7.3. Story 1 決別

 Story 2 《獣の星》

1 連邦議長コメッティーノ

 

苦難の道のり

 コメッティーノが銀河連邦の議長に就任してから二十年、悪名高き先代のセム、ロリアン体制を排除し、内政をイマーム、管理をノノヤマという信頼置ける人材に任せ、自らは王国、帝国といった敵対勢力の打倒、言葉を変えれば4つのシニスターの撲滅に邁進した結果、銀河円盤のほぼ上半分を連邦シンパへと転向させる事に成功したが、決して順風満帆だった訳ではない。

 
 まず最初にコメッティーノを悩ませたのが帝国消滅後の旧帝国勢力による抵抗だった。
 特に元帝国のスクナ将軍の勇猛な軍は各地で連邦を打ち破り、《茜の星》の戦いでは不敗と言われた公孫・附馬連合軍を敗北寸前にまで追い込んだ。【茜の星事変】

 結局二年近くかけて抵抗勢力は駆逐されたが、この際の将兵の処遇を巡って《将の星》の一部の兵士たちが《牧童の星》、ザンクシアスの王国宮殿跡に籠城するという騒ぎが起こった。
 膠着状態は半年近く続いたが、突然公布された謎の「金槍令」により、事態は一気に解決へと向かった。【将の星金槍令】

 金槍令というのは《将の星》の創始者、附馬金槍による勅令で長老殿の決定よりも重要視されると言われている。何故、この時期に金槍令が発令されたのか、というより附馬金槍その人が存命なのかという驚愕の事実が世間を大いに騒がせたのはまだ記憶に新しい所である。

 
 一部地域の不安定な状況を重く見たコメッティーノは《エテルの都》、《歌の星》、《青の星》の付近の治安維持に重点を置く決定を下し、《歌の星》を連邦に仮加盟させた。
 ところがこの行動は逆に連邦に敵対する一大勢力である近隣の《古城の星》をいたずらに刺激する結果を招く結果となった。

 
 《歌の星》連邦仮加盟の一年後に《七聖の座》からそう遠くない《化石の星》の通称、『水晶砦』で一大蜂起が起こった。【水晶砦の乱】
 当初は日頃の生活に不満を抱いていた労働者たちが武器を手に立ち上がっただけと思われていたが、軍備の充実ぶりや時折見せる残虐な行為から裏ではプロが手を引いていると目されるようになった。

 お膝元近くで起こった騒動に対して連邦は威信をかけて本気を見せる必要があったが、人材不足は明らかだった。
 既にホルクロフト、オサーリオといった歴戦の勇者は一線を退き、シェイ将軍も《商人の星》から《巨大な星》へと続く広大なラインの防衛に忙殺されていた。
 公孫・附馬の連合軍は遠く《虚栄の星》まで伸びた防衛線の維持で手一杯の状況で、ゼクトの軍も膨張を続ける《エテルの都》の治安維持を放棄する訳にはいかなった。

 コメッティーノ自らが鎮圧に当たると言い出し、周囲の人間が必死に止める中で、白羽の矢が立ったのがリチャードだった。
 シニスター撲滅後のリチャードは《巨大な星》の隠れ里で『草』の育成に当たっていたが、元来、諜報活動に限定されていた『草』を謀略、暗殺まで賄う組織に変貌させたのが彼だった。
 かつてマンスールがロックの暗殺組織を作った時に嫌悪感丸出しの態度を見せたリチャードの変貌ぶりには驚かされるが、ともかくリチャードと『草』は砦の内部に易々と潜入し、瞬く間に抵抗勢力を内部から瓦解させた。

 裏で扇動していた者たちは早々に砦から逃げ出したが、逃走中の一人がリチャードの旧知の《古城の星》の人間だったらしかった。だが証拠としてはあまりにも不十分だったためにコメッティーノは公言しなかった。

 
 水晶砦の乱が収まった後、コメッティーノは《虚栄の星》を訪問した。
 連邦議長として公式に星の実力者、通称『グリード・リーグ』と会談を行うためだった。

 グリード・リーグとは星を代表する企業の経営者の集まりで、当時は金融コングロマリット、トリリオンの総裁ズベンダ・ジィゴビッチ、エネルギー企業PKEFのリカルド・サタカ、総合商社ロイヤル・オストドルフのセントア・ビズバーグ、そして娯楽産業、ブルーバナーの若き指導者、クゼ・ミットフェルドが主要メンバーだった。

 《虚栄の星》はドミナフ王朝の頃より企業の力によって繁栄を遂げてきた。オストドルフの代になっても、民主制に取って代わっても、大帝が来た時でさえ同様で星を支配しているのは企業だった。
 帝国が消滅した事により《虚栄の星》の連邦加盟が実現し、ランドスライドを管理官とし、行政、軍事的に連邦の庇護下に入る予定だったが、これに激しく抵抗したのがグリード・リーグであり、ヴァニティポリスの住民たちだった。
 連邦と最後まで闘ったスクナ将軍は英雄であり、連邦は敵だというのが多くの住民の気持ちであり、これまで多くの先端技術やアイデアを奪い取った連邦は盗人だというのが経営者の印象だった。

 管理官就任を拒否されたランドスライドは《精霊のコロニー》に留まる事となった。
 防衛的には公孫・附馬の連合軍が定期的に巡回を続けたが、自衛の軍が幅を利かせていた。

 
 このように連邦の異端児となっていた《虚栄の星》を訪問したコメッティーノは驚くべき譲歩を見せた。
 従来以上に自治を認め、自衛軍による星の治安維持を公式に許可するというもので、連邦加盟はあくまでも形式上となったのである。

 これはコメッティーノからすれば半ば賭けだった。
 《虚栄の星》の今まで以上の自衛を認める事によって、公孫・附馬連合軍の負担を軽くし、《七聖の座》付近への出兵も可能なようにしておく事が連邦にとって不可欠だった。
 同時に自治を認める事は危険なトレードオフだったが、グリード・リーグの言い分を信じてみるつもりだった。

 トリリオン総裁、ズベンダは会談の中でコメッティーノに対してこう言った。
「あなたは非常に正直者だ。だから信じてみようと思う。だがその正直が果たしていつまで続くか。もしもその信条に違う行為をした時には潔く連邦議長の職を辞して頂く」
 コメッティーノは快諾した。
 嘘を吐いてまで、やり通さねばならぬ事など自分にはない。だから彼らとは信頼の上で付き合っていけるはずだ。

 
 そこから十年近くは比較的平穏に時が過ぎたが、数年前からドリーム・フラワー騒動が静かに広がろうとしている。
 最初は《巨大な星》だった。
 ヌエヴァポルトとダーランでクスリが発見されたが、すぐに関係者は検挙された。
 次に発見されたのは《虚栄の星》だったが、こちらも大事には至らずに決着した。
 そして次が《青の星》だが、ここは状況が良くなかった。

 どう見ても大した利が望めない未開の星で流通させるからには、何かしらの人体実験的な意味合いがあると判断したコメッティーノはリチャードを派遣する事にした。
 その際にコメッティーノはリチャードに注文を付けた。
「なあ、リチャード。おれは最近思うんだ。若い世代は着々と育ちつつある。ゼクトとアナスタシアの間の息子、白き翼のエンロップは間もなく士官するし水牙とジェニーの間の炎牙、ステファニーも同じだ」
「確かにそうだな。独身なのは私とランドスライド、結婚しているが子供がいないのはお前の所だけだ」
「だろ、リンに至っては九人も子供がいる。だがあそこは肝心の父親が行方不明だ」

「なるほど。奴らを一人前にしろという事だな……それについて私には責任がある」
「責任……どういう意味だ?」
「今は詳しくは話せんが、リンが行方不明になる前に子供たちの事を託された」

 
「ふーん、詮索はしねえけどな。それがうまくいけばおれの計画もいよいよ進められるってもんだ」
「《享楽の星》まで攻め入って銀河円盤の下半分も統一しようという例の計画か?」
「人材が豊富ならそいつらがどんどん他の星に足を延ばしてくれる。そこの星で見つけた人間や資源を使っていけばおれを悩ませてきた問題は自ずから解決するって寸法だ」
「……自転車操業は危険だな。どこかで人や資源は枯渇するかもしれないし、或いはこちらの予測したスピードを遥かに上回るスピードで拡大が実現した時はどうする?」
「その時になってみなきゃわからねえだろ。失敗した時にはおれは全責任を取るさ」

「お前らしいな。だが今は一歩一歩進むしかない。まずはリンの子供たちが使い物になるかを見極めよう」
「ああ、よろしく頼むぜ」

 

導く者

 コウ、セキ、茶々、そして『ネオ』で降りたむらさきを除く兄妹たちは《七聖の座》に向かった。連邦府に着くとリチャードが出迎えた。
「ご苦労だったな」
「リチャード」とハクが言った。「《青の星》はあれで良かったのかい?」
「正しい、議長も私も総合的な判断はそれだ。あの星は外からの圧力でしか変われない。関わってから二十年が経つが、一向に成熟の気配を見せず、このままでは確実に《愚者の星》と同じ道を歩む。かなりの荒療治だったが、後になれば今回の決断が正しかったという結論になると信じている」
「この数か月の間、毎日何万人という人が亡くなった。それが正しい姿だと?」
「石の力を過小評価していた点は反省材料だ。本来はもっと緩やかに進めたかったが、あの星で一番の問題は国の力が強すぎる事だった。今はどうなった?」
「ドダラスの王国と大洋の島々、大陸のイーストやノースにはほとんど残っていないから、全部で数十か国くらいか」
「そして二重、三重構造となっている地下との関係だ。ケイジの尽力で多くのアンビスは駆逐された」
「でも一番の大国は生き残ったし、地下組織も完全に無くなってはいない」
「いきなり100点は取れない。ハク、お前も経験しただろう。聖なる樹の下で成長をしていく形に生まれ変わった。あの力が全ての地域を覆うようになればあの星は連邦入りだ」

「どうしてあの星にだけ試練が訪れるんだ?」とコクが尋ねた。
「私に訊くな――《巨大な星》も《虚栄の星》も同じはずだが、《青の星》はリンや大帝の故郷だ。特別な何かがあるのかもしれないな」

 
「で、今日は何の用であたしたちを呼び出したの?」とヘキが尋ねた。
「もちろん労いだけで呼び出しはしない。次の任務に取り掛かってもらう」
「どこ?」
「《巨大な星》だ。あそこのドリーム・フラワーをぶっ潰してもらいたい。体制がしっかりしているので蔓延る余地などなかったはずだが、最近では大都市を中心に怪しい動きが起こっている。ここで芽を摘んでおきたい」
「又ぼくたちだけで?」とロクが言った。

 
「――お前たち」とリチャードが口を開いた。「コウやセキのように強くなりたくないのか。その気合があるのは茶々だけか」
「正直に言うと」とロクが続けた。「あの忌まわしいものが蘇ろうとした時、足がすくんで動けなかった」
「私だってそうだ」とハクが言った。「あれを見て強くならなければと思った」
「ああ、強くなりてえよ。そのためなら手段は選ばねえ」とコクも言った。
「だったら実戦の経験を何度も積む事だ」
「でもよ、どうしてそれをリチャードに言われなきゃならねえんだ。確かにセキに声をかけたのはあんただが、実際の師匠はケイジだ」

 
「お前たちの父に頼まれた、と言ったら?」
「それはおかしいわよ」とヘキが言った。「だって互いに忙しくて、あたしたちが生まれてからリチャードは父さんと会う機会なんてなかったはずよ」
「お前たちが生まれる前に頼まれたんだ」
「えっ?」

 
 リチャードはその時のリンの様子を思い出した――

 

【リチャードの回想:二十年前】

 ――二十年前、ゼクトの婚礼も終わり、皆、平穏な生活に戻ろうとしていたある日、私は《巨大な星》、ホーリィプレイスのマザーに呼び出され、リンに会った。
 その場にいたのは銀河の運命を決定するだけの力を備えた人間ばかりで、自分だけが場違いだという印象を持った。

「マザー、私は何故、ここに呼ばれた?」
「リチャード、ある意味、あんたの役目が一番重要なんだ。あんたにはリンの子供たちを正しい道に導いてもらいたい」
「正しい道?」

「あんたはその子供たちにとっての『道を指し示す者』になるんだ」
「待ってくれ。その役割は父親であるリンが担うべきだ」
「リンには他にやるべき事がある。この子は銀河全体の父とならなきゃいけないんだよ」

 リンを見ると今にも泣きだしそうな表情をしていた。
「リチャード、お願い。もう世界は終わらせない。『十回目の世界』なんて造らせちゃいけないんだ」
「一体、何の事だ?」
 そう言うのが精一杯だった。

「リチャード」
 再びリンが真剣な口調で言った。
「こればっかりはいくら君が止めても無理なんだ。僕はこの銀河を救うために遠い場所に旅立つ――

 

 ――詳しくは言えないが、私はお前たちのGuiding Light、つまり導く光だ。セキはケイジに導かれ、あのように強くなり、コウは創造主アルトマの下で覚醒した。茶々が今後どうなるかはわからないが、お前たち全てが飛躍のきっかけとなる人物や出来事と出会い、強くなれると信じている。信じる理由は簡単だ――お前たちがリンの子供だからだ」

 
「……わかった。で、どこに行けばいい。《巨大な星》はでかいぜ」とコクが言った。
「とりあえず二手に分かれるか。ハクとコクが西のダーラン、ヘキ、ロク、くれないは東のヌエヴァポルトだな」
「むらさきは?」
「『ネオ』から戻り次第、ホーリィプレイスだ。ミミィが中毒患者の治療に追われている」

 
 そこにコメッティーノが合流した。
「《青の星》ではご苦労だったな。ここにはいないがコウ、セキ、むらさき、茶々、ここにいるのはくれないだけか。連邦にようこそ」
「どういたしまして」
 くれないがスカートの裾をつまんでおどけるとコメッティーノは高笑いをした。

 
「あっはっは。大体の話はリチャードから聞いたと思うが、実はもう一つ頭に入れておいてほしい事があんだよ」
「石の事かい?」とハクが言った。
「メリッサと相談の上、” Sands of Time ”は連邦で預かってる。お前ら、回収した” Resurrection ”は持ってるか?」

「ほら」
 コクが胸元から灰色に変わった石を出してコメッティーノに投げて寄越した。
「もう力がこもってないみたいだぜ」
 コメッティーノは手に取った石をしげしげと見てため息をついた。
「どうやらそうみてえだな。ロロが全ての力を開放しちまったって訳か」
「Arhatsの数だけ石があるとしたら、こんな恐ろしいのがまだ十何個あるって事なんでしょ?」とくれないが言った。

「そこなんだよ。これからのお前たちの旅の中でこの手の石を見つけたなら必ず回収してほしい」
「わかった、と言いたい所だけど」とロクが言った。「今の言葉引っかかるな。旅ってどういう意味?」
「細かい事は気にすんなよ。お前たちのこれからの人生を旅に例えただけだ」
「ふーん、でも今回みたいな特殊なケースはそうないんじゃないかな。見つかるものかな」

 
「もうとっくにこの世界に出現しているものもあると思うけどな」
「どういう意味?」とヘキが尋ねた。

「おれの推理では『ウォール』と『マグネティカ』発生は石の力によるもんじゃねえかと踏んでいる」
「誰かが石を所有していてその力を行使して『ウォール』や『マグネティカ』は起きているって事?」
「詳細はわかんねえな。自然発生なのか、誰かが意図的に発生させてるのか、ただの発生じゃなくて力が増幅してるのか」

「じゃあ表に出ていない残りの石は十個くらい?」
「それもわかんねえが、ロロみたいな奴に渡しちゃいけねえのだけは確かだ」

 
「となると」とハクが言った。「ドリーム・フラワーを殲滅する、そして石を発見した場合にはそれも回収する、こういう事だね?」
「そういう訳だ。よろしく頼む」

 

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