7.2. Story 4 ヌエ

 Story 5 天に昇る

1 もえの生家

 セキはもえの家に向かった。
 五階建てのマンションの玄関でもえの部屋のインターフォンを押したが不在のようだった。
 仕方なく『リン記念館』に行ったが、こちらも閉まっていた。

 セキはヴィジョンで西浦を呼び出した。
「セキ君かい。大変な事になったよねえ」
「今、戻ったんですけど、どんな様子ですか?」
「東京は鬼が出るんで夜間は外出禁止だよ。京都でも恐ろしい化け物が暴れているらしい。おそらく日本中がそんな感じだね」
「僕が戦います」
「それは助かるな。ケイジがこちらにいないから手が足りないんだ。今日の夕方5時から定例会議だから、それに出てくれないか」

「わかりました。もえが無事かご存じですか?」
「えっ、まだ会ってないの?」
「マンションにはいないみたいで」
「きっと実家だよ」
「実家?」
「あれ、聞いてないの?」
「お祖父さんがいるのは聞いてますけど場所までは」
「ああ、そうなんだ。じゃあ今から場所を言うから訪ねるといいよ。彼女も来月にはインプリントを受ける予定だから、もうしばらくの辛抱だ」
「ありがとうございます」
「住所はね――」

 
 セキは門前仲町の立派な屋敷の前に立った。
 開け放たれた扉をくぐって玉砂利の敷かれた石の上を歩くと、庭の左手から声がかかった。

 
「誰だ?」
 庭の松の木の陰から姿を現したのは、白鞘に納まった日本刀を携えた、黒いスーツを着た細身の男だった。男はセキを頭から足の先までじろっと見て言った。
「名は?」
「文月セキ」
「――文月リンの関係者か。道理で使えそうだ」
「あなたは?」
「美木村、美木村義彦だ」

 
 美木村は名乗るなり、手にした日本刀に右手を添えてセキと距離を取った。
 セキは瞬時に三歩飛び退き、背中の『鎮山の剣』を抜いた。
「ふっ、さすがだな。だがそんなに飛び退いては後がないぞ」
 セキが黙ったままでいるのを見て美木村は更に続けた。
「空もあるか。だが同じ人間だ。お前にできてこちらにできないって訳でもないぞ」

 美木村の言葉に背筋が寒くなるのを覚えた。この人なら空に逃げても追ってくる。そうなったら勝ち目があるか――やってみるしかない。
 剣を持つ手に力を込め、腰をぐっと落し、互いに睨み合いが続いた。
 互いの右手がぴくりと動いた瞬間に縁側から声がかかった。

 
「セキ!」
 セキは声の主に向かって微笑んでから剣を納めた。
「もえ、無事で良かった」
「どうしてここを?」
 もえは縁側に立ってセキを見つめた。
「西浦さんが教えてくれた」
「だったら、すぐに家に入ってくれれば――ここで何してたの?」

 セキが美木村を見ると、美木村はバツの悪そうな表情を見せた。
「お嬢さんの知り合いとは知らず――」
「東京は物騒な事になってるから仕方ないけどね。美木さん、セキの顔見れば怪しい人間じゃないのはわかるでしょ?」
「もちろんです」
「あっ、わかった。文月の名を聞いて血が騒いだんでしょ?」
「面目ありやせん」
「まったく仕方ないな――ごめんね、セキ。上がって」

 
 もえに促され、縁側から家に上がろうとしたセキは注意され、改めて玄関に回った。その背中に美木村が声をかけた。
「文月、どうやらその剣の力を完全には引き出せていないな……お前の父にしかその剣は使いこなせないのかもしれんな」
「すごいね。美木村さんはそんな事までわかるの」
「今こそ魔を断つ力が必要だ。おれたちがいくら鬼を退治してもキリがないが、お前のその剣であれば何かが変わるはずだ」
「今夜も鬼退治?」
「うむ。若い衆が見回りから戻り次第出かける」
「でも今日はその件に関して別の会合が5時からあるんだよ」
「やる事は一緒だ。行く先は渋谷だからサンタには現地で会う」
「そうなの。じゃあサンタにそう言っとく」

 
 もえに付いてセキは主人の部屋に案内された。
 部屋では一人の老人が座布団の上で正座をしていた。

「おじいちゃん」
 もえが声をかけると老人が目を開けた。
「おお、もえか――そちらの青年は?」
 老人は年に似合わぬ立派な体躯と若々しい声をしていた。もえを見つめる目は優しかったが、セキを見る眼差しには心臓を鷲掴みにするような激しさが一瞬だけ見て取れた。
「セキよ。文月セキ」
 もえが説明すると老人は元の優しい目に戻って、卓袱台を挟んでセキに座るように勧めた。

「あんたが――しかし感無量だなあ。奈津子の娘のもえと文月のせがれのあんたが出会うなんて」
「やっぱり母さんが文月リンに命を助けられたせいじゃない?」
「いや、それだけじゃあない。あんたの母さん、沙耶香さんの父さんの大都はしばらくわしと一緒に暮らしてた事があってな。東京大空襲って言ってもわからんだろうが、その後数年に渡って大都を世話した」
「そうなんですか」
「沙耶香さんは大都の事をちっとも知らねえはずさ。最後に大都に会ったのはいつだったかなあ。確か『これから真由美さんと会うんだ』なんてのろけながら訪ねてきて、再婚したばかりのわしに『早く子供を作れ』みたいな事を抜かしやがった。それから一年ちょいで行方不明になっちまったんだなあ」
「母さんが、その、大帝の娘だって事は公にはなってないはずですよね」
「いつだったかな。藤太が警視庁の西浦さんを連れて家に来た事があったんだよ。その時にいい具合に酔っぱらった西浦さんがぽろっと言っちまったのさ」
「西浦さんらしいですね」
「そんな訳であんたとあっしの家は三代に渡って縁がある――どうか、もえの事をよろしく頼む」
「あ、いえ、こちらこそ」

 
「ところで美木村にはもう会ったかい?」
「おじいちゃん、聞いてよ」ともえが堰を切ったように話し出した。「さっき二人が庭で睨みあってたのよ。全く血の気が多いんだから」
「はっはっは。そりゃいいや。美木村が腕を認めたって事じゃねえか。さすがは文月の血筋だ」
「今夜、渋谷の鬼退治に一緒に行くんです」
「東京の鬼はいくら退治しても湧くように出てくんだとよ。どうやら元締めみてえのがいるんだろうが、こいつが新宿や六本木を移動してるもんでなかなか捕まらねえ。ようやく渋谷に追い込んだって訳さ。いいタイミングであんたが帰ってきてくれたよ」
「追い込んだ?」
「ああ、京都から立派な坊さんたちが来られててな。新宿や六本木に結界だか何だかを張ってくれたんだとよ。おかげで相手は渋谷に逃げ込まざるを得なくなった」
「京都から?」
「明日あたり、ここに寄るんじゃねえか――京都もヌエだか何だかが駅ビルに住みついてるって話なのにご苦労なこったよ。ま、どっちにしろ決着をつけなきゃなんねえ所だった。来てくれて感謝するぜ」
「僕がどこまでできるかわからないですけど」
「大丈夫だ。あんたが東京を、いや日本を救ってくれる」

 

先頭に戻る