7.2. Story 1 World Destruction

 Story 2 王の誕生

1 それぞれの思惑

 一行が《ネオ・アース》の連邦本部に移動すると、むらさきが麗泉を連れて合流した。
「リチャード、大変な事に――」
「麗泉、兄さんの具合はどうだ?」
「むらさきちゃんのおかげで――それより」
「今からその打ち合わせをする。むらさきと君も参加してくれ」

 
 巨大な円形の部屋に入るとそこには『ネオ』の代表、文月源蔵が待っていた。
「孫たちが勢揃いか。よりによってこんな時に」
「源蔵。よりによってではないんだ。この災厄には私たちも大いに関係している」

 
 席に着いた一同は《青の星》の連邦軍司令、チコを呼び出した。
「ご一同。リチャードさんとはさっき話をしたけど。でもこうして再会するなんて夢にも思わなかった」
 今はすっかり中年の域に達したはずだが、相変わらず童顔のチコが巨大なスクリーンに登場した。
「やあ、チコ。会うのは二十年ぶりか。あの時ダレンに行った他の連中も元気か?」

「……カメラマンだったアーヴァインはテレビ局を辞めて、故郷で車の整備工場を経営してましたけど、最近は物忘れがひどいみたいで心配です」
「大変だな」
「でもジャンジルに比べれば。ジャンジルは地球に戻るとすぐに精力的に活動を開始したんです。『このままではこの星はだめだ』と。ところがその五年後にパリの街角で暴走した車に……」
「亡くなったのか?」
「今はネーベが彼の遺志を。もっとも彼女はリンに心酔するあまり、初めは彼を救世主と仰ぐ宗教団体を設立しようとしたんですけど、その夢は叶わなくて結局、『ディエム信奉会』と呼ばれる団体を興して活動してますよ」
「ディエムか」
「かく言うぼくもディエムは一つの拠り所だと信じてます。あの時ダレンに行った全員が同じ気持ちじゃないかなあ」

 
「なるほどな。では本題だ。チコ、さっきの話をもう一度、できるだけ詳しく話してくれないか」

「了解。今からおよそ20時間ほど前の事です。スクランブルで世界各地からの救助要請が一斉に入りました。A、大陸、大洋、あらゆるリージョンで軍事施設が謎の存在から襲撃を受けているとの事でした」
「あれ、さっきコクが言ってたイギリスやフランスとかと場所が違わねえか?」とコウが尋ねた。
「それはね」とチコが答えた。「連邦はこの星を『リージョン』単位で管理しているからです」
「リージョン?」
「さっき言ったみたいにディエムに関係してるんですよ。ディエムからのメッセージを伝えた人がいて、この星を十二のリージョンに分けなさいという一節があったので連邦はそれを踏襲しています」
「ふーん」
「『ノースA』、『ラテンA』、『オリジン』、『パシフィック』、『アトランティック』、『インディアン』、『ノース』、『サウス』、『ウエスト』、『イースト』、『デザート』、そして『ブランク』。ぼくらはこのリージョンをさらにA、オリジン、大陸、大洋の四つに集約して拠点を置いています」
「なるほど。話の腰を折っちまって悪かった」
「構いませんよ。これから君たちはこの星を救ってくれるんだから、知っておいて損はない」

 
「――で話に戻ると」とチコが説明に戻った。「刻々と最新の情報にアップデートされているんで、そうですね、まずはAの状況からいきましょうか」

 

【チコの報告:A】

 AはノースAとラテンAのリージョンから構成されています。それより細かい、いわゆる国の概念を他所者の君たちに言っても混乱するだけなので止めておきましょう。
 確か君たちのほとんどが行った事ある場所、そう、ヴァネッサ皇女救出を行った大都市ニューヨークがあるのはノースAですね。
 ここには強大な軍事力を備えた大国があって、連邦との間で援助の要不要を巡ってしばしば小競り合いが起こったりします。
 けど、さっきも言ったように20時間ほど前にまず軍事施設が襲撃されて、現時点では反攻できていないようです。
 襲撃した相手は不明、目撃者によれば巨大な蛾の姿をしていたとか、ガーゴイルと呼ばれる魔よけの石像だったとかだったので信憑性が疑われています。

 その後、Aの全域、ノースからラテンに至る広範囲で死者が蘇り、巨大な吸血蝙蝠のような怪物が出現したという情報を受けて、『これはとんでもない事が起こっているぞ』とようやく自覚したような有様です。

 

「以上がAの状況ですけど何か質問は?」
「まずは状況を聞きたい。次に移ってくれ」

 

【チコの報告:オリジン】

 人類の起源の地という意味でこの名で呼ばれています。このリージョンは元から貧困や疫病、飢餓問題を抱えていたため、連邦の庇護が手厚かった事もあり、今回の騒動に関しても連邦軍が全面的に対処していますので、比較的問題なく事態は推移しています。

 

「結果オーライだな。次は?」

 

【チコの報告:大陸】

 最も複雑な地域です。イーストとウエスト、ノースとサウス、デザートとブランク、全てのリージョンで文化が異なります。強大な軍備を備えるウエストとノースで軍事施設が襲撃され、これに反撃しましたが返り討ちに遭ったようで、現在正確な情報が把握できておりません。
 そしてイーストの状況ですが――

 

「大陸を安定させていた養万春が暗殺された。現状は把握できているか?」とリチャードが尋ねた。
「そこまでご存じですか。お恥ずかしい話ですが、養大人が暗殺され、ドリーム・フラワーが爆発的に広まり、進んでいた連邦加盟がおじゃんになった。そんな理由もありイーストの管理を後回しにしていました。あの広大なリージョンで今、何が起こっているのか、ようやく調査を開始したような有様です」
「そうか。茶々、『草』を総動員だな」
「抜かりないぜ。もう声はかけた」
「という事だ。チコ、続きは?」

 

【チコの報告:大洋】

 ここは三つの巨大な海、パシフィック、アトランティック、インディアンを抱える地域で、ぼくの師匠、そして皆さんのお父さんであるリンはここのパシフィックと呼ばれるリージョンの出身です。
 ここもかなり広大ですが、オリジンと並んで連邦のサポートが行き届いた地域です。
 現在、連邦は主に海の安全な航行の妨げになる怪物の掃討を優先に行っていますが、陸上でも様々な怪物の目撃が報告されています。

 

「――以上です」
「ありがとう、チコ。今度はこちらからの情報共有だ――実は私たちはノースAのリージョンにいた」
 リチャードは一連の出来事をチコたちに説明した。

 
「うーん、僕はまだ怪物をこの目で見た訳じゃないから信じ難いけど、他に説明しようがないですね」
「地獄の釜の蓋を開けてしまった訳だな」
「そんなに落ち着いて言わないで下さいよ。やっぱりこれはコメッティーノ議長に連絡しないとだめですね」

「ちょっと待ってくれないか」と源蔵が声を上げた。「さっきのチコ君の説明に少し引っかかる所があってね」
「何でしょう?」
「君は『Aでは軍事施設が襲撃されて反攻できていない』と言ったが、あの国は表立った基地が機能停止したとしても、十分反撃する力は残っていると思うのだが。それともそれほどに壊滅的な打撃を受けたのかね」
「文月さんのおっしゃる通りですね。連邦の分析でも彼らが襲撃によって受けた被害は微々たるもの。何故、この事態を静観しているのだという疑問が残ります」

 
「同じ考えの奴はいるものだな」とリチャードがぼそりと呟いた。
「えっ、リチャードさん、どういう意味ですか?」とヴィジョンの向こうのチコが大声を上げた。
「これをチャンスと考える人間が私以外にもいる」
「チャンス、これのどこが?」

「私の立場から言えばこれは『連邦加盟のラストチャンス』だ。この星は二十年間何をやってきた。仮加盟までいったのに自らの愚かな行いでそれを放棄し、原始的破壊兵器を未だに捨てられずに、民族や宗教を異にする者たちが醜く争う。いっそ魔物たちが既存の枠組みを壊してしまえば、加盟も現実的になるではないか」

「同じ考えの人間とは?」
「ディック・ドダラス、大国の指導者であると同時にアンビスの重鎮でもある。奴はロロと通じてあらかじめこうなる事を予想していた可能性は否定できない」
「連邦に対しては協力的ではありませんよ」
「もちろん向こうのゴールは違う所、この世界の支配だ。どこかのタイミングで一気に攻勢に出るために怪物退治は連邦に任せ、今は力を温存しているんだ」

 
「何て厚かましさだ。それにリチャードさん、連邦もドダラス大統領と同様この事態を静観しようとするつもりですか。それは聞き捨てならないなあ」
「個人的にはそうするのが一番だと思っている。それはここにいるケイジ師匠も同じはずだ」

 気配を消していたケイジが姿を現すと、チコが驚いたように言った。
「これはケイジ師範」
「久しぶりだな、チコ」
「はい。師範が東京を離れるなんて……やはり尋常ならざる事態なんですね」

 
「チコ、地下についても同じだ」とケイジが言った。「何百年に渡ってアンビスとパンクスが地下で奇妙な共存を続けている。地上での諍い、地下での諍い、全て白紙に戻すいい機会だ」
「ではお二人共この状況を静観すると?」

「言ったろう。個人的にはそうしたいが、ここにいる若者たちは納得しない」
 リチャードはそう言ってからセキを見た。
「セキ、そして皆。最初の担当リージョンを決めるのでそれぞれ現地に赴いてくれ――まずA、さっきのチコの説明にもあったように軍事力はあまり期待できないので苦しい戦いになるかもしれない。ヘキ、むらさき、茶々、くれないで当たってくれ。オリジンからデザート、ここはハクとコクに任せる。コウはイーストの調査兼魔物退治だ。セキは大洋だがもえの所に行ってやれ。ロクは全てのリージョンを速やかに移動して兄妹たちと連携を取れ。担当リージョンが片付いたら他の地域に移動して構わない。以上、質問はあるか?」

「私たちがAに赴いた方が良いのではないかな。ドダラス大統領とも面識があるし」とハクが尋ねた。
「いや、政治的な動きは必要ない。それにおそらく面談を求めても拒否されるだけだ。ヘキの指揮の下、当面の脅威を排除し次第、次のリージョンに移ってもらう」

「リチャード、初期配置のバランスがおかしくないかしら。あたしだったらノースやウエストにも人を当てるけど」今度はヘキが質問した。
「チコが状況が把握できていないと言っていたろう。『草』が内偵を進めてからリージョンに飛び込むのでも遅くはない」
「でもイーストは?」とロクが尋ねた。
「イーストの混乱は今に始まった事ではない。それなりの実力を持った者を向けないと危険だ」
「へっへっへ。リチャードは人を見る目があるな」とコウが嬉しそうに言った。

「で、リチャード。でっかい戦争が起こりそうなリージョンはどこだと踏んでんだ?」とコクが訊いた。
「チコの説明に基づけば、オリジンや大洋は連邦のコントロール下ですぐに安定を取り戻す。Aは連邦ではない別の力によってこれも制御される。となれば、残るは大陸、イーストかノースかウエストか、そればかりは誰にもわからん」

「ロロの行方は?」と源蔵が質問した。
「Aのドダラスの下に逃げ込んだとしたならそこまでだ。だがここまでの仕掛けを仕掛けた奴だ。おそらくできるだけ近くで事の成り行きを見守ろうとするに違いない」
「それが大陸なのか?」
「言っただろう。誰にもわからないと」

 
「ケイジ師範はどう行動するんです?」とチコが尋ねた
「私はこの機会にドリーム・フラワーに関与した世界中のアンビスを潰す。では又な」
 ケイジは部屋を出ていった。

「僕も行く」
 セキもケイジの後を追いかけた。
「セキ、待て」
 リチャードが出ていこうとするセキを止めた。
「本当に恐ろしいのは魔物や怪物ではない。かつて暴虐の限りを尽くした人間が蘇った可能性を考え、そういう奴らには十分に注意しろ」
「わかった」

 
 セキが出ていった後、リチャードは残りの兄妹たちに尋ねた。
「お前らは?」
「もちろん今すぐ出発だぜ」とコウが真っ先に答えた。
「オレも」と茶々が続いた。「暴れ足りないからな」
 茶々の言葉を受けて荊と葎も静かに会議室を出ていった。

「私も」とむらさきが言い、くれないも「ボクも」と言った。
「あたしも行くわよ」とヘキも言った。
「もちろん俺も、な、ハク」とコクがハクに言った。

 
「リチャードはどうするの?」とヘキが尋ねた。
「説明した通りだ。《青の星》が膿を出し尽くすまでは静観だ。お前らとは違う戦いだ」

 部屋を出ていこうとしたコクが振り返り、リチャードに言った。
「リチャード、蘇った魔物よりもあんたの方が危険かもしれねえな」

 
「ところでリチャードさん」とヴィジョンの向こうのチコが言った。「そちらの女性の方はどなたですか。リンの身内ではないようだけど」
「ああ、彼女か。養大人がいなくなった飛頭蛮の一番の実力者だった虞麗泉だ」
「えっ、この星の人間で最強の戦闘力を持つのではないかと言われた伝説の虞美人草ですか?」
「止して下さい、チコ司令。あたしの力は所詮借り物、その内消えてしまう儚いものです」
「ははは、面白い事言いますね。でもリンの子供たちを助けてやって下さいよ」
「もちろん。彼らはあたしの命の恩人だから」

 
 兄妹と一緒に外に出たはずのロクが一人で戻ってきて、麗泉に声をかけた。
「あ、シップは用意できたんですけど、一旦《エテルの都》に戻って、すぐに来ます」
「あたしは気にしないで。勝手に動くから」
「シップだけじゃなくて秘密兵器を持ってこようと思って」
「何だ、里心がついたのかと思ったぞ」とリチャードが冷やかすと、ロクは少しむっとした顔になった。
「そんなんじゃないよ。これから毎日飛び回らなきゃいけないんだ。言い方は良くないけど、これはぼくの野望実現への第一歩でもある」
「ふーん、まあしっかりやってくれよ。お前らには期待してる」

 ロクは再び会議室を出た。

 もっと力をつけなきゃ

 そしていつかあの人を探す旅に出る

 

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