目次
1 粉砕する女
兄妹たちを乗せたロクの操縦するシップは『ネオ』から地球に急行した。
「ヘキ、オレ、むらさきとくれないはここで降りる。大分時間食っちまった」と茶々がアトランティック付近の上空で言った。
「私たちもそうしよう」とハクが言い、コクも頷いた。
「私もここで降りる」とケイジも続いた。
「コウとセキはパシフィックがいいね」とロクが尋ねた。
「そうだな――にしてもロク、故郷に戻ってまで何を引っ張り出してきたんだ?」とコウが尋ねた。
「まだ内緒だよ。すぐにわかるさ」
ヘキ、むらさき、茶々、くれないはシップから降り、空に漂った。
「手分けしましょう。あたしとむらさきはサウスを目指すわ。相手がゾンビや吸血鬼だったら専門家が必要でしょ。茶々とくれないは北」
ヘキは一方的に言って去っていきかけたが、途中で振り返った。
「あ、それから行った先々でディック・ドダラスの居場所がわかったならすぐに連絡ちょうだいね」
「どうするつもりだよ」
「あんたみたいに殺したりはしないわよ。悪い事企んでるようなら直談判で止める」
「ふーん、そんな奴は殺しちまった方が早いのにな。というかロロと同じで簡単には会えないか」
「まあね、万が一の場合よ。じゃあね」
むらさきは少し困惑した表情を見せ、茶々とくれないに手を振ってヘキの後を追った。
残った茶々がくれないに言った。
「ヘキはずいぶんお前の事、嫌ってんな」
「愛情の裏返しだよ」
「――お前、ハートが強いな」
茶々とくれないはニューヨークの上空に近付いた。
「ねえ、連邦府に寄って様子を聞いてみる?」
くれないが言うと茶々は首を横に振った。
「先に行ってる荊と葎に会わなきゃなんだが、そんな事も言ってらんねえ。見ろよ」
茶々が指差す先の空中には灰色の雲の塊が見えた。
「あれがガーゴイルさんの群れじゃねえか」
「ほんとだ」
「行ってみようぜ。挨拶がてら」
二人が塊に接近すると相手も気付いたようだった。怪物の群れは金属がこすり合うような嫌な鳴き声を一斉に上げた。
「くれない、お前――得物は?」
小さな暗殺用の剣を構えた茶々が一向に武器を手にしないくれないに尋ねた。
「ん、何も持ってない」
「呑気な奴だなあ。とりあえず行くぜ」
茶々は人間よりはるかに大きな一体の灰色の怪物に斬りかかった。剣は首筋を捉えたが、派手に弾かれ、茶々は空中でバランスを崩した。
「こりゃ硬いわ。刃こぼれしちまう」
「一旦、ニューヨークに戻ろうか」
気が付けばガーゴイルの群れに取り囲まれた状態になっており、くれないがのんびりとした声を出した。
「そりゃいいが――」
「逃げるに決まってるよ。それ!」
茶々たちはほうほうの体でニューヨークの連邦府まで逃げ帰った。先に着いていた荊と葎がすぐに出迎えに現れた。
「茶々様、ご無事で」
「ひでえ目に遭ったよ。あんな硬い奴、どうやって仕留めるんだ?」
「街の様子はご覧になりましたか?」
「まだだ。早速、行ってみる。それから、くれないに何か武器を」
「くれない様、如何様な得物がよろしいですか?」
「ボクは軽いのがいいな。鞭みたいな」
「承知しました」
葎が去った後で、荊が言った。
「ところで茶々様、目付たちにご指示を」
茶々は頷いてヴィジョンで目付と頭領たちを呼び出した。
「英(えい)、お前はまだ日本だな。そっちはひとまず中断だ。イーストに渡ってくれ」
「かしこまりました」
「蔵(ぞう)はノースAだな。逐一情報を入れろよ」
「承知」
「荘(しょう)、お前はウエストを目指してくれ」
「はい」
「菌(きん)、蕾(らい)、華(はな)、蓮(れん)、葬(そう)、目付の指示に従って『草』を配置し直せ。今すぐだ」
「承知」
茶々はヴィジョンを切って、荊を見た。
「こんなもんでいいか?」
「十分です。では街に出ましょう」
ほんの少し前にセキたちが来た時にはあれほど賑わっていたタイムズ・スクエアは閑散としていた。道路には車やタクシーが乗り捨てられ、通りを歩く者はいなかった。
しばらく南に下ると連邦のソルジャーらしき人間が警備をしているのが見えた。
「この場所を本来守るべき軍は出動してねえんだな?」と茶々が荊に尋ねた。
「魔の蘇った後すぐに軍の施設が集中的に攻撃されたため、現在も混乱中というのが表向きの理由のようです」
「そりゃ気の毒だ。この状況じゃオレたちがエリア51でしでかした事も不問だな」
更に歩いて42番街に差し掛かった時に鞭を肩にかけたくれないがある事に気付き、声を上げた。
「あ、あれ。女の人が一人で歩いてるよ」
「そんな馬鹿な――本当だ。おい、ありゃ」
茶々たちの目の前でガーゴイルの群れが地上にいる女に空から襲いかかった。ガーゴイルたちは女の上空二メートルほどの地点で壁に突き当たったようになり、そのまま粉々に砕け散った。
「――ありゃあ『ネオ』にいた麗泉じゃねえか」
茶々たちは急いで麗泉の下に駆け寄った。真っ赤なチャイナドレスを着た麗泉は茶々たちに気付くとにこりと笑った。
「遅かったじゃない?」
「ああ、ロクが《エテルの都》に戻ってたんだよ」
「そう言えばそんな事言ってたわね――リチャードに頼まれたのよ。やっぱりあなたたちが心配みたい。ここの敵は硬いからあたしの力でどうにかしてあげようと思って」
「そいつは助かるな」
「さあ、早く片付けちゃいましょう」
麗泉は再び襲いかかってくるガーゴイルを粉砕しながら、どんよりと曇った空を見上げた。
(兄さん、あたしが初めて他人のために奮う力、見ていてね)