7.1. Story 6 ブルーバナー

 Story 7 最高機密

1 クイーン

 

ハクの演説

 演説が終わり、満場の拍手を浴びてハクは優しく微笑んだ。
「あーあ、これでまた俺たちの女性人気が上がっちまうな」とコクが嫌そうに言った。
「ちょっと、コク」とヘキが言った。「調子に乗り過ぎじゃない?」
「ううん、本当なんだよ」とセキが代わって答えた。「前にハクとコクが日本を訪れた時、物凄い人気でテレビや週刊誌に追い掛け回されたんだ。もえもそれを覚えてたから――あーっ!」
「どうした、セキ。具合でも悪いのか?」とコウが尋ねた。
「もえに連絡するの忘れてた」
 セキはそう言って連邦府の建物にあるカフェの中をうろうろ歩き回った。
「誰だ、もえってのは?」とコクが尋ねた。
「セキのガールフレンド。父さんと関係ある人の娘さんだって」
「ふーん、やる事はやる奴だなあ。俺やハクよりも進んでらあ」

 セキは意を決するとヴィジョンでトーラを呼び出した。
「あ、トーラ。元気。うん、こっちは任務完了。そっちは皆、元気?」
「セキさん、グッド・タイミングです。今ここにケイジがいるから話しなさいな」
 トーラの姿以外には何も映っていない空間から声が響いた。ケイジの『自然』を初めて目の当たりにするセキ以外の兄弟は息を呑んだ。

「他の兄弟も揃いつつあるな。セキ、お前に伝えておく事がある」
「何?」
「もえの事だが、来月から夏休みだ。その時に《ネオ・アース》に行ってもらう」
「えっ、どうして?」
「むらさきが『ネオ』に行って麗泉の兄の治療に当たるのだが、もえにも正式に癒しの力を発揮してもらおうと思っている」
「そんな――もえは知ってるの?」
「知っているも何も、もえが望んだ。『自分の力で人を救いたい』とな。良い彼女を持ったな」
「じゃあ、むらさきが代わりにこっちに来るの?」
「『ネオ』でもえと会って、それからだ」

「ところでさ、ケイジ。ハーミットに会ったよ」
「ふむ」
「戦争が終わってすぐ日本に行った事があるって言ってた」
「……なるほど。姿を隠す必要がある訳だ」
「どういう意味?」
「ハーミットはジム・ドダラスだ」
「?」
「後は自分で考えろ」

 セキはヴィジョンを切った。
「何だかもえの件は変な事になっちゃった」
「ちっとも変じゃない。おふくろに紹介するいいチャンスじゃねえか」とコクが言うと、「その通り」と言う声が別の方角からした。
 振り向くとそこにはついさっきまで国連で演説をしていたハクの姿があった。
「皆。今回は大変だったね。おかげで演説も上手くいったよ――セキ、少し変わったな。背でも伸びたか?」

 セキはハクにケイジの言ったジム・ドダラスという名を伝えた。
「それは大変だ。今まで同じ苗字の人間と同席していた。アメリカ合衆国大統領、ディック・ドダラスとね」
「えーっ!」

 

渋谷に降り立った女神

「しかしハク様は素敵よねえ」
 渋谷のスクランブル交差点の近くの巨大ヴィジョンに映ったハクの姿を制服姿の女子高生二人が見上げていた。
「ねえ、もえの彼氏ってハク様の弟なんでしょ?今度紹介してよ――コク様でもいいけど」
「もうチカったら。早く買い物、済まそうよ」
 もえとチカと呼ばれた友人は交差点を渡ってスペイン坂を目指した。
「で、最近はどうなの?彼氏とは」
「うーん、ニューヨークに行ってて連絡がないのよ」
「えっ、ハク様と一緒かしら?」
「それもわからない。あーあ、あたしも『インプリント』しようかなあ。そうすればいつでもヴィジョンで話せるじゃない?」
「でも地球人が『インプリント』受けるのは難しいっていうじゃない。何千人に一人しか合格しないって話よ。あ、そうか。彼氏と結婚しちゃえばいいのよ」
「そんな事しないでも合格してみせるわよ――あら、あの人たち、何かしら?」

 
 異様な光景だった。スペイン坂を降りてくる一団、先頭を歩くのは驚くほど可愛い女の子だった。チェックのミニスカートに白いブラウス、髪の毛は栗色でフランス人形のように肌の色が白かった。
 彼女の後を二十人くらいの男がまるで付き従うように歩いていた。学生風からサラリーマン、いい年をした老人までいて、女王の行進のようだった。
 先頭の女王はすれ違いざまに立ち止まってもえをじっと見つめた。もえは彼女の可愛らしさにどぎまぎして、少し早足で坂を登った。

「ねえ、もえ。今の娘見た?」
 坂を登り切った所でチカが言った。
「うん」
「すごい可愛いね。まるでお人形さん」
「うん。でもどこかで会った事あるのかな。こっちをじっと見てた」

 一方、坂を降り切った女王の集団はそこで立ち止まり、先頭の少女が声を上げた。
「はーい、皆、お疲れ。ボクもう飽きちゃったから解散ね」
 男たちからは「うー」とか「えー」とか落胆の声が上がったが、少女はお構いなしに再び坂を走って登っていった。

 
 もえたちが専門店の建ち並ぶビルに入ろうとしていると背後から声がかかった。
「ちょっと待って。そこの君だよ」
 もえが振り向くとそこに立っていたのはさっきの美少女だった。
「えっ、あたし。何の用ですか?」
「うん、君、可愛いよね。さっき見とれちゃった」
「いえいえ、そんな。あなたの方がずっと可愛いですよ。こっちでも言ってたんです」
「ボク、わかったんだよ。その服、それがまた可愛いんだ。ねえ、それ、どこで手に入るの?」
「どこでって。そちらの洋服も可愛いですよ。何もこんな制服着なくても――」
「もう、そちらだなんて他人行儀だなあ。ボクはくれない。『くれない』って呼んでよ」
「はい。くれない……えっ、くれないってもしかしてセキの?」
「そうだよ。くれない・パラディス・文月。何でセキを知ってるの?」
「それは」
「まあいいよ。セキはやっぱり女の子の趣味がいいね」
「セキだけじゃなくて、コウにもヘキにも会ったわ」
「ヘキにも――うーん、嫌な事思い出させてくれるなあ」
「こんな所でのんびりしてていいの。皆、ニューヨークに行ってるわよ」
「そう。早く行かなくちゃならないんだ――ああ、でもその服も欲しいし」
「――だったらこうしましょう。最近、この手の服を売ってるお店があるからそこで買って、それでニューヨークに行けばいいじゃない?」
「名案だ。うん、そうしよう。ところで君の名前は?」
「もえ」
「よーし、もえ。早速そのお店に行くよ」
 もえは呆然とするチカに「ごめん」と謝って、くれないと共にブルセラショップに向かった。

 

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