7.4. Story 1 偉大なる都

 Story 2 亡霊剣士

1 状況報告

 

コメッティーノの大願

 《巨大な星》、そして『ウォール』の先での任務によって九人の兄妹の運命は一変した。
 コクはヴァニタス海賊団に入り、ハクは行方不明になり、コウは石の力によってどこかに消えた。
 残されたロク、セキ、くれないが分担して『ウォール』の向こう側の星々の連邦加盟準備に尽力した。
 むらさきは目を覚ましたマザーの世話にかかりっきりだった。
 負傷が癒えたヘキだけがコメッティーノとリチャードへの報告のために《七聖の座》の連邦府の建物を訪れた。

 
「いよぉ、ご苦労だったな」とコメッティーノが言った。
「はい、これ」
 ヘキはコメッティーノの座っているテーブルの前に石を三つごろんと並べた。
「” Soul Summon ”、” Distortion ”、” Make It Big ”よ。” Mind Steering ”も回収したけどここにはないわ」
「ドリーム・フラワーを殲滅し、『ウォール』を破壊しただけでなく、危険な石をこれだけ集めてくる、さすがはリンの子供たちだな」

「ねえ、コメッティーノ」とヘキが言った。
「ん、何だ?」
「本当の狙いは何?」
「狙いか。おれ個人の意見だからそう思って聞いてくれ。おれにはどうしても成し遂げたい夢がある。それはこの銀河の全ての星が連邦に加盟する事だ。お前の親父、リンがいる間に実現したかったが、色々あってできなかった」
「だからって子供のあたしたちなの?」

「初めは期待していなかった」とリチャードがコメッティーノに代わって答えた。「だがセキを見て考えが変わった。お前たち一人一人の力はリンには遠く及ばないが、九人が揃えばリンにできなかった事ができるのではないかと思う」
「その結果、三人が行方不明って訳ね。ハクやコクはともかくコウはどこに行ったかすらわからないのよ。セキは宇宙の果てまで行っても絶対に探し出すって言ってるわ」
「セキらしいな。あいつの力の源は他人に対する優しさだ。好きにすればいい」
「そういう問題じゃないでしょ。大体コウを消した海賊が誰なのかわかってないし、石を持ってるのよ」
「ヴァニタス海賊団の調査は開始した。《虚栄の星》を本拠としているようだ」
「だったらランドスライドに何とかしてもらえば?」

 
「それは不可能だ」
「えっ、病気療養中ってだけで星にはいるんでしょ?」
「お前も知ってると思うが、あの星では商人のギルド、グリード・リーグが絶対的な権力を持っている。あの大帝ですら帝国のルールを強制しなかった。奴らは連邦の枠組みから逸脱しているから、ランドスライドの意向では動かない」
 コメッティーノが声をひそめた。
「でも加盟してるなら少しは協力するもんでしょ?」

「妥協の産物だ。おれの独断で連邦に協力する代わりに《虚栄の星》の最大限の自治を認めた。それもあって水牙の軍が中央の防衛に回れるようになった」
「十年前くらいの事ね。それは防衛上の問題だけじゃなかったの?」
「それがちと複雑でな。まあ、かいつまんで言うならおれの喉元には常にナイフが突きつけられてるって事なんだ」
「何よ、それ」
「だがそれと引き換えにおれはこうやって他の星々に安心して足を伸ばせている」

「どうでもいいけど、ヴァニタス海賊団と商人たちが手を結んでしていたとしても手出しできないって事?」
「確たる証拠が見つかるまでは何とも言えない。当分は静観だ」

 
「ランドスライドは今どこにいるの?」
「銀河の外らしいんでヴィジョンも通じねえ」
「銀河の外?」
「仲のいいゲンキっていう大亀が黄龍たちと一緒に暮らす星があるらしいんで、そこにいるって話だ」
「まさか兄妹の誰かをそこに行かせるなんて言わないわよね?」
 コメッティーノはそれには答えずに視線をリチャードに移した。

 
「石については――」
 話を振られたリチャードはコメッティーノの顔を見ながら言った。
「お前たちも経験したとは思うが、あの石はたった一つで星一つ支配するほどの恐ろしい力を秘めたものだ。今後連邦の版図を拡大していく上でそんな危険な石に出会った場合にはもれなく回収してもらいたい」
「……全部で十八個あるとして、今ここに五個、コウが一個、ヴァニタスが一個、後十一個も残ってるじゃない?」
「ここにある” Resurrection ”は最早ただの石だ。なので実質手元には六個しかない」とリチャードが言った。「が三つまでは予想できる」
「予想?」
「うむ、『マグネティカ』、《鉄の星》に一つ、《享楽の星》に一つ」
「九個、ようやく半分ね。でも本当に《享楽の星》にあるの?」

 
「それについてはおれが説明する」
 コメッティーノが話を引き取った。
「おれの悲願実現の上での最大の障害はドノス、奴は石を使ってるに違いないってのがおれとリチャードの間の結論だ」
「……どう解釈すればいいんだか。この戦いの果て、ドリーム・フラワーをこの世界から駆逐して、連邦が全銀河にその影響力を行使して、全てのArhatsの石を回収して、その時に何が起こるの?」
「おれにわかるくらいだったら、Arhatsは満足しねえ。そんな銀河は消されちまうのさ」
「それこそ言ってる意味がわからないわ」

「二十年前のあれを経験した者でないとピンとこねえだろうな」
「ナインライブズの事?」
「あの時のはリンの理性が抑え込んだ偽りのナインライブズだった」

「……全体のからくりが読めた。結局コメッティーノもリチャードも言ってるのは同じ事。あたしたち兄妹にとてつもない事をさせようとしている」
「だからといってこちらの要求を飲まずに弱いまま暮らしていても死を待つだけだ」とリチャードが静かに言った。
「そうみたいね。従うしかなさそう」
「わかってもらえて何よりだ。では次の任務を伝えよう」

 
「今度はどこ?」
「《エテルの都》だ」
「あそこもドリーム・フラワー?」
「いや、爆発的な発展で管理が追い付かないせいか事件が頻発している。ゼクトとニナだけではカバーしきれていない」
「確かにあの都の人気は尋常じゃないって聞くわ」

「修行を終えた茶々にも『草』を引き連れて向かってもらう予定だ。あちらで合流してくれ。あともう一つ、《武の星》の水牙とジェニーがお前に会いたがっていた。まずはそちらに寄ってくれ」
「やれやれ、人使いが荒い事。じゃあ行ってくるわ」
「そっちが片付いたら、そのまま近隣の星の連邦加盟勧誘もしてもらえると嬉しいのだが」
 ヘキはコメッティーノの最後の頼みには返事をせずに部屋を出ていった。

 

順天の決意

 同じ頃、セキは《魔王の星》にいた。
 《獣の星》に到着したロクとくれないが目にしたのはコウを失い、落ち込むセキの姿だった。
 二人はセキを休息させ、ロクが《獣の星》と《念の星》の連邦加盟準備作業に携わり、くれないが最も困難と思われる《神秘の星》の住民の移住、及び連邦加盟準備の任務に当たった。

 
 今日もセキは蛟と一緒にエリオ・レアルの魔王の城の城壁に腰掛けて流れる雲を見つめていた。
 セキは仕事に集中する事ができなかった。今すぐロクを探しに出たかった。

 下から呼ぶ声がした。
「ちょっといいかい」
 バスキアだった。たまたま街に来る用事があったのだと言い、セキの悄然とした姿を見て口を開いた。
「なあ、セキ君。私が口を出す事ではないが、今、君のやるべき事は何だ?」
「……コウを探しに出かけたいです」
「私も数十年前にちょっとした行き違いでゼクト親子を見殺しにしかけたのは話したね。あの時ポータバインドが使えていれば、大事にはならなかったかもしれない。君は連絡してみたかい?」
「はい。連邦の人が大挙して来てるし、インプリントも始まって、速度は遅いけどポータバインドが使えるようになったんで何度も連絡しました。でも”Out of Service”になってて」
「身内の方には?」
「まだです」
「一人で背負い込むのが良くないな。身内の方にはできるだけ早く、ありのままを伝えて、一緒に悩み、苦しむ、それが家族ではないかな」
「……」
「そうだぞ、セキ」と蛟が口を開いた。「あれはお前の責任じゃない。チャパは最初からコウを狙ってた。誰も止められなかったさ」
「ミズチの言う通りだよ、セキ君」
「わかった」とセキが言った。「母さんと順天に連絡する」

 
 セキはエリオ・レアルの比較的静かな街角に立ってアダンにヴィジョンを入れた。
「どうしたんだい。珍しいじゃないかい」
 セキは空間に現れたアダンに事情を説明した。
「ふーん、あたしもよくあいつをどっかに蹴り飛ばしてやろうと思う事が多かったけど、とうとう本当に飛ばされたんだねえ」
「母さん、僕がついていながらごめんね」
「――いい、セキ。よく聞きな。これからあんたがしちゃいけない事を二つ言うからね。まず一つ目、コウを探さない事。あいつは死んだ訳じゃないから、その内ひょっこり帰ってくる。今あんたがやるべき事をやるように。二つ目、責任を一人で背負い込まない事。こうなったのはあんたのせいじゃない。どっちかっていうとあんたはよくやってるんだから、それを誇りとするように。以上、いいね」
「……母さん、ありがとう」

 
 大分気が楽になったセキは次にもえにヴィジョンを入れた。
「あら、セキ。どうしたの?」
「ああ、順天に伝えたい事があって、実はね――」
 セキが事情を説明するともえが言った。
「……よく聞いてね、セキ。昨日、順天から手紙が届いたの。そこには『セキから連絡があるだろうから伝えてほしい』って書いてあって。いい、読むわよ――

 

 此度の一件でセキが責任を感じているようであればお伝え下さい。
 これは起こるべくして起こった事、どうしても責任云々を問うのであれば、こうなる事を予期していながらコウを止めなかった私に責任があります。
 セキ、安心して。コウは約束を守って竜王棒を手放しませんでした。お父様の意志が必ずコウを無事生還させます。
 戻った時には遊びに来て下さいね――

 

「……順天はわかってたんだ」
「そうみたいよ。きっとセキが落ち込んでるからって、わざわざこんな手紙を寄越してくれたの」
「ありがとう、もえ。順天に会ったらお礼を言っといて」
「大丈夫よ、セキ。コウは無事に帰ってくるから」

 
 セキはヴィジョンを切って大きく伸びをした。
 まだ頭の中にもやもやするものが残っていたが、コウを信じて帰還を待つしかないと思った。

 

むらさき、動く

 エリオ・レアルの賑やかな通りに向かってしばらく歩いていると、隣にいた蛟が異様に興奮し始めた。
「あ、こら、ミズチ。どうしたんだい。ここは人通りが多いんだから騒いじゃだめだよ。ただでさえ目立つのに」
 セキが蛟の頭を撫でて周囲を見回していると、前方から一人の女性が歩いてくるのが目に映った。
「むらさきじゃないか――ミズチの騒いでる原因はこれかあ」

「セキ、ごきげんよう」
 むらさきはいつも通り、笑顔を絶やさずセキと蛟に挨拶をした。
「やあ、むらさき。ミズチが騒いでたんで何があったのかと思ってたら君だった。マザーは元気?」
「ええ、起きていたのは一瞬だけで、私に用を言い付けた後、またすぐに眠りに着いてしまったの」
「そうなの。で、その用事って何?」
 セキに頭を撫でられていた蛟はいつの間にかむらさきの足元にすり寄っていた。
「あはは、ミズチはむらさきが大好きなんだね」

「うふふ」
 むらさきは一瞬だけ笑ってから、いつにない真剣な顔つきになった。
「実は遠出を言い付けられました」
「どこ?」
「この銀河の外。黄龍、王先生の暮らす星ですって」
「えっ、それは遠いとかもそうだけど、誰も行った事のない、場所もわからない場所でしょ。大丈夫かなあ」
「わかりませんわ。目的を聞いても『行けばわかる』の一点張りでしたし」
「ミミィ母さんには聞いてみた?母さんは外から来た人でしょ?」
「ええ、やはり『行けばわかる』という答えでした。ただ――」
「ただ?」
「セキと一緒にいるミズチを連れて行きなさいと」

 蛟は再び興奮してとぐろを巻きながらむらさきの周りをくるくる回った。
「ああ、それでミズチはこんなに興奮してたんだ。ミズチ、君も同じ龍だし、もしかすると龍の住む星の場所がわかるのかい?」
「そんなのわかるはずないだろ」
「それじゃ困るなあ、むらさき、どうするの?」
「行くしかありませんわ。ミズチをお借りしてもいいかしら?」
「もちろん。きっと役に立ってくれるよ。子供だけどしっかり者だし――」
「セキがしっかりしてないだけだろ」
 蛟にやり込められ、むらさきは笑い、セキも仕方なく笑った。

 

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