目次
1 父の足跡
記念館訪問
一行は東京の地下にある『パンクス』日本支部に戻った。
釉斎、ティオータ、サンタ、西浦が顔を揃えて出迎え、サンタは何度もメリッサ皇女救出の礼を言った。
「ところで先生」とリチャードが釉斎に言った。「お聞きしたい事がある」
「大方アメリカのアンビスのボスの居場所でしょうが、私はもちろん村雲ですら知らない」
「やはりそうですか……」
「しかし文月君のお子さんたちが揃うと壮観ですね」と西浦が口を挟んだ。「おや、お一人足りないかな」
「七番目のむらさきは『ネオ』にいます。ほら、麗泉の――」
「なるほど。しかしこれだけの方がいらっしゃるなら記念館に何か残していってもらいたいなあ」
「記念館?」と茶々が声を上げた。
「ええ、『文月リン記念館』、私はそこの館長をしております」
「何それ。ボク行ってみたい」とくれないも叫んだ。
「くれない。だから遊びじゃないんだよ」とヘキがたしなめた。
「まあ、いいじゃないですか」と言って西浦は相好を崩した。「せっかくだから見てやって下さいよ」
「西浦さんがここまで言って下さっているんだ。行こうじゃないか」とハクが言い、リチャードも頷いた。
リチャードと荊、葎を残して兄妹たちは地下を通って記念館に向かった。喫茶『都鳥』の外観をそのまま取り込んだ五階建てのビルにある一階の受付で手続きをしていると、ハクやコクに気付いた見物客が歓声を上げた。
西浦は彼らに事情を説明してから兄弟たちの下に戻った。
「大切な任務の最中だとお伝えしたので、サインを求めたりはしないでしょう。で、一通りご覧になります?」
兄妹たちは西浦の案内で一階から展示を見て回った。
一階は受付の右脇に喫茶『都鳥』を再現したカフェがあり、左側に展示品が飾られていた。リンの幼い頃のコーナーだったが写真は見当たらず、絵の描かれたパネルとその説明文のみで構成されていた。
二階に上るとリンの少年時代から青年になるまでのコーナーでようやく写真がぽつぽつと飾られ出し、リンが戦いに身を投じた理由が記されていた。
三階にはリンの銀河の旅の記録の展示で、立ち寄った様々な星の資料、主に連邦のロゼッタ映像を基にした写真が飾られていて、それなりに価値があるものだった。
四階が『未来』というテーマでリンの子供たちのコーナーとなっていた。
つい最近のハクが国連で演説した時の写真もすでに展示されていて、ハクは苦笑しながら写真にサインをした。
それぞれの子供たちの写真にサインをしてもらった西浦は嬉しそうに言った。
「展示はここまでです。五階は現在未整理の資料が置いてあって――ああ、そうだ。見て頂きたいものがあるんですよ」
奇妙な写真
西浦は五階に上がり、茶色の資料箱を両手で抱えて戻った。子供たちが写真にサインをしたテーブルの上に資料箱の中身をばっとぶちまけると、中から大量の写真やノートがこぼれ出た。
西浦は鼻歌交じりで一枚の写真を探し当て、兄妹の前に丁寧に置いた。
大きさは半切ほどでかなり退色が進んでいたが、カラー写真だった。
「これは?」
「一階に飾っていたリン君の唯一の子供時代の写真だったんですけどね。理由あって今は展示してません」
「あ、本当だ。父さんだ。隣はおじいちゃんですか?」
ロクが尋ねると西浦は嬉しそうに頷いた。
「忙しい源蔵さんがリン君に初めてしてあげた家族サービスがその写真の大阪万博……でもその後すぐに源蔵さんは謎の失踪を遂げたんです」
「へえ、誰が撮ったんだ?」とコクが質問した。
コクが尋ねた通り、写真は不思議な角度から撮られていた。幼いリンとその隣を歩く源蔵の姿がまるで防犯カメラの映像のように少し上から見下ろすような感じで縦の画面の中央に納まっている。
「これはね、このパビリオン……って言ってもわからないか、この展示館が提供したサービスで、自動的に来場者の写真を撮って、それを帰るまでに現像して記念品として渡してくれるっていう当時としてはとても画期的なものだったんですよ」
「ふーん、何が画期的なのかよくわからないけど、そのおかげで父さんの子供の頃の写真がこうして残っている訳ね」とヘキが言った。
「そう、源蔵さんは写真をもらってすぐにリン君に預けたんです。あ、今見てるのはこの記念館の展示用に引き伸ばしたものだから、実物はもっと小さなサイズでしたけどね」
「だからおじいちゃんが行方不明になっても写真は残ったんだね?」とくれないが言った。
「そう。リン君の子供時代の、そしてお父さんと一緒に撮った唯一の写真です」
「そんなに貴重な写真ならよ」と茶々がぼそりと呟いた。「展示すりゃいいじゃねえか?」
「まさしくそこです。最初は展示していたんです。でも数年前から来場者たちの間から妙なクレームが上がり出しましてね。で、いちいち説明するのが煩わしくなって引っ込めたんです」
「よくわからないですね。よほどの事でもない限りは貴重な写真を展示からはずすような事はしないでしょう」とハクが言うと、西浦はいたずらっ子のように目をくりくりさせて笑った。
「この写真、もっとよく見て御覧なさいよ。何かに気付きませんか?」
兄妹がテーブルに置かれた写真をじっと見つめる中、コウがおもむろに写真を手に取った。
「こういうのは砂漠育ちのおれに任せろよ……どれどれ……ふむふむ……ああ、こりゃあ確かに妙だ。騒ぎになったのもわかる」
「勿体つけるなよ、コウ」
コクが言うと、コウはにやりと笑った。
「なあ、兄貴たちが最初にこの星に来たのはいつだ?」
「いきなり何を言い出すんだ。あれは二年前だったかな、ハク?」
「確かそのくらいだ。で、それがこの写真とどう関係があるんだい?」
「西浦さんよ。この写真に関する妙な噂が広まり始めたのは、兄貴たちがこの星を訪れて大人気になったのと同じ頃だよな?」
「その通りです。さすがは砂漠の民、よく気が付きましたね」
「まあね、なあ、皆。ちょっとピントは甘いけど、ダディたちの後ろをよく見てみろよ」
コウに促され、兄妹は再び写真を見つめた。
「あっ」
最初に気付いたのはセキだった。やがて他の兄妹たちも小さく声を上げ、気付いたようだった。
「――ハクとコクが写ってる」
確かに少しぼやけてはいたが、リンと源蔵の背後の来館者の列の中に一際目立つ銀髪と黒髪の二人連れの青年が写っていた。
「……おかしいだろ」
「そこなんですよ。数年前のハクさんとコクさんのブームによってこの記念館の来場者は増えました。何度も足を運んで下さる熱心な若い娘さんたちもいて、そんな方のお一人がある日、私の下にやってきてこう言ったのです。『一階の写真は合成ではないのか。子供の頃のリンの後に青年のハクとコクが写っているなんてありえない』」
「そりゃそうだ」とコクが言った。「親子三代と言えば聞こえはいいが、二代目がまだ小学生なのに、三代目は立派な大人の成りをして一枚の写真に納まってる。こんな事はありえねえな」
「どうしたの、コク」とセキが尋ねた。「そんな他人事みたいな言い方して。ここに写ってんの間違いなくハクとコクだよね」
「身に覚えがないから説明のしようがない。慌てた所で仕方ねえだろ」
「西浦さん」とハクが口を挟んだ。「この写真が撮られたのは……そうですか。今から三十年以上前になるのか」
「画像の合成ではないとするならば」とロクが言った。「三十年以上前に存在したハクとコクに似た人がたまたま映り込んだか」
「いや、二人とも特徴あり過ぎだから、たまたまこんな人たちがいるとは考えにくいわよ」とヘキが答えた。
「それにこの服装」と西浦も続けた。「この当時の若者のファッションとは全く異なります。今のお二人の姿に近い」
「ならば『兄貴たちが過去に行った』としか考えられないんじゃないのか?」と茶々が言った。
「ちょっと待てよ」とコク。「こっちにその記憶がねえって事はこれから先のどこかで過去に行くって意味か?」
「でもさ」とくれない。「三十年前に戻った写真があるって事は、今のハクやコクにもその記憶がないとおかしくならないのかな?」
「そうじゃないよ」とセキ。「今のハクとコクと過去に行った記憶のあるハクとコクは別人みたいなもんだから……」
「そもそも」とハクが会話を止めた。「どうやって過去に行くんだい?」
「もっともだ。まあ、その時が来ればこの謎は解けるだろうよ」とコクが半ば強引に結論付けた。
「西浦さん、まだ他にも面白いものがあんのか?」
写真に残されたもの
「実はもう一枚お見せしたい写真がありまして」
西浦は嬉しそうに話を始めた。
【西浦の回想:リンの思い出】
――元々ここは文月君親子が暮らしていた『都鳥』という名の喫茶店でしたが、オーナーの静江さんが源蔵さんと結婚し、沙耶香さんも連れて『ネオ』に行かれたので、その跡地をどうしたものかと当時まだ警察にいた私に相談があったんです。そこで私は『文月リン記念館』を建てたらどうかと提案し、警察を早期退職して館長の座に納まりました。
その際に写真を源蔵さんから借り受け、文月君本人から様々なエピソードを聞こうと考えていましたが、肝心の主役が各地の奥様の暮らす星を数か月単位で泊まり歩く生活をしていてなかなか会う事ができませんでした。
末っ子のくれない君が生まれてからようやく地球に落ち着くようになり、私は彼と時間を共にする機会を持てるようになりました――
「その話が何か――」
「ごめんごめん。ここからが本題」
ハクに言われて西浦は少し照れたような顔をした。
――彼はここにいる間、あまりどこかに出かける事はありませんでした。たまに沙耶香さんやジュネさん、ニナさんが遊びに来る程度でしたね。
ですが行方不明になる少し前に沙耶香さんと旅行に出かけた事があったんです。「どこに行ったんだい?」と尋ねても彼は答えず、代わりに写真を見せてくれました。それがこれです――
西浦は資料の山から数枚の写真を兄弟たちの前に置いた。
「どこだかわかりますか?」
「さあ、荒野のようですが――」とハクが言うとコウが身を乗り出した。
「どれどれ、おれに任せろよ。うーん、こりゃ奥に何かある。きっと親父が撮りたかったのはそれだな」
「さすがはコウ、砂漠暮らしは目がいいな」とコクが感心して言った。
「こんなもんじゃないぜ」と言ってコウは写真にぐっと顔を近付けた。「目に力を込めればこの写真の撮られた場所に行ったのと同じような状態になる」
コウはしばらく無言で写真を穴のあくほど見つめたが、やがてこう言った。
「――どっかの基地か。警備がものものしいや。ああ、看板が出てらあ。『エリア51、警告』だと」
「エリア51、それはアメリカ軍の基地ですね」と西浦が言った。
「西浦さん、有名な場所ですか?」とヘキが尋ねた。
「そうですね。もっぱらUFOや宇宙人が保存されてるって噂話ですけどね――」
「あっ」
別の写真を見ていたコウが声を上げた。
「こっちの写真には手書きのメモが写り込んでる」
「――何が書いてある?」とコクが尋ねた。
「ええと、『息子たちよ。探すものはこの中に』」
判明した目的地
沈黙が訪れ、ハクが真っ先にその沈黙を破った。
「さて、帰ってリチャードに伝えないと――」
「おい、ハク。待てよ。納得できるか」とコクが言った。
「そうよ。これじゃあまるで――」とヘキが言った。
「父さんの掌の上で踊っているだけだ」とロクが言った。
「写真の向こうで笑ってる姿が目に浮かぶぜ」とコウが言った。
「でもこれで目的地もはっきりしたし――」とセキが言った。
「オヤジが予言者かどうかなんでどうでもいい。早いとこ暴れようぜ」と茶々が言った。
「そうだよ。まずは感謝しよう。父さんの吊るし上げは会った時にでもやればいいよ」と最後にくれないが言い、皆頷いた。
「何だかいやあな予感がしますね」と西浦が言った。
「どうして?」とヘキが尋ねた。
「いえ、杞憂であるに越した事はないんですけど、かつて二十年前にこの星に危機が訪れた時に、須良大都、あなた方のお父さんは『この星の人間は自らの未成熟さを自覚しなくてはいけない』と言われたそうです」
「それが何か?」とハクが言った。
「私たちは本当に自覚に至ったのでしょうか。だとしたら何故、未だに連邦に加盟できないのでしょう?」
「ドリーム・フラワーの件とかあったしな」とコクが言った。「でも親父とは関係ないさ」
「私は恐れているんです。二十年前も須良大都の警告があったにも関わらず、様々な要因が重なり東京は大変な事態に陥ってしまった」
「西浦さんは父さんがその時のじいちゃんの役割を再現していて、同じように危機に陥るんじゃないかって言いたいんだね」とセキが言った。
「そうです。文月君の書いた筋書き通りに皆さんはエリア51に向かわれます。ですがそこに行ってしまえば取り返しのつかない事が起こる、そんな気がしてなりません」
「なるほどな」とコウが言った。「でもこのまんまって訳にもいかない。何しろ『探すもの』、つまりロロに会えるって事だろ。行ってみるしかないさ」
「ですねえ」
「私たちも同行する」
声に振り返った兄妹たちの目の前に立っていたのはリチャードと白い袷を着たケイジだった。
「西浦さんの言う通りだ」とリチャードが言った。「お前たちの手に余る事態になるかもしれない」
「二十年前の弟子の警告の続きを弟弟子が引き継ごうとしているのならば、師匠である私も動かずばなるまい」
「やった。リチャードとケイジがいれば千人力だ」
セキは大喜びだったが、ケイジに初めて会うヘキ、ロク、茶々、くれないはその容姿に言葉を失った。
しばらくしてヘキが口を開いた。
「銀河一の剣士と一緒に行動すれば、少しは強くなれるかしら?」
「――そんな気持ちではどうあがいても強くはなれん」
ケイジは一言の下に斬り捨てた。
「社交辞令じゃない――」
「自分が兄妹の中で一番強いと思っていたが、血しぶきを浴びて生きるセキや茶々に到底敵わない事がわかった。その焦る気持ちは理解できる」
「そんなつもりじゃ――」
「気持ちはわかるが、お前の追い求める強さはそう易々とは手に入らない。気長に構えるのだな」
ヘキはケイジの言葉を最後まで聞かずに俯いた――
(何よ。あたしだってわかってる。セキの強さは『人のために生きる』事から生まれるもの。でもあたしが欲しいのは『純粋な力』……)
「しかしケイジが日本を出る日が来るとはな」とリチャードがしみじみと言った。
「私にも想いがある。アンビスの殲滅、おそらくエリア51に潜んでいる最大の敵はこの手で倒さねばならん」
「ケイジさん、リチャードさん」と西浦が言った。「この星は大丈夫ですよね?」
「どうかな。二十年越しの試練で、しかもその影には七武神最強とも言えるリンの存在がある。ただでは済まないのは覚悟しておいた方がいい」
「でもお二人に加えて文月ファミリーまでいるんですから」
「確かにその場は力を持って押し切れる。だが向こうも予想していたとしたら……」
「としたら?」
「最早手遅れだ」
「そんな」
「コウが言っていた通り、行ってみないとわからない。一刻も早く現地に向かうぞ」
「わかった、シップを準備してもらう」とロクが緊張した声で言った。
兄妹たちが慌ただしく出ていった後に館内に残った西浦は一人呟いた。
「文月君。セキ君の訪問に始まった今回の件、全て君の計画通りなのでしょうか――