目次
1 蛟(ミズチ)
シップが《念の星》を目指して進む中、セキが途中に見えた小さな星を指差して言った。
「あの星は?」
「ミナモの言ってた《魚の星》じゃないか。見ろよ。陸地が殆どなくて海ばっかりだぜ」
「ふーん、陸地を探そう」
シップは大気圏を抜けて星に接近した。確かに海ばかりで地表はぽつりぽつりと点在しているだけだった。
「あ、あそこの陸地に人がいる」
下方の小さな陸地にぽつんと黒い人影が見えた。シップを上空に停めたまま、コウとセキは地上に降り立ち、男の肩をぽんぽんと叩いた。
「うわぁ」
男は驚いて尻餅を着いた。釣竿を手に持ち、腰に魚籠を下げ、上下ぼろぼろの服を着た髭面の若者だった。
「あ、あんたたち、どこから来た?」
「こいつは失礼。あそこだよ」とコウは空のシップを指差した。
「何だ、《獣の星》の人か」
「いや、そうじゃねえよ。おれたちはもっとずっと遠くから来たのさ」
「へえ、でも《神秘の星》は宇宙の果てにあるだろ。そこよりも遠いって事かい?」
「ああ、ずっとずっと遠くだ。なっ、セキ」
「うん。ところでこの星は?」
「さあ、皆は《魚の星》とか呼ぶみたいだな――ああ、おいらはヤガラヒコってんだ。ご覧の通りの漁師さ」
「おれはコウだ。よろしくな」
「僕は弟のセキ。君がミナモの言ってた人かな?」
「あっ、ミナモちゃんに会ったのかい?でも大変だったろ」
「まあな。クラモントを退治して、これから《魔王の星》に行くんだ」
「クラモントって悪い奴じゃないか。ミナモちゃんも困ってたらしいのに、あんたたち強いな」
「そんな事もねえよ。あんた、ミナモと親しいんだ」
「ああ、この星じゃあ魚しか取れないだろ。それだと栄養が偏っちまうんで、ミナモちゃんから野菜を送ってもらってんだ」
「本当にこの星は海ばっかりだな」
「ああ、そうだよ――ところであんたたちに頼みがあんだけど」
「何だよ。言ってみろよ」
「実はな」とヤガラヒコは言って水際に歩み寄った。「おい、出てこいよ」
ヤガラヒコの呼びかけに応じるかのように水面が波立ち、そこから何かが飛び出した。現れたのは全長三十センチほどの白銀色に光る生き物だった。
「こいつを拾ったんだけど、どうやって育てていいかわからないんだ。あんたたちならわかるんじゃないか」
「何だい、この生き物は?」
「……多分、蛟じゃないかって」
「ミズチ?」
「一口で言えば子供の龍だな」
「何でおれたちに?」
「いや、遠くから来たあんたたちなら龍の育て方を知ってんじゃないかって思って」
「馬鹿言うなよ。どこの世界に龍を飼育できる奴がいるってんだ」
「やっぱり無理か――仕方ないな。ほら、海に戻れ」
ヤガラヒコは蛟を波打ち際に連れていき、海に戻そうとしたが、蛟は帰ろうとしなかった。ひょこひょことセキの方に歩いて、その肩によじ登ろうとした。
「ありゃりゃ、どうやらあんたに懐いたみたいだな」
「うん、そうみたいだね」
セキは蛟を抱き上げて自分の肩の上に乗せてあげた。
「こりゃどうあってもあんたに引き取ってもらわないとなあ」
「ちょっと待ってよ。本人の希望も聞いてあげなきゃ――ねえ、ミズチ。一緒に来たければ肩の上にいていいよ。嫌だったら降りて海に帰るんだ」
蛟は気持ち良さそうにセキの肩の上で伸びをするだけで降りようとはしなかった。
「――仕方ない。じゃあ僕が責任を持って連れていくよ」
「本当かい。こいつの暮らす場所は多分ここじゃないんだ。あんたたちなら本当の居場所を探してくれる――蛟、ご主人様の言う事を聞くんだぞ」
「ご主人様だなんて。そんなんじゃなくて友達だよ。ねっ、コウ」
「ああ、なあ、ミズチ。おれの方にも来いよ」
コウが手を叩いて蛟を呼んだが、蛟はセキの頭の上でぶるぶると震えるだけで近寄ろうとしなかった。
「ちぇっ、傷つくなあ」
「九人も兄妹がいるし、コウみたいな例外もあるけど、誰かが必ず面倒見るよ」
「って訳だ。じゃあヤガラヒコさん。蛟は預かる。おれたちはもう行かなきゃならないんで、またな」
「おお、元気で旅をしてくれよ」