7.3. Story 2 《獣の星》

 Story 3 魔王の残影

1 虎の住む町

 コウとセキの二人は《神秘の星》の近くの惑星で元の大きさに戻された。
「セキ、どんなからくりなのかわかったか?」とコウが尋ねた。
「うーん、わかんない。近くに装置は見当たらないし。もしかすると――」
「石だよな。となるとこの辺りには銀河を分断する『ウォール」を形成する石、それに物のサイズを変える石、石が複数存在するって事になる」
「でも二つも石を持ってたら、ロロじゃないけど世界を征服できちゃうよ」
「エミリオにはそんな大それた野望がないのか、それとも度胸がないだけか。でも奴隷を酷使してるんだからそこそこのワルだぜ」
「そうだね。あの人たちは解放してあげなきゃね」
「とにかく《獣の星》に向かうとするか」

 
「コウ、あの星団にあるんじゃない?」
 シップが最大推力で数時間ほど進んだ所でセキがコウに言った。
「おう、降りてみようぜ」
 その星にはポートがなく人気のない砂漠の町の近くにシップを着陸させた。
「こんな場所で大丈夫?」
「心配ねえよ。本当は森の中とかがいいんだが、ここだって人も通らない砂漠だ。何かあった場合はすぐに逃げ出せるさ」

 
 二人は他愛ない話をしながら町に入った。
 西部劇で見るような回転草が通りを吹き抜け、人の姿は見当たらなかった。
 スイングドアが風に揺れる酒場らしき建物に入った。

「いらっしゃい」
 コウは客のいない店内を見回して、下を向いたまま作業を続けるカウンターの中の人物に声をかけた。
「あのさ、尋ねたい事があんだが」
「ん?」
 カウンターの中で顔を上げた男の顔は口が尖っていてネズミそっくりだった。
「クラモントってのはどっちの方角にいるんだろうね?」
 問われた男はコウの質問には答えず、そわそわしながら入口の方をちらちらと見た。
「何だ、この星の人間は無口なのかな?」
 コウが不思議がっていると背後のスイングドアが勢いよく開いて太い声がした。
「おめえたちか。怪しいシップで来たのは」

「ようやくしゃべる奴がきてくれた」
 コウとセキが振り向いた先には二本足で立つ熊の顔をした男がいた。普通の人間のように青いチェックのシャツを着て、ごわごわのパンツを履いていた。
「おめえたち、何しに来た?」
 熊男はコウたちを睨み付けながら問い質した。
「いや、クラモントに会いにな」
「へへっ、そうかい」と熊男が言った。「だったらここから先には行かせねえ」
「ふーん、クラモントってのは人気がねえんだな」
「野郎、とぼけやがって――表に出やがれ」

 
 熊男とコウたちが店の外に出ると、そこに十数人が待ち構えていた。
 狼の顔、狒々の顔、犀の顔、いずれ劣らぬ獣人たちが吹き抜ける風の中でコウたちを睨み付けていた。
「お仲間もお揃いか」
「安心しろよ。おれ一人で十分だ」
 熊男が自信たっぷりに言った。
「ぶっ倒れたあんたをねぐらまで運んでくのには十分な人数だ」
 コウが返すと熊男は大声で笑った。
「面白い事言うじゃねえか。名は何ていうんだ。聞いといてやるよ」
「おれはコウ、こっちはセキだ。あんたは?」
「ベッジだ」
「どっちと戦いたい。言っとくがどっちも強いぜ」
「だろうな――ずっとしゃべってるお前でいいよ。無口な小僧はその後だ」

 
 コウとベッジが向かい合った。
 コウは棒を手に取らず、素手で対した。ベッジも素手だったが、鋭い爪をむき出しにして唸り声を上げた。
 二人の間を回転草がころころと転がった。その一瞬の隙にコウの姿が消えたかと思うと一陣のつむじ風が起こり、ベッジは空高く舞い上がった。
 そのまま地面に勢いよく叩きつけられ、ベッジは一度は立ち上がったが、「うーん」と言って大の字に伸びた。
「へえ、すごい。コウ、『砂塵剣』の応用だね」とセキが拍手をしながら言った。
「こういう風の吹く場所はおれの庭みたいなもんだからな。ま、こいつも運が悪かった」

 仲間に起こされてようやく意識を回復したベッジは荒い息を吐いた。
「まだやるか」
「……いや、おれの負けだ。何度やっても勝てない」
 そう言うとベッジは突然にコウとセキに向かって土下座を始めた。
「頼む。お願いだからクラモントの味方は止めてくれ。あんたらみたいな強いのがあいつの側に付いたら――」
「誰がクラモントの味方になるなんて言った。早合点すんじゃねえよ」
「でもあんたら、クラモントの居場所を訊いてたじゃねえか」
「お前、あんまり頭良くないな。おれたちはクラモントを退治しに来たんだ。だから居場所を聞いたんだろうが」
「何だ、そうかよ。何だ――だったらよ、会ってほしい人がいるんだけどな」
「お前の親分か?」
「そうだよ、この先の『虎の住む町』のヌニェスっていうお方だ。力になっちゃくれねえか?」
「わかったから早いとこ案内しろよ」

 
 コウとセキはベッジたち一味の乗ってきた不思議な生き物、まるでヘビクイワシのようだったが、もう少し足も含め全体がごつごつしていた、に分乗して『虎の住む町』を目指した。
 町は木でできた円形の城壁に覆われた町だった。ベッジが見張り役のアナグマ顔の男に何か言い、城門が開かれた。
 中に入ると、そこは小規模ながら町の様相を呈していた。市が立ち、宮殿らしきものが建っていて、人々が行き来していたが、ほとんどの住人は獣の顔をしていた。
 ベッジはコウたちを町の中心にある木製の宮殿へと連れていった。そこだけ赤い絨毯が敷かれている部屋で待っていると当人が現れた。
 ヌニェスは二本足で歩く虎だった。

「お主たち、強そうだな。どこから来られた?」
「言ってもわかってもらえねえだろうが、おれたちは《巨大な星》から来た。おれはコウ文月、こいつが弟のセキ文月だ」
「その名なら聞いた事がある。銀河を破壊する力を持ちながらあえてそれをしなかった英雄が確か文月という名だったと言う。お主らはさしずめその子であろう」
「へえ、ヌニェスさん。物知りだな。この星は周囲から隔絶されてるのかと思ってたぜ」
「《念の星》とは交流がある。あそこに行けば大抵の事は教えてもらえるのだ。此度の一件も『遠方よりの英雄を待て』という事であったのはおそらくお主らを指していたのだな」
「『此度』って、おれたちは全然状況がわかってねえんだよ。クラモントが悪い奴だって事しか知らねえ」
「ふむ。それでは先般の件、そして此度の件、順を追って話さねばなるまいな――

 

 ――この星はこのように周囲から隔絶しておるが、ある意味奇跡の世界、かつて《古の世界》が理想とした世界なのだ。我らは『地に潜る者』に近い獣人と呼ばれている。北西の海にはミナモ女王に率いられた『水に棲む者』が暮らし、南西の山にはファランドールの『空を翔ける者』、そして大陸の中央には『持たざる者』が住み、我らは共存しておった。
 ところが先般、今から数十年前になるが、二人連れの妙な男たちがこの地に降り立った。男は持たざる者による独裁を目論んだクラモントに肩入れをし、邪悪なもの共をこの地に残して去った。
 それ以来、クラモントは他の種族を弾圧するようになった。ミナモもファランドールも地上での戦いは得意としていなかったので、我ら獣人が先頭に立ち、クラモントと戦闘を続けたのだが最近になってクラモントの奸計により人質を取られ、とうとう抵抗する術を失った――

 

「人質ってのは」とベッジが口を出した。「ヌニェス様の奥方のマフリ様だ」
「ベッジ。人質が拙の身内であろうとなかろうと同じだ。同胞をむざむざと殺させる訳にはいかぬ」
「へい」
「という訳だ。英雄たちよ。力を貸して下さるか?」
「はなからそのつもりだ、なあ、セキ」
「うん。クラモントにはお灸を据えなきゃ。でもその二人連れの妙な男たちって誰だろうね」
「目撃した者によれば一人は羽飾りをつけた呪術師のようだったというが」
「ふん、ネクロマンサーかな。気色悪い」
「コウ殿、セキ殿。クラモントは高い城壁に囲まれた城の奥深くに陣取り、周囲の池や塔に二人連れが遺した邪悪なものが棲んでいる。いきなり城に向かう前にミナモ女王とファランドールに会って状況を聞いておいて損はないぞ」
「わかった。北西の海と南西の山だな。早速行ってみるよ」

 外に出ていきかけたセキが立ち止まり、ヌニェスに尋ねた。
「あ、そうだ。バフって知り合いがいるんだけど《獣の星》出身だって言ってた。知ってる?」
「む、バフとはあのバフか。最強の闘士だった」
「闘士?」
「大陸の中心に闘技場がある。かつては種族に関係なくそこに集まり闘技会を楽しんだものだ。バフはそこの闘士だった」
「地に潜る者だって言ってたけど?」
「いや、あ奴は持たざる者と獣人のハーフのはずだ」

 

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