5.8. Story 2 目覚め、去りゆく者 (1)

 Story 3 誤算

1 最後の『シロンとスフィアン』

 リチャードたち三人を加えたモータータウンでの修行は三週間を過ぎた。
 彼らは修行が終わると決まって市街にあるバーに繰り出した。
 今夜もコメッティーノ以外は素面の状態で話に興じていた。

 
「しかし」とリチャードが口火を切った。「張先生の見立てを最初に聞いた時は驚いたが、落ち着いて考えると、頷ける節もある」
「かーっ、冗談言うなよ。『全能の王』の再来が血まみれだなんて考えたくもないぜ」
 ほろ酔い気分のコメッティーノが答えた。
「自分も色々と考えたが」とゼクトが後を続けた。「あれは『大剣の大技ばかりに頼っていては駄目だ。小技も身に付けろ』という叱咤だと理解した」
「某の場合はまだ咀嚼し切れないな。どうしても自分の中に『剛』の部分があるとは思えない」
 水牙はぼそりと言った。

 
「もういいじゃねえか。それよりよ、明日は休みだ。ぱーっとやろうぜ。せっかく田舎から出てきたんだ。ヌエヴァポルトでも行くか、それともダーランか、思い切ってホーリィプレイスか?」
「アンフィテアトルはどうだ?」
 ゼクトの言葉にコメッティーノは驚いた表情を見せた。
「へぇ、ゼクト、お前、演劇とか舞台に興味あんのか」
「いや、実はな、自分が幼い頃に世話になった方が連邦大学アンフィテアトル校の大学院生だったのだ。その方の行方は知れず、もちろんアンフィテアトルにいるはずもないが、知り合いでもいればと思ってな」
「じゃあそうしようぜ。アンフィテアトルで決まりな」
「お前たちは芝居を観るなり、好きにしていていい。自分は一人で人探しをする」
「水くせえ事言うなよ。一緒に探してやるよ」
「いや、いいんだ。何かあればお前らを呼ぶから好きにしていてくれ」
「わかったよ。水牙、お前はどうする?」
「某は明日、《武の星》からの移住者の会合に呼ばれていてダーランに赴かなくてはならん。悪いが付き合えん。ゼクト、すまんな」
「気にするな」
「って事はおれとリチャードの二人で芝居見物か。リチャードも何か用事あんのか?」

「いや、特にない。移住者との会合も先週済ませたし、暇だ――それより、すっかり失念していたが、アレクサンダー先生が来月をもって退官される」
「本当かよ。あの先生にはヴィジョンを通じてだけど、皆、世話になってるよな」
「すでにダレン校とプラのご自宅の荷物は片づけが済んで、再来週、残りの荷物をまとめにアンフィテアトル校に来られるそうだ」
「じゃあよ、お前らも帰る前でちょうどいいや。四人で送別会開いてやろうぜ」
「それはいい。先生もお喜びになるぞ」
「そうだよな、リチャードが卒業しちまえば先生もお役御免だもんなあ」
「私としてはアンタゴニス先生のようにもうしばらく一緒にいて頂きたかったのだがな」
「で、先生はこの先どうするんだ?」
「《牧童の星》に帰るとおっしゃっていた」
「ふーん、惜しい人材だなあ」

 
 翌日、水牙を除く三人はアンフィテアトルに向かった。街の入口でゼクトと別れ、コメッティーノとリチャードは二人で石畳の街路をぶらぶらと歩いた。
「せっかくだからテアトルに行ってみようぜ。何か面白いもんがかかってるかもしれねえ」
 二人が街の中心部にあるその名も『ル・テアトル』の前に着くと人でごった返していた。
「何だい、この騒ぎは」
 コメッティーノは近くにいた人間を捕まえて何が起こったのか尋ねた。
「今日は『シロンとスフィアン』の最終公演の、それも楽日だからさ。アン・ハザウィーが引退しちまうってんで、席を求めて大騒ぎって寸法だ」

「そりゃあ、何としても観なくちゃな。おい、リチャード、ちょっと待ってろよ」
 コメッティーノはリチャードをその場に残し、人混みを掻き分け、強引に切符売り場に頭を突っ込んだ。
「なあ、姉ちゃん。今からでも切符は買えんのかい?」
 尋ねられた緑色の髪の美しい女性は表情を変えずに答えた。
「無理です。三か月前から前売りは売り切れ、当日券は朝一番で完売。残念でしたね」
「そりゃそうだよな――仕方ねえ。政治的工作をするか」
 コメッティーノはそう言って、まだ閉まっている劇場の裏手に回った。

 
 五分後、コメッティーノがリチャードの下に意気揚々と戻った。
「おい、リチャード、席が取れたぞ。それも貴賓席だ」
「何だと――ははーん、さては汚い手を使ったな」
「そんな言い方すんなよ。支配人がいたからちょっと頼み込んだだけだよ。さあ、中に入ろうぜ」

 
 コメッティーノとリチャードが再び裏口から劇場の中に入ると支配人が飛んできた。
「これは。裏口からのご入場で申し訳ありません」
「仕方ねえよ。外は大変な混雑だ。いきなり入口を開ける訳にはいかねえ」
「ご挨拶が遅れました。私、当劇場の支配人、ホアンと申します。リチャード様のお父上のトーグル王にはお若い頃に幾度か足をお運び頂き、当劇場としましても真に鼻が高いという訳で、はい」
「父にもそのような時代があったのですか。それは面白い」
「来られるのでしたらもっと早く言って下されば」
「さっき、この前を通りかかって気付いたんだよ。無理言って悪いね」
「滅相もございません。《鉄の星》の皇子と連邦議長のご子息を一般席にお通ししたのでは笑い者になります。芝居が跳ねた後にはアンにも挨拶に伺わせましょう。きっと彼女にとっても栄誉なはずです」
「本当かい。だったら花束の一つも用意しなきゃあな。ホアンさん、花屋はどこだい。ひとっ走り行ってくらあ」
「いえ、お手を煩わせる訳には参りません。こちらで手配致しますので――お名前は如何しましょうか?」
「まあ、適当に書いといてくれよ」
「かしこまりました。では席の方にご案内いたします」

 
 芝居は素晴らしい出来栄えだった。三度に渡るカーテンコールの後、ようやく芝居が終わった。
 二人とも感動でなかなか声が出なかったが、ようやくコメッティーノがしゃがれた声を出した。
「しかしアン・ハザウィーってのはすごい女優だな」
「うむ、もちろん会った事はないが本物のシロンが生きていればこんな感じだったのだろう」
 感想を話し合う二人の下に支配人のホアンが近寄った。
「お二方。では、下の特別室にご案内致します」
 二人はホアンに案内されて楽屋に通じる階段を降りた。通されたのは楽屋ではなく、こじゃれた待合室のようなテーブルと椅子が並んだ部屋だった。

 
 ホアンが一旦外に出ていって、およそ五分後に女性を連れて戻った。
「失礼します。アンがご挨拶を申し上げたいそうです」
 ホアンに紹介されたアンは舞台の化粧を落し、普段着に着替えていた。驚いた事に彼女は小さな女の子の手を握っていた。
「これはリチャード様にコメッティーノ様、本日は舞台を観て頂き、光栄ですわ」
 舞台で弾けていたアンとは違うまるで貴婦人のような物言いにリチャードたちは面食らった。
「こちらこそ無理を言って申し訳ありません。ところでお隣のレディは?」
「この子ですか。娘ですわ。ほら、ジェニー、ちゃんとご挨拶しなさい」
 ジェニーと呼ばれた女の子は睨み付けるような目でリチャードたちを見てぶっきらぼうに答えた。
「ジェニファー・アルバラード。ジェニーって呼んでいいわ」
「もうちゃんとしなさいよ。十歳なんだから」
 アンがジェニーを叱りつけた。
「いえ、いいんですよ。年頃の女性は難しいもんですよ」とコメッティーノが笑った。「にしてもアルバラードって事は、ハザウィーは芸名ですか?」
「いいえ、アルバラードは夫のテッドの姓なんですよ」
 話をしていたリチャードがジェニーのスカートの腰に挟まっている奇妙な物に気付いて尋ねた。

 
「ところでジェニー。その腰に差しているのは何だい?」
 尋ねられたジェニーの表情がぱっと明るくなり、腰に差してあった物を目にも止まらぬ速さでリチャードに向けた。慌てたアンはジェニーの手の物をこれも目にも止まらぬ動きで取り上げ、背中に隠した。
「こら、何してるんだい。こちらは王様になる方だよ。銃なんか向けるもんじゃないよ」
「――やはり銃でしたか。しかしジェニーのアクションは素早かったなあ」
 リチャードが言うとジェニーは得意そうな表情になった。
「そりゃそうよ。あたしは銀河一のガンナーになるんだから」
「ふーん、すごい夢だね」
「何なら王様のボディガードになってあげてもいいわよ。今なら――」
 ジェニーが途中まで言いかけた所でアンが顔を真っ赤にしてジェニーの耳を引っ張り上げた。
「いい加減におしよ。こんな機会は滅多にないんだから。後で父さんに叱ってもらうからね。覚悟しておき」
 言われたジェニーはぐっと唇を噛んで涙をこらえていた。

「まあ、いいってことよ」とコメッティーノが助け舟を出した。「ところでアンさん。あんたもそっちの喋り方が地なんだろ?」
「……あら、ばれちゃった。やっぱだめねえ。エリザベートみたいに優雅に振る舞おうとしても無理があるわ。そうよ、こっちが本当のあたし――さあ、ジェニー。あんたはもうあっちに行ってホアンおじさんと遊んでなさい」
「母さん、『火の鳥』は?」
「簡単に他人に銃口を向けるような子には貸せないわ。しばらく預かっておくから」
「ちぇ、つまんないのー」
 ジェニーはリチャードとコメッティーノにあっかんべーをして、走って部屋を出ていった。

「見苦しい所を見せちゃったわねえ」
「いえ、ですが『火の鳥』という銃はアンさんの得物ではありませんでしたか?」
 リチャードの質問にアンは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になった。
「ああ、そうか。あんたはトーグル王の息子だから色んな事知ってるんだね。そうよ、あたしはこの銃を片手にデズモンドの冒険に参加してたんだ」
「その名の通り、炎を吹く銃だと聞いていますが」
「ジェニーに持たせて危なくないかって事?大丈夫よ、弾は出ないようにしてあるわよ。あの子ったら赤ん坊の頃から銃が好きでね、あたしに似ちゃったのね」
「旦那さんも冒険に?」
「テッドはあたしの生まれたゲルズタンの幼馴染なの。テッドの父さん、つまりあたしの義理の父のナッシュが腕の立つガンスミスでこの銃を作ってくれたのよ。テッドも冒険に参加したかったみたいなんだけど、故郷でぐずぐずしている間に一足違い。デズモンドはもうどっかに行っちゃった後だったのよ。で、女優になってたあたしと再会したって訳」
「めでたしめでたしって奴だな」とコメッティーノが言った。「それにしても最近デズモンド・ピアナの名前をよく聞くなあ。今、どこにいるんだい?」
「《青の星》に着いたばっかりの頃にはたまに連絡を取ったりしたんだけど、あの星で大きな戦争があったみたいで、いつの間にか音信不通よ。今は戦争も終わったみたいだけど連絡は取れないわ。でもあの男は死ぬような人間じゃないから心配してないけどね」

「アン、引退したらゲルズタンに帰るのかい?」とコメッティーノが尋ねた。
「ううん、テッドが『俺はどうしても歴史に名を残すんだ』って言って聞かないの。で、辺境に家族で移住する。テッドはデズモンドに憧れてるのよねえ」
「辺境というと具体的には?」
「それこそ《青の星》や《歌の星》のもっとずっと先、《地底の星》に行く途中の星に未知の鉱物が眠ってるらしいって噂が立ってるんだって。それでそいつを見つけて一山当てるつもりなの」
「山師か。おれと似たようなもんだ」
 コメッティーノは笑ったがリチャードは大真面目な顔で尋ねた。
「しかしそのような場所で危険ではありませんか?」
「うーん、確かにね。でもデズモンドとの冒険で何度も死ぬような思いしてるから気にしてないわ」
「いえ、私が心配なのはジェニーです」
「ああ、そっちね。だから今から銃を持たせてるのかもね。いざとなれば自分で自分を守れって事で」

 
 ホアンが部屋にきて「そろそろ」と無言で促した。
「いや、悪い悪い、すっかり長話しちまったよ――それにしてもホアンさん、エリザベートも引退したし、アンも引退、花形が二人も引退しちゃ、この劇場も大変だねえ」
 コメッティーノの質問にホアンも困り切った顔で答えた。
「その通りなんですよ。まあ、引き抜かれるよりはましですけどね」
「エリザベートは何やってるんだい?」
「彼女は」とホアンが真面目な顔になって答えた。「《賢者の星》の浮かばれない魂を慰めるため、巡礼の旅として様々な星を回って祈りを捧げています」
「……そうかあ。最近じゃ、《祈りの星》巡礼ツアーとかやたらに盛んだもんなあ。嫌な時代になったなあ」

 
「コメッティーノさん、どこかにいい女優はいませんかねえ」
 ホアンが雰囲気を変えるように質問をした。
「あら、あの娘なんかどう。あの切符売り場の」
 アンが言うとコメッティーノが大声を上げた。
「おお、その姉ちゃんならさっき話をしたぜ。確かに美人だが、うーん、何て言うのかなあ――」
「おい、コメッティーノ」とリチャードが割って入った。「どうして私に教えなかった?」
 リチャードの一言にその場の全員が一瞬黙り込んだ。
「おい、リチャード」
「何だ?」
「『全能の王』の再来がそんな事言っちゃいけねえ。もっとストイックじゃなけりゃ」
「私は自分を『全能の王』の再来などと思った事はこれっぽっちもないぞ」
「いや、でもよ――」

「まあまあ」とホアンが言った。「彼女はだめなんですよ。一切過去の記憶がないみたいでね。可哀そうに、オンディヌは妖精みたいに可愛らしいのになあ」
「ああ、それだよ、おれが言いたかったのは。どっか浮世離れしてんなあって思ったんだ」
「そのような美人ならますます会ってみたいものだな」
「リチャードさん、もう彼女の就業時間は終わってます。帰りに切符売り場を覗いて、運が良ければ顔を眺めるくらいはできるかもしれませんが」
「ああ、楽しいわ」とアンが笑い出した。「『全能の王』の再来がこんなに人間くさいんで安心しちゃった。あんた、きっとお父上よりもさばけた人間よ」
「また、そのような――さあ、コメッティーノ。そろそろお暇しようではないか。あまり長話をしても、その、ジェニーも飽きているだろう」
「ふふん、素直じゃねえな――じゃあアン。これからの冒険の成功を祈ってるぜ」
「ああ、そうでした。アンさん、今日はありがとうございました。くれぐれもお気をつけて」

 リチャードとコメッティーノが急いで劇場の外に出るとすっかり日が暮れていた。大急ぎで切符売り場を覗き込んだが、そこに人の姿はなかった。
 リチャードは肩をすくめ、それを見たコメッティーノは大笑いをした。
「さて、ゼクトがしびれ切らしてる頃だ。待ち合わせ場所に向かおうぜ」

 

先頭に戻る