ぬな」
「立派な当主に仕える事ができて菌は果報者でした……」

 茶々は立ち上がり、荊と葎に言った。
「ラーマシタラは?」
「まだ帰宅していないようです。もう帰ってこないのではないでしょうか?」
「くそっ、あの野郎、許しちゃおかねえ」

 

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