5.9. Story 2 叛乱

 ジウランと美夜の日記 (15)

1 トリチェリ失脚

「とうとうこうなってしまったか」
 トリチェリ議長の言葉にイマームは顔をしかめた。
「《武の星》、《将の星》が連邦を離脱したのみならず、新たな勢力、王国の中枢となって連邦に牙を向けるとは予想もしませんでした」
「良かった部分もあると考えよう。三すくみというのは状況が膠着しやすいではないか」
「しかし連邦を更に弱体化させた上での三すくみです」
「今後の連邦の舵取りはますます難しくなるな」
「その事ですが」とイマームは意気込んで言った。「セムめ、ダレン首長のロリアンと結託したようです」
「内部抗争に明け暮れる暇などないのに困ったものだ」
「議長、そのように悠長な事を――

 
 会議室にトポノフとゼクトが入ってきた。
「トリチェリ議長、連邦軍の再編について相談をしたいのだが」
 トポノフは挨拶もそこそこに本題を切り出した。
「イマームもおりますのでここでよろしいでしょうか?」
「結構です。ではまず、二つの星の離脱、王国建国に伴う前線の変化への対応ですが、ご存じの通り連邦軍でまともに働けるのは私とゼクトだけです。従って当面は《オアシスの星》付近での帝国との対峙を優先させるべく現在のシフトを崩す訳にはいかないと判断します」
「止むをえんですな。幸いにして新たな脅威、王国とは交戦状態にありません。政治的安定を図るべく努力を続けましょう」
「そうして頂けますか――しかし議長も大変ですな。何から何までお一人で背負いこんで」
「それが私の使命ですから」
「そのお言葉、自分の利益しか考えておらぬあの馬鹿共に聞かせてやりたいものだ――だが私も政治には口出ししないという信条を崩す訳には参りませんので。では」

 トポノフに続いてゼクトも部屋を出ていこうとしたが、立ち止まってトリチェリに声をかけた。
「議長、このような時こそコメッティーノを呼び戻すべきではないですか?」
「ゼクト君、お気持ちはありがたいが息子には息子の人生がある。無理強いはできんよ」
「しかし修行も間もなく終わる頃ではありませんか?」
「――そうだな。一度話し合ってみるか」

 
 ゼクトが去った後、イマームが言った。
「ゼクトも気の毒ですな。親友たちが離れ離れになっていく。リチャードは帝国に、水牙は王国に。せめてコメッティーノにだけは戻ってきてほしいのでしょう」
「何、いずれ又、皆で笑い合える日が来る。私たちの使命は次の世代に禍根を残さない事だ」

 
 その頃、コメッティーノはまだ《巨大な星》、モータータウンの張先生の道場にいた。
「のお、コメッティーノ。お主、そろそろ父の下に戻った方がいいんではないかの」
「ん、何でだ」
「いよいよ連邦の生命線が断たれようとしておる。お主も王国の件は聞いとるじゃろ」
「ああ――じゃあ奥義伝承者の認定をくれよ」
「奥義とはそう言うもんではないわ。『ください』、『あげます』ではない事くらいわかるじゃろ」
「どうすりゃいいんだよ」
「わしも最近体がなまってるんでな。三日後の夜でどうじゃ。わしの相手をして勝ったら認めよう」
「約束だぜ」

 
 コメッティーノは夜空に浮かぶ五つの月を見上げた。
 この夜空を見上げるのも最後になるかもしれない、コメッティーノは張先生との約束の場所に急いだ。
 大小の月に照らされた広い野原を風が渡り、身の丈ほどの高さの草がざわめいていた。
「先生、待ったかい?」
 コメッティーノは誰もいない野原の中心に向かって声をかけた。
「いや、わしが早く来ただけじゃ」
 草の隙間から張先生の声だけが返ってきた。
「早速始めるか?」
「ええぞ」
 コメッティーノの姿も消え、野原には風が草を揺らす音だけが響いた。

 
 およそ五分後、コメッティーノの姿が現れた。
「先生よ、どんなもんだい?」
「うむ。認めざるをえんなあ。しかし『極指』とは似ても似つかぬ素早い動きが奥義とは」
「いいじゃねえか。先生だって『無触』がどんなもんかよくわかってねえんだろ」
「そりゃそうじゃが」
「それにおれは奥義にこだわってる訳じゃねえんだ。自分の拳がどこまで役に立つかが知りたいだけだ。使えねえ奥義なんて必要ない」
「散々な言い方じゃな。ではお前を奥義らしきものの伝承者という事にしておこう――で、これからどうするんじゃ?」
「またその話かよ。向こうから『帰って来い』って言ってこねえし、焦る必要もねえ」
「呑気に構えていると取り返しがつかなくなるぞ。早く父の下に戻るんじゃな」
「わかったよ。考えておく」

 
 トリチェリの苦境は続いた。王国との休戦協定はかろうじて締結させたものの、帝国の圧力は日に日に高まり、トポノフ、ゼクトの両将軍がいなければダレンはとっくに陥落していただろう。

 執務室でトリチェリはイマームと会議をしていた。
「議長、先日、《エテルの都》のクアレスマ市長という人物より建国の知らせが届きました」
「エテルというとあのエテルか――とうとう都を造り上げたか。場所はどの辺だ?」
「正確な座標はわかりませんが、《武の星》から《地底の星》の間と思われます」
「使節を派遣して祝いを述べたいが、場所が場所なだけに無理だな。祝いのメッセージだけ送っておいてくれないか」

 
「かしこまりました。それと先日、ダレン上空に侵入したと思われる未確認シップの件ですが」
「うむ、どうなった?」
「治安維持隊は全く機能しておりませんな。何も発見できませんでした」
「せっかく軍が奮闘しているというのにお膝元であるダレンの防衛がそのような有様か。ロリアン殿と話をせねばならんな」

「そのロリアンですが」
「何だ。まだ何かあるのか?」
「先般申し上げました通り、セムと結託して何事か企んでいる模様です。議長、気をつけないと寝首をかかれますぞ」
「イマーム、滅多な事を言うものではない。この連邦の危機にあたってそのような内輪もめに走るはずがない」
「議長はお人好しすぎます。悪は悪です。ダレンの住民の声をお聞きになりましたか。ロリアン、セム、それに商人のダッハが結託して私腹を肥やすのに夢中なせいで危機管理は蔑にされている。怒りは頂点に達しようとしております。その矛先は連邦、そのような悪人を高い地位に付けざるを得ない連邦に向けられているのですぞ」
「帝国と比較すれば人材が枯渇しているのは事実だが、羨ましがっても仕方ない。それに次世代の人材は期待できるではないか」
「とは言いましてもリチャードも水牙もおりません。いよいよコメッティーノに戻ってもらわないと」
「そうだな。連絡しよう」
「おお、その気になられましたか。コメッティーノさえ帰ってくれば、腐った奴らを一掃してくれる」

 
 果たしてイマームの心配は早々に現実となった。
 ダレンの大広場で長年食い物の屋台を営業している男がその日の商売の準備をしている時に治安維持隊の一団がやってきた。
 治安維持隊は男に色々と難癖を付け、袖の下を要求した。
「冗談じゃねえ。こちとら五十年近くこの場所で営業して、一度たりともケチを付けられるような真似をした事はねえんだ。この田舎者が。とっとと帰りやがれ」
 鼻で笑って要求を拒絶した男に対して、治安維持隊は突然殴る蹴るの暴行を始めた。
 無抵抗で殴られる男を遠巻きにして見ていた同業者たちに、治安維持隊の一人が「お前らもこうなりたくなければ出すもん出せよ」と毒づいた。
「ふざけんな」という怒号と共に治安維持隊に向かってどこからか石が投げつけられた。これがきっかけとなり、商人たちと治安維持隊の小競り合いが始まった。騒ぎを聞きつけた市民たちも加わり、広場は市街戦に突入した。
 手にした警棒で市民を鎮圧しようとしていた治安維持隊はとうとう銃火器を持ち出し、市民に向かって発砲を開始した。

 
 その日の連邦の会議は静かな雰囲気で始まった。
 トポノフとゼクトの両将軍は最前線の防衛に追われているため、会議を欠席した。
 いつも文句を言うセムとロリアンがおとなしくトリチェリの発言を聞いていた。
 珍しく《花の星》のカーリア王がヴィジョンではなくこの場にいるせいだろうか、と進行役のイマームは思った。

 
「次の議題に移ります」
 イマームが会議を進めていると突然に治安維持隊の一団が乗り込んだ。
「何事かな。今は会議中ですぞ」
 トリチェリは冷静に注意をした。
「議長。貴方が今朝方の暴動の首謀者であるという通報がありました。調査の結果、通報に相違ない事が判明したので、ただ今より貴方を拘束します」
「何かの間違いでしょう。ちゃんと調べましたか?」
 トリチェリの隣に座っていたカーリア王が一人の兵士に向かって言った。
 兵士たちが黙っているとテーブルをはさんで反対側に座っていたセムが口を開いた。
「事実であれば残念ながら議長職を辞していただかないとなりませんな」
「私も同意見です」とロリアンが続いた。
「私も」
「私もです」
「お主たち、さては結託しているな」とカーリア王が声を荒げた。
「結託とはおだやかではありませんな。かばい立てするようですとカーリア王といえども同罪になりますぞ」
「……」
「議長、何かおっしゃりたい事はございませんか?」
「ない。私が調査に対して疑義を挟むようであれば、何のための分権か示しがつかなくなる。ただ我が息子だけには身の潔白を伝えておきたいのだが」
「なりませんな。今この場でポータバインドをデプリントします。さあ、この男を連れていけ!」

「何をするんだ。お前たち」
 イマームは治安維持隊に抵抗する意志を示した。
「議長と副議長は投獄しろ。書記は……そのままで構わん」
 ロリアンは部下の治安維持隊に命令を出した。
「カーリア王。このような状態ですので本日の会議は中止に致したく思います。次回の会議につきましては追って連絡差し上げますので――」
 セムの言葉を最後まで聞かずにカーリア王は席を立った。

 
 その頃、コメッティーノは《巨大な星》のフォローの町にいた。
 親友リチャードが帝国のコマンドとしてこの町に駐留していると聞いたため、ダレンに戻る前に一度会っておこうと考えたのだった。
 フォローはダーランからサディアヴィルに向かう巡礼路の途中にある、海岸に面した霧で有名な古い町だった。
 コメッティーノは濃く垂れ込めた霧に辟易しながら街中の古い宿屋にいた。
 どうやらリチャードは極秘任務のため簡単には捕まらないようだった。夜になればどうにかなるか、コメッティーノはそう考えて宿屋で時間をつぶそうと考えていた。

 
 コメッティーノにヴィジョンが入った。《花の星》のカーリア王からだった。
「何だよ、カーリアのおっさん。ヴィジョンしてくるなんて珍しいな」
「コメッティーノよ。お主、今どこにいる?」
「《巨大な星》のフォローって町だよ」
「そうか。ダレンには戻っておらんな」
「何だよ。何があったんだよ」
「いいか。よく聞くのだぞ。トリチェリ議長が投獄された。息子であるお主も今ダレンに戻ると投獄される恐れがある」
「はあっ、冗談じゃねえよ。親父に限って投獄されるような真似する訳ねえじゃねえか」
「そのまさかが起こったのだ。とにかくダレンには戻るな。大至急、わしの下に来るのだ。いいな」
「ああ、わかったよ。そっちに行く」
「《巨大な星》から直行便は出ているか。乗り間違えるではないぞ」
「うるせえなあ。わかってるよ――じゃあ、またな」

 コメッティーノはヴィジョンを切って大きくため息をついた。宿屋の帳場の男が怪訝そうに見つめているのに気付いてコメッティーノは咳払いをした。
「リチャードに会うのはひとまずお預けだな。ダーランに向かうとするか」

 カーリア王もヴィジョンを切って同じようにため息をついた。
「このままでは連邦は終わりだ……」

 
 翌日遅くにコメッティーノがノヴァリアのポートに到着した。
 王宮でカーリア王はコメッティーノに事の顛末を伝えた。
「ふーん」と言ってコメッティーノは顎を撫でた。「なら奪還しに行きゃいいんじゃねえか」
「コメッティーノ。それはいかん。たとえ腐っても銀河連邦はれっきとした秩序の象徴。お前が力任せに規則を破れば連邦は本当にお終いだ」
「そんな事言ったってよ。向こうが先にとんでもねえ真似やらかしたんだろ」
「だからといって同じ事をすればお前も同類だ」
「けっ、腐った野郎共と同じに扱われんのはたまったもんじゃねえな。じゃあどうすりゃいいんだよ」
「罪を犯した訳ではないのだ。いずれは放免される」
「そんな物分りのいい奴らとは思えねえけどな。わかったよ。ところでさっきから部屋をちょろちょろ覗いてるのは誰だ?」
「おお、気が付いておったか。娘のジュネだ――ジュネ、こちらに来て挨拶をしなさい」

 
 部屋に入ってきたのは茶色い髪によく動くハシバミ色の瞳をした幼い少女だった。
「まだガキじゃねえか。カーリアのおっさん、何やってんだよ」
「何やってる、と言われても初めての世継ぎだからな。苦労したのだぞ」
「へっへへ。まあいいや――お嬢ちゃん、コメッティーノだ。よろしくな」
 ジュネは挑みかかるような口調で答えた。
「あなた、強いの?」
「はっ?」
 コメッティーノは訳がわからないといった顔をした。
「いきなり何言ってんだ。このガキは」
「ガキじゃないわ。ジュネよ――強いかどうか聞いてるのよ」
「これ、ジュネ」とカーリア王がジュネをたしなめた。「すまんな。コメッティーノ。女の子らしく育てなかったせいで剣術にしか興味がない有様だ」
「へっへへ。世継ぎじゃ仕方ねえな。でも軍備を持たない《花の星》で強くなってどうするってんだ?」

「早く答えなさいよ。強いの?」
「ああ、強いぜ。銀河でも十本の指に入るだろうな」
「そ、そんなに強いの」
 ジュネは少したじろいだようだった。
「じゃあ、あとの九人は誰よ?」
「うるせえガキだなあ。そんなの知らねえよ。強いて挙げるなら、帝国の大帝、ゲルシュタッド、リチャード・センテニア、連邦のトポノフ、ゼクト、王国の公孫水牙、それに《銀の星》のエスティリ、このへんじゃねえか」
「七人しかいないじゃない――いいわ。あたしもそのうち、その中に入るから」

「言うのは自由だがそれに見合うだけの腕がなきゃあだめだぞ。今のおめえじゃ無理だ」
「何でそんな事わかるのよ」
「右手を見てみな」
 コメッティーノに言われ、自分の右手を見たジュネは小指に青い紐が結い付けられているのに気付いて小さく叫んだ。
「えっ、こんな紐知らないわ」
「今、話してる間におれが結い付けたんだよ。だがおめえはおれのわずかな変化に気が付かなかった。それじゃあだめだ。実戦の場じゃ、三秒でお陀仏だな」
 ジュネは黙って悔しそうに唇を噛んだ。
「せいぜい頑張るこった。この星の防衛くらいはできるようにゃなるだろう」
 コメッティーノの言葉に笑顔も見せず、ジュネは走り去った。
「コメッティーノ、すまんな。母親がおらず、わしもジュネを皇女らしく育てる方法がわからず、あんなお転婆になってしまった」
「いいんじゃねえか。好きな男でもできれば大人しくなるよ」
「あのお転婆のままでは男も寄ってくるまい。困ったものだ」

 
 次の朝、ノヴァリアに悲報がもたらされた。
 トリチェリが獄中で自殺、その息子、コメッティーノに犯罪者として賞金がかけられたのだった。
 蒼ざめた顔色のカーリア王にコメッティーノは言葉をかけた。
「な、言った通りだろ。上品な振る舞いのできる奴らじゃねえんだよ。ま、イマームが無事なだけ良かった」
「……コメッティーノ、すまん。わしがついていながら」
「仕方ねえよ。親父は自分を曲げる事なく死んでった。しかしおれまでお尋ね者になるとは思わなかったな」
「あ奴らはそれだけお前を恐れているのだ。これからどうするべきか」
「とりあえずおれは出てくぜ。ここにいたんじゃ、どんな迷惑がかかるとも知れねえ」
「出てどうするつもりだ?」
「さあな、どうにか生きてけんじゃねえか。いつか堂々と乗り込んでってやるよ」
「何かあったら必ず連絡するのだぞ。わかったな」
「おっさんには迷惑かけねえよ。自分に振りかかった火の粉は自分ではたき落とすから心配すんな」
「せめてゼクトには会いに行ったらどうだ?」
「あいつを組織と友情の板挟みにはしたくねえ。今はそっとしとく。リチャードにも水牙にも頼らねえ。おれはどこにも属さない一匹狼になるよ」
「海賊になるのではないだろうな」
「さあな、連邦のくず共のシップなら襲うかもしんねえぜ――じゃあな、世話になったよ。親父の事、色々ありがとうな」

 
 サディアヴィルではマンスールがヅィーンマンと話をしていた。
「トリチェリが自殺したようです」
 ヅィーンマンの報告を聞いたマンスールはほくそ笑んだ。
「どうせ自殺に見せかけただけ。愚かな奴らだ。自壊の道を選択するとは」
「新しい議長のセムにはどう接するおつもりですか。和平と称してダレンに乗り込み、一気に連邦を潰してしまうのも手かとは思いますが」
「トポノフとゼクトが目障りだ。まだそれは止めておこう――何、放っておいても近い内には破滅する。他に何か面白い話はないか?」

「こんなのは如何でしょう。《流浪の星》で能力者による大虐殺事件が起こったようです。街を一瞬にして破壊するほどの凄まじい力の持ち主だったようですが、自殺したとの事です」
「死んだのでは仕方ないな。ネクロマンシーで蘇らせろというのか?」
「いえ、その男には幼い息子がいて、噂ではその息子は父よりも凄い能力者ではないかという話でして」
「それは面白いな。よし、ヅィーンマン、《流浪の星》に行き、その子供を引き取ってこい」

 

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