目次
1 コウとヘキ
コウの到着
セキともえは連れ立って渋谷の街を歩いていた。
「良かったね、セキ。体も元通りになって」
「もえのおかげだよ。あーあ、毎日がこんな楽しかったらいいのになあ」
もえが足を止めて街角の巨大ヴィジョンを見上げた。
「セキ。あそこに映ってるのお兄さんじゃない?」
「えっ……ハクだ。何で?」
「ニューヨークの国連本部に連邦の代表として来たみたいよ。すごいわね」
「うん、でもコクやヘキやロクは一緒じゃないんだ」
「お一人みたい――ねえ、これから迎えに行くのもお兄さんでしょ?」
「ロクの下で僕の上のコウだよ。兄さんって言ってもほとんど同い年だけどね」
セキたちが東京湾上に浮かぶ連邦の施設で待っていると、一人の青年がやってきた。
褐色の肌に金髪が針のように立っていて、民族衣装風の黄土色のだぶだぶな服を着ていた。
「ねえ、セキのお兄さんって外人なの?」
「コウはアダン母さんに似てるんだ」
「いよぉ、セキ。出迎えご苦労」
コウは陽気に駆け寄ってセキとハグをした後、もえに気付いた。
「あれ、こちらのかわいこちゃんは?」
「もえだよ。僕がお世話になってる」
「市邨もえです。よろしく」
「へへー。彼女って訳だ。おれはコウ・マノア・文月。《オアシスの星》からはるばる来た。よろしくな」
「アダン母さんの家は由緒ある家柄なんだよ」とセキがもえに説明した。
「へへへ。ママンは相変わらず酔っ払い相手に酒場をやってるよ。立派なのは墓だけさ――ところでよ、来る時にママンが言ってたけど、この《青の星》にはデズモンド・ピアナが住んでたそうじゃないか」
「デズモンド・ピアナ?どこかで聞いた名前だね」
「『クロニクル』の編者だよ。代々ピアナ家ってのはマノア家の執事をしてたらしいんだが、デズモンドの代に星を出て冒険家になっちまったんだと。もしもデズモンドの子供でもいれば面白いじねえか」
「うーん、どっかで聞いたかもしれないけど思い出せないな」
「ま、最近じゃ『クロニクル』を読んでる人間も少ねえし、思い出したら教えてくれよ」
「うん。ところでさ、コウはリチャードに呼ばれたんでしょ?」
「直接じゃないけどな。ママンに連絡が入った」
「リチャードは昨日から行方知れずなんだ。まあ、一つ大事が片付いたからね」
「セキ、あれじゃないの」ともえが口を挟んだ。「麗泉さんのお兄様を《ネオ・アース》に連れていくのに付き添っているんじゃない?」
「ああ、それだ」
「何だよ。それじゃおれはどうすりゃいい?」
「とりあえず『パンクス』に連れてくよ」
「皆、忙しそうだなあ。無理もないか。非常事態だもんな」
パンクスの大広間に着いたセキたちは、誰も腰掛けていないソファに座った。
「どうしよう。ケイジはいるかな?」
ちょうどそこに気配を消していないケイジが現れた。
「あ、ちょっと」とセキは言って、ケイジを止めた。「僕の兄さんのコウだよ」
ケイジはコウをじろりと見た。
「リンの五番目の子か。ケイジだ」
「どうも。コウです」
「ケイジはね。父さんの師匠で、僕も一応弟子なんだ」
「えっ、『自然』の人か――セキ、お前、もしかして使えんのか?」
「ううん。僕には無理みたい」
「人にはそれぞれ適性というものがある。『自然』はリンにしか会得できない」
ケイジが言うとコウが尋ねた。
「じゃあ、おれはどうですかね?」
「お前か――残念ながらお前に教える事はないな。お前の得物は拳でも剣でもない。師匠は別の場所にいる」
「そりゃどういう意味ですか。これでもこの『砂塵剣』を使わせたらちょいとしたもんですよ」
「その剣がお前の得物か。だったら道場でセキと手合せしてみるか」
「――いや、道場を砂まみれにしちまうからいいや」
「ふふふ。セキの強さを直感で理解できているだけ脈があるかもしれん」
「そんなんじゃねえ。セキなんかにゃ負けねえよ」
「本当にそうか。セキはすでに修羅場を潜っているが、お前は酒場の用心棒くらいのものだろう」
「どうしてそれを?」
「良い師匠に巡り会う事だな」
ケイジの姿はかき消すように見えなくなった。
ヘキの誘い
「何だ。強い人なのはわかるけどよ」
「まあまあ。でもどうしようかな」
ソファに座って話し込む二人の背後から声がかかった。
「ああ、いたいた。コウ、セキ」
二人が驚いて振り向くとそこにはすらりとした長身の女性が立っていた。短い金髪にブルーの瞳、ぴたりとした黒に近い濃紺のライダージャケットを着ていた。
「あれ、ヘキ。来てたの?」とセキが叫んだ。
「まあね、セキ。隣のお嬢さんは?」
「ああ、ごめん。もえだよ。父さんの友達の娘さんで色々お世話になってる」
「もえです。初めまして」
「《花の星》のヘキ・パラディス・文月よ。よろしくね」
「ヘキもリチャードに呼ばれたのか?」とコウが尋ねた。
「違うわよ。あなたたちを迎えに来たの。準備ができたら出発するわよ」
「えっ、どこに?」
「ニューヨークよ。聞いてないの。リチャードが『セキたちも連れていけ』って言うからわざわざ来たのよ」
「何だかおまけみたいだね」とセキが言うとヘキはにこりと笑った。
「そう思ってたけど悪くないみたい。さすがは文月の血ってやつかしら――セキ、あんた、『鎮山の剣』をもらったんだって?」
「リチャードから聞いたの?」
「そうよ。『自然』も使えるの?」
「さっきもコウに言ったけど、僕には無理みたい」
「あら、そう。口に出さなくても皆、気にしてるのよ。誰が『自然』や『天然拳』を会得するだろうって」
「ケイジから直接言われたから、僕は違う」
「ふーん、あたしもケイジに会いたかったわ」
「今までいたんだけどどこかに行っちゃったね。あ、くれないは来ないの?」
「知らないわよ、あんな馬鹿――じゃあ、あたしは連邦施設に行ってるから。準備できたら寄ってね。あっちは半日時差があるから夜くらいに出発かしら」
「なあ、セキ。おれたちはニューヨークとやらで何をやるんだ?」
ヘキが去った後、残ったセキたちは話をした。
「さあ、日本の続きならドリーム・フラワーの殲滅だけど」
「荒っぽそうな仕事だな」
「行こうか――もえ、ちょっとニューヨークまで行ってくるね」
ニューヨーク
数時間後、ヘキ、コウ、セキはニューヨーク沖の連邦支部に到着し、そこからハドソン川を上ってマンハッタン島に西側から上陸した。
「ここはどこだい?」とコウが尋ねた。
「十二番街、フィフティ・フォース・ストリート、ここに用事はないわ。行きましょう」
セキたちは54という標識のついた通りを東に向かってずんずんと歩いた。
十一番街、十番街と超えるに従って人通りが増えていった。
「うわぁ、夜だってのにこの人手かよ」とコウが驚いた。
「観光に来た訳じゃないからね。まずは腹ごしらえしようか」
八番街の先のブロードウェイでヘキが言い、南に向かって歩き出した。
人の群れに流されそうになりながら42という標識の通りまで来てヘキが言った。
「ここが一番混んでる場所――食事はこれにしましょう」
「ここは何のレストランだ?」とコウが尋ねた。
「ハンバーガー・ショップよ」
チェーンのハンバーガー・ショップのテーブル席で三人はハンバーガーを頬張りながら話をした。
「これからどこに向かうんだ?」とコウがヘキに尋ねた。
「そうね。まずはハクが演説をする予定の建物でも見ようか」
「やっぱ観光じゃねえか」
ハンバーガー・ショップを出て更に東に歩き、左手に見える建物を指差してヘキが言った。
「ここが国連本部よ」
「ねえ、ヘキ」とセキが口を開いた。「ここはもう一番街だから街の東端だね」
「そうね」とヘキは言って頭上を走る道路を見た。「川を渡って少し危ない場所に行くよ」
「なあ、ヘキ。どこまで歩くんだ。通りの名前の数字が1を越えて、アヴェニューDとかなってるぜ」
「もうそろそろよ。さっきからずっと尾行されてるけどね」
アヴェニューXのぼんやりとした街灯の下でヘキは立ち止まった。
「『草』も調査が大変だったみたいで、この辺りまで調査を進めた所で一旦日本に戻ったって。セキが大暴れした後片付けが残ってるからね」
「僕の事はどうでもいいけど何を調査していたの。ドリーム・フラワー?」
「そろそろ話しておかないとね。実は人探しなの」
「人探し?」
「この星から遠くない《歌の星》のヨーウンデの王族が襲撃されたの。先代王が亡くなられた後、連邦に加盟すべきという《牧童の星》や《青の星》出身の一派と《古城の星》の一派が激しく争ったんだけど、連邦を快く思わない《古城の星》一派が故郷から荒くれどもを呼び寄せて実力行使、王族を襲撃させたんだそうよ。ただ一人、メリッサ皇女だけが災難を逃れてこの星に逃げてきた」
「ああ、それでサンタが深刻な顔してたんだ」
「元親衛隊の人ね――とにかくあたしたちは大至急、メリッサ皇女を探して保護してあげなくちゃならないの」
「そんなの皇女が連邦に駆けこんで終わりじゃねえか」とコウが言った。
「何で大至急なの?」とセキも言った。
「メリッサ皇女が携えている王家に代々伝わる宝が問題なんだって。王族を襲撃した連中の最大の目当てはその宝だったから慌ててこの星まで追手を差し向けた。彼らは『アンビス』と結託して皇女を血眼になって探してるわ」
「そりゃ大変だ――でもヘキは落ち着いてるね」
「皇女はこのニューヨークのパンクスの大物を頼ってきて匿われているらしいの。あたしたち連邦はアンビスに見つかる前にパンクスから皇女を譲り受けて保護しなきゃならないの」
「だったら安心だ。地下にいるんでしょ?」
「あんな風に地下でアンビスとパンクスがきれいに住み分けされているのは日本だけ。この土地では誰がアンビスで誰がパンクスかなんて互いに知らないそうよ」
「確かに国が大きいし――」
「だから『草』の調査もここで止まってる。続きはあたしたちがやらないといけないの」
「日本にいる釉斎先生ならわかるんじゃないの?」
「名前だけ。ハーミットって呼ばれてる人がアメリカのパンクスの代表。その人にどうにかして辿り着かなきゃ」
「うーん、まずはその人を探して、それからメリッサ皇女って訳だね?」
「その通り。でもその前にお近付きになりたがってる輩をどうにかしないとね」
ぼんやりとした街灯の下で話し込んでいるセキたちは周囲を見回した。
「あたしたちを狙っているのは二組。一つはただの物取りか、まあギャングの類ね。もう一つはじっと物陰からこちらの動きを監視している」
「だったらこうしようぜ」とコウが言った。「ギャングと乱闘すると見せかけて、その場をずらかっちまえばいいんだろ」
「でも相手はしぶとそうよ。空も飛べるかもしれないし」
「まあ、おれに任せてくれよ」
暗闇から二十人くらいの男たちが出てきた。
「へっへっへぇ。日本人とアラブ人と北欧か。変な取り合わせだな」
一人の男が声を上げたが、呂律がうまく回っていなかった。おそらくドリーム・フラワーの常習者だろう。
「さて、コウ。どうやって隠れている方をまくの?派手にやれって言うなら手伝うけど」とヘキが言った。
「そうだな。ヘキとセキは適当にこのあんちゃんたちと遊んでてくれよ。適当なタイミングで合図する」
「何、ごちゃごちゃ言ってんだ」
いきなり男がナイフを手に斬りかかった。
ヘキとセキは言われた通り、乱戦になるように手抜きをして襲ってくる男たちをあしらった。
ぼんやりとした黄色い街灯の下で団子状態になった頃合を見計らってコウがおもむろに煉瓦塀の上に立った。
「見ろよ。砂塵剣!」
塀から飛び降りたコウが剣を地面に突き立てると、突然に一陣の砂嵐が巻き起こり、全員がその中に包み込まれた。
「なるほどね。逃げるわよ、こっち」
ヘキの言葉に従ってセキとコウはその場を急いで立ち去った。