7.1. Story 1 03.04

 Story 2 闇に生きる者

1 《ネオ・アース》

「沙耶香ちゃん、珍しいお客さんよ」
 静江が家の外から声をかけた。
「えっ、誰かしら?」
 夕飯の支度をしていた沙耶香は仕事の手を休めた。

「やぁ、沙耶香」
 窓から顔を覗かせたのはリチャードだった。
「まあ、リチャード様。ごぶさたしております。今日はどうされました?」
「用事があってな」
「《青の星》にですか?」
「ああ、ドリーム・フラワーの話は聞いた事があるだろう。《青の星》でも問題になっている」
「恐ろしい薬物だと聞きましたが」
「服用すれば一瞬にして頭も体も飛躍的に能力が向上する。バカ共はこれこそが『銀河の叡智』だとか言うが、すぐに化けの皮が剥がれる、つまりは服用頻度を高め続けないと素晴らしい能力を発揮できなくなる。しかもこいつの始末に負えないのは安価な点――気付いた時には廃人だ」
「まあ」

「確実に人を滅ぼし、星を滅ぼす薬だ。製造元も流通経路も判明しておらず、どうやら外から持ち込まれているらしい。なので私がコメッティーノ議長からこの星での調査及び殲滅の役目を承った」
「大変ですね」
「戦い続ける運命だから仕方ないな」
 リチャードは十数年前と全く変わらない表情で笑った。

 
「何故ネオに?」
「息子たちは元気か?」
「……そういう理由ですか。残念ながらハクとコクはもう《七聖の座》ですわ」
「もう連邦で働き出していたとは――これは目論見違いだったな」

「セキならいますけど」
「……セキ、確か六番目の子だったな」
「今、羊を遊ばせていますから、もうすぐ戻ってくるんじゃないかしら」
「あの沙耶香が今ではすっかり大地に根付いた母親だな」
「ふふふ。三人の息子を育てているんですもの」

 
 畑の向こうから一人の少年が羊の群れを追い立てながらやってくるのが見えた。
 一匹の羊が群れからはずれて寄り道を始めると、少年はしばしためらった後にその羊に向かって指をくいっと動かした。すると羊の体は地面から浮き上がり、ふわふわと群れの中に舞い戻っていった。
 それを見たリチャードと沙耶香は同時に声を上げた。
「ほぉ」
「まあ」

 
 少年は羊の群れを小屋に追い立ててからリチャードの所にやってきた。
「こんにちは、リチャード」
「セキ。幾つになった?」
「十六」
「まだ連邦には行かないのか?」
「うん、ハクもコクもヘキもロクも十八で行ったからね。コウや僕はまだだよ」

「お前、剣の心得は?」
「何もやってない」
「さっきの重力制御はどうやって身に付けた?」
「ああ、見てたの。あれは自然にできるようになってた」

「……お前でいいか。セキ、明日から《青の星》に行くぞ」
「えっ、何で?」
「連邦の仕事だ。私の助手をやってもらう」
「あ、はい」
「さあさあ、ご飯にしましょう。リチャード様もご一緒に」

 
 翌日、リチャードのジルベスター号でセキは地球に向かった。
 東京湾上に浮かぶ連邦の出張所にシップを停め、リチャードは尋ねた。
「セキ、お前、ドリーム・フラワーを知ってるか?」
「名前だけはね。ネオには入ってきてない。危ない麻薬なんでしょ?」
「ここ数年で爆発的に流行し、大きな社会問題になりつつあるのは《虚栄の星》、《巨大な星》、そして《青の星》、この三つだけだ」

「えっ、ここは連邦に加盟もしてないのに?」
「他の二つは銀河でも一、二を争う発展した星だ。流通させるのにはそれなりの理由があって価格を操作すれば裏の経済を牛耳る事も可能となる。だがここの場合は少し違う。こんな星の経済を支配するためだけに連邦に敵対するのはあまりにもリスクが高い」
「じゃあ何の目的で?」
「実験だ」
「実験って。その麻薬の元締めの?」
「そもそも連邦にも加盟していないこの星が薬の濫用によって滅びようが大した影響はない。ちょうどいい実験場なのだろう」

「ひどい話だね。でも何年か前に加盟申請まではいったんでしょ?」
「加盟が凍結になった大きな原因の一つがドリーム・フラワーだ。連邦加盟を良しとしないこの星の誰かが薬の効果を試したいどこかの人間と結託して混乱を起こしたのかもしれない」
「って事はつまり」
「この星の内部に潜むドリーム・フラワーを使って混乱を起こす勢力、これが一つだ。そして薬を供給する勢力がある。コメッティーノはこの星のドリーム・フラワーを殲滅する過程で供給者の正体を突き止めて欲しいと言った」
「星に潜む勢力はいいの?」
「そちらについてはおおよその見当はついている」

「《巨大な星》にも行くの?」
「私は行くがお前はどうかな。この星でその資質の一端を見せれば他の星にも行ける」
「なぁんだ」
「当り前だ。本当はお前の兄のハクかコクを連れていくつもりだった。あいつらであればすでにある程度能力があるのはわかっている。だがお前は『リンの息子』というだけの存在、まあ、見習い期間という訳だ。使えなければとっとと家に帰ってもらう」
「そりゃあ観光旅行とは思ってないけどさ」
「安心しろ。機会はちゃんと与える。殆どの仕事は私がやるからお前はせいぜい己を磨くんだな」
「わかった」

 
「では今から渋谷に行くぞ」
「渋谷って、あの渋谷?」
「他に何がある。渋谷は新宿や六本木と並ぶ繁華街だが、ここの街はドリーム・フラワーに侵食されていない。その理由が何か、自分で調べてみろ。そうすれば自ずと次のステップに進めるはずだ」
「リチャードは?」
「私は新宿に潜入して供給者を洗い出す。日本からドリーム・フラワーを駆逐する最後の瞬間にはお前も独り立ちしているのが理想だ」
「できるかな」
「知らん。だがお前もリンの血を引いているならできて当然だ」

 

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