7.1. Story 4 副都心決戦

 Story 5 逃れの皇女

1 対決の朝

出発

 パンクスの大広間がざわついていた。
 ソファの近くではリチャードがケイジたちと作戦会議を行い、大広間に置かれたテーブルではサンタが切羽詰った表情で『草の者』たちと話し合っていた。

 そこに釉斎が疲れた表情をして現れ、ケイジの傍らにやってきた。
「いやあ、村雲に何を言われるか内心びくびくしていたんですけどね。孫が行方不明でそれどころじゃないみたいですよ。一体どうしたんでしょう?」
 ケイジは何も答えず、バフが黙って地下を指差した。
「ああ、なるほど。地下深くですか。それは見つからないでしょうねえ」
 リチャードが感心する釉斎に尋ねた。
「先生。麗泉の兄の具合は?」
「最善は尽くしましたが何とも言えません。ネオに搬送した方がいいんじゃないかと思って、麗泉さんと話をしてきた所です」

「そうだな。この星は何かと物騒になるからな。先生、あっちを見て下さいよ。サンタが新しい事件を持ち込んできて、今『草』に相談していますよ」
「えっ、また東京ですか?」
「いや、アメリカです。ブルーバナーの調査は大体終わったので、これから『草』が四名、ニューヨークに向かいます」
「何の事件ですか?」
「この一件が終わったらゆっくりとお話ししますよ。セキの兄妹たちにも声をかけたし、おっつけ全員揃うでしょう」

「本当?」
 セキが素っ頓狂な声を出した。
「ああ、それぞれの母親、沙耶香、ジュネ、アダン、ミミィ、葵、ニナに連絡しただけだがな」
「久しぶりだなあ。全員揃うのはいつ以来だろ」
「残念ながら笑顔で再会という訳にはいかない。戦いの前にお互いの無事な顔を記憶に焼き付けておけ」
「物騒だね」
「いや、この星が済めば次の星に行く。もっと厳しい戦いが待っている」
「えっ、て事はリチャードの弟子合格?」
「――それはこれが終わったらだ。今はこちらに集中しろ」

 
 『草の者』、英が戻った。
「リチャード様。デンマー社長は新宿西口にある自社ビルの通称CEOコックピットと呼ばれる上階の社長室に篭りっきりで出てこないようです」
「そこで暮らしているのか?」
「どうやらそのようです。数か月は過ごせるだけの物資の蓄えがあるとも言われています」
「籠城か。だったら無理矢理引きずり出すか」

 
 朝8時、リチャードとセキが連れだって新宿の西口に着くと、異様な雰囲気が辺りに漂っていた。
 何台もの警察車両、消防車両が停車し、そこかしこに警戒線を表すテープが張られ、高層ビル群の方には近付く事ができなかった。
 メガホンを持った警官が足止めを喰らっている通勤途中のサラリーマンたちに理由を説明していた。
「本日、新宿西口のビル群に対しての無差別爆破テロ予告がありました。現在、一帯を封鎖しております。皆様にはご迷惑をおかけしますが――

 これを聞いたリチャードは人のいない地下街の裏手に回り、ヴィジョンで蒲田を呼び出した。
「おい、大吾。どうなっているんだ?」
「予告状が届いたんです。今日9時から十分おきにビルを爆破していくと。全力を挙げて調査中ですが、ビルの数が多すぎて――」
「マリスの時を思い出すな」
「えっ、まさか。彼は射殺されましたよね。彼のような人間が他にもいるんですか?」
「わからん。だが私たちは西口のビルに用事がある。通してくれないか?」
「危険ですよ。許可する訳にはいきません」
「爆破予告と関係があったらどうする?」
「わかりましたよ。私は甲州街道の所にいますから来て下さい。でも避難勧告を出してますからその先には誰もいないはずですよ」
「そこに残っている奴に会いたいんだ」
「……リチャードさん、事態を悪化させないで下さいね」

 

CEOコックピット

 デンマーは新宿西口にある自社ビルの上階のCEOコックピットと呼ばれる豪華な社長室に篭っていた。
 コックピットはワンフロア全てを占拠し、執務室と飲食用のダイニングルーム、仮眠を取れるベッドルームが作られていた。
 大きな執務室は四方を巨大スクリーンで覆われており、ぶくぶくに肥満したデンマーは中央の革張りの椅子でふんぞり返り、正面のスクリーンに映る自社を中心にした新宿の地図を眺めた。
 清涼飲料水を片手に腕時計に目をやり、8時半を回ったのを確認したデンマーは机の上のスイッチをひねった。
 新宿の地図上に無数の赤い点が点滅を始めるとデンマーは小さく笑ってから清涼飲料水を一気飲みした。

「他の社員はそれなりの場所に赴任したのに私はこんな辺境の星のしかもちっぽけな島国の支社長。しかもリチャード・センテニアが自ら乗り込んでくる」
 デンマーは大きなげっぷを一つしてから新しい清涼飲料水を探しに部屋の片隅の巨大な冷蔵庫に近付いた。
「本社は一切関知しないと言ってきた。このままでは私の帰る場所はない。とんだ貧乏くじを引かされた」
 デンマーは再び革張りの椅子に座って新しいボトルのキャップをひねった。
「今更本社には戻れないが、この星を去る前に行う最後のゲームだ。せいぜい楽しませて下さいよ」

 

警戒線の先

 リチャードたちが指定した場所に向かうと警戒線の前で蒲田は待っていた。
「リチャードさん。お一人ではないんですね?」
「紹介しておこう」と言ってリチャードはセキを蒲田の前に引き出した。「文月セキだ」
「ああ、文月君の――そう言えばお父さんの面影があるなあ。お兄さんたちは雑誌で見た限りお母さん似っぽかったけど、君はお父さんに似ている」
「蒲田さんは父をよくご存じなんですね」
「うん。こうしてここにいられるのは文月君やリチャードさんのおかげさ」
「ほかの奴らには……きっとどこかで会っているはずだ」
 リチャードは同行するティオータ、トーラ、バフを改めて紹介するつもりはないようだった。

「中の警備は?」
「警察と連邦のソルジャーたちがビルを調べていますが、あまりにも広範囲で――予告の時間も迫っていますし」
「チコの部隊は来ているか?」
「はい。早朝に到着しました」
「何かあったらチコとお前に連絡する」
「わかりました。気を付けて下さいね」
「六名、通らせてもらうぞ」
「ではこちらからどうぞ」
 蒲田はリチャードが人数の言い間違いをするとは珍しいと思いながら一行を警戒線の奥へと案内した。

 

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